5 男はみんな、オオカミです!
からかうように、白い軌跡が奥へとむかう。
「誘っておる」
木々のすきまをぬい、巨体がむずかしい顔でつぶやく。
ついでのように若者たちも追いぬいていく。
「ええ」
影のように金剛につきそい、ちらりと通り過ぎる若者に目をやる。
「ぼうずは先頭じゃぞい」
「あの馬鹿」
「若さがありあまっておるのう」
ニヤリと笑う巨躯がふくれあがる。
袈裟が内側からはじけるように破れ、ふくれあがった筋肉が金色に色づく。
「ぬううぅぅぅんんん!!」
ふんどし一丁とバスケットシューズだけの姿で、目の前をふさぐ大木にむけて錫杖をなぎはらう。
幹に鉄がくいこんだかとおもうと、上下に分かたれた。
丸太のような足をふりあげ、前に突きだす。
「喝ぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
どす! とめりこむと同時、急激な初速がくわえられた大木が、28インチの靴型をつけて夜を駆けぬけた。
「!」
白い影が華麗に舞う。
はだけた胸元からたわわに実った乳房がのぞく。
ふとい幹を軽々とかわし、梢に腰かけて妖艶な笑みをうかべた。その目元は暗闇に染まったままで、正体まではうかがえない。
「人か」
むぅ、とはだかの巨漢がうなる。
「金剛さま、その格好、どうにかなりませんか?」
「気になるか。この肉体美」
「目に障ります」
あえかは札をかまえると、祝詞をとなえた。
「我乞ひ願ふ。木ノ花咲く野の御霊に聞こし召さん。野の茅命糾はる真草の綱よいらえ給へ」
投げつけた札がはりつくと、樹齢を重ねた幹にとぐろを巻いていた蔓が、生きもののように腕をのばす。
ほそい足にするりと巻きつくと、あまたの芽から茎をのばして荒縄のように全身を締めつけた。
女が声をもらす。
「くふ…ん」
じわじわと食いこむ荒縄が、ゆるい布地を締めあげて、凹凸差の著しいラインを描き出す。
女性的な特徴をむき出しにされ、わななく身体。
なぶられることを悦ぶかのように、熱くこぼれ出る吐息。
「「おおおっ!」」
下から見上げて興奮する群衆。
「グッジョブ師匠!」
追いついた弟子のえりもとをつかみ、地面にたたきつける。
「ごふっ」
「恥を知りなさい」
「くふぅ……あはぁん……あぁ……いやぁん」
なまめかしい嬌声に生つばをのみこむ男たち。
「おかしな声をだすのはおやめなさいッ!」
苛ついた声で叱責すると、女はぱたりと声をやめ、
「くすくす。ごめんなさぁい」
ペロリと舌をだし、いましめのナワからするりと脱出する。
唖然とするあえか。
「なにをしておる小娘!」
金色の巨体が肩から大樹へとぶつかる。
おおきく揺れた木の上に、すでに女の姿はない。
「逃したか」
「すみません」
「術を破られた程度でうろたえる者がおるか!」
シャン。
錫杖を腐葉土に突きさし、両手のひらをたたきあわせる。
「色即是空空即是色」
金色の身体がさらにまぶしくかがやきを増すと、にじむように金剛の身がズレた。もうひとりの金剛は上へ上へと伸びあがり、憤怒をみなぎらせて両腕をのばした。
黄金色の腕がかすめるも、蝶のようにひらりひらりとかわされる。
「こっちこっちィ~きゃははッ」
「お手伝いします」
あえかが札を取りだそうとした。
その手がつかまれる。
「なっ――」
おどろいて顔をむけると、うつろな笑みを浮かべた男と目があう。
いい知れぬ悪寒。
「離しなさい!」
ひじをあごに当てると簡単にはずれた。
「小娘!」
金剛の切迫した声にふりむくと、おなじ目をした別の一人がせまってきている。
「溌ッ!」容赦なく蹴りつけ、吹きとぶ男。
「これは――」
まわりを見回すと、野次馬であつまっていた男たちがみな一様に霞がかった目で、のそのそと近寄ってきている。
金剛も巨身の分身をひっこめ、錫杖を手に応戦している。
「操られているの!?」
「操心術のつかい手じゃったか」
「ひぃぃぃぃぃ! シショー! おたすけー!」
4足歩行で移動する日和。団体に追いかけられていた。
すでに一番の雑魚と見極められたようだ。
「自業自得です」
「ひどいよ師匠!」
「わたしの弟子と自覚があるならなんとかなさい!」
「ムリッス!」
眉目秀麗な柳眉がみるみる吊りあがる。
それを見てあわてて訂正。
「ムリじゃないッス!」
ちくしょう! オレいたって健全な一般ピープルなのにッ!! からだから金色の分身だしたり、紙きれで摩訶不思議な妖術駆使したりできないのに!
では何できたのか。
「そうだ! 当初の目的を果たさねば!」
出歯亀だった。
「おまえら! オレをねらうのは間違っている! 男のハダカより女のハダカ! ちがうか!?」
返事はかえってこない。
距離だけがつめられる。
「こっちくんなバッキャロー!」
わめきながら逃げ回る。
「きゃはは! なにあれ」
おかしそうに女がわらい転げる。
あえかが顔を真っ赤にする。
「あの馬鹿……ッ!!!」
「恩吉里吉里恩吉里吉里」
真言をとなえる金剛。
恩吉里吉里恩吉里吉里恩吉里吉里……
経にのせてに突きだされた錫杖は、実際の長さをこえてどこまでも伸びゆき、腹をかかえた女へと超スピードで一直線にむかう。
しかし――
ドン!
「ぬっ?」
ゴン! ゴン! ゴン!
ノックするように何度も見えない壁につきあたり、先へ進めない。
笑いすぎておなかをかかえたまま、金剛に舌をだす。
「べぇーーッ、だっ! おーはっずれぇーいっ」
物陰から、蒼い胴衣に身をつつんだ術者が二人、式符をかかげてあらわれた。