16 魅了のトリコ!
ボテッ、と校門の外に投げだされる。
ここまで運んできたレスリング部の女子は、粗大ゴミでも捨てたように手をパンパン、とはらった。
「おとといきやがれですわ」
芦名花音は鼻息あらく言い捨てると、校門前に常駐している警備員につげた。
「今後、この者たちをとおすことはまかりなりません。見つけしだいに即刻通報してかまいませんことよ」
日和たち三人は荒縄でぐるぐる巻きにされ、打ちあげられた魚のようにじたばたもがいていた。
下校する女生徒たちが、もの珍しげにながめてはくすくす笑って通りすぎる。
「ナワほどけチクショー!」
いも虫のようにのたくるが、手も足もがんじがらめでどうにもならない。
「よい気味ですこと」
ほほほ、とあざけりの声をあげ、芦名花音は上機嫌で去っていった。
「日和、まぁ落ちつけよ」
「なんだよ志村! くやしくないのか!?」
「これはこれで、キライじゃない」
「…………」
這って志村から遠ざかる。
「……カメラ。オレのデジタル一眼レフカメラ」
泣いているのは御堂だった。
彼が大事にしていたカメラは、女子高生たちに没収され(巻きあげられ)てしまった。
「なにも本体をとらなくていいじゃないか。SDカードだけ抜きとればじゅうぶんじゃないか」
今回の一番の犠牲者である。
「お年玉ためてようやく手にいれたのに。ジャーナリスターとなるオレの相棒は、たった半年で星になっちまった」
「あわれな」
「弁償してくれ」
うらみがましく見つめられ、日和はコソコソと距離をとる。
「貴い犠牲だったな」
「ああ、御堂が犯罪者となるまえに、あのカメラはみずから犠牲になったのだ」
「美談でまとめんなコラ!」
シャクトリムシの兄弟よろしく、のそのそと追いかけっこしていると、背中を誰かに踏まれた。
「にギャア!?」
「あ、ごめんなさい」
すなおに足がひかれ、日和はいたむ背中をがまんして上を見上げた。
「……委員長?」
南雲美鈴が見下ろしている。
こころなしか元気がない。
「どした?」
「……あなたたちこそ、なに? その格好?」
「……ミノムシの、マネ」
目をそらして答える日和。
同じように、志村と御堂も目をそらした。
バレたらなにをされるかわからない。
「……そう、がんばって」
「へ?」
美鈴は日和をよけて、トオトボと歩いていく。
らしくない無反応ぶり。
「ちょ、ちょっと待てよ。香月ちゃんは?」
ビクッ、と反応をみせ、足をとめる美鈴。
「……もう、用、すんだから」
「なんとかって祭りのうちあわせだろ?」
「”水宵祭”だって。次からくるのはわたしじゃなくていいって」
「なんだそりゃ?」
「ひよ――春日くんは、ほんとうに、彼女のこと、好きなの?」
唐突な美鈴の質問に、日和はナワにくるまれた身をくねらせた。
「な、なにを言いだすのやら」
志村の両マナコから、極太の視線がビームのごとく突きささる。
「あのひと、たぶん春日君のこと、好きじゃないとおもう」
「――はぁ!?」
ミノムシが跳ねた。
「な、なにをいう!? 香月ちゃんはオレにラブラブだ!!」
「彼女も、きっとわたしとおなじ。演じてるのよ」
「演じてるってなんだよ! 志村、御堂、おまえらからも言ってやれ! オレと香月ちゃんの関係について」
「委員長!」
志村が声を張りあげた。
「オレは最初から気づいていた! わるいのは日和ただ一人!」
「志村てめー!」
「だからこそオレたちは、諸悪の根元である日和を抹殺しようとウラで暗躍していたのだ! ようやくそのジジツが日の目をみるときがきたか!」
「このやろう! 桃園の誓いをやぶる気か!」
「フン。もはや過去の話よ。失敗した以上、きさまとの休戦状態は解除された」
「おのれ、志村! よくもオレをだましたな!」
「だまされるほうがわるいのだよ」
地べたに這いつくばって言い争う二人からはなれ、美鈴はひとりで歩きだした。
「あ、委員長! 待ってよ! これほどいとくれよ!」
気づいた日和が必死のうごきで追いかけていく。
「フッ、ヤツめ。おめおめとにげ帰りよるわ」
「志村、えらそーにいうのもいいけどさ。俺らもこれどうにかしないとまともに帰れんよ?」
ルカ女の女子たちはおもしろい見せもののように笑うだけで、助けてくれようともしない。
「御堂、ものは考えようだ」
「どゆこと?」
「この、下から見上げるアングルッ!! 貴重な体験だとおもわんかッッッ」
鼻息があらい。
「……おれ、おまえといるほうが間違いなくスクープとれる気がする」
「なにしてるの?」
影がさした。
「なーにそれ? あたらしい遊び?」
しゃがみこむと、にっこり笑いかける。
「ぶっ!」
志村と御堂はたがいに逆方向へ顔をそむけた。
「どうしてそっぽ向くの? アカリを見て」
「「はい!」」
首をもとにもどし、くわっ! とマナコを極限までひらき、目の前の光景を脳裏に焼きつけようとする。
くぃ、とすべりこんだ指があごを持ちあげた。
「そう。あたしを見て」
少女の顔が二人の目にくっきりとうつりこむ。
ふくらんだ桃色のくちびるから声がもれた。
「あたしだけを見るの」
長いまつげが上下にひらき、うるんだ瞳がおおきくひろがる。
らりぱっぱー。らりぱっぱー。
少女の顔がくるくるまわる。
笑みをうかべた表情が何重にもブレて拡散する。
なんだかいい気持ち。
踊りたくなるような、浮かれた気持ちでハッピーな感覚。
ナワでくるまれてなければ、着ているモノを全部ぬぎ捨ててファイヤーダンスでリンボするところだ。
「あたしのこと好き?」
いくつもの顔から同じ言葉がリフレインして響く。
一も二もなくうなずく。
くすくすくす。
くすくすくす。
くすくすくす。
「これでお友達」
にこりと微笑む少女。
志村と御堂は夢うつつのまま陶然と見とれた。
「あなたとわたしはおともだち♪ くるしいときもたのしいときも、いっしょにいましょ♪」
立ちあがると、たのしそうに歌いだす。
「「ヘイヘイヘイ!」」
志村と御堂もうたう。
「どんなときもみんなといっしょ♪ じごくのはてまでおともだち♪」
「「ヘイヘイヘイ!」」
「あたしがしぬまでみんなといっしょ♪ ならくのそこでたのしいワルツをおどりましょ♪」
「「ヘイヘイヘイ!」」
「よくできましたー」
手をのばし、ペットのように二人のあたまをなでる。
「それじゃまた――日曜日、きっと会いに来てね♪」
少女は身をひるがえすと、黄昏のむこうへと消えていく。
ルカ女のガードマンが解放するまで、ふたりはおなじ表情をうかべたまま、少女の去った方向を見続けたのだった。