15 あえかの苦手な相手
「まったく金剛さまときたら」
一升瓶をかかえ、轟あえかはひとりごちる。
履きなれたジーンズと、白地のオーバーブラウス。おでかけ用の服装である。
「いつもいつも調理酒までカラにするなんて、あれでほんとに仏門のかたなのかしら」
僧は一般に飲酒を禁止されている。
酒は人心をまどわせ、無意識に悪にみちびく糧であるからだ。
もっとも金剛はすでに戒律をやぶった”破戒僧”であるがゆえに、そこに頓着する身分ではない。
どこの教派にも属さず、おのれの思うところによりて信仰をなす。
破戒僧とはいえ、不動金剛明王のちからを顕現者である事実は、はからずも教派だけが信仰のすべてではないことを裏づける証明ともなっている。
それでも、酒をのみすぎるというのは、健康的にも、金銭的にも非常によくないことなのだ。
だいたい、お酒の代金はすべて自分もちである。
酒代くらい調達してもらわないと。
「あっ、と……いけない」
とおり過ぎかけ、いかめしくそびえ立つ武者鎧で足をとめた。
暗い店内にものおじせず入りこむや、奥へと声をかける。
「”舞姫”、まいりました」
冷房もついてないのにヒヤリとした室温。
一升瓶を床におき、店主がでてくるのを待つ。
陳列された有象無象の品々から醸しだされる濃密な気配。形代であるものたちから無意識に視線を感じる。
コンビニやスーパーよりよっぽど涼しいわね。
不謹慎だがいつも思う。
しばらくすると、眉ねをよせた店主が奥からでてきた。
「昨日使いをよこしたのですが、引きとれなかったと伺いまして」
礼儀ただしく挨拶をしたあと、さっそく切りだす。
「例の鏡、お引きとりいたします」
ムスッ、とした老年の店主はあえかを一瞥しただけで、座敷前のカウンターまで歩いてくると、桐の箱から台帳をとりだした。
ルーペを手にとるや、かざして眺めはじめる。
「あの……」
無視されている。
苦手だやっぱり。
この愛想のなさには閉口する。
「……昨日、きたのか」
嘆息しかけたところで、おどろいて息をのみこむ。
「は、はい。てっきりご隠居さまが追いかえされたものかと――」
「ふん」
ルーペを置き、店主はあえかのほうを向いた。
「あれはお前のさがし物ではない」
「そうでしたか」
ほっ、と胸をなで下ろす。
「では、呪物のご相談ですね。どちらにせよ、お引きとりすることに変わりありません」
「嘘を、ついたか」
「私は嘘などついていません!」
じろりと睨まれ、咄嗟の行動を恥じる。
「すみません、おおきな声を」
「ふん」
不機嫌なまま、店主はカウンターに並べおかれた売り物のキセルをつかみとる。
小皿を引きよせ、中から乾燥した煙草をつまみ、キャップに押しこむ。
マッチをカウンターにこすりつけて火をつけ、煙草に近づけた。
ゆるゆると煙が上がる。
「また明日来い」
「え……」
きょとんとするあえか。
怒らせてしまったのだろうか。
「はやいうちに処分されたほうがよろしいかと……?」
「店じまいする。出ていってくれ」
「理由は? なにかあったのでは?」
せっかく来たのに、追いかえされるなんてかなわない。
「なんでもない。帰れ」
つき放すように会話を切りあげられ、強引に追いだされた。
「ピシャッ」と音が鳴るほどに、入りぐちの戸が閉じられる。
途方に暮れ、あえかは頭上の看板を見上げる。
「……なんなのよ、もう」
深いためいきが、後につづいた。