7 静かなる喧騒のなかで
生徒会執務室――
東香月は歴代の執務室長がすわる革張りのイスに腰かけ、紅茶をのんでいた。
銘柄はダージリン。ルカ女にはランチスペースにさまざまな茶葉が用意されており、生徒たちは自由に持ち帰って午後のひとときを楽しむことができる。
今日はだれも校内にいないおかげで、自由に選ぶことができた。
「それで、どうするの?」
腕を組み、居丈高に詰問口調の小笠原。
「なにがでしょう」
「これは宣戦布告よ。ルカ女に対するあきらかな悪意よ」
のんきに紅茶をすすっている香月に挑発的な目を向け、来客用のソファにすわった彼女は言った。
校舎の屋上で女生徒の死体が見つかった。
連絡を受けた警察がすぐに到着し、立ち会いの教師のもと、いままさに実況検分中である。校舎入り口には立ち入り禁止のテープが張られ、本日中は警官以外自由に出入りできない。
臨時休校となった校舎はがらんとしている。
「彼女には、暴行を受けたあとがありました。殺害後、わざわざあそこまで運んだのでしょう」
「ここの生徒なの?」
「はい。高等部二年C組。真壁かなめ」
「よく調べたわね」
「本人に聞きましたから」
紅茶を口にする。
「口寄せ?」
「いえ。浄化のときにすこしお話を」
鬼になりかけていたということは、まともな死に方ではなかったということだ。
彼女は恐怖にとらわれていた。さぞ恐ろしい目にあったにちがいない。
「校舎は施錠しているのよ? 警備員だっている。どうやって入ったというの?」
「常識の範疇なら、警察の方とお話しすべきでしょう」
「そうね。あたしが呼ばれたってことは、もちろんそちらの話なんでしょうけど。――あたしにもそれ」
「セルフサービスでどうぞ。小笠原先生」
にこりと邪気のない顔でほほえまれ、ブス、とほほをふくらませる小笠原。
「アナタ、性格わるくなったわ。彼の影響?」
香月はクスリと笑い、すぐうしろに開いた大きな窓に目をむけた。
「いかがですか? 日和さまのご様子」
「あれはバカね。とんでもないバカよ」
「そうですか」
至極まっとうな評価をしたつもりだが、香月はあわく笑みを浮かべたのみだった。
「あたしはあなたが哀れよ。あんなバカと結婚するなら、出家でもして男を絶った方がいいわね」
「あの方は、見た目よりはよい人です」
「よい人とよい男は一致しないの。これ、人生経験豊富なセンパイからのアドバイス」
「理解するようにつとめますわ」
かたくなな少女の態度にため息をつく小笠原。
「あなたたち四神四家の人たちの考え方ってよく分からないわ」
「小笠原先生は、われらとは相容れぬでしょう」
「かもね」
――――ッッ!!!
外がさわがしい。
香月は紅茶を置き、小笠原はソファから立ち上がる。
バン! といきおいよく扉が開き、
「かぐや様!!」
なぎなたをもった少女が乱入してくる。
「コラ! 待ちなさい!」
警官がつかまえようとするが、なぎなたを振りまわされて腰が引けている。
「不埒者! 下賤の輩がわたくしに触れようなど言語道断ッ!」
「武器を持ってるぞ!」
「銃で威嚇しろ!」
「あらあら。騒がしいこと」
小笠原はソファへと座りなおした。
「花音」
香月が呼びかけると、芦名花音は大股で近づいた。
「危険だ! 少女が襲われる!」
「止まりなさい!」
香月が目を向けただけで、警官たちは動きを止めた。
「かなめは私の友達だったんです!」
おもいきりデスクをたたき、花音は香月につめよった。
「花音、なぜここにいるの?」
「かぐや様! 私はかなめを襲った犯人をゆるしません! どうかカタキ討ちさせてください!」
「は~い。警察のみなさん、お仕事がんばってくださいね」
小笠原は陶然と見とれる警官たちが正気にもどる前に、手早く外に追いだしてしまった。
ふぅ、と息をつく。
「とんだじゃじゃ馬のご登場ね」
「小笠原! あなたこそなぜここにいるのかしら!? ヨソの学校へ転校したのではなくて?」
「小笠原セ・ン・セ・イ。国語を初等部にもどって勉強なさい」
「本日は臨時休校と聞かなかったの?」
いがみあう二人を前にどこ吹く風で、香月は花音にたずねた。
「聞いております! けれど、ゆるせないのです!」
「ゆるせないのはわたくしも同じこと。仇ならばわたくしがとりましょう」
「いやしくもわが芦名家は『仏法武家』の一翼をになう名家! けがされた友の名誉のために槍をふるうは必定! なにとぞわたくしもお供におくわえください!」
「お父上の許可は?」
「それは――!」
とたんにいきおいをなくし、くちびるを噛む。
「小笠原先生は『八百万の神民』の方術師。青龍家より正式な依頼として、今回の件にご助力をたまわりました」
「そゆこと」
ヒラヒラと手を振り、小馬鹿にしたアピールをする小笠原。
くやしげに睨みつける花音。
香月はぬるくなったティーカップを手にとり、涼やかな目で告げた。
「相手は、半人前のあなたが手に負える者ではありません」
「かぐや様――!!」
悲痛な声をあげる花音。
「帰りなさい」
窓の外へと目を移し、興味が失せたかのように切り捨てる。
よろよろと後ずさる花音。
「――私では、役不足、と?」
「ハイハイ。お帰り一名様~」
扉を指さす小笠原に殺気じみた眼を向ける。
きびすを返すと、入ってきたときと同じように扉をぶちあける。
外で並んで息をひそめていた警官たちが、悲鳴をあげるなり逃げていった。誰もいなくなった廊下で、花音はそででぐい、と目元をぬぐう。
そして、ある決意を口には出さず、胸に秘める。
――かぐや様の手をわずらわせるまでもない。
私がひとりで、犯人を突き止めてみせますわ。と。