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13 宿世の理ーくさびー

 しゃかしゃかしゃか――


 茶筅ちゃせんの音が静かに響く。

 囲炉裏いろりにおさまった茶釜からは湯気ゆげが立ちのぼり、うら手には竹の生いしげる竹林が障子しょうじに影を落としている。

 美鈴は落ちつかなげに居住まいを正した。


「楽な姿勢でどうぞ」


 と言われたものの、足を崩してしまえばなんだか負けた気がして、正座をつづけている。それ自体苦ではないが、この、一種異様なもの静けさにどことなく気後れしてしまう。

 第一、茶道なんてはじめてだ。

 お茶をのむのに、どうしてこんな儀式めいたことをするのだろう。


「心を静めるためです」

 美鈴の心を読んだようなタイミングで、香月が口をひらいた。


 たたみの上に、茶碗がおかれる。

 黙って緑色の液体をみつめた。

 制服姿で正座した香月の姿は、くやしいくらいに楚々(そそ)として()()になっている。どうひっくり返っても、こんなお嬢様に、自分はなれない。


「どうぞ。飲みかたなど、気にする必要はございません」

 うながされて茶碗を手にとり、口をつける。

(……にが)

 香月がクスリと笑い、立ちあがってたなの上から缶ケースをとりだした。

 しばらくして差しだされた小皿には、数切れのバターケーキがのっている。


「ヒミツですよ?」

 人差し指を口もとにほほえむ。

 バターケーキはおいしかった。

 ケーキの甘みがお茶の苦さとほどよく中和され、絶妙な味かげんにひとごこちつく。


「なんのつもりですか?」

 きれいにバターケーキを平らげたあと、たずねた。


「わたしは月代高校の代表としてきたんです。その、”水宵祭みなよいさい”とかいうのの打ち合わせ、するんじゃないんですか?」

「少し、お話ししたく思いまして」


 香月は空になった茶碗をさげ、美鈴と正面から向き合った。

 長いまつげ。碧色の瞳。不思議なきらめきをじっと見つめていると気後れをおぼえて、美鈴は視線をはずした。


「人が、未来を見通せたなら、いかが思いましょう」

 突拍子もないことをたずねられ、はずしたばかりの目をもどした。

「それって、予知能力?」

「はい。未来を見通す目があるなら、それはこれから起こりうるどのような事態にも対処することができましょう」

「ムリよ。そんなことできっこないもの」


「はい。だからこそ、人はみな、未来への不安におののき、備えをかかしません」

 なにを当たり前のことを言ってるの? と美鈴は内心で首をかしげた。

「――占い師さんにでも聞いたらいいじゃない。将来の不安とか、仕事運とか恋愛運とか、いっぱい答えてくれるよ」


「占いとは現状からの予測であり、確定事項ではありません。それに、彼らが売っているのは他のモノです」

「他のモノって?」

「それは、この場で話すことではありません。それよりも、未来について。もし、確定的に知ることができたなら、結果から逆説的に手だてをかんがえることができる。それは、非常に有益なこととは思いませんか?」


「いったい、なにが言いたいの?」

「”サキヨミの巫女”とは、その確定的な未来を知ることができる唯一の存在。為政者や権力者がのどから手がでるほどにほしがる巫女。いま、この現在、その可能性をもつ者があなたさまだけなのです」

 香月がほほえみ、美鈴が顔色を蒼くした。


「そんなの、知らない!」

「知らなくてはなりません。自分が何者なのか。どうして守られるべき者なのか」

「聞きたくない!」

「聞かなくてはなりません。あなたにはその義務があるのです」


 香月は目を閉じ、しばらく黙したあと、一言一言言い聞かせるように告げた。


「正龍は――弟は、そのために、犠牲となった。四神四家たるつとめのために、わたくしがこの手で、討ちとりました」

「え……? 正龍くんって、別の学校に通ってるんでしょ?」

「あのときは、嘘を。”舞姫”さまは、日和さまには、聞かせたくないご様子でしたので」


 日和が東正龍あずませいりゅうとなかよしだったのは知ってる。日和は誰とだってなかよくできるもの。

 あたしとは違う。

 東正龍はいやな顔ひとつせずなんでも引き受け、クラスのだれもに信頼されていた。普段ふだんの彼は自分にもやさしかったし、両足が不自由にもかかわらず、副委員長として自分がいないときのサポート役もかってでてくれた。


 けれど、苦手だった。


「委員長のくせに」

 レッスンや撮影でいないときが多いせいで、クラスの女子たちから陰口を叩かれていた。優秀な正龍クンに仕事をおしつけているイヤな女。一部の女子からは、陰湿ないやがらせを受けたこともある。

 いなくなってほっとした。

 亡くなっていたと聞いても、それほどおどろかなかった。

 むしろ――


 沈黙した美鈴の様子にじっと目を向け、何も言葉がでないと知り、悲しげに目を伏せる。


「――”サキヨミの巫女”の覚醒は、成人するまでと聞きおよんでおります。ここ数代は未発現にて”総社”も早期の代替えをのぞんでおりましたが、さきの戦いのおり、美鈴さまはいくばくかの可能性を示された。おそらく、”総社”は干渉をつよめてくるでしょう」


「干渉……?」

「もともと、”サキヨミの巫女”は歴史からほうむられた存在。”総社”によって再見されて、その管理下におかれました。それより昔、はるか古代より見守りつづけたわれらもまたしかり」


 香月は茶釜から湯をすくいとると、自分の前においた茶碗にそそいだ。

 湯気の立ちのぼる白湯に口をつけ、桜色の唇をしめらせる。


「――かつて、”総社”の管理下にあった”サキヨミの巫女”は、この国の治世におおいに貢献したとされます。戦後、この国をおそった災厄も、いくつかは回避できたでしょう。未来予知の能力は、それほどに強大で魅力的なちからなのです」


「そんなチカラ、ないよ……あえかさんじゃないもん」

「いまは。けれど、明日、またはこれから先、あなたにはそのちからがそなわるかもしれません。”総社”はそれを望み、われらもそのために喜んで犠牲となりましょう」


 香月の澄んだ瞳が、美鈴はこわくなった。

 この人は、本気で言っている。

 こんなハイレベルなお嬢様学校に通っていて、社会的地位も教養もかねそなえた人が、たかが自分のためにすべてを投げうつと真正面から告白している。


――どうして?


 理解できない。

 だれだって、最後は自分がかわいいじゃない。

 だれかのために、それも、会って数日もたっていないような人のために、命すら投げだすなんて、馬鹿げてる。

 たとえだれかに命令されたって、そんなことできっこない。まわりだって止めるに決まってる。

 この人は、おかしい。

 はやく逃げなきゃ。


「逃げることはかないませぬ」


 美鈴はふるえた。

「できることは、嘆くことか進むこと。あなたさまの決断を、四家を代表して、お待ちしております」

 深々とたたみにあたまを下げる香月を、呆然と見下ろした。

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