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7 秘剣乱舞! 凶刃の夜叉!

 小さな男だった。身長は160センチもとどかないだろう。

 烏帽子えぼしにかたびら。いずれも色ははげ、形はくずれ、他の死霊とおなじようにみるも無惨むざんちている。

 聾唖ろうあのように茫洋ぼうようとした態度で、ひょろりと長い痩躯そうくで突っ立っている姿は、たよりない印象しかもてない。


「おはようねぼすけさん」

 うしろ手に組み、女が語りかける。

「あなたのために食事を用意したの。ど・う・ぞ・召しあがれ☆」


 役目を果たした光りが粒子を残して消失する。

 いだしてきた死人どもが未練みれんがましい苦鳴を残して土の奥へとかえっていった。

 まだ無事な数人と、食いちらかされた複数のむくろ

「ちょっとへっちゃったけど、キのイイのが残ってるよ」

 といって、意味深な流し目をよこす。


 身構える金剛とあえか。

「……何者じゃ?」

 金剛の声に答えるものはいない。

 雲間くもまに隠れ、月明かりがとぎれた。


「ぎゃっ」


「ぬ!?」

 明かりがもどると、痩躯の若者がもと居た位置から移動していた。

 その腕に、無事だった男が一人、こときれている。

――いつの間に!?

 戦慄せんりつするあえかと金剛。


 若者は、自分の行動をよくわかっていないように首をかしげたあと、「ああ…」とうなずき、大口をあけて首筋にみついた。

 ブチン。

 肉をみきり、ごくり。

 のどが鳴る。

「血を――」

 あえかはおぞましげに身をふるわせる。

 Tシャツから伸びる腕がみるみるほそくなり、そのたびにごくん。ごくん。とのどが鳴る。


し」

 吸いつくした死体をその場へ投げ捨てる。口もとをきとるその目に、いくらか意志がやどっている。

 つぎの獲物を物色するようにこうべをめぐらせ、見当をつけるとその身をしずみこませた。


 たわんだひざが伸びきると、その姿は上空にあった。

「なんて跳躍力ちょうやくりょく――」

 ヒュン――

 落下のひとなぎで獲物をしとめる。

 ねらいすました一撃。まさにたかが獲物を狩るようだ。

 食らいついた歯の隙間すきまから、血がしたたる。


「げに悪しなり」

 またたくまに血を吸いつくし、横にほうり投げる。

「誰ぞ此間しるや」

「あたしがあなたをよみがえらせたの。とても深い恨みのココロ。あなたのココロに気づいたのはあたし」

「何為に吾ぞよぶや」

「憎いでしょ? この世が」

 あっけらかんとした声で女は笑った。

「だからんだの。それだけ♪」


「それだけじゃと!」

 金剛が怒気をたぎらせ錫杖で指し向ける。

鞍上あんじょう楽土から死者をよみがえらすは外道のきわみじゃ! 無理に起こせば死鬼とおちるッ」

「だからたのしいんじゃない」


 アハッ☆


「あたしもこの世が憎いから。お祭りはたくさんのほうが楽しいもの」

「まちがっています! そのような身勝手みがってな理由で人を犠牲ぎせいにするなど!」

「しあわせな人たちね。あなたたちはとてもしあわせ」

 女はふしをつけてうたいはじめた。


 ♪みんなふこうになればいい♪

  ♪あたしといっしょ♪

     ♪みんなもいっしょ♪

   ♪おどって わらって さけんで ないて♪

    ♪さいごはオーブンで いっしょにまるやけっ♪


「小娘ッ!」

 危機をはらんだ声に、はっとしてびすさる。

 影が降りてきたかとおもうや、かぎ爪のような腕がたもといた。


「いずくんぞ避くや」


 能面のうめんた顔でつぶやく顔に総毛立ち、怖気を断ち切るように拳を突きだす。

――ッ」

 一瞬はやく頭上へとはねあがるや、別の場所へと急降下し、

「ひっ」

 男が一人、また餌食えじきになる。


「――踊れぃ、”舞姫”!」

 金剛は錫杖をかまえて念仏ねんぶつをとなえ、印を結んだ。背後からかすむように分身がにじみでるや、大きく伸び上がる。

「あれにかなう者を呼びだせぇい! ワシがくい止める!」

「――春日君! 隠れていなさい!」

 無能な弟子に最低限の注意をうながし、舞技にはいる。


「我乞ひ願ふ。御身高き霊峰に奉られたる母なる母にして散りたる花の産土神よ」


 タン。とその場で二度足をふむ。ぬかるんだ地面にもかかわらず、その音は夜のしじまに鳴り響いた。

 その音に反応したように、かじりついた供物から顔をあげ、ふらりと近づいてくる若武者。


 シャン!!


 威嚇いかくするように金剛が錫杖を鳴り響かせた。

 若武者は大地を蹴りつけ、光る禿頭とくとうをとびえる。


「あまいわッッ」

 黄金色こがねいろに伸び上がった親父がかべとなり、おおきな手がほそい身体を、羽虫同然にはたき落とした。

 暗くひろがる木々のなかへと吸いこまれる。


「万物の限りに身を横たえし御身のみしるしを我にお貸し給え」


 タタン。タン。


 ほたるの瞬きのような灯火(ともしび)が浮かび上がる。

 二つ三つ四つと数を増し、一心不乱に舞う巫女の周囲をたわむれるように飛び交いはじめた。


「野に咲く花に奉る。険しき樹木に奉る」


 森の奥から若武者が姿をあらわした。

 なにか荷物をぶら下げている。

「助けてください! ボクなんかたべてもおいしくないですよ!」

 手提てさげ代わりにベルトをつかまれ、日和が一緒だった。


「おのれはァァァ――」

 うめく金剛。

阿呆あほうか春日! 隠れとけといわれたじゃろうに!」

「どうしろっていうのさ! オレはかよわい一般人ですぞ?」

「師の邪魔にならぬくらい弟子なら気をかせぃ!」

 祝詞のりとをとなえる師匠の眉間みけんがピクピクとふるえる。


 怒っている!

「師匠が怒っている! オッサン、オレを助けて!」

「手間のかかるこわっぱじゃッ」

 蹴散けちらし、若武者へと突進する。


「まったく弟子の不始末まで押しつけおるか!」

 錫杖をバットのように持ちかえて、走りしなに振りかぶる。

「ぬはァッ!」

 頭部をねらってのフルスイング。

 若武者はしゃがんでけた。


「ヒィッ!!」

 日和が悲鳴をあげた。

「キャー! ひとごろしー!」

「オヌシには当てんわい! すこしだまっとれ!」

 鋼鉄製の錫杖を持ちかえ、連続で突きをくりだす。

 見事なまでにかろやかにいなされる。


 対して、宙ぶらりんのまま死にものぐるいで身をひねる日和。

「お、ッサン! あたっ、あてっ、あたるっ、あべしッ」

「おのれぃ! ちょこまかと!!」

 錫杖を引き距離をとり、印を組む。


 ドサ、と落とされる日和。

「ふべ」

 地をうように若武者がける。

 ジャリリ、といういびつな音をさせて、腰元から引きぬかれる刀。

 びついて切断の役目はとうになくした刀身は、するどい角度で金剛のわき腹にめりこんだ。


「ぐ……」


 歯をむきだしにし、激痛に耐える。肋骨のきしむ音が内側からひびいた。

 倒れずと見るや、若武者は背後へまわり込み、超跳躍力(ちょうやくりょく)をほこるその健脚けんきゃくで、背中を蹴りつけた。

 巨躯きょくが浮きあがり、腐葉土ふようどの上を肉だるまがころがる。

「ぬんッ」手をつき、回転にブレーキをかける。

 一八〇度に方向転換し、ふんどしの帯をひるがえすと、


 引き裂かれた。


 感情の一切をそげ落としたかのような表情が眼前にあらわれる。

「――ッ!」

 とっさに錫杖を打ち下ろす。

 ()()()()刀のしのぎをけずり、たやすくいなされた。

 するりとふところに入り込まれ、短い呼気ともに、目にもとまらぬ速さで腕がとび交う。


「――がはっ」


 ゆらりと巨躯がゆれ、目を見開く金剛。

 無数のキズが縦に横に、斜めに細く、深く溝が打ちこまれている。

 その傷口は、本来なら斬り裂かれてあまたの血がふき出していたはずのもの。ナマクラであるがゆえに、肉体の損壊だけですんだ。

 黄金色の輝きが失われていく。

 ひざをつく金剛。

 刀を肩にかけ、それを見下す若武者。


「おっさん!?」


「――まだか。小娘……」

 金剛は脂汗をにじませ、血とともに言葉を吐き出した。

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