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22 人を呪わば、穴ふたつ

 振りおろされたこん棒が、壁を巻きこみ怪鳥を押し潰す。頑丈がんじょうな建築資材で補強されていた壁は、巨牛の一撃に耐えきれず、ベキバキと無残に大穴をあけた。


 大量の紙とともに外へと運ばれていく日和。


 太陽がまぶしい。

 空気がうまい。

 そして下はかたいコンクリート。


「そげなあああああ~~~!!!」


 急転直下に落ちていく。

 日和は思った。

 もう1センチあと1秒、こころ残りは白か黒かそれともピンクか。

 春日日和、辞世の句。字あまり。


 庭の地面へ激突する寸前、ふわりとなにかにくるまれた。

 かすかな甘い匂い。

 風がほほをなで、それまでのジェットコースター的ないきおいは速度をおとし、ゆるりと軟着陸する。

 ボテ、と投げだされた。

「いてっ」

 かるい打ち身は負った。


「――危ういところでしたわ」

 頭上を影がとおり過ぎる。

 ながい蛇のような生き物が宙をすべるように泳ぎ、その背に香月が腰かけている。

 日和のまえへと滑りこむと、優雅に降りたつ。


「無謀なことがお好きな方ですこと」

 スカートの中身が見たかったから、とはとても言えない。

「チャレンジャーですから」

 意味のわからないことを言ってうやむやにしようとする作戦。

「これを教訓に、愚かな懸想けそうはお控え下さいますよう」

 バレていた。

 しかられた子供のようにしゅん、とする日和。


「さきの一撃で、悪意はかなりしずまりました」

 香月は別の方向へ目をむけ、日和もそれにならう。

 怪鳥だったものが、次第に人の形に身をかえていく。

 それは目鼻立ちのととのった、若い女性の姿だった。


”にくい……あの男……”


 その両目から赤い液体が、重い涙のようにぼとぼとと流れ落ち続ける。

「鎮まったの……? あれで?」

「呪いの根源が深すぎるのです。心についたきずはやすやすといやせるものではありません」

 香月はふたたび式符をとりだした。


「わしの屋敷でなにをしている!!」


 どなり声とともに、見るからに高そうなブランドスーツを着こんだ男が、数人のコワモテを引き連れてどなりこんできた。


「……なんてタイミングで――これも呪の効力かしら」

 構えをとくと、ながい髪を踊らせてふりむく香月。

 男は足を止めると、「ほぉ…」と香月をながめた。

 緋色のセーラー服に身をつつみ、清楚ないでたちをした姿はいやがおうにも目を引いた。


「ごきげんよう、お嬢さん。わが家の庭でなにをしているのかね?」

 うって変わって紳士然とした態度で香月にたずねる。


「ごきげんよう。猪川いのかわ代議士。わたくしは東家が嫡女香月。このような格好でのお目汚し、失礼いたします」

 うしろ髪をひかれながらも、上流階級らしいあいさつをかわす。

(やなオッサンだ)

 日和はおもった。

 下から上へ、ぶしつけに投げかける好色な視線がカンにさわる。


「東家のお嬢さんですかな。噂にたがわずお美しい」

「光栄ですわ」

 やなぎに風でながす香月。聞き慣れた世辞文句なのだろう。

「して、あの部屋、わしの書斎がずいぶんひどいことになっておる。まさかとおもうが、ご令嬢のしわざか」

「はい」

 すました様子で答える香月。

「頼まれて、除霊にお伺いしました」


「ジョレイ? なんだジョレイってのは?」

 猪川はちかくにいたボディーガードの一人に問いかけた。

「お嬢様が言われていた、例の件では?」

「フン。ああ、呪いがなんたらとかいうタワゴトか。くだらん」

 鼻でわらうと、威圧をこめた視線で香月をにらむ。

「娘のタワゴトにつきあって、わしの家を半壊させたのか?」

「彼女はずいぶん憔悴しょうすいしていました。お気づきになられていましたか?」

「親に隠れてクスリにでも手をだしたのだろう。最近成績もさがり気味だったからな。ストレスのせいでつまらんトリックにひっかかったのだ」


 猪川はずぃ、と香月にちかづいた。

「ちがうか? んん?」

 香月は気圧されることもなく、涼しげにその顔を見かえす。


「んなわけねーだろクソじじい」


 ギロリとにらまれる。

 日和はにへら、と愛想わらいをうかべた。

「なんつって」

「……おい、侵入者がいるぞ。始末しろ」

「「はっ」」

「えぇ!?」

 いっせいに追ってくる男たちから逃げだす日和。


「東家のご令嬢か。その美貌なら、男もよりどりみどりだろう。だが、本物の男を味わってみたことはなかろう? ん?」

 舌なめずりして香月の手をとろうとする。


 パシン! と思いきりはたかれる。


 香月が制服のたもとから折りたたまれたおうぎをとりだし、払い落としたのだ。

「っ! なにをする!!」

「ひとつ」

 扇をひらくと口もとを隠し、流し目をくれる。

 一転した妖艶なまなざしに、猪川はゴクリと生つばをのみこんだ。

「おうかがいしたきがございます」


「おお、おお。なんでもこたえてやる」

 途端に機嫌をなおし、鼻の下をのばす男。

「数年前――ある女性をかどわかされましたね」

「かどわかす? なにを根拠に」


「彼女は数人の男どもになぶられ、汚され、愛する恋人の前で陵辱された。変わりはてた彼の横で、涙が枯れるまで何度も犯された。埋めたでしょう?」

「馬鹿な! わしがそのような人徳にもおとる人間だと!」


「暗く冷たい土の下で、彼女は声ならぬ声をあげた。虫に食われて朽ちてゆく舌で、呪いの言葉を吐きつづけた。おのれの運命への慟哭どうこくと、笑いながら犯しつづけた男への憎悪に魂を焼かれながら」

「知らんぞ! わしは知らん!」

 猪川は声を荒げると、どやしつけるように部下をよびつけた。


「おいっ! キサマら! そんなクソガキつかまえるのにどれだけかかっている! こっちを手伝え!!」


 松の木のうえに日和はいた。

 登ってこようとする男たちに咆哮とともに、手近な枝からまつぼっくりをむしりとっては投げつける行為をくり返している。

 何度もあたまに松ぼっくりをぶつけられ、なかば意地になって日和をひきずりおろそうとしていた彼らは、ボスの短気なよびつけにしぶしぶ集まってきた。


「この女をだまらせろ!」

「「はっ」」


 日和への腹いせを目の前の少女にぶつけるかのように、乱暴に腕をとる。


「そう、こんな感じだった」

 ゾッとさせる低い声。

 腕をつかんだ男が悪寒を感じて手を止めた。


「腕をつかまれ、ムリヤリ引きずられて、ワタシは車に乗せられた」

「なにをしている! 口をふさげ!!」


「覚えているでしょう」


「ヒッ!」と、みじかい悲鳴をあげて、地面にへたりこむ。

「ワタシを連れ去ったのはアナタだったもの」


 それは少女ではなかった。

 ボロボロの、千々(ちぢ)にやぶれた布をまとった女。露出した肌はあおく、ところどころに土が付着している。

 呆然とする男たちと、猪川。


「アナタも、そこのアナタも、ワタシのナカはどうだった? キモチよかったでしょう」


「黙らせろと言ってるんだ馬鹿者どもがっ!」


 どなり声におびえがまじっていた。

 危機が去った松の木からおりてきた日和は、みやびな絵柄の扇をもったまま、なりゆきを見守る香月におそるおそる近づいた。

「なにが起こってるの? 香月ちゃん」

 パシン! と日和がビビるほど扇をきびしく閉じると、その疑問に答えた。

「因果応報」


「まっていたわ。ずっと、ワタシを暗い場所にとじこめて知らない顔で生きているあなたたちへの復讐を。なぐさめられることのないこのキモチをおさえつけられないこのキモチをやっとかなえられる」


「まてっ! カネが目的か!? いくらだ!? いくらなら黙っている!」


「哀れなこと」

 香月のひとりごとが耳に入る。

「亡者にこの世の俗など価値はなし」


 男たちが背をむけて逃げだそうとする。

 だが全員、駆けだした格好のまま、指ひとつ動けず固まった。

 目だけで互いに視線を交わす。

 なにが起こったのか、ありえない事態に驚愕の表情をうかべている。


「逃がさない」

 女性が顔をあげた。

 眼窩がんかはおちくぼみ、むきだしになったほお骨にならぶ歯は笑ったように見える。肉という肉は消え失せ、骨と皮ばかりとなった身にまとう服は丈のあわない白襦袢じゅばん


 泳ぐように腕をかくと、宙にすべりだして金縛りにある男たちのあいだをうように駆けた。


――オオオオン。


 屈強なボディーガードたちはあっけなく魂をぬかれ、悲鳴とも苦鳴ともとれる声で嘆きをあげる。

 最後に残された猪川は、恐怖で顔をひきつらせた。


 その背後の空間にピシリ、と亀裂がはいり、まがまがしい瘴気しょうきとともにいく筋もの実体のない腕が猪川のからだをつかまえた。


「――いやだああああああああああああああああああああああ!!!!」


 引きずりこまれていく。

 ケタケタと笑いながら、亡者はみずから亀裂のなかへと飛びこんだ。

 乱雑にみだれた庭と、もはや息をしていない男たち。その中に、猪川という男の姿はなかった。


「終わりました」


 吹きつけてきた風に、つやめいた闇のような黒髪が流れるようにたなびいた。


「これでもう、彼女が霊障になやむこともないでしょう」


 うれいにみちた表情は、胸を打つほどに美しかった。

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