5 罪と罰! おもに罰のほう。
校門につくと、人だかりができていた。
学生ばかりの人ごみに自転車をおりると、野次馬根性むきだしで後ろから首を伸ばす。
それほど背が高くない身ではまったく見えない。それくらいの人ごみだった。
「ねぇねぇ、なにが起きてんの?」
近くの学生にたずねる。
「すげぇ美人がいるんだよ。誰か待ってるみたいなんだけど」
つばを飛ばしつつ、興奮をあらわにする学生に礼を言う。
「ほほう」
それは男子たるもの、いちど見てみねばなるまい。
とはいうものの、人垣の層は厚く、簡単にのりこえられそうもない。
「よー日和、なにしてんの?」
「なんだよこれ。事件か?」
連れだって登校してきた級友二人にあいさつを返し、
「あぁ。なんか美人がいるんだって」
「へー」
それほど興味のない御堂と対照的に、志村はロコツにそわそわしはじめた。
「で、その美人度数は何度くらいだ?」
美人度数は別名志村度数ともいう。ようするに彼のかたよった女性尺度である。美倉みすずはここ数ヶ月殿堂入りらしい。
「いや、みてねーしよ」
「おまえそれでいいのか!?」
両肩をつかまれた。
「美女がいる。ただそれだけでそこにたどりつく価値がある。おれはお前にそう教えたはずだ!」
熱く語る彼の目は燃えていた。
「そうか……わすれてたぜ」
「わかってくれたか」
「それが【漢】と書いて【もののふ】とよぶ、オトコの生きざまだったな」
がしっ、と握手を交わす二人。
「朝っぱらからアツぐるしいマネしてんじゃねーよ」
苦笑とともに学生服を着くずした少年が行きすぎる。
「あれ? いっちゃんめずらしいな。朝からくるなんて」
「出席日数がたりねぇとよ」
追いかけてきた日和にこたえる大沢木。学生服のしたには、血のようにまっ赤なTシャツにずらりと牙をならべて笑う口のデザイン。
彼は付近の中高校で名を知られた不良である。授業のサボりは日常茶飯事、゛狂犬゛と聞けば、その手の人間はふるえあがる。
ちらりと後ろを見ると、日和の友達二人はなぜか敬礼のマネをした。
聞こえないよう舌打ちする大沢木。
いまだ気軽にはなしかけてくるのは日和か、クラス委員長の南雲美鈴くらいだ。
「なんだこいつら」
まえを向き、やぶにらみの双眸がとらえた光景に感情をぶつける。
「すっげー美人がいるんだってよ。いっちゃん見てみたいだろ? な?」
「んなことより、ねみーとこ早起きして遅刻じゃ意味ねーだろが」
学生鞄を肩にぶら下げてすすむと、低い声をだす。
「どけ」
ビクッ!
小動物のようにふるえてふり返った生徒が、あわてて近くの生徒の肩をたたく。
それがいくつも繰り返されて、自然と道ができた。
全員が、大沢木をおそろしいものでも見るようにみている。
「ケッ」
半眼で毒づくと、モーセの奇蹟のごとくひらけた道を肩を怒らせ歩いていく。
「いやー、みなさんオハヨー。コンチお日がらもよく」
日和があいそ笑いをふりまきつつその後ろにつづく。扇子でもあれば立派なたいこもちである。
人ごみがとぎれると、正面に校門が見えた。
黒ぬりの外車も見える。
日本車とことなる胴長の低い車体。かがやくフォルムの先頭にはゆるぎない銀細工のオブジェ。
一生になんども見ない車だ。
『月代高等学校』と表札のはりつけられたうす汚い壁にそぐわない、仕立てのよい制服に身をつつんだ少女が、重そうな荷物をかかえて佇んでいる。
日和と目があうと、柔らかくほほえむ。
脳天ズキューン!
かたまる日和。
野次馬たちが見守るなか、しずしずと少女は大沢木と日和のもとへと歩みよる。
不審な大沢木にかるく会釈して、かたまった日和の前で立ち止まる。
「お早うございます、春日さま。お弁当をお持ちいたしました」
「なにーっ! 日和の方だとー!?」
「バカな! こんな美人が奴のために弁当など!」
「ちょっとまて! 弁当を作ってくるとはそれなりな深い仲!」
「やめろ!それ以上言うんじゃない! オレたちが不幸になる!」
「リア充爆発しろ!」
どよめきのなかに男子の嘆きがこだまする。
「昼食はいつもお買いになられてると聞いて、せめて栄養のつくものをと作りましたの」
むらさき色の高級な布につつまれて差しだされたのは、数段がさねの重箱。
「「手作り弁当だとー!!」」
「バランスを考えた昼食!」
「けなげでいい子だ……」
「愛情120%ってかちくしょうめ!」
「リア充爆裂しろ!!」
男子の声に憎しみがくわわる。
香月はかたまりつづける日和をみて、その秀麗な眉目をくもらせた。
「ご迷惑でして?」
「あ、いや、ありがたいです」
硬直からとけて素直にうけとる日和。耳までまっ赤である。
「ういういしすぎるだろ!」
「どこの新婚さんだよ!」
「このあとチュゥか? あぁ? やれるものならやってみろ!」
「号泣するからな!!」
「リア充爆死しる……っぁ」
憎しみは極限をこえて、あと一歩で暴発しそうな雰囲気である。
「ひーちゃんもスミにおけねーな」
大沢木はにやりと笑うと、片手をあげて校舎へむかう。
「邪魔しちゃわりーし先いくぜ」
昨日の道場での騒ぎをしらない彼は、空いている校庭をハナウタ混じりに去っていった。
「お口にあえばよろしいのですけれど」
あでやかにほほえむ彼女は、「放課後にまたお伺いいたします」と澄んだ声をのこし、黒服があけた後部座席の奥へ姿を消した。
スモークガラスなので外側からうかがい知ることができない。
それ以前に、いかつい黒服がかもしだすオーラのせいでちかづくことすらままならず、去っていく外車を全員が見送るだけだった。
とりのこされる日和。
うわさ好きな女子たちがさまざまな憶測をかわし教室へ向かうなか、嵐のまえの静けさのごとく一触即発な空気が満ちる。
「ひィ~よォ~りィ~~~」
地の底からこだまする声。
「おれは今日まで、おまえを親友だとおもっていた」
「な、なんだよ。オレがなにしたってんだよ」
重箱を大事に胸にかかえ、様子のかわった志村からあとずさる。
「おまえはタブー(禁忌)を犯したのさ」
御堂すら哀れみをこめた目で自分を見る。
「私立聖ルカ女学院高等部三年東香月。生徒会長で人望も厚く、女子校にファンクラブまで存在する美貌。由緒ある名家の出身でお嬢様。茶道部の部長までつとめる才媛」
「うわっ、キモいなおまえ、なんでそんなに詳しいの?」
「おまえが知らなすぎるんだよ。ここらで彼女をねらう男は有象無象。告白して築かれた男たちのこころの傷はアメリカのグランドキャニオンに匹敵すると推測される」
うらめしげな友の肩に手をおく。
「そのうちのひとりだ」
「ミもフタもない言いかたをするな!」
御堂の手をふりはらい、志村は日和につめよる。
「おれとおまえのなにがちがうってんだよー!!」
うおおぉん、と号泣する志村。
「そうだ! 辞退せよ春日日和!」
「即刻彼女のもとへ行き、別れを宣言するのだ!」
口々に勝手なことを言う野郎どもにカチンとくる。
「へっ、わかってネェのはおまえらのほうだぜ。あの子のほうからオレに告白してきたのですよ?」
「それはないな」
「ない」
「日和、つくならもっとマシなウソつけよ」
「ウソじゃねーよ! ウソみたいだけどウソじゃねーもん!」
全員から否定の目でみられて必死で言いかえすのがものの哀れをさそう。
「昨日だけどよ、オレ、あの子と許嫁の約束まで取りつけたんだぜ?」
しん――
場が凍りつく。
と同時に、全校生徒二分の1の殺意が日和の身体をつき刺した。
ひきつった笑みをうかべて、数歩を下がる。
「へー、そうなんだ」
「へや!?」
背後からきこえた声に、パッとふりむいて構える。腰が引けているためひたすらに不格好である。
眼鏡とおさげ。そのふたつがトレードマークの黒髪の少女が、レンズの奥から凍てつくような目で日和を見ていた。
ヘビににらまれたカエルのごとく硬直する日和。
ついで、氷点下の北風に吹かれたかのように、その他男子も凍りついた。
「お・い・し・そ・う・な・お弁当ね」
「な、なんだよぅ。委員長には関係ないじゃないかよぅ」
へっぴり腰でかろうじて反抗する日和。
「そーね。関係ないものね」
南雲美鈴はとおりすぎる際、おもいきり足を踏みつけた。
「いってええええええええ!!」
「あら、ごめんなさい」
わざとらしくあやまると、おさげを跳ねさせて去っていく。
負傷した左足をかかえてうめきつづける日和をみて、ゴクリとつばを呑みこむ志村と御堂。
「さすが中国四千年」
「すさまじい破壊力だぜ」
彼らのなかで、まだその設定は真実であった。