2 再結成 ゛テッペンコンビ゛!
志村と御堂は、あれから一言もしゃべらなかった。
目をあわせようともしない。
結果として漁夫の利をえた日和は、はじめて香月の弁当を完食した。1時間目から計算してペース配分を維持した結果の勝利だった。
ふくれた腹をおさえながら、ゆるいペースで自転車をこぐ。
あえかの道場へとおもむく途中であった。
そういえば、自転車乗るのも二日ぶりだ。
――あいつら、なんだっていきなりケンカはじめたんだ?
今朝からずっと考えている。
思い当たるフシはない。
ともに”G作戦”を決行した仲である。
まさか、未完で終わったそのことがあとでこじれたんだろうか?
それにしては、言動がおかしい。
『あの子』
『彼女』
あきらかにひとりの、たぶん女の子を目あてにあらそっている。
二人でひとりの女の子を取り合っている?
思いつくのは、逃走中に親しげに話しかけてきたあの子。
ルカ女子っぽくない服装で、おおきな胸だった。
あの胸にやられたのか。
思い出してもあれはデカかった。
何カップくらいあるんだろう。
ちなみに師匠はCカップだ。
あれだけおおきいとなると、この眼力をもってしても計測不能な領域だ。
さわって確かめてみるしか方法がない。
もう一度ルカ女に潜入するか?
それは決死ではなく、必死の行為。
次見つかると、ほんとに殺されるかもしれない。
社会的な意味で。
悪寒が走った。
「ぶあっくしょい!」
まず風邪を直さないと。
商店街の『自転車通行禁止』の看板を無視して進んだところで、カラオケ店から、見覚えのある学生が出てきた。
――いっちゃん?
もう一人出てくる。
大沢木に似た服装で、背丈は日和よりも小さい。ニコニコと子供のような笑顔で大沢木と笑いあっている。
誰かとつるんでるなんてめずらしい。
「いっちゃん!」
チャリをこいで近くまでいくと、ブレーキをかけて止まる。
「なにしてんの?」
「よぉ、ひーちゃん。もうそんな時間かよ?」
大沢木は上機嫌だった。
「先生かなり怒ってたぜ? あのあといきなり小テストはじめるし、しまいにオレに鬼の宿題を課すし」
「まじめに授業なんぞ受けてるからァ、ンな目にあうんだよっ」
学ランを肩にさげ、けたたましく笑う。
テンション高ッ!
肩に腕をまわされ、引き寄せられる。
「こいつァオレのダチのひーちゃん。ガキの頃のなじみさ」
うっ……!
「いっちゃん、酒、のんでんの?」
「マァな」
アルコールの匂いを吐き出しながらニヤつく。
「イチのダチかー。ならボクのダチ!」
対して少年の顔色は赤いというより、青いといった方がいい。そのくせ、大沢木と似たようなテンションで、目の前に手をひらく。
「ヘイ!」
「…………?」
日和は大沢木に目をむけた。
「ヘイ! っていったら手を叩かないとアウトっ」
勝手に手をもちあげて、自分の手に打ちつける。
「あいてっ!」
シビれるほどの衝撃。
「ボク、戸隠猿壱。よろしくー」
「チビだろ? キイチのキは、サルって書くんだ。チンパンジーみたいにウキキ、ってな」
「それじゃ、イチはきゃんきゃんうるさい子イヌだねぇ。首輪もちゃぁんとついてるし」
といって、首回りをぐるりとなぞる。
「こいつか?」
つられて大沢木も手をあてた。
かたい金属質の冷たい感触。
ふとすれば忘れている。こんないかつい代物だというのにだ。
金剛のかけた犬神の『封印』。
いまではからだの一部のようになじんでいる。
「――ただの飾りだ」
キン。
指ではじくと澄んだ音がした。
「磯垣中の”テッペンコンビ”っていえば、この辺のワルじゃちょっとした有名人だったんだけどねー」
「う~ん、知らない」
「ひーちゃんはまじめだったんだろ。俺の”一”とキイチの”壱”で”一壱”コンビ。中坊のころは、このヘンのガッコをシメて回ったんだけどな。ひーちゃんとこにも回ったはずだぜ?」
「へー」
日和のいた中学にも不良はいたが、あまり彼らとかかわったことはない。
「まぁ、キジのいないモモタローのツレ、なんていうヤツらもいたな」
「”狂犬”と”暴れザル”。聞こえたらボッコボコにしてやったけど」
おさない顔のわりに、発言は過激だった。
「中坊だからってバカにして逆にシメられてんの。笑えるよねー、キキキッ」
笑い方も独特だ。
「昔のボクらはぶいぶいいわせてたからねぇ。たのしかったねえ」
「……ああ」
「おぼえてるよね、イチ」
たばこを取りだした大沢木の、その手が止まる。
「……ああ、キー坊」
「よかった。しばらく会ってないウチに忘れたのかと思っちゃった」
苦い味をくわえて空を見上げる。
「約束、な」
「そうさ! ボクらはこんなところで終わるコンビじゃない」
猿壱はうれしそうにはしゃいだ。
「ボクらは二人でサイキョーなんだ。ねぇ、イチ」
ケムリのゆくえを眺めたまま、「…ああ」とつぶやく。
「いっちゃんが”狂犬”ってのはわかるけど、猿壱さんが”暴れザル”って――」
「イマ”サル”っつった?」
猿壱が豹変する。
瞳孔がタテに細くなり、猛禽じみて獲物をにらむ。無邪気だった笑みに悪意がまじり、見るものを凍らせるような凄みがはりついた。
背中に回した手が引きぬかれると、ズルリ、と長い木刀があらわれた。陽向の下、ベットリ染みついた血のあとがまざまざと目に映る。
数秒後の自分の姿が見えた。
「すんませんでしたぁぁぁーーー!!」
一も二もなくまずあやまる。
「タマナシかョオマエもっぺん言ってみろボケ。首チョンパでブシャってされたいんダロ? ネェ?」
「これが”暴れザル”の正体だ。俺よりキレやすいタチなんだよ」
苦笑し、平然とたばこをくゆらす大沢木。
ヘルプミー、と日和は全身をつかってあらわした。
「ハァ? イチまで言っちゃうソレ? イマ? 覚悟できてるよねェ?」
「そういや、タイマンは十四対十五で俺の勝ちこし中だっけか」
うれしそうにファイティングポーズをとる。
「そうだっけ? ボク記憶力ひくいからサァ。それよりずゥゥゥと多いと思ってたヨ」
ぐるんぐるんと木刀を振りまわし、ピタリと肩におく。
「ヤっちゃう? ココで? 死んじゃってもシラねェカラヨォ――イチぃ!」
抜き打ちに木刀がふるわれた。
ブンッ! と当たるとヤバそうな音は風切り音だけでおわる。
「へっ」
たばこをかみちぎる。
かがんで凶器の一撃をかわした大沢木は、ひくい姿勢から拳をふりあげた。
「キキキッ」
避ける猿壱。
アッパーカットを振りぬいた大沢木の胴をねらう。
横のカラオケボックスの看板をつかむと、大沢木は全身を引きあげた。
隙をねらった攻撃は足の下をくぐる。
ちぢめた足を空中から突きだす。
余裕でかわす猿壱。
タン、と地面に着地した大沢木は、間をおかずに横へ跳んだ。
掠めるように木刀がとおり過ぎ、蛍光板の店名にぶつかって爆ぜる。
――パァン!!
うすいプラスチックが粉々に砕け、穴をあけた看板はいきおいよく壁にぶつかり四散した。
「あーあ。イチがよけるから」
衝撃に耐えきれず、カラカラン、と地面にころがる元木刀。
「ま、拾いモノだしこんなものかな」
「相変わらず派手にモノ壊しやがる」
カラオケ屋の店員が、何事かと出てくるなり、壊れた看板に唖然としている。
「喧嘩売ってきたイチのせいじゃん。ボク無罪だよ?」
「これだからよ」
日和にむけ、肩をすくめてみせる。
「マッポがこねぇうちに引きあげるわ。ひーちゃんもとっとと逃げた方がいいぜ? 共犯あつかいされたかねえだろ」
「じゃねぇ♪」
とっくに逃げ出している猿壱を追って、大沢木も駆けだした。
「いっちゃん! 今日の修練は?」
「なしだ! わりぃな」
へっへっへ、とうれしそうに去っていく。
キョロキョロとまわりをみて、エヘヘと愛想笑いを浮かべると、日和はペダルを踏みこみ猛スピードで現場をあとにした。