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16 「お父さん、お嬢さんを僕にください!」

「お待ちしておりました」


 校門をでたところで、黒服の男が馬鹿丁寧なおじぎをしてきた。

 面食らう日和。

 高級車の後部座席のドアをうやうやしく引き開けると、つややかな黒髪をもつ少女が地上へ降りたつ。


「ごきげんよう、日和様」


 あいさつされ、日和も慣れないおじぎで返す。

 頭を起こしたあと、片手で自分のほほをつねりあげた。


「いたたっ!! 夢じゃないよね!!」

「夢ではありませんわ」

 微笑ほほえむ香月。

「これから行く先も、現実です」


 志村……ごめんな。

 日和はまず友へあやまった。

 オレ、ひと足先に行ってくるよ。


「あの、これ、弁当の空箱――」


 カキーンッ!!


 小気味のよい音とともに「オーライ!」という声がきこえた。

 野球部だ。

 チャイムが鳴って早々ノックなんて、今年の部員はやる気がちがう。


 ヒュッ、と耳元をかすめ、ゴンッ、と重い硬球が足もとのアスファルトへ着弾した。


 バッターボックスは校舎側で、ずいぶん距離がはなれている。校門までとばせるならサッカー部とテニス部の領分すら超えなねばならず、超メジャー級のホームランだ。とうとうこの学校にも甲子園をねらえる部員が入部したか!

 という想像とはべつの予想を日和はした。


 コロコロと歩道をころがるボールを見つめ、ゆっくりと顔色をかえてゆく。

 あお色に。


「――殺す気か!?」


 日和はグラウンドにいる連中にむけて叫んだ。

 色とりどりのユニフォームが、自分の周囲100M圏内に雑然と点在している。サッカー部や野球部はまだしも、剣道着や柔道着、はては和服のきものを着た連中――おそらく落語研究会――もまじっている。


「ヘーイ、つぎ行くぞー」

 完全武装の剣道部員がバットをかまえ、ボールを投げ上げる。


 カキーンッ!!


 ヒュゴゥ、と強打者の速球がうなりをあげてほほをかすめた。

「――ボール!!」

 バシィ! キャッチャーミットど真んなかで受ける柔道部員。


「ボールってなに!? ストライクならオレどうなるの!?」


「決まっているではないか」


 柔道部員がキャッチャーマスクをはぎとる。

「キサマに対する私刑だ」

「志村――ッ! ってやっぱりおまえかよ」

「志村? しらんなぁ」

 カポッ! とマスクをかぶると、柔道着姿の志村はミットをコブシで叩いてみせた。

「おーし、もういっちょう! しまっていこう!」

「待って! なんでそういうこと言うの!? オレたち友達だろ!」

「友――か。ふっ、なつかしい響きだ」

 志村はマスクを被ったまま、彼方の白い雲を見つめた。


 カキーンッ!!


 ガンッ!


「あいてっ! コラぁ! まだ構えてねーだろが!!」

「わりー、志村」

 剣道部員があやまった。

「まったく、オレがケガしたらどうすんだよ」

「オレはいいのかよ!?」

 抗議の声はスルーされた。


「仲のお宜しいこと」

 東香月が口もとに手をあて、上品に笑う。

 それを見た志村以下傷心連合が俄然がぜんやる気を増した。

「おしっ! 千本ノックいくか!」

「場所かんがえろ! ここグラウンドちがうよ!?」

「ボールは友達。どこだってボクらのあそび場さ!」

「その前にせめてルールを守ってよ!!」


「日和様、ほら、あちらに――」

 細い指先につられ、東の空を見上げる。

 ふわりと背中にやわらかなものが触れた。

 ような気がした。


「へ? あれ?」

「それでは参りましょう」

 何事もなかったかのように、車内へ乗りこむ香月。

 首をかしげた日和だが、


「ヤツを逃がすな! 千本ノック開始!!」

 号令一下、野球ボールやサッカーボール、ラグビーボールなどの球技系以外にも竹刀、バット、剣山などが宙を舞って飛来してきた。

「だれが取るんだこんなのッ」

 襲いくる凶器に身をちぢませる日和。


「すまんな、日和。これも友情のための犠牲だ」

 修羅のカオで、志村はかつての友の最期を見とどけようと目をこらした。

 あれだけの量だ。一つや二つ、打ちどころがわるく病院行きになっても致しかたなし。見舞いのフルーツは一万円の高級メロンつきにしてやろう。

 しかしその思惑は大きく裏切られた。


 様々なものがぶつかる音がひびく。

「馬鹿な――!?」

 信じられずにうめく。


 ほとんどの凶器が見当ちがいのところへと散らばっていた。


「オーノー!! ノーコンすぎるだろ!!」

 頭をおさえてもだえる志村に、傷心連合の面々はに落ちないように首をかしげている。

「おれたちちゃんとあいつを狙って投げたぜ?」

「そうだよ。野球部やサッカー部があんなでかいマト外すなんてありえないじゃん」

「現にはずれてるじゃないか!」


 パチリと目をあけた日和は、無傷な自分に一安心する。


「日和様、早くこちらへ」

 車中から香月によびかけられ、いそいで避難する。

 ドアを閉める。

 ガラスごしに志村にむかって思いつくかぎりの馬鹿にした顔をつくった。


「日和様。外からは見えておりません」

 冷静な香月の指摘に、コホン、とせきばらいして姿勢を正しくする。

「お戯れもほどほどに」

 たわむれ、と言われ、すこしだけ傷ついた。



 黒ぬりの外車が急発進して去っていく。

 追いかける志村たち。

 みる間に引きはなされ、路上でむなしく呪いの声をあげる。

 三階の校舎の窓からその光景を見ていた少女は、ぐっ、とくちびるを噛みしめた。

 窓にうつる自分の顔に気づき、目を引きはがして教室をあとにした。

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