1 志村、立つ! {§}
「ラヴァーズαからラヴァーズωへ。標的の様子を連絡ねがう」
ケータイに向けてものものしく指示がとぶ。
『こちらω。標的は現在、弓が丘公園を北上中。非常に警戒している模様』
「了解だ。引きつづき尾行をたのむ」
『うい』
通話が切れると、背後をふり返る。
「みなの衆。首尾はいかがか」
「弓が丘公園か。人目がおおいな。公園を抜けてからのほうがよくないか?」
いまの時間は近所のママさんや子供たちの遊び場と化している。襲撃をかけるにはリスクが高すぎる。
「狙撃班による奇襲は?」
「配置に時間がかかる。先回りする必要があるな。ルートの予測はできるか?」
「まかせろ。ヤツの向かう先はわかっている」
ケータイのアイコンをたたき、地図を表示する。
「御堂、パソコン」
「おれ、これから塾なんだけど」
グチりながら、B5型のノートパソコンをとりだす。
「塾なんぞ休め! それより大事なことがあるだろう!!」
「そりゃ、おまえらにとっちゃ、部活より大事なことなんだろうよ」
ちらりと目をやると、様々な部活のユニフォームを着た連中がまわりを囲んでいる。
「買い換えたばっかりなんだから絶対壊すなよ、志村」
「安心しろ、骨は拾ってやる」
「パソコンに骨なんてねーから」
ケーブルを取りだすと、パソコンをつないでディスプレイを同期させる。
画面に志村のケータイ画面がおおきく表示された。
「ヤツは毎日、鳴神坂の巫女様のともに足しげく通っている。そのルートはすでに調査済みだ」
クックック、とあやしく笑う志村。
ディスプレイに映しだされた地図をコンコン、と指し示した。
「この河川敷をヤツはとおる。そこを最終襲撃ポイントXとする」
「狙撃ポイントとしては申し分ない。なにしろ、あそこでは今日も俺のおやじどもが草野球の練習をしている。もぐりこむのはたやすいことよ」
丸坊主の野球部員がニヤリと笑った。
「よし、サッカー部とテニス部もつれて行け。あくまでも偶然をよそおってヤツの幸せを阻止することが目的だ」
駆け足で去っていく運動部員たち。その額には”傷心連合”とかかれたはちまきが踊る。
「あとのメンツは解散とする。各々の部活動に精進すべし!」
「イエッス! サー」
路地裏から一斉にでていく学生たちに、通行人たちが目をまるくする。
「よし、御堂いくぞ」
颯爽と自転車にまたがり、うしろの荷台を示す志村。
「だからオレはこれから塾なんだって」
「塾がなんだというんだ! 勉強よりも大事なことが世の中にはあるんだぞ!」
「それが友達をワナにはめるってのはサァ……」
「裏切るのか御堂! キサマ、さては日和側のまわし者か!」
「オレはオレの人生設計ってものがあるの。というか、おまえの堂に入ったエセ教祖っぷりに鳥肌たつわ」
「エセ教祖とはなんだ! おれたちは目的をおなじくする『日和の野郎ひとりだけ幸せになりやがってそれならこっちだって邪魔する権利くらいあるだろう!』団の同士だ!」
「おまえ、そっちの道で食ってけるよ。前途有望なヤツってうらやましー」
御堂はそういうと、早々にパソコンを鞄にしまって塾へとむかおうとする。
「……スクープが待っているぞ」
ピタッ、と動きを止める御堂。
「御堂よ。スクープとはヘビのように執念深く対象を追い、いついかなるときもシャッターチャンスを逃すまいと心がまえをしてこそ得られるもの。今のキサマには、そんなブンヤ根性が見てとれぬ!」
「……おまえって、やっぱそっちの有望株だな」
ハァ、と嘆息すると、もどってきて後部車輪のステップに足をかけた。
「いざ行かん! 春日日和の一大事をもとめて!」
「……すげーいやなヤツだなオレら」
チリンチリン、とベルを鳴らし、二人は日和の自転車を駆って運動部員たちのあとを追った。