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7 野良犬の性分!

 キーンコーンカーンコーン――


 パタン、と教科書をとじる小笠原。


「――それでは次回、30ページの翻訳を課題とします」


「きりーつ」


 日直の声が教室にひびき、全員が立ちあがって号令とともに礼をする。

 一時間目が終わった。


「せんせー!!」


 ワラワラと男子たちが一目散に駆けよる。

「わからないところがあるんでマンツーマンで教えてください!」

「何歳から何歳までが守備範囲ですか!?」

「教師と生徒との禁断の愛についてどうお考えですか!?」


 思春期の少年たちに群らがられ、モグラたたきの要領で出席簿をハンマーがわりに追いはらう。

 めげない男子たちはたたかれても幸せそうだ。


 それをしり目に、ホクホクと今朝とどいたばかりの弁当箱をひろげる日和。食われる前に食っておこう、という魂胆らしい。


「めんどくさいガキどもね……クラス委員長、いる!?」


「あ、はい! わたし、ですけど」

 南雲美鈴なぐもみすずが三つ編みをはねさせて立ちあがる。


「こいつら追いはらってちょうだい」

「え??」

 なんで?? という顔で担任をみる。


「クラスを統括するものなら男どもを一蹴するくらい簡単でしょ?」

「え、と、それはわたしのお仕事じゃないです」

「いいから! 邪魔なのよこいつら」


「せんせー! もっと教え子たちとフレンドシップを!!」

「Don’t touch me! さわるな! さかりのついたオスども!」


 ガラリ、と扉が開く。

 みるからに目ツキの悪い生徒が鞄を肩にさげて入ってきた。

 目の前の団子状の集団をみるなり、眉を歪めて不機嫌な声をあげる。


「なにしてんだテメェラ」


 テコでも動かなかった者たちが、直立不動で起立する。


「あ? 聞いてんだろがこたえろよ」

「な、なんでもないです!」


 クモの子を散らすように去っていく男子。

「くだらねぇ」とつぶやき、彼は自分の席へと向かった。

 席につくなり、両足をドカンと机の上にのせ、雑誌を読みはじめる。


「ちょっとあなた」


 あまりに横柄おうへいな態度に、小笠原が目ツキをきびしくする。

 出席簿をひらき、今日唯一の欠席者だった生徒の名をよぶ。

「大沢木君」


「なんだよ」

 ”スランプ”から目を離さず答える大沢木。

「ここは学校よ。そんなものを持ちこんでいい場所じゃないことわかってるかしら?」


「うるせぇババア」


「ば」


 絶句する小笠原。

 ハラハラ見守るクラスメイトらのなか、小笠原はツカツカと大沢木の席まで歩いていくと、読んでる最中の”スランプ”をひっつかんだ。

「んッ! んッ――んッ!?」


「なにやってんだ?」

 皮肉な笑みをうかべ、両手までつかって懸命に”スランプ”を取りあげようとする教師をみる。

 かるく持っているだけの見かけだが、握力に圧倒的な差があるらしい。


「手をはなしなさい!」

「いやだね。オレは本が読みたいんでよ」

 とはいっても、ふたつの手で”スランプ”をつかんでいるかぎりは、ページをめくることもできない。

 不毛な意地の張りあいはつづいた。


「春日君」

 不安げな顔の美鈴が近づいてきて、そっと耳打ちする。

「なんとかしてよ」

「なんとかってなに? オレいそがしいんだ」

 玉子焼きを口に放りこむ。

「まだお昼じゃないでしょ!」

「かまわないでくれ! 青少年にはカロリーが必要なんだ!!」


「もう! それどころじゃないでしょ! クラスにいる人で、大沢木君を止められるのってアンタしかいないじゃない」

「ああなったいっちゃんは誰にも止められねーよ」

「友達でしょ! もしかしたらまた停学になっちゃうかもしれないよ?」

「むぅ。それは困る」


 日和は重箱の一段をかかえたまま立ちあがると、無言で意地の張りあいをつづける二人に割りこんだ。


「まーまー。いっちゃんも先生も落ちついてよ」


「でしゃばんな。ひーちゃん」

 威圧感二割り増しの友の声。

「男にはゆずれないモノってのがあるんだ」


「いや、マンガ読むことにそこまでプライド持たなくてもいいんじゃないかな?」


「春日君だったわね。あなたからも言ってくれない? 学校とは規則を守るところだって」

「いえね、先生。この学校そこまで厳しくないスよ? 校長だって自習時間にきわどい写真集を熱心に熟読していたし」

「先生はいいの」


「うっわ。オトナ汚ェ」

 思わず口にだしたせいでにらまれる。


「委員長、オレには力不足だ」

 うしろに向けて小声で泣き言を告げる。

 そ知らぬ顔の美鈴。


「うっわ。オンナって汚ェ」

「誰が汚いですって?」

「いえ! ちがいます! 先生のことじゃないッス!」


 ちくしょう。ハメやがったな美鈴!

 クラス中の生徒が自分に期待をよせている。

 逃げ場がない。


(――よぅし、こうなれば!)

先生センセはおキレイですよ! 有象無象の男がいくら束になってもあなたの美貌と釣りあう男はいない! クラスの女子とくらべりゃ月とスッポンドリンク。なぁ諸君!」


 日和のよびかけに、クラスの男子生徒の賛同の声と、女子生徒からのブーイングが重なる。

「あいたっ! ものは投げないように!」

「イエスだ日和! オレもそう思う!」

「おおっ! 同士志村よ! キミもそう思うか!」

 日和と志村は力強く握手あくしゅした。


「これでオレの弁当も安泰あんたいだな!」

「それとこれとは話が別だがな!」

 あっはっはっは、と笑いながら、互いの手をにぎりつぶさんと水面下の戦いが繰り広げられているのは別の話。


「Of Course! 当然ね。あたしは顔もスタイルも抜群だもの」

 フフンと、自慢げな英語教師。

 やはり女性はめられることに弱い。

 たまには親父の言い分も信じてみるモンだな!


「イイオンナはこんな些細なことにとらわれたりしませんよ。どうでげしょ? 広大なこころでもって生徒の不良行為の一つや二つ、見逃しちゃくれませんかね?」


「あなたバカなの? そんなことで見逃すわけがないでしょ」


「ですよねー」

 バカよばわりされた。


「フッ。当然だな日和」

 志村、おまえは敵なのか味方なのか。

 調子にのって割りこんできた。


「わかりますとも! 教師として校則をやぶる生徒はゆるしてはおけない。まさしく人道を教える者のかがみ! ぼくら男子一同はあなたについて行きます!」

「そう。ならこの状況をなんとかしなさい」


「へ?」

 大沢木にギロリとにらまれ、たじろぐ志村。

「ヒヨリ、バトンタッチ!」

「なんなの志村? なんで出てきたの?」


「――しつけェセンコーだな」


 大沢木が手をはなす。

「きゃ!?」とかわいらしい声をあげ、小笠原はバランスを崩してうしろの机にぶつかる。


「なにするの!?」

「離してやったんだろうが」

 メンドクサそうに立ちあがると、入ってきたときとおなじように鞄を肩に下げる。


「フケる」


 廊下へと向かう。

「待ちなさい! 教師の前でサボタージュの宣言するなんて!!」

 追いかけていく小笠原。

「本ならやるよ」

「そういうこと言ってるんじゃないの!!」

 腕をつかまれ、わずらわしそうに足を止めた。


「そんな態度で社会に出てやっていけると思ってるの? 席について!」

「アンタに心配されるイワレはねーよ」

「担任である以上、生徒の素行は評価の対象になるの! あなたのせいでお給料さがったらどうしてくれるのよ!」


 うわぁ…とクラス全員が微妙な顔をした。


「なによ! 文句ある!?」


「へっ。下手に正論ぶるよりもっともな話じゃねーか」

「だからもどって!」

 つかまれた腕を軽くふりほどくと、廊下の窓に足をかける。

 青ざめる女教師。


「なんてこと――っ!?」


 窓枠を蹴って外へ飛びだす。

 身を乗りだすように窓から見下ろすと、3階校舎から大沢木がなんでもないように着地していた。

 こちらを見上げると、生意気そうにニィ、と笑ってみせる。

 ゆうゆうと歩き出した。

 無事だと知って安堵あんどしたのもつかの間、


「――待ちなさい!!」


 大声をあげて追いかける。

 クラスメイトたちは一部始終を見送ったあと、思い思いに談笑をはじめた。


 日和は持っている弁当箱のおかずをほおばりながら、ポツリと言った。


「なんか、いっちゃん人間離れしてきてるよな」

「……そうね」


 うなずいてから、美鈴はケンカしていたことを思いだし、「ふん!」と口にだして自席にもどった。

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