10 見果てぬ約束 {〆}
「ここは――」
入るなり感慨につつまれ、思い出がよみがえる。
「ボクらのネジロ。なつかしいよね」
古タイヤの山をサルのように駆けあがり、定位置である頂上に陣取る猿壱。
もとは自動車工場だった場所だ。不況のあおりで廃工場となり、そのまま放置された場所を猿壱とともにアジトにした。
さびついた板金や転がった工具。
ぶら下がったチェーンにひっかかったままのサンドバッグ。
スプレーでいたるところにラクガキがある。芸術とはほど遠い感性だ。適当に、笑いながら二人でえがいた思い出のラクガキ。
「それ。おぼえてる?」
サル山の大将が指さした壁にはおおきくえがかれた文字。
「ああ、もちろんだ」
すすけた壁にえがいた文字に触れる。
『 全・国・制・覇・! 』
「こんなローカルで終わるもんか。テッペンコンビの名を北から南までとどろかせるんだ。ふたりで決めた夢。もち、おぼえてるよね」
「ケンカ日本一。高校になればふたりで旗をあげようってな」
それはかつての約束。
三軒どなりの中学までシメて回った。かなりヤバイ奴らともやり合った。命だって何度もがけっぷちに立たされたこともある。あれはケンカというより殺し合いだと腫れたツラで笑いあった。
楽しい時代だ。
二人だからこそ見えた夢。
「なぁ」
ポケットに手をつっこみ、『全・国・制・覇・!』の黄色い文字をながめて口をひらく。
それはついえた夢。
「おまえは、オレをかばって死んだ」
オレの不注意だった。
いまでも鮮明におぼえている。
忘れようとしても忘れられない。
銃声と、親友の背中。
ちからのぬけてゆく体と、その向こうで得意げに銃を構えたクソガキの姿。
報いは受けさせたが、それで消えた友の命がもどってくるとは思っていない。
「生きてるとか、死んでるとか、どうでもいいじゃない」
「どうでもいいわきゃねーだろ」
「どうでもいいよ。ボクらの夢にくらべれば」
「猿壱」
大沢木は友を見上げた。
親友は、ニコニコと満面の笑みをうかべている。
キレないかぎり、子供みたいに笑うヤツだった。
「ボクはサァ、イチとこうしてツルんでるのがたのしいよ。昔みたいでサ」
「オレもだ。二度とここに来るなんて、おもっちゃなかったよ」
「みたいだねぇ。ボクが知ってるまんまだもん」
山の頂きから下界をながめ、満足げにうなずく。
「あれからイチは、ここに帰ってなかったんだね」
「おまえのいない場所に居たってつまらねえだろ」
ふたりだけのアジトだ。
ケンカだってしょっちゅうだった。
かけがえのない、友だった。
「ボクはイチが好きだなぁ。そんなことを言ってくれるのはイチだけだもの」
「キー坊。答えちゃくれねえのか?」
この数日間は、本当に昔みたいに楽しかった。
だからこそ、こわくて聞けなかった。
真剣な様子の友の声に、猿壱はくずれ落ちた天井の隙間から空を見た。
無限の彼方に、かがやきつづける無数の光。
「星ってサァ、あんなとおくでキレイに輝いてるのにサ、センコーはこの星とおなじだって言うんだ。ウスよごれてガスがいっぱいの、この地上と同じようにできた惑星だって言うんだよ。それってサァ、ユメがないと思わない?」
「答えねえのか」
「教科書を指してここだ、って言うんだよ。土気色の惑星があんなに光るワケないじゃない。センコーだって自分の目で見たワケじゃないのにサ。どうして見てきたようにいうのかな。自分だって教えられただけ。そう思いこんでいるだけなのに、さも正しいように言うんだ」
「答えろ」
「イチは、死んだことないだろ」
キキキ、と嗤う声に、大沢木は異質なモノを感じた。
「だからさぁ、生きかえったこともないよね。そもそもさ、ヒトが死んだらそのままだって、だれが決めたのサ」
「……キー坊、おまえ、やっぱり」
「痛かったよ。撃たれたときは」
大沢木は、胸にためこんでいた息を吐きだした。
まさかの答えを期待していたワケじゃない。じつは死んでいなくて生きてましたなんて、都合のいい返事を期待していたわけじゃない。
だが――めまいがした。
うしろの壁に、体重をあずける。
「カタキは討ってくれたんだよね」
「……ああ」
チクショウ。
顔を上に向けて歯をくいしばる。
ありえねえものが、流れ落ちそうだった。
「ヒトが、生きかえるなんてありえねえ」
「イチもセンコーと同じなの? ちがうよね」
「おまえは本物の猿壱なのか?」
「見たらわかるじゃん」
見たらわかる?
見てもわからねえんだよ。
「ボクは、昔見たユメを追いかける。そのために、チームだってつくった」
廃工場のくらがりから、まるで気配もなく影が立ち上がる。
気づかなかったのか!?
油断していたのだろうか、十をこえる人数に囲まれていた。
みな格好がバラバラで、まとまりがないくせに、その表情は似ている。
虚ろ――
「イチ、一緒にいこう」
猿壱が手をのばす。
チーム?
オレ以外につるむヤツもなく、はぐれモノだった猿壱が?
「ボクのとなりはイチ、キミしか居ないんだ」
呼びかける声は、知ってるはずの声なのに、聞き覚えのないもののように耳にとどいた――