2 お嬢さま目撃談!
(ルカ女の制服だ)
赤いリボンに特徴のある襟もと。緋色の生地に白とのコントラストが目をひく。お嬢様学校だから校則は厳しいんだろう。丈の長さも超長い。ノーテンパーのうちの学校とは大ちがい。
無論、おおくの男は膝上を歓迎こそすれ、否定なぞはしない。それがかなしい男のサガなのだと、志村はオレに向かって力説してくれた。
しかし、しかしだ。
むやみに露出が多いというのは、希少価値という観点からみるとどうだろう。男のサガはオレも否定すまい。むしろ夏って季節に感謝したいくらいだね。夏はココロもカラダも薄着になる!
いや、志村が言ったんだよ志村。オレの友達。
師匠だってあまり露出のおおい服は好まない。というか、ほとんど一日中巫女服着て神社の仕事にいそんでいるわけで、露出しようにも機会がない。巫女服にも半そでなんてモノがあればいいのに無い。
なぜ無いんだ。
これは考えねばならぬ重要事項だ。
どうやって師匠に水着を着せるか。
まずはワンピースかビキニかが問題だが、大和撫子という特性上、師匠のガードは予想以上に堅い。いきなり小股の切れあがったビキニを押しつけるなんて愚の骨頂。清純さに象徴される白のワンピースからさりげなくすすめ、なおかつ地元のプールでその有効性を存分に知らしめたあと、海だ。
はるかなる大洋。
西へ沈む夕日を肩を並べて眺めつつ、オレは手もちのバッグからとっておきのビキニをとりだし、「君へのプレゼントだ」「まぁ、こんな素敵な水着!」「君の美しい肢体に似合うと思って」「ほんとに私にくれるの?」「君以外に似合う女性はいない」「代わりにわたしをもらって!」「いただきます!」
はっ!?
意識が飛んでしまったか。
まったく、暑さのバカヤローだぜ。
そろそろのぼらねばなるまい。
苦行という名の階段を。
「……おろ?」
数段上に人がいる。
そういえばさっき、ルカ女の子が階段を昇っていったような?
数段も行かないうちに歩みを止めて、ずっと見てたとか?
切れ長の涼しい目元。
光の加減のせいか、藍色の宝石がゆらめいて、照りつける日差しの中にいるのに、どこか凪いだ湖面を思わせる。
心地よい風が吹きぬけ、火照った身体を醒ますように通りすぎる。
地に触れそうなまでに長い黒髪は、息をのむほどにつややかになびき、時折たわむれのように流線の輝きを放つ。整いすぎた表情は現実みのない美しさで、ここではないどこか別の世界からきたといわれたなら、さもありなんと納得してしまう。
時がつなぎ止められたかのように、しばらくオレは暑さを忘れた。
どれだけ経っただろう。
――ン……ミー…ーン――みーんみんみんみーんッミーンッ
セミのなき声がぶり返してきて、あわてて我にかえる。
しまった、また暑さで正気をうしなったか。
いるはずがないものを見てしまう性分にも困ったモン――
「…………」
涼しげなまなざし。
先ほどと寸分たがわずこのオレをご覧になってらっしゃる。
地縛霊でしたよHAHAHA!
とか笑って弓杜ジョークで流すつもりだったのに!
やばい。
照れるじゃないか。
こんなに長いあいだ、女の子に見つめられたのは生まれてこのかた人生初ではなかろうか。
おもいきって声でもかけてみるか!
「あの~、こんなへんぴな神社になにかご用がおありでしょうか?」
ずいぶんへりくだった言い方になってしまったが、まぁ相手はお嬢様だしな。
こんなもんだろ。
…………。
「あの? もしもし?」
まるで気のまよいだったかのように。
くるりと背をむけ、コツコツと階段をあがっていく美少女。
置いてかれるオレ。
なんなの?
期待して損したぶん落ちこみようは急転直下。
暑さが余計に身にしみる。
ふくれっつらで階段をあがろうとして、オレははたと気づいてしまう。
三次元空間における、X軸とY軸とZ軸の関係だ。
Z軸は奥行き、つまり彼女とオレの距離。
X軸は階段。つまりここでは神社までのぼる一本道。
Y軸。いわゆる高さ。
彼女の位置はオレより上で、それを追うようにオレがのぼると仮定した場合、みちびきだされる答えは犯してはならぬ禁断の罪。
オレに創世記のアダムになれというのか。
よし、なろう。
どきどきしながら一歩踏みだすと、とつぜん黒い影にふさがれた。
さっき車のドアをあけた運転手だ。
「すんません、急いでるんで!」
重要なのは位置どりだ。いたずらな風の機会を逃すわけにはいかない。
ひらり躱そうとしたオレだが、黒服が滑るようにオレの前に移動した。
ムッ!
逆側に向きを変えると正面からふさがれる。
おのれ……魂胆を見ぬかれているッ!
じりじりと向かいあうオレと黒服。
右へ動くと右に動く。
左に動くと左に動く。
やるな、この黒服。
学生の頃はさぞインターハイで活躍したバスケ選手に違いない。
完璧なデフェンスだな。
ここはフェイントもまぜていくしかあるまい。
待ってろ! ゴールは目の前だ!