4 森の奥でつかまえて!
森の中は鬱蒼としている。
それが深夜となればなおさらだった。ホウホウというふくろうらしき鳴き声が聞こえる。近くの池からはカエルの声も旺盛だった。
明かりがあると警戒するかと考えて、夜目で見張りをつづける。月が出ているため、それほど苦ではない。
「……でませんね」
近くにいるらしい金剛に声をかける。
「ふむ」
短い返答。
あえかは対霊物を想定した巫女衣装のいでたちのため、月明かりにぼんやりと発光しているかのように浮かびあがっている。
対して金剛は黒の袈裟で、沈みこむように暗闇と同化している。
「その情報、確かな出どころなのですか?」
「東家からじゃ。調査に出かけた術師が二人、行方不明となっておる」
「事故である可能性は?」
「ないでもないがな。ここは遭難するほどの場所ではない」
「それもそうですね」
ヘッドライトの灯りがとおり過ぎる。
道路からはそう離れていない。
霊異に関与するものは皆、森や山に畏敬の念をもっている。それらは神の庭であり、魑魅魍魎の跋扈する異界であるとの理解ゆえだ。
暗い場所にはなにかがいる。
霊感のない人間でも、ふと恐怖にかられるのはめずらしいことではない。木々がつくりだす闇には不可視のものが住みつきやすい。オカルトスポットなどではたいてい、そのすきまに彼らの視線がある。
そういった区画を管理し、対外・対内的に保護する事も”総社”の役目の一つ。東家がこの土地のみはり役であったがゆえに、第一犠牲者となったのだろう。
「気配は感じますか? 金剛さま」
「うむ。おる。それも、すぐ近くにな」
「本当ですか?」
「おぬしの背後に――」
言い終わる前に、あえかは袂から取りだした神依りの札に霊威をこめた。
「高天原に神留坐す神魯岐神魯美の詔以て――」
ペタッ、とおでこに札が貼られる。
「はっ!?」
日和がフリーズした。
「――痴漢がおる」
「あら本当。こんなところに生き霊が」
「いでででででで!!」
札ごしに二本の指を、あらんかぎりの力で押し込める。
「まぁなんて効き目のわるい」
「いでででででで――降参ッス! 生き霊じゃないッス! アナタのかわいい一番弟子ッス!」
「わたしの弟子ならきっとよい子で勉強している時間です」
「すいません! 僕バカでした! 不肖の弟子ッス! あででっ、あたまに穴があく!」
「”舞姫”。そのへんにしておけ。本命が来おったぞ」
あえかはようやく解放すると、身を伏せた。
「いってぇええええ!! 死ぬかと思っ――」
「沸ッ」
日和の腹に鉄のナックルがめりこむ。
「おとなしくしていなさい」
ブロロロ。と今日の晩メシを草木にぶちまける日和。
「待てぃ!」
金剛が錫杖の音を響かせる。
しゃららん――
輪廻を象る六輪が、さざ波のように余韻を残す。
人影は驚いたように立ちすくんだ。
「む。男か」
「お、おとこ……」
虫の息をした日和が、青白い顔を絶望色に染めた。
「男の露出魔なんぞ……変態とかわらんじゃないか」
「な、なんですかアナタたちは!」
挙動不審にきょろきょろと見回す男は、金剛の巨体にあとずさりながらふるえる声を上げた。
「オヌシ、裸ではないな」
「あ、あたり前でしょう!」
「ふむ。ハズレか」
Tシャツにジーンズという、いたって平凡ルックである。
「このような場所でなにをしておる」
「い、いいじゃないか! 人の勝手だろ!」
「勝手ではありますが、ここは国の所有地です。無断で入ってよい場所ではないですよ?」
あえかが横から口をはさむと、男がおどろきに目を見開いた。
「まさか……」
「?」
暗闇とはいえ、月明かりでおたがいの表情くらいはわかる。
「あんたが、例の??」
「はい?」
「こんな美人が……いやいや逆に、だからこそありえるのか」
男はブツブツつぶやくと、面と向かってあえかに告げた。
「それでは脱いでください!」
「溌ッ」
光る拳が男のみぞおちにすいこまれた。
ブロロロロ。と、彼の夕食も草木にすいこまれる。
「通報しましょう。金剛さま。警察につきだして、一生脱げないレッテルを着せて差しあげましょう」
拳から怒りをみなぎらせ、菩薩のような笑みであえかは進言した。
「え? ちがうの?」
「まじで?」
ぞろぞろと、どれだけ闇にひそんでいたのか、何人もの人があらわれる。
「あんたがここらで有名な露出魔だろ?」
不用意な一言を言った彼は、殺人パンチをくらってやぶに埋もれた。
おし黙る男たち。
なかには逃げだした者もいる。
「わかったぜ、オレは」
日和は不敵に微笑んだ。
さりげなく、あえかから距離をとる。
「こいつら――オレとおなじ出歯亀野郎だ」
ビシッ! と指さし、ササッ、と金剛の背中に隠れる。
おそれるようにあえかを見た。
「誰から聞いたのです?」
きびしい表情でたずねるあえか。
「誰って……なぁ?」
互いに顔を見交わす男たち。
「噂だよ」
「ウワサ?」
「ネットの噂。いたずらだとは思ってんだけどさ、近場だし、興味本位にちょっと」
下心がありそうにほほをゆるめている。
見れば若い男ばかりである。
「じゃがこのあたり、目印もなにもないぞ? よくわかったのう」
「だから張ってんじゃん。センパイのトモダチもここらで見たって噂だし、その」
といって、あえかのほうをちらりとみる。
「ハダカの女」
グキリ。
拳を鳴らし、微笑みを張り付かせたまま進みでるあえか。
あとずさる面々。
「なにもオヌシのことではなかろうに。いいかげん怒りを鎮めい。神職につかえる巫女じゃろうて」
「神につかえる者ゆえに、正しい道にみちびこうと」
「墓の下にでも押しこむつもりか?」
金剛は自分の背後をむんずとつかむと、引きずりだして押しつけた。
「こやつで勘弁しておれ」
「薄情モノのクソ坊主ぅぅぅぅぅぅッ」
カウンター気味にあごにクリーンヒットし、あえなくノックアウトされる日和。
「お、おぃ! あれッ」
その場にいる男子全員が反応する。
ふわり――
と。
夜の森に似つかわしくない光景が目の前をとおり過ぎた。
――くすくす。
暗闇にこだます衣ずれの音。
「「おおおおおおおお!!」」
興奮と歓声で林がふるえる。
ふわりふわりと、木々の間をとびはねる小柄な人影。
――くすくす。
誘うように妖しい笑い声を残していく。
「追いかけろ!」
「待たぬか!」
金剛の静止も聞かず、衝動のままに突撃する。
その先頭に日和がいた。
「そのナマチチもらったァァァッ」
「”舞姫”!」
「はい!」
おのおのの武器を構え、月明かりをたよりにあとを追った。




