4 消えた二人!
職員室にはいると、呼ばれた学級委員長が各クラスの担任と話をしている。
日和を引き連れ、美鈴も担任をさがす。
「”女帝”いねーな」
小笠原のニックネームである。
「てか、他のクラスは一人しかいねーし何でオレはここにいるのか」
「どうせヒマじゃない」
「ヒマじゃねーよ! 小笠原から押しつけられた英語のホンヤクまだなんだぞ!」
「何回目よ。やる気ないでしょあんた」
「なんで英語なんて授業があるのか……オレはこの日本から一歩もでる気はないというのにッッ」
「先週の授業でつぎわすれたら補習って言われてたじゃない」
「……いまから帰宅する。今日は休みってことで”女帝”によろしく」
「あら残念ねえ」
ピシッ! と短いムチに肩をたたかれ、ビクッ! と直立する。
小笠原が、底意地わるい笑みを浮かべて背後に立っていた。
「本日居残り確定の春日君。積みかさなった分みっちりたたきこんであげるから覚悟なさい」
「おおう…」
絶望に床に沈む。
「おはようございます、先生」
「おはよう。南雲さんも補習受けてみる?」
「すみません、今日は予定があって……」
「そう、しかたないわね。この子と二人だけ(・・・・)なんだけど」
「――い、いえ、ほんとにダメなんです。今日、その」
「そ。だったらいいわ。その分二倍この子に教えるから」
「まって!! それちがくない!? なんでボクのが二倍になるの!?」
とりすがる日和を足蹴にし、自分のデスクにむかう小笠原。
イスに座ると、長い足を組んでふてくされる。
「新任だからって雑用をおしつけるのってどうかと思うわ。ねぇ、そうじゃない、キョーコ?」
「校内放送なんて簡単なもんじゃないか。雑用のウチに入らないよ」
湯気のあがるマグカップを手にし、となりの保険医が陽気にわらう。
「学校って生徒の自立をうながす場だとおもうのよ。放送委員の子を使えばいいのに」
「横着教師だねえ」
「あら。ルカ女はみんな生徒会が管理してるのよ? 教師の仕事はおしえることだけ」
「はいはい。月代高校はちがうんだからあきらめなさい」
「あの、なにかあったんですか?」
美鈴にたずねられて、小笠原は思いだしたように口をひらく。
「そうそう。せっかく来たんだから言づて。一限目自習。あたしたちはこれから職員会議なの」
「やった!」
小おどりする日和。
「そうね。いまのうちに課題を終わらせておくと、補習の時間は少なくなるわね」
「おおう…」
「そういえば春日くん。あなた、志村くんと御堂くんと親しかったわね。なにか知らない?」
「なにをでしょうか」
悲壮感まるだしに聞きかえす日和。
「うーん、そうね。家出の理由とか?」
「家出? なんの話っスか?」
「いなくなっちゃったの。二人」
「は?」
目をまるくする日和。と美鈴。
「昨日、出かけてから帰ってきてないらしいの。他にも数人」
「帰ってないってどう言うことスカ?」
「こっちが聞きたいくらいよ。週のあたまからよけいな仕事増やしてくれて、いい迷惑だわ――いたっ!」
ぺしん! と小笠原のあたまを教鞭がはたく。
「なにするのよ」
うらめしげに田島を見上げる。
「言ってイイコトと悪いコトがあるだろ。あんたらは心配しなくてイイよ。心当たりがあるならって話だから」
「行方不明なんですか?」
心配そうに美鈴がたずねる。
「だいじょうぶ。駐在所のケーさんがいろいろとがんばってるからすぐ見つかるよ」
「とりあえずあなたたちは、一限目の自習をつたえておいて。二限目からは通常授業にもどるから」
そう言って、小笠原は立ちあがった。
職員室に生徒は日和たちしか残っていない。他のクラスは全員引き上げたみたいだ。
ピピピ……、と小さな電子音が鳴る。
スーツの胸ポケットから端末をとりだした小笠原は、ディスプレイを見るなり眉を中央に寄せた。
「はい。小笠原です」
日和たちを一瞥し、離れてひとけのない場所で話しはじめる。
「誰からだろ?」
「あまりいい顔してなかったね」
「借金取りだな。あの性格じゃ踏みたおしててもおかしかない」
「こらこら、大人の話を詮索しないの」
追い立てるように日和たちをおいだす田島。
「しっかり勉強してきなよ」
笑顔をうかべて扉を閉めた。
「いそがしそうだね」
「もどろうぜ」
ガララララ、とふたたび扉が開く。
「今日の補習ナシ」
一方的に言い放つと、ピシャリと扉を閉めた。
日和と美鈴はポカンと口を開け、小笠原の顔が消えたあたりを二人で見つめた。