3 ウワサのハダカ?
「今日も大沢木くんはお休みですか?」
「みたいっス」
胴着に着替えた日和は、おなじく巫女衣装から胴着へと姿をかえたあえかに答えた。
「ここのところ、無断欠課が多すぎますね」
はぁ、とため息をつく。
憂いの表情すらオレのハートをわしづかみだ。
大沢木は先日会ったとき以来、一度も道場に顔を出さなくなった。というより、学校自体に出てきていない。
今日の土曜で、通算三日目。
「私の教えかたに問題があるのでしょうか?」
「師匠にはボクがいますとも!」
「彼には才能があるのに」
「ねぇ、師匠。一番弟子がここにいますよ?」
懸命に自己アピールするが、あえかは目を合わせてくれなかった。
「本日はみすずさんもお休みです。二人だけですね」
「二人だけスか」
右をみて、左をみて、ふり返る。
いつものうわばみ坊主すらいない。
広く感じる道場には、師匠の鼓動とオレの鼓動の二つだけ。
サワサワと風にそよぐ庭の木立。
まるでこの状況を歓迎するかのように、こずえの音を耳にとどかせる。
「風邪の具合はいかがですか?」
師匠がオレを心配してくれている。
「ぜんぜん大丈夫ッス!」
「そうですか。ではまず構えから」
白無垢の胴着をはらい、すっくと姿勢よく立ちあがる。
わずかにみえるブラの輪郭。
「師匠、今日のオレはいつもと違いますよ」
目先の欲求にとらわれず、颯爽と立ちあがる。
「はい?」
怪訝な顔のあえか。
「オレも日々学んでいるんです。いつまでも昔のオレじゃありませんよ」
「そのわりに上達がみられませんね」
「外面じゃない。内面をみがいてるんです」
動悸を落ちつけるように構えをとる。
「なるほど。それでは型の修練から」
「もらったぁあああああああ!!」
野獣のおたけびをあげてあえかに襲いかかる。
腕をつかまれる。
引きこまれるように円をえがくと、足をはらわれて背中から床に着地した。
「ぎゃっ!」
「沸ッ」
降ってきた拳は、腹の皮一枚をへだてて静止した。
「きゃぅん! きゃんきゃん!」
子犬の鳴き声をだし、腹をみせて無抵抗をアピール。
「内面がなんですか?」
笑ってもいない目に見下され、今日のところは真面目にいようと思った。
「邪魔するぞい」
場の空気を察することなく、道場の玄関から巨躯の坊主が酒瓶片手にのそりと入ってきた。
服従のポーズをとる日和と、またがるように位置するあえかをみるなり、「ふむ」と赤ら顔で納得する。
「邪魔したの」
「ご用ですか?」
ヒック。
のどをならし、酔いどれの座ったマナコがあえかを見据えた。
「”舞姫”よ、昼のさなかから若い男を襲うのは関心せぬな」
「どこをどうみればそうなるのですか!」
「見たままを言ったまでじゃがなぜ怒る」
バスケットシューズをぬぎ捨てるなりどかりと座り込み、おちょこに酒をそそぐ。
「道場でお酒をのまないでくださいと! 何度言えばわかるのですか!」
「酒ではない。般若湯じゃ」
「せめて瓶のラベルをはがしてから言ってください!」
「時に小娘。二双椛の森に夜な夜な出没する怪異のうわさ、知っておるか?」
話題を変える。
「怪異? 聞いたことはありません」
不服そうに話しにのるあえか。
「夜な夜な裸の女があらわれるという」
「聞き捨てならんっスね」
神妙な顔をした日和が金剛のそばでうなずく。
「いつの間に」
いともたやすく拘束からすり抜けた弟子に呆れ返る。
どうしてこういうときだけ実力以上の潜在能力を発揮するのかしら。
「どれだけ裸なんスか? モロですか? いえ、半裸でもぜんぜんボクはかまいませんけど」
「ふむ。若人よ、興味があるか?」
「もちろん!――興味ないです!」
背後からの凶悪なプレッシャーに、即座に発言を訂正する。
「いやですわ、金剛さま。よい子は寝ている時間ですよ?」
「師匠! オレなら深夜二時くらいまで超ヨユーっスよ!」
「なら勉強していなさい」
一刀両断するあえか。
「金剛さま、あちらで話を」
「うむ」
「春日くんは、型の練習をしていなさい。わたしが帰ってくるまで道場を離れないこと」
「ええー」
「なにか不満でも?」
「……殴られたこと以外はとくに」
即席でふくらんだほほを押さえて聞こえないようつぶやく。
金剛とともにあえかは外へと出て行った。
修練の構えをとき、彼はさも当然のようにあとを尾けた。