2 ターゲットは日和!
やはりオレは狙われているらしい。
からくもからすま神社へとたどり着いた日和は、これまでの経緯からそう結論をくだした。
放課後、校門で香月ちゃんにカラの弁当箱を返却したあと、自転車置き場に行ったらおきっぱなしにしたはずのチャリがなかった。すでにそのときから気づくべきだったのかもしれない。
帰り道に100円玉をみつけて拾おうとしたら通り魔にアタマをはたかれたり、アニメキャラのお面をかぶった剣道部員に町中で追っかけられたり、見晴らしのよい河川敷で、どこからか飛んできた硬球や軟球におそわれた。
犯人はだいたいわかっていた。
「志村か」
敵にまわすとおそろしい男。
ヤツのカリスマ性はどうやら、人の負の側面にのみ働くようだ。ある意味すごいがものすごくいやな能力だ。
しかしその妨害のすべてをかいくぐり、こうしてからすま神社へ到達した。
そして気づく。
それらのことより、はるかに重要な事実を。
(昨日、無断で休んじゃったよオレ……)
師匠は怒っているにちがいない。
大和撫子ゆえのキッチリとした性格。連絡もなく休んだとなれば、オレの身になにかが起きたのではないかと推測し、考えられるかぎりの場所に連絡をいれた後、途方に暮れたにちがいない。
「なんてこと! 日和くんに連絡がつかないなんて」「きっと大変な事故にあったにちがいないわ」「私をひとりでおいていくなんて罪深い人」「こうなったら私もあとを追うわ……」
「早まるんじゃないあえか!」
母屋へと一直線にむかう。
玄関をとおりすぎて風呂場の外側に設置された雨樋の管にとりつくと、「うんせっうんせっ」声をだして登りあがる。
二階の屋根へとたどり着くと、日本瓦がなるべく音をたてないよう足を忍ばせ、部屋のカーテンに身を隠すように内側をのぞく。
「……今日は遅刻したからな」
部屋にはだれもいなかった。
クツをぬいでガラリと窓を開ける。
「不用心だな。これじゃドロボウにはいってくれといっているようなもんだぜ」
そっと侵入すると、窓のカギをちゃんと閉める。
「これでよし」
ん?
なんだ?
階下から香ばしい匂いがただよってくる。
クンクンと鼻をうごめかせ、匂いのする方向へと足をはこぶ。
階段を下りると、居間にうわばみ坊主がいた。
すでに出来上がっているようで、食卓でだらしなくあぐらをかいてお猪口をぐぃ、とかたむける。
「食材がかわいそうじゃのう」
食卓にはいくつも料理がならべられているが、どれも箸をつけられた様子はない。嘆かわしそうにそれらを見ては、うわばみ坊主がため息をこぼす。
「今日は豪勢じゃん、金剛のオッサン」
「食えるものならの」
お猪口をチビチビかたむけて、無念そうに答える。
「ほれ」
差しだされた皿にのったモノを眺めたあと、金剛を見る。
「焦げてんだけど。全部」
「うむ。そうなのじゃ」
神妙にうなずく禿頭。
「さすがにこれでは酒がまずくなる」
「師匠が料理で失敗するってめずらしいね」
金剛はクィ、と無精ひげだらけのアゴで台所を示した。
割烹着に身を包んだ女の子が、いそがしそうに台所を駆け回っている。
「えーと、小さじ1ぱいに、みりんが2? みりんってどれだっけ? これかな?」
「みすずさん、それはお酢です」
「えっ! うそ! あ、でもでもお酢のほうが体にいいじゃないですか!」
「味が逆ですよ? お砂糖と塩を間違えてしまったくらいにちがいます」
「じゃ、お砂糖でまぎらわしちゃえばわかんないですよね!」
「あ、そんなにいれては……はぁ」
うむむ……
割烹着姿の師匠もステキだ。
「味見してください! あえかさん!」
「え?」
師匠がうろたえる。
「えっと、金剛さま!」
「またワシか」
げんなりした様子の金剛。
「おぬしら、せめて口にいれる前まで期待させてもらえんかのう。さんざん失敗する過程を見せられていては、食う気もおきぬわ」
「あら、春日君。ようやく着いたのですね」
日和を見つけたあえかがほっとした様子で手をたたく。
「すいません遅れました師匠! 昨日はどうしてもはずせない用事があってですね!」
さっそくいいわけをはじめた弟子に、ほがらかな笑顔で食卓を示す。
「どれでも好きなものをどうぞ」
と、どれもあきらかな失敗作と思われるありさまの皿を示す。
「ふむ。ここは若者の意見を聞いてみるも一興」
金剛は自分の前にならんだ皿を残らず日和の前におしつけた。
「くっ……来てそうそうに毒味役とは今日は仏滅か13日の金曜日か」
「失礼ね!」
カツーンッ
くるくる回転してきたおたまがおでこにクリーンヒット。
「あんたに食べさせるものはないわよ!」
「なんじゃと!?」
必然的に食べる係にしぼられた金剛がうめき声をあげる。
「こうなりゃヤケ酒じゃ!」
「あんたさっきから酒しか飲んでないだろ!」
額をおさえて注意すると、傍若無人なちまたのアイドルをにらむ。
「なんで料理なんかつくってんだよ」
「あんたには関係ない!」
いまにも噛みつかんばかりの勢いに、日和おののく。
「うぉ、こえぇ」
「あえかさん、今日はもうやめる! さっさと道場いこ!」
割烹着を乱暴にぬぎ捨てると、まるめて投げつけた。
「てめー! オレにうらみあんのか!?」
投げつけられた日和は吠えた。
「ナニ?」
するどい一瞥に危機感をおぼえてちゃぶ台の下に身を隠す。
「なにをしとるかお主し」
「なんとなく」
師匠に本気で怒られるときとおなじ感覚に襲われて。
「見てなさいよ馬鹿ヒヨリ。絶対おいしいって言わせてみせるんだから」
美倉みすずはぷりぷりと怒りながら、ちゃぶ台を亀のようにせおった日和の脇をぬけ、日和のくだってきた階段をあがっていく。
「ねぇ、なんなの? オレがなにしたの?」
「ふむ。女心と秋の空かのう」
「いまは夏だぜ。金剛のオッサン」
「夏にだって夕立くらい降るじゃろう」
「なるほど」
「なにがなるほど、ですか」
割烹着の帯をほどきながら、私服姿のあえかが正座してすわる。
「昨日は香月さんと一緒に出かけられたそうですね」
「なぜそれを!?」
ちゃぶ台の亀が衝撃的な顔をする。
「すいません師匠! オレってやつぁ師匠というものがありながら許嫁の香月ちゃんに誘われてホイホイついて行くなんて」
「別にかまいませんよ。いかがわしいところでなければ」
あっけらかんと言われ、沈黙する。
「それより、どうして二階からあらわれたのかを説明していただけますか?」
「ああ、窓が開いてたんスよ。不用心スね師匠」
「なぜ窓から入ってくるのですか?」
「なぜってそれは――そのぅ……」
答えに窮する日和。
師匠が微笑んでいるうちに体のいいイイワケを思いつこうとフリーズしていると、
「きゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」
悲鳴。
みすずの声だ。
「これは一大事!」
ちゃぶ台からすばやくぬけ出ると二階への階段をのぼる。
ナイスだみすず! オレは今、はじめておまえに感謝する!
タンタンタン、と二段とばしで駆け上がり、あえかの寝室の扉を開ける。
下着姿のみすずがいた。
日和に気づくなり、
「きゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」
さらにおおきな悲鳴をあげる。
「なんだ! どうしたんだ! なにがあった!」
「どっかいけこの出歯亀変態!」
「なにおう! 駆けつけてみればその言いぐさ、人としてどうかとオレはおもう!」
「それはあなたです」
うしろに体が引かれると、ふわりと宙を回転し、廊下の木目に思いきりたたきつけられた。
「げふ」
ぐうのねもでない。
「なにかありましたか? みすずさん」
屍のように転がる日和を置き去りに、寝室の扉をパタリとしめる。
「そこの窓にだれかいたんです!」
「春日君では……ないですね。そこでノビてますもの」
窓辺にちかより、しっかりとカギがかかっていることを確認する。
カギをはずし、窓を開けてあたりを見渡す。
瓦が一枚はずれている。
だれかが慌ててつまずいたようだ。
「……着替えるときは、カーテンを閉めましょう」
窓を閉じたあえかは、みすずを安心させるためにやわらかな笑みをうかべた。