5 考える野良犬!
教室にもどると、めずらしく大沢木が席にいた。雑誌をアイマスクにして朝からひる寝をきめこんでいる。
教壇に立ち、美鈴はざわつくクラスメイトにむけて告げる。
「一限目は自習です。各自静かに自習してください」
歓声があがり、さっそく勝手をはじめる面々。友達と話しだす者、手もちのケータイをいじくる者、となりのクラスへ出かける輩まであらわれる。
「静かに自習してください! 休憩時間じゃありません!」
「委員長! 質問です!」
すぐ横から挙手がある。
「家に宿題をわすれたので帰ってもいいですか!?」
「ダメ! あんたやってないって言ってたでしょ」
「ぐぬ」
ぐうのねもだせず言葉を詰まらせる日和。
「てか、副委員長のくせにサボる気? あんたつくづくバカなの?」
「あ、愛犬のポチが心臓病でたおれたんだ。お見舞いに行かないと末代までたたられることになる」
「犬なんて飼ってないでしょ! だいたい先生に顔見られてるからいまさら帰ってもおそいわよ」
「あれはオレのドッペルゲンガーだ!」
「自信もって子供じみた言い訳しない。おとなしく宿題かたづけたら? なんならてつだってあげよっか?」
「マジですか? さすが委員長。面倒見がイイよね」
いそいそと自分の席にもどり、つくえのなかからノートと教科書をとりだす日和。
「はいコレね」
「あなたがやるの」
押し返された。
「なんだとウソツキー!」
「てつだうって言ったの! 宿題は本人がしないと意味がありません!」
「意味があるかどうかはオレが決める」
「あ、そう。じゃ、がんばってね」
「まって! 見捨てるのなし!」
「教科書の34ページ」
「イエス、ボス」
机の上にパラリと教科書&ノートを開く。
廊下から女性徒が駆けこんできた。
「ねぇねぇ! 聞いてよ聞いて!」
仲のよい女子グループへと息せききってくるのを横目に見る。
いつもなら御堂がオレたちのところへいのイチにきたのになぁ、と思いつつしっかり耳をすます。
「よそ見しない」
「いたたっ! 耳ひっぱらないでよぅ」
「B組にルカ女の知り合いがいる子がいるんだけど、その子がいうにはあそこで生徒が殺されたって!」
「なんですと!?」
イスから立ちあがり、女子グループのところへ一目散にかけよる。
「だれが!?」
「な、なに?」
女子たちに一斉に引かれる。
「ルカ女でだれか殺されたってだれが!?」
「知らないよ! わたしだって友達から聞いただけだし」
「そこは聞いておくべきじゃん! 香月ちゃんだったらどうすんだよ!」
「あんたが聞いてくればいいじゃない」
「よし! いまからルカ女まで行ってくる!」
「ダメだって言ってるでしょ!」
教科書のカドで小突かれる。
「いてぇ! なんでカドで叩くの? それ凶器ですよ?」
「授業中だって言ってるでしょ!」
美鈴が不機嫌ににらむ。
「自習じゃないか!」
「自習だって授業中なの!」
「香月って、このあいだから春日くんのお弁当作ってきてるあのキレイな人のこと?」
興味津々に女性徒が割りこんでくる。
「あの人東くんのおねえさんだって!」
「きゃぁ。やっぱり美男美女よね。遺伝って大事」
「春日くんはほんとに彼女とつき合ってるの?」
「許嫁って聞いたけど?」
日和はまんざらでもなくうなづいた。
「香月はボクの魅力にメロメロさ」
「趣味わるいよねー」
「ねー」
「聞き捨てならんぞブサイクども!」
ムキになって反論する。
「そこの女子! そこのバカはいいが香月さんをけなすことはわれらが許さん!」
言葉とともになだれ込んでくる男子生徒。
ハチマキを巻いた集団が一列に廊下側に並ぶ。
「”傷心連合”! 生きていたのか!」
「生きとるわい! 志村がいないんで部活動をがんばっていただけだ!」
朝練を終えたらしき坊主頭の野球少年は、キョロキョロと教室を見渡した。
「志村はどこだ? あいつ最近いつも早くに帰っちまうんだよ」
「えー、と。休んでイマス。はい」
行方不明、ということは伏せておこうと日和はおもった。
「なんだよ、ひさしぶりに『日和(略)団』集会開こうと思ったのに。あいつがいなけりゃ始まらねえよ」
「そのまま消えてなくなってしまえばいいんじゃないかな」
それとなく希望を添えてみる。
「まーそれは置いといてさ。おまえら知ってる? 香月ちゃんトコで――」
「――殺されたのは香月さんではないわ」
自習の時間にもかかわらず、あらわれたのは小笠原だった。
生徒全員が凍りつく。
教室内を見渡し、一番後ろの席でひる寝している大沢木を見るなり、表情を険しくしてギュゥ、と教鞭を曲げる。
「……南雲さん。自席で居眠りしている大沢木くんを、どんな手を使ってもたたき起こしておいて」
「えっ、いいですけど……ご用ですか?」
「あるわけないでしょ。授業中よ!」
バシンッ! と黒板がムチ打たれた。
茜色のスーツをひるがえし、カツカツと足音もあらく去っていく靴音。
ヒールの靴音が聞こえなくなるまで待って、一斉にため息がもれた。
「こわかったぁ」
「自習なのになんでくるの?」
「見回りじゃない? インケン~」
ヒソヒソと畏怖さめやらぬ様子で席へともどる生徒たち。ハチマキの集団も大急ぎで自分たちの教室にもどっていった。
「とりあえずいっちゃん起こそうぜ」
日和はこれ幸いと宿題をほうり投げ、大沢木のもとへ向かった。
「あっ、待ちなさいよっ!」
広げられた教科書とノートにうしろ髪をひかれながらも、美鈴もつづく。
「いっちゃん、朝だ! 一緒に起きて師匠のところへ行こう!」
大沢木は親友の声にも無反応で居眠りを決めこんでいる。
彼は以前、血まみれの服装で学校をおとずれて以来、クラス全員からさらに畏れられる存在と化している。ゆえに、どれほど横柄な態度だろうと、彼に忠告するいのちしらずな生徒はいない。
ゴンッ
「いまはダメでしょ」
「いてぇ! またカドで殴ったな!」
日和があたまをかばって距離をおく。
「これ以上オレの頭は殴らせん!」
「おはよう。大沢木くん。ずっと休みだったみたいだけど、どうしたの?」
日和を無視して美鈴は大沢木にたずねた。
無反応。
「大沢木くん?」
「爆睡中?」
日和も近づいてきて本でふさがれた顔を横手からのぞく。
美鈴は顔をふさいだ週間少年スランプに手を伸ばして一気に取りはらった。
「授業中です! 大沢木くん……あれ」
しっかり開いた眼。
雑誌をうばわれたことに反応するでもなく、親のカタキのように天井をにらんでいる。
「起きてた」
気まずそうに”スランプ”をうしろに隠す美鈴。
「ひーちゃんよぉ」
大沢木はつらぬくような視線を天井へ突き刺したまま、声をかけた。
「話がある。ツラぁ、貸してくれ」
有無を言わせぬ口ぶりだった。




