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6 ダチ公

「天井がねえってのは、やっぱ気分がいいもんだ」

 日和を屋上へ連れだし、大沢木は空を見上げて伸びをした。

 分厚い雲が青い空をゆったりと流れ、ほんのりと行き過ぎるかわいた風が、うだるような熱気を運んでくる。


「暑いぜ。いっちゃん」

 なぜ外なのか、と日和はおもった。

 教室にだってクーラーはないが、校舎の陰のがいくらかすずしい。

「悪りぃ。こんなことを話せるのは、ひーちゃんくらいしかいなくてよ」

「恋の相談? それならまかせてよ。まさにいまモテ絶頂期であるこのボクがシャイなキミにとっておきのアドバイス!」

「ちげーよ」

 苦笑する大沢木。


「ちがうの?」


 ポケットにつっこんだ手からシケモクを取りだし、歯にはさむ。

「それおいしい?」

「吸ってみるか?」

「いらない」

 口角を曲げると、マッチ箱から一本取りだし、火をつけた。


「先生に見つかるとヤバいんじゃね?」

「自習中だろ。ここにゃこねえさ」

 しっかりと美鈴の言葉は聞いていたらしい。

 火のついたマッチをくるりと回転させ、手のなかへ落としてにぎりつぶす。熱くないの? とおもったが顔色ひとつ変えず、開いた手からはカケラが風にとばされていった。


「……この味を覚えたのも、あいつのせいだったな」

 手のひらにこびりついた灰に向け、どこか懐かしげにつぶやく。

「結局、吸えずに終わりやがって」

 にぎりなおした拳をポケットにつっこむ。


「なぁ、ひーちゃん。なんで太陽はまぶしいんだか、考えたことがあるか?」

「いきなりどうしたんだよ。熱でもあるの?」

「ハハハ、それじゃよ、人が死んだらどうなるか、知ってっか?」

「墓場の下」

「ハハハ」

「保健室なら今、暴力教師がいねーからゆっくり寝れるよ」

「ありがとうよ、ひーちゃん。けどよ、オレは正気だ」


 シケモクを口から離して、紫煙しえんが立ちのぼるさまをじっと見つめる。

 その表情は真剣すぎて、思いつめているように見えた。


「なんでも相談にのるぜ、いっちゃん」

「……ああ」

 いつものいっちゃんとちがう。

「どうしたんだよ。オレに話せないことなの?」

「このあいだ、ひーちゃんも会った中坊時代のツレ」

「うん」

「どう思った?」

「どうって?」

 質問の意図がいまいち理解できない。


「うん。こわかった。いっちゃんに再会したときと同じくらいやばかった」

「オレのときと同じくらい、か」

「なんかニコニコしてる分、キレたときのギャップがハンパないよね。いきなりケンカはじめたときはマジでビビったけど」


「あいつとはいつもあんなカンジでよ」

 昔語りでもするように、大沢木はうすく笑みを浮かべ、青空のスクリーンを見上げた。

「普段機嫌がいいクセ、気に入らネェことがあるとすぐ手がでる。オレだってあいつにゃ手を焼いたもんさ。入学早々のくされえんで、いつの間にかオレもこのザマよ」


「磯垣中ってこの辺じゃ有名な不良校だよね。オレ、あっちのほう一人で通ったことないよ」


「へっ。目についた中高生には必ずタカるクソばっかだからな。オレたちがシメてる間はまだマシだったんだけどよ」

「へー」

「キー坊がよくケンカのダシに使ったからな。見つかったらボコられソッコー病院送りなもんで、やつらも手ェだすのひかえたんだよ」


 猿壱はあんな性格だが、曲がったことが大嫌いなヤツだった。二ケツした原チャだって、土カタでバイトして手に入れた宝物だ。

 ひと月でオシャカにしちまったが。


「ふたりでケンカに明け暮れて、いつかテッペンコンビの名を全国に知らしめる、ってよ。口ぐせだった」


 なつかしいものでもみるように、目を細める。

 流れていく白い雲に、思い出がたくさんつまっているかのようだ。


「けど高校が別になっちまって。二人で卒業式バックレて、ヒミツのアジトで決起集会よ。ケンカ日本一って夢をかかげて、いきおいで壁に署名入りのラクガキ描いた。あのころ、つるんでいるあいだ、オレたちは無敵だった」


 だが、猿壱は――


「――感謝してるぜ、ひーちゃん」

「なに?」

「一度見失った居場所を、おまえはオレにくれた。暴走して歯止めのきかなくなってたオレでも、親友だってよ」


 無視することだってできたんだ。

 会っていなかった時間の分だけ、つながりは細くほつれていく。

 様変わりしていて不良なんて呼ばれていても、おまえはオレを友と呼んだ。

 かつての頃みたいに。


親友マブダチってのは、いいもんだ」

「突然なんなの? いっちゃん」


「へっ」

 シケモクを口から離して下に落とす。


 ダチ公なら、まちがってれば殴ってでも止めなきゃならねえ。

 あいつのやろうとしていることはわからないが、まともなコトじゃないだろう。

 あいつのために、体を張れるのはオレしかいねえ。


「ありがとな、ひーちゃん」

 肩に手をおき、礼を口にする。

 じゃな、と短く言葉を告げて、屋上から消える大沢木。


「オレなにもしてないよ?」

 相談は?

 話だけ聞かされた日和は、うだる暑さの中、釈然しゃくぜんとしない気持ちで見送った。

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