20 愛とは無謀のイコールです!
部屋に入るなり、あわだつような悪寒を感じた。
いる。
伐折羅が低いうなり声をあげる。
そこは客室用の部屋ではなかった。執務室として割りあてられた部屋らしく、デスクのうえには乱雑に書類の束が積みあげられている。換気のためか窓は開けはなたれ、からっぽの鳥カゴがかすかに揺れている。
――どこに?
気配が濃すぎて居場所を特定できない。
油断なく式符を構え、警戒を強める。
開けはなたれた窓から突風がふきこみ、書類の山をくずして宙へと躍らせた。部屋中が大量の紙で埋めつくされる。
不自然。
「救急如律令!」
とばした式符が弾けて、紙でつくられたいく層ものカーテンに穴を穿つ。
が、すぐに埋められ、部屋は幾重もの白に染まった。
なにものかの意志を感じる。
大量の紙は重力にさからい、上に下へと部屋中を飛びかっている。
「香月さん足はやいっす」
ひいこら言いつつ、日和が追いつく。
「うわっ、なにコレ!?」
部屋の様子におののく。
「これも手品?」
「霊障です。この部屋に依代があるはずなのですが――」
香月は部屋の様子から目をそらさず、神経を集中させて気配をさぐる。
「――紙とはいえ、これだけの速度で飛び交っていれば刃物もおなじ。入ればまたたく間に切り刻まれることは必定」
冷静な香月の言葉にぶるりとふるえる日和。
「本当にここなの? 別のトコロじゃないかなぁ?」
「伐折羅が嗅ぎあてた場所です。間違いなどありません」
わんっ! と下の犬からも抗議をたてられ、飛びすさる日和。
「ぬぉ、ごめん!」
「しかし困りました。部屋に入れないと依代もさがしだせない」
くやしげな声で香月がつぶやく。
「こういうとき、”舞姫”様ならどうされるのでしょう?」
アドバイスを求められた日和は、動悸をおさえて答えた。
「フッ、こういうときこそ落ちついて、冷静に。まずイチかバチかで乗りこんでその依代というものがないか捜しましょう」
「冷静ではないやり方ではないでしょうか?」
とまどう香月。
すでにアドバイスを求めたことを後悔している。
「なに、任せてください。師匠の物置から失敬してきました」
そう言って、ブルーバッグのなかから雷を模した”紙垂”のぶら下がった縄をとりだす。
「秘密道具です」
「簡易結界用の注連縄ですね。”舞姫”様の私物をもちだされたのですか?」
「こまかいことは気にしない! これを巻いて乗りこめばあんなもの」
「さすが、”舞姫”様のお伴の方。勇気がおありです」
香月が微笑む。
「へ?」
「ご武運を」
構えをとくと、すっと入り口の前をあけた。
人ひとりが通れるスペースが空けている。
犬も心得たとばかりに位置をずらせ、ハッ、ハッと鼻息荒く”おすわり”した。
「……お任せください。この命にかえましても!!」
非力に胸をどんっ、と叩き、ハッハッハ! とむりやり笑う。
注連縄をグルリと腰に巻きつけ、入りぐちに立つ。
ビュン、ビュン、ビュン、と高速の風きり音が容赦なく聞こえてきた。
泣きたくなった。
昔、戦争で特攻隊に選ばれた人たちは、こんな気分だったのかもしれない。
「せめて遺書ぐらい用意しとくんだったァァァーーッッッ」
叫びながら突撃。
はじめてあらわれた攻撃目標に、うすい凶器が群れとなって襲いかかる。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!??」
なさけない悲鳴をあげながら逃げまどう。
速度をあげて襲いくる無数のカミソリを紙ひとえにかわし、床を這って逃げまくる。
とおり過ぎた場所で例外なくシュタタン、とつきささる音。
なにかを捜してる余裕なんかなかった。
「命ばかりはおたすけをーーーッ!」
「日和様。なにか怪しいものはありまして?」
香月の声も冷徹に聞こえる。
「ないよそんなの!? 余裕もないよ!?」
「きわだって不自然な置物はありませんか? 特別興味をひくものは? 見ていると不安になるものはありませんか?」
「そこら中にあるけど!? 紙きれ一杯!」
「それは怪しいものではございません」
空飛んでる時点で怪しいものですけど!?
「それ以外には?」
「香月ちゃんの言葉がとても冷たく感じる!!」
「気のせいでしょう」
こともなげな返事に、この世に神も仏もいないと思った。
「あでっ」
ゴチンッ! と、壁にあたまをぶつける。
勢いをつけすぎてまともにぶつかったせいか、ポロリと涙まで出てきた。
――ガシャン!!
「ぶっ!」
さらに落下物まで降ってきた。
頭頂部からたんこぶが膨れあがる気配を感じながら、落ちてきたものを頭から下ろす。
鳥カゴだった。
鳥カゴのなかに鳥がいる。
――あたりまえか。
ぼんやり思ってふと気づく。
自分は今、ものすごく無防備じゃなかろうか。
ブチブチッ
簡易結界が無力化する。
「――セイヤァッ!!」
気合いの声とともに鳥カゴを盾にする。
これだけ重いから鉄製だ。きっと紙きれの群れからボクを守ってくれるにちがいない!
という願いをこめて。
予想と異なり(?)、高速で空とぶ凶器はいっこうに襲ってこなかった。
「…………?」
それどころか、時間が停止したかのごとく、宙でピタリと動きを停めている。
呆気にとられると、いっせいにヒラヒラヒラ、と床に舞い落ちてきた。
「日和様」
入りぐちに香月が立っている。
「見つけられたのですね」
「見つけたっていってもなにも――」
カゴの中身を目にして固まる。
鳥である。
オウムや文鳥のような小さなサイズである。
しかし頭部がない。
首から上が、刃物で斬り落とされたかのように失くなっている。
そのきり口はいびつで、でこぼこした断面からはドロリとした赤い液体がわき出ては糸をひき、カゴの外へとあふれでている。
このざまで、生きている。
首をかたむけ、くちばしのあるべき位置で毛づくろいのような行動をとる。
自然なしぐさが不自然だった。
「ひぃ!!」
カゴを投げ捨てる。
目にみえない気配がふくらみ、首のない胴体がのそりと姿をあらわした。
日和にむけて威嚇するようにつばさを広げる。
「――救急如律令!!」
式符が空をきる。
数枚の羽根を散らして天井ちかくまで飛びあがると、部屋中に響きわたるほどの高音の悪意をまき散らした。