1 ありえない再会! {§}
どんっ、と壁に叩きつけられる。
「ぐぁ!」
コンクリートを背に、逃げ場のない腹に拳がめりこむ。
うめき声を吐いてつきでた首筋に、ギロチンの刃のごとくエルボーが叩きこまれた。
アスファルトに顔面から突っ伏し、土埃を舞い上げる。
「なさけねェ」
うずくまる数人の学生を見おろし、大沢木は吐き捨てた。
「行けよ」
見ることもなく、くらがりでふるえる連中に告げる。気弱そうな二人の男子は、何度もつまずきながら路地裏から出て行った。
「センパイよぉ、カツアゲするならオレの目に入らねェとこでやんな」
「”狂犬”、またてめーがァ」
首を反らし、ふてぶてしく笑う。
「ちっと機嫌わりぃんだ。うさばらしにつきあえよ」
「クソガキがぁ!」
立ちあがった一人がギラリと光りモノをもちだす。
ピキ、と大沢木のこめかみに血管が浮きでた。
「つまんねェよ」
「死ねやダボがぁ!」
サバイバルナイフを見せつけるように振りかざし、襲いかかってきた。
ナイフの軌道を見計らい、腕をはらう。
「うわっ!」
硬いものにナイフがはじき飛ばされ、勢いがそがれた。
一歩を踏みだし、ひきしぼった拳を打ち放つ。
グシャッ
顔が潰れ、意識を失い、相手はひざをついて昏倒した。
「……弱ェ」
イラついた声をあげ、鼻血でよごれた拳を背面にたたきつける。
ミシ、と壁が悲鳴をあげた。
拳をはがすと、カラリ、と穿った穴からカケラがこぼれる。
「どいつもこいつもツマらねえ」
苛だちがおさまらない。
ハンパなヤツらをいくら倒そうが満たされない。
紙一重の勝負。
ゾクゾクするようなケンカの醍醐味。
そいつが今、失われている。
原因はわかっている。
”犬神憑き”だとかいう、オカルトのせいだ。
最初は夜に目が利く程度だった。
夕暮れをすぎれば、おのれの身体能力が飛躍的に向上した。
ここまではいい。
夜でなければ生身の体でハンデなしのケンカが愉しめた。
それがここ最近、太陽が天井にあっても力がおさまらない。尋常でない力が昼にまで影響してきている。
強くなるのはいい。
だが、それをぶつける相手がいない。
轟あえかという格好の相手もいるが、あれは別格だ。
こっちがいくら本気でかかろうが、涼しい顔で受け流す。子供あつかいされて、まともに相手もされていない。
実力差がありすぎておもしろくない。
格上と格下。
ちょうどいいのがいないせいで、鬱憤はたまるばかりだ。
「くそっ」
吐き捨てて、ポケットに手をつっこむ。
――あいつが生きてりゃナァ。
ビルとビルのすき間から覗く細い空を見上げ、なつかしい友の顔を思い浮かべる。
「”狂犬”みっけ」
路地を複数の人影がふさいだ。
どれもこれも、学校規定の制服から逸脱した服装をしている。
「おー。”狂犬”狩りにかけつけたぜ」
ゾロゾロと路地裏に入ってくる不良の一群。手に手に持つのは、凶器というには生やさしい、一点ものの道具累々。
これだけいりゃぁ――
大沢木はニィ、と歯をむきだしにして笑った。
「へっへ。仲間を呼んだぜ。てめーもこれで終い――ぎゃぁ!」
踏みつけた足下に、コナゴナになったケータイと人間の手がはさまる。
悲鳴をあげて懇願する声を「クカカッ」と笑って踏みにじる。
「止めてみせろよ、このオレを」
「ああぁ!? この人数に勝てるとおもってんのか! マジぶっ殺すわ」
気合いの声をあげ襲いかかってくる。
「ねぇねぇ」
「あぁ?」
路地裏をとりまく一人に、脳天気な笑みをうかべた学生が声をかけてきた。
「んだテメェ!?」
「ケンカはよくないよ」
背の低い少年はニコニコと笑いながら、気おくれもせず言葉をつづける。
「だってさぁ、相手はイチ一人じゃない。それにこの人数ってさぁ、ヒキョーじゃない?」
「なんだこのボッチャン! ジャマすんじゃねーぞ」
「ボッチャン? それってボクのこと?」
ニコニコしていた顔が変わる。
「だよねぇ!」
いきなりの豹変にたじろいだ不良の顔がへこんだ。
つづいてズブ、と腹にめりこんだ蹴りが不良をふきとばす。
「なんだ!」
「サルも歩けばイヌのケンカにぶちあたるってサァ」
凄絶な笑みをうかべた少年は、蹴りとばした不良のもっていた木刀を拾いあげ、肩にかついだ。
「キキキッ」
奇怪な声をあげるや、ふり回して乱入してくる。
「なんだこいつ!」
「”狂犬”を止めろォ!」
大沢木も大沢木で、とり囲んだ連中を嵐のようになぎたおしていく。
うしろからも「キキキ」という声とともに仲間が打ちたおされていく。
「ひっ!」
拳と木刀の一撃が、最後に立っていた不良の顔面にめり込んだ。
倒れていく彼を支柱に、ふたつの影が互いにねらいを定める。
渾身の一撃は、相手に当たる寸前でピタリと止まった。
「おまえ――」
「キキキ、カンドーの再会、ってヤツ?」
子供っぽさのぬけきれない笑顔。
ついさきほど、空に浮かべた友の顔が、そこにあった。