9 女子高へのお誘い!?
「ぬぁぜだぁぁぁぁぁ」
恨みの念がうしろからついてくる。
「ぬぁぜオレがついていかねばならぬのじゃぁぁぁ」
「しかたないじゃない。副委員長なんだから」
対して前を歩く美鈴は機嫌がいい。
「おまえがそう仕向けたんだろが!」
「気にしないでよ。早く終わらせたら早く帰れるよ、きっと」
「香月ちゃん、待ってるだろナァ……」
「待たせておけばいいじゃない」
ムッ、とした顔で言い返す美鈴。
「フッ、女を待たせる主義じゃないんだ」
「あ、そ。じゃぁ先にわたしてきたら?」
「そうしたいのは山々なんだけど、そうすると志村の妨害工作が待ちうけているからなぁ。手伝えなくなるけどいい?」
「ダメ」
即座に言い切った。
「オレ、東みたいに要領よくないからなァ。副委員長なんてガラじゃねーよ」
「わたしだって要領よくないよ」
「ならなんで委員長なんてなったんだよ」
――友達がほしかったから。
なんてことを口には出せず、黙りこむ。
昔から人と話を合わせることがキライだった。自分のやりたいことを止められるのがイヤだった。わがままだと言われたし、愛想をつかれて子供の頃の友達はみんな離れていった。一人になってしまってから、はじめて孤独を感じて、それがとてもこわいものだということを知った。
中学生のときのクラス委員長はみんなに頼りにされていた。その人の周りに、みんなが集まっていた。
だからきっと、委員長という役になれば、友達くらい簡単にできるなんて思いこんでしまったのかもしれない。
そんなことはなかった。ひとりは変わらない。
でも、変わらないものもある。
彼だけはずっと、変わらない態度でいてくれる。
だから、彼のとなりは居心地がよい。
仕事はちゃんとこなせるか心配だけど。
「くそー、オレだっていそがしいんだぞ? 副委員長なんて役目おしつけられたら毎日師匠のもとに通えなくなるじゃないか」
「もー、女々(めめ)しいの! 決まっちゃったことには従いなさいよ!」
『職員室』のプラカードがぶらさがった場所までくると、扉を開ける。
「失礼します! 小笠原先生はいらっしゃいますか?」
「ん?」
紙パックのジュースをくわえた私服の女性教師が足を止めた。
「ヤァ、南雲じゃないか」
「あ、田島先生!」
美鈴はうれしそうに駆けよった。
まえに一度保健室でお世話になって以降、何かと気にかけてくれている。
「またクラス委員の仕事? 無理すんじゃないよ」
「はい! あの、小笠原先生から頼まれゴトがあるみたいで」
「小笠原? ああ、新任の」
ふりむいて「令子!」と声をかける。
「ありゃ? いないね」
着任したばかりでまっさらなデスクには、そのあるじまで空席だった。
「呼びつけておいていないって、先生失格だねぇあいつ」
「あの。つかぬことお伺いするんスけど」
おそるおそるといった風に職員室に足を踏みいれてきた日和は、軽く手を挙げて田島の注意を引いた。
先生のたまり場である職員室は彼にとっての鬼門だ。
「うん? あんた、誰?」
「えーと、1ーAの春日日和っス。ついさっき、副委員長に指名されました」
「ああ、東の代わり? なんとも情けないツラしてるね」
ケラケラ笑われたが、不思議と不快ではなかった。
「ま、あいつは優秀だったからね。いなくなっちまったからってそのままってワケにもいかないか。がんばんな、副委員長」
「いや、がんばるつもりはさらさらないッスけどね」
はっはっは、と日和も明るくかえす。
「元気なのがとりえのようだね。あたしは保健医だから、健康優良児には用がないんだ」
「いやー、だったら一生かかわりたくないッス」
「こいつぅ」
ゴツン、とわりかし気合いの入ったげんこつをもらった。
「そういうときはお世辞でも先生のお世話になりたいって言うの!」
「ケガが増えそうなんで遠慮するッス」
アタマを押さえて涙する。
「それより、小笠原先生を名前でよんでましたけど、ひょっとしてお知りあいで?」
「おっ? 耳ざといね」
田島はうれしそうに日和のアタマをハタいた。
沈黙をもって抗議する日和。
「あいつとは昔なじみでね。高校の同級なのさ。ちょっとイイトコのガッコでセンセやってたんだけど、それがいきなりこの月代だろ? あたしもびっくりでさ」
「イイトコ? どこですそれ?」
「聖ルカ女学院よ」
「あー、香月ちゃんの」
「はい。そうですわ」
「うそ」
美鈴が動揺する。
「なんでココにいるの!?」
「ごきげんよう、日和さま」
しっとりした声であいさつされ、その場で固まる日和。
「……香月ちゃんの幻影が見える。オレはそれほどまでに彼女のことを」
「まぁ。日和さま。わたくしは幻などではありません」
東香月は口もとに手をあて、上品に笑った。
烏の濡れ羽色の長い髪。緋色のセーラー服に包まれた肌は対をなして白く、楚々とした佇まいで微笑みかけられたなら、現実はどこかへ吹き飛んだ。
「どこ行ってたのさ、令子」
「昔の教え子のお出迎え。その縁で、ちょっとしたイベントを企画してるの」
「スキあり!」と言って、田島の持っていたジュースをうばい取って、一気にのどに流しこむ。
「ああ、もうあっつい。なにこの高校、教職員室にクーラーもないってどういうこと?」
「あっはっは。イイトコにいたセンセは言うことちがうねー。手動のクーラーなら貸してあげるよ」
笑いながら自席へともどっていく田島。
「どうしてここに?」
動揺から意識を取りもどした日和がたずねる。
「小笠原先生はわたくしの所属する部活動の顧問でした。そのご縁で、わが聖ルカ女学院と月代高校様との交流会を企画されております」
「なんと!」
おどろく日和。
「そんなうれしい企画、絶対に志村に知られてはならないレベルだ」
「なんでそんなこと企画したんですか!」
美鈴は小笠原にきついまなざしを向けた。
「隣町だし、おたがいにいい刺激になるでしょ」
「ハイレベルの高校とローレベルの高校で刺激ねぇ。格差社会を意識させるだけじゃない?」
もどってきた田島は、手に持っていたうちわを差しだした。
一瞥し、なにごともなかったかのように無視する小笠原。
「……涼しいんだけどねぇ。わが校の夏の風物詩」
パタパタと仰ぎつつ、肩をすくめてまたもどっていった。
見れば、教職員のほとんどがうちわを使って仰いでいた。
「校長先生には許可をいただいてるの。着任早々でこんな話をして、おどろかれていたけれど」
「毎年この時期、わが校では”水宵祭”を開催いたします。そのお祭りには他校の生徒の参加も取りはからいますの」
「へぇー」
「高校の選抜はその年の生徒会長に一任されてるのよ。これまでには一流の高校や特定分野で名を知られた生徒を招いていたけれど、今年はよりにもよって隣町のおばけ高校」
小笠原は隣の香月を見る。
香月はたおやかに微笑んだ。
「――ま、決まったことに愚痴ってもしようがないから、調整くらいはするけどね。月代高の代表として、南雲さん、下見に行ってくれる?」
「なぜあたしなんですか!?」
美鈴は香月を意識しながら反論した。
「あたし、一年生です! そういうのって、三年の、それも生徒会長の人がやるべきコトじゃないですか!」
「あら正論」
とぼけたように小笠原がつぶやく。
「でも、いまの生徒会長って男の子よね? ルカ女は女子校だから下見には同性をもとめられてるのよ」
「だったら、生徒会のだれかが行けばいいじゃないですか! わたしに白羽の矢をたてるなんておかしいです!」
「そ、なら春日君、行く?」
突然話題をふられ、びくっ! と挙動不審にのけぞる小男一匹。
「お、オレッスか?」
「待ってよ! なんでそうなるの??」
美鈴があわてて割りこんだ。
「委員長が行かないと言ってるなら、副委員長の出番よね?」
小笠原は計算高い女の表情を見せて、混乱する美鈴に追いうちをかける。
「見ずしらずの男の子よりは、東さんの許嫁であるあなたが下見に行くのもいいのではないかしら? オ・ン・ナの園に」
女の園――
女子高生の楽園。
踊る制服。
微笑むくちびる。
めくるめく官能を刺激する薔薇色の春!
「行きましょう」
考えるより先に本能で即決した。
「それでは参りましょう。こちらへ」
香月が先導して日和を連れて行く。
「――待ってよ! わたしも行く!」
あれだけ嫌がっていた美鈴が、意気揚々と出かける日和のあとを追う。
小ぶりに手をふり、彼らが職員室から出ていくのを見送った小笠原は、隣にたつ旧知の友人に不審な目をむけた。
「なによ?」
「なに企んでるんだい」
「べつに」
すました顔ではぐらかすと、「仕事々」とうそぶいて、自席にもどっていった。
そのとき、日和は知らなかった。
後方20メートル地点において、作戦計画”G”が発動されたことに。