12 小悪魔少女系、あらわる!
「たすかったよ。志村」
全速力で逃げてきた日和は、息をはずませて命の恩人に礼を言った。
「見ていられなかったからな」
ゴーグルをはずしながら志村は言う。
「ルカ女子に囲まれての尋問プレイ。オレならもっとうまくやれた」
「なにを?」
くやしそうに顔をゆがめる級友に、日和は尊敬よりも理解を超えた変態性をみた。
「無事でよかったよ、日和」
肩に手をおき、御堂がデジタルカメラをかかげてみせる。
「おまえの勇姿はしっかりとこのフィルムに焼きつけておいた」
「汚点じゃないか! 今すぐデリートボタン押させろ!」
「最近のデジカメは動画でとれる」
「デジカメ壊してオレも死ぬぅぅぅ!」
日和を後ろからはがい締めにし、フハハハ! とワルモノぶりを発揮する志村。
「オレたちにとって、キサマの生死など余興にすぎない。そうだろう、御堂?」
「ああ、そうだな志村。オレたちの本当の敵は、あのなかにいる!」
御堂は整然とならぶ校舎を指さした。
「てか、なんでおまえらいるの?」
あばれるのに疲れ、いくぶん冷静になって日和はたずねた。
「オレとちがって、香月ちゃんに招待されたクチじゃないじゃん」
家格の高い良家の子女が通うだけあり、敷地内の出入りぐちには屈強な警備員がつめている。日和たちも入ってくる際、校門のところで呼びとめられたが、香月の顔パスでフリーだった。
「尾けてきた」
「おまえたちの知り合いということで押し通した」
「なんという危険人物を敷地に入れたんだ……ここの警備員は無能ばかりか!」
「オレがいうのもなんだが、おまえだって似たようなもんだ」
「なにをいう。どちらかというと羊にちかいこのボクに」
「心のほうはまさしくな」
「ニワトリのほうが近いとおもうな」
「わかってくれたか友たちよ」
3人は固い握手をかわした。
「それにしてもデケェ学校だよな。うちの親父なんて、馬券買うのに必死こいてんのに見たかよ。ウマだぜ馬! 乗馬ってヤツ? さすがセレブ校だぜ」
「レベルちがうよな。この学校に潜入できただけでスクープモノだよ」
いつもの調子に戻る二人。
特に御堂は、このチャンスを逃がすまいとパシャパシャとカメラのシャッターを切りまくる。
「この学校って、校内撮影禁止なんだよ~。知ってる?」
ふいに声をかけられた3人はピタリとうごきを止めた。
おそるおそるとふり返り――唖然とする。
着ている制服はルカ女の制服だが、いままで見たどの子よりもスカートの丈が短い。ギリギリで見えそうで見えない。そのラインに生つばゴックンのみこむ3人。
大胆にひらいた胸もとには、円くふくらむ二球がおりなす魔性の谷間。脳天を刺激するほどおおきなバストに青少年の思考は根こそぎうばわれ、視線すらクギヅケになるのだった。
「どこみてるの~?」
胸もとを隠すフリをして、あわてる反応さえおかしそうにクスクスと笑う。
シャドーを引いたアイライン、ピンクにふくらむ唇。清楚な印象のルカ女の女子とはおおきくかけ離れた、イマドキのおしゃれな女の子が降ってわいたように現れた。
「なにしてるの? こんなところで」
うしろ手に指をくみ、たのしそうにスキップしてくる。
豊満なムネがやわらかく踊る。
「お、お、お、」
わなわなと両手をにぎりしめ、志村が両腕を天にむけてつきだした。
「きたぁぁぁぁぁぁ!! オレの青春!!」
午後の太陽に向かってほえた。
少女はおかしそうに笑う。
「なにそれ~」
「いえ、こちらのことです! はじめましてオレは志村薫。まわりの二人は添え物の通行人AとBです」
「AとBってなんだよ! オレ、御堂忠史! ジャーナリスターの星に生まれた月代男子です!」
われ先にと自己紹介をはじめる二人。日和だけはわずかに冷静だった。
はて。
どこか見覚えが……
「ねぇ、キミもルカ女の子?」
「そうだよ~。見てわからないかなぁ」
ちらりとスカートのすそをあげてみせる。
エサをぶらさげられた犬のようにかぶりつく二人。
彼女は抜群にかわいい。
夢中になるのもわかる。
だが、なぜか日和は違和感をおぼえた。
「ここって、男の子禁止なんだよ? 黙ってはいってくるなんていけないんだぁ」
「もち、許可はもらってるさ。もしなにかあったとしても日和が責任とるって」
「オレ!? なんで!」
「われら3人、生まれた場所は違えど死に場所はひとつ」
「どこの三国志だよ! オレはおまえらと心中する気なんてさらさらねえよ!」
「リュービよ。主君は部下の責任をとるがさだめ」
「リュービよ。じゃねえよ! ならおまえらオレのために死んでくれるか!?」
「むろん。われらこの桃園に誓わん!」
「ふーん。3人とも、仲いいんだ」
キラリ、と少女の瞳があやしく輝く。
「じゃあさ、アカリと友達になろ? そしたらたのしいトコロへ連れてったげる」
「「なるなるなる!」」
ふたつ返事でうなずく志村と御堂。
とたんに顔を見合わせ、バチバチと火花を散らせた。
「よかったぁ。アカリ、友達少ないからうれしい♪」
両手をあわせ、素直によろこぶ少女の姿にでれん、と顔を変形させる。
「それじゃ、連絡先教えるねっ」
「みつけましたわッ!! 下郎ども!」
「げ」
なぎなたを構えた花音が突進してくる。
「やばいぞ! みつかった」
日和は志村と御堂の服をひっぱった。
二人は焦った様子で自分のケータイを取りだしている。
「せめて、せめてメアドを受けとるまでは――」
ブォン!! と、少女と志村たちのあいだを刃が斬り裂いた。
…………。
志村と御堂は逃げだした。
日和は50Mほど先にいた。
「おのれリュービ! 見捨てるの早すぎだろ!」
「しらんわい! 時間かせいでオレのために死ね!」
やいやい言いながら駆けていくのを、なぎなた部の部員たちが追いかけていく。
「あーあ」
少女はつまらなそうにケータイをしまった。
「あなた、どちらの学級の方?」
なぎなたをどん! と地面につき立て、芦名花音は居丈高にたずねた。
「わが校の風紀にそぐわないその格好。校則違反もはなはだしいですわ」
「やぼったい格好。あなた、男の子とつきあったことないでしょ?」
「なっ!?」
顔をまっ赤にする花音。
「われらは勉学のために通っているのです! 男と逢いびきするなど破廉恥な!」
「みんなやってるよ~? アナタだけじゃない? そんな固いアタマしてるの」
馬鹿にしたような言葉に、おもわずなぎなたを構えた。
「風紀を乱す反駁の徒! たとえわが校生徒といえど、ゆるしませんわよ!?」
「ほんと、横暴で暴力的な人。このコがきらうのもワカルなぁ」
「所属のクラスと名前を言いなさい! 次第によってはご両親に報告いたしますわ」
「ノズミアカリ」
「――なんですって?」
聞きまちがいかとおもった。
「アナタとおなじクラスのノズミアカリ。満足?」
少女はさもおかしそうにクスクス笑うと、愉しそうに駆けだした。
「待ちなさい!」
手をかざすと、なにもない場所から古ぼけたホウキが「ぼふん!」とあらわれた。
軽やかにその背に飛びのる少女。
「おーにさんこちら♪ てーのなるほうへ♪ アハハハハ」
軽快な笑い声をひびかせて、空のかなたへと消えていった。
「うそ」
花音はまるで夢でもみたかのように、呆然とその姿を見送った。