6 ご注文はゾンビですか?
「青龍家の――」
錫杖をひきもどし、ほぞをかむ。
二人の術者により、結界で女のいる場所は護られている。蒼衣の胴着は青龍家の術者である証だ。
「気絶させて連れかえりますか?」
「やむをえまい」
本格的な戦闘態勢にはいる二人。
ほほをぷくりとふくらませる女。
「じゃましないでよ。いまからココのタマシイをわたしのものにするんだから」
彼女のいる場所は、ゴツゴツした岩が乱雑にちらばった野原。ポッカリと木々がさけるように空間をつくりだしている。
「悪魔でも呼びだすか?」
「そ。あつまってもらった男のコたちは、そのためのイキエ。だから殺さないでね。味がうすくなるから」
「させません!」
札を投げつけるあえか。
しかし、結界にはばまれ、効力をだすまえに消失した。
「まずは術者をなんとかせねばな」
「……そのようです」
「この街がわたしのあたらしいスイートホーム。たくさんのオトモをひき連れて、パレードするの。ラッパ吹きみたいに!」
女が腕をひらいた瞬間――
渦巻く風がとり巻く人々を押しのける。
「くるか!」
錫杖をかかげ、別の手で印を組む金剛。
かがやく光が地からあふれ、腕をつきあげた女を中心にして、あらかじめ決められた法則にもとづき地を疾る。
これは――
「魔法陣!」
「完成させるな!」
「はいっ!」
魔法陣は召喚のための布石だ。イケニエと呪文で呼びだすものは多岐にわたり、忘れ物から地獄の地霊までその対象もピンキリだ。
広大なキャンパスに描かれる呪紋の霊圧をみるかぎり、小物レベルではない。
右手と左手に札をはさみ、はりのある声で詠いあげる。
「我乞ひ願ふ。高天原に居坐す神に呼び掛けむ。闇を祓いし益荒男のちはやぶる息吹をお貸し給う」
二枚の札を差しむけるなり、二人の術者は横殴りの突風に飛ばされた。
すかさず金剛が躍りでる。
立ちふさがる者を蹴散らしなぎはらい、一路妖しい女のもとへ。
ボコっ
「!」
なにかにつまづき、体勢をくずしたものの、すぐにたて直してさらに踏みだす。
ボコっ
「なんじゃと!?」
地中から生えた腕が足をつかんでいた。
ぬん! と錫杖を突き刺してその手からのがれる。
「”舞姫”! 気をつけいっ!」
そこかしこの地面が隆起し、ボロボロの格好をした幽鬼が這い出てくる。
いずれも元の髪は抜け落ち、大木のうろのごとく落ちくぼんだ眼窩。その奥にかがやくのは、生者を恨むねたみの灯火。うごくたびにガシャガシャと、風化し役目を果たさなくなった武者鎧が、くたびれた音をたてる。
「死霊召喚……ここは古戦場跡か! まずいわい」
「金剛さま! この者どもは一体!」
「無視せい! こやつらは雑兵じゃ! 時間かせぎにつきあっとる暇なぞない!」
悪臭をはなって近づいてきた亡者を一閃して払い捨てる。胴体を分断されて地面に転がってもなお、亡者は生者をもとめて這いよる。
ぼう、としていた男のひとりに亡者がとりつき、ならびのわるい歯であたまにかぶりついた。
「――あああああああぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁ!!」
絶望の声があがる。
頭蓋骨がかたい歯でかみくだかれ、やわらかい好物にむしゃぶりつく。
あえかは直視できず目をそむけた。
脳みそを吸い終わると、つぎは脂肪分たっぷりの生肉を喰らいはじめた。同族たちもハイエナのようにむらがり、ガツガツと食事にくわわる。
「我乞ひ願ふ。御柱に発つ明星の鳥に奉る。一葉の羽根に燃ゆる息吹を」
投げた札は亡者にはりつくなり、またたくまに▽業火にくるんで消し炭に変えた。
一向に気にかけず食事をやめない亡者の集団。
立てつづけに札がとぶ。
「なにをしとるか小娘!」
足を止め、叱責の声をあげる金剛。
「捨ておけません!」
「相手するなといったじゃろう!」
言いあらそう二人。
「術者をつぶさねば亡者は消えぬ! 蜘蛛の糸にむらがる死人にかぎりなぞあるか!!」
「助けられる者を見捨てるのが仏の教えですか!」
「阿呆がッ」
吐き捨てた言葉とともに、まだひらいた距離で錫杖を突きだす。
「恩吉里吉里恩吉里吉里……」
真言とともに錫杖がまっすぐにのびる。
もはや結界もない。
この距離だろうと届く!
ボコっ
地中からのびた腕が、錫杖の先をつかんで止めた。
「ぬぅ!? またしても!」
恩吉里吉恩吉里吉里恩吉里吉里里恩吉里吉里……
押し切ろうと印に力をこめる金剛。
一心不乱にとなえるその身へ、死人どもの団体がおしよせる。
「――おのれぃっ!」
腹立たしげに錫杖を引き、もどってきた勢いにまかせて振りまわす。
上下にブチン、とちぎられ、死人がなぎたおされる。
「役にたたぬ小娘じゃ!」
「くすくす」
笑う女の足もとが隆起し、魔法陣の光りに影を落とすように人影がふくれあがる。
「おおっ……おおおぉぉぉぉぉ!!!」
雄叫びをあげて、生まれいでた。




