21 日和、空を逝く!
セーラー服が部屋に飛びこんでくる。
「伐折羅!」
足元の犬がひと声吠えるなり、強力な対魔封滅の霊気がよどんだ空間をおしのけた。
高音の瘴気とたがいに領分をふやそうとせめぎあう。
「よくご無事で」
香月は放心状態の日和をむけて微笑んだ。
「さすがわが夫となられる方ですわ」
「ま、まぁね。ギリギリのところで才能が味方をしたってトコロかな」
腰がぬけて立てないながらも、精一杯にとりつくろう。
「あれが呪の元凶。この悪意は相当なものです」
真剣なまなざしで説明してくれるが、そのまなざしすら見とれほどに美しい。
「ここからはわたくしの仕事。見ていてくださいませ」
颯爽と日和に背をむける。
地にはいつくばった日和は、スカートの丈が長いことが残念だとおもった。
いやでもこれからだよな。
「我勧請す。神砕く顎もつ破敵の剣」
香月は流れるような手つきで印をむすび、一枚の式符を投げつけた。
式符は瞬く間にながい尾をもつ蒼龍にかわり、身をくねらせて獲物へとおそいかかる。
パクリ、と一口。
おおきなアゴが小柄な身体をのみこんだ。
「やったっ!」
日和が快哉をさけぶ。
「いえ」
香月は冷静な表情をくずさず動向を見守る。
蒼龍のアゴが大きくふくれた、とつぎの瞬間、ぱん! とはじけて巨大な怪鳥が姿をあらわした。
するどい牙と爪、なかったはずの首に、醜悪な人の頭部がのっかっている。
「――己を贄とし呪に取りこまれたか。哀れなことを」
人の頭部は女の顔をしていた。
玄関先で見たものと寸分たがわぬ成りに、憤怒の表情が上乗せされている。
「にょーーーーっ!?」
意味不明な叫び声をあげて香月の背後に隠れる。
「見てはいけないものをみてしまったぁぁぁぁ!!」
「呪者が己の命とひきかえにつくりだした呪物。これほどの怨念――ただごとではありません」
犬の結界がおされている。
ふんばりきれず、じりじりと範囲がせばまってきている。
”憎い………!! あの男が憎い”
”たすけて……いたい……苦しい……”
感情とおぼしき透明な゛声゛が、風のように吹きすぎていく。とほうもない絶望と怒り、耐えがたい苦痛と憎しみに身がひき裂かれそうになる。
「これも呪詛のひとつ。受けながしてください」
平然とその風に身をさらし、香月は日和に忠告する。
――そんなこといったって!
なまなましい感情の嵐は強烈だった。秒速50Mはあるなとおもいながらも、なかば意識を失いかける。
”くらい…さむい…だれか……わたしはココ…”
”…裏切られた…けがされた……ゆるして…ゆるさない……”
”かえして……あの男…殺してやる”
”……蟲が……イタイ……くわれる……イヤ……アアアアアッ!”
感情にあてられてはき気と一緒にこころがゆさぶられる。
「これ……本当?」
弱々しい声でたずねるが、香月は真一文字にくちびるを引きむすんだまま、こたえようとしない。
「この女のひと――すげぇひどい目に」
「あなたは”舞姫”様とともにいたのでしょう?」
逆にたずね返される。
「呪に流されるは取りこまれること。同情はもっとも危険でおろかな行為と教えられませんでしたか?」
師匠のつきそいといっても、こんな凶悪なのとは出会ったことすらありませんけど?
「憑きものはなさけを利用してとり憑くもの。覚えておかれますよう」
いいながら、香月は複数枚の式符を自分の周りへふりまいた。
数枚の式符は地につく前に変化し、幼い子供のような姿に変じた。
子供たちには額に一本ニョキリとツノが生えている。
「”笑鬼”、とらえて」
命じられた小鬼たちは笑いながら部屋じゅうを駆けまわり、四方八方から怪鳥にとびついた。
わずらわしげに身をよじる怪鳥に、大口をあけてくらいつく。
香月は足をそろえて踏みならし、札をかかげて印をむすぶ。
「我奉ず――”招杜羅”よ!」
投げた札は形をなし、厚みを増して天井にまでとどく巨躯に身を変えた。
「撲ち滅ぼせ」
巨大な牛面の二足の化けものが、鼻息あらく針のついた巨大なこん棒を振りかざす。
怪鳥ははげしく羽根をバタつかせた。
床にかさなった紙がふたたび舞いあがる。
おおきな羽ばたきでまたたく間に突風がおきた。
「ぬおぉぉぉ! とばされるぅぅぅ!」
大の字になって床にへばりつく日和。
香月も使鬼の背後に身をよせた。
強風に、丈のながいスカートが豊かにふくらむ。
――好機!
日和の目が爛とかがやき、思春期の衝動のままに立ちあがる。
「――フォォォォォ!?」
舞った。