13 刺客? やつらの名は゛傷心連合゛!
カササササ――
物陰から物陰へ移動する不穏な影。
早朝の登校風景に、なにやら異質な分子がまぎれこんでいる。
「――やつらはいないようだ」
蔭かげ(からつぶやくと、路地裏から出て次の隠れ場所にむかう。
「きゃっ!」ぶつかりそうになった女生徒が悲鳴をあげて身をひく。
赤いポストの裏に入る。
――残り100M。無事にたどり着けるか?
登校する学生たちが不審げにとおり過ぎていく。
「……よし」
一気に駆けぬける!!
ポストから猛然と飛びだし、おどろく周りを尻目に校門へと一直線に――
「日和さま」
「へ?」
わきから声をかけられ、校門のレールにけつまづいた。
「――のおわわぁぁぁああえええええ!?!?!?」
土ぼこりをあげていきおいよく回転し、最後にグラウンドへとダイビングヘッド。
整備された砂地に、顔面を削って停まる。
墓標のように掲げた尻の横を、談笑とともに通り過ぎる生徒。
「…………」
むくりと起きる。
よごれた学生服をパンパン、とはたき、なにごともなかったように歩いて校門までもどった。
「おはようございます! 香月さん!」
「お早うございます。お怪我はありませんの?」
さほど心配もしていない様子で、香月は日和にたずねた。
「なに。通りすがりのノラ猫を避けただけですから」
フッ。と笑い、適当に空を仰ぐ。
「あいつめ……今頃どこで何しているやら」
「猫、ですか?」
「ええ。ボクの姿を見るなりマッハで逃げていきました」
「それなら避ける必要もなかったのでは?」
「へ? そ、それもそうっすね。ハハハ」
涼しい指摘に挙動不審に目を泳がせる日和。
「そ、それより、なぜ今日はこんなところへ?」
「本日もお弁当を作ってきました」
黒光りする漆塗りの重箱が差しだされた。
「マジすか!?」
「どうぞ」
喜々として受けとった瞬間、
プス!
プス!
プス!
敵意にみちた視線がつき刺さり、おそるおそるふり返る。
白いハチマキの集団が、志村を先頭に並んでいた。
マジックで書かれた「傷心連合」の文字が一陣の風に吹かれて踊る。
「ばかな……! 復活した!?」
まるで荒野をみてきたかのようなスサんだ目ツキの集団を、挨拶を交わしながらスルーしていく一般生徒たち。
「お友達でして?」
「かつては友でした……だが、いまは!」
ハチマキの集団は足なみをそろえて歩いてくると、日和と対峙した。
「なんのようだ弁当泥棒!」
「無責任ないいがかりはやめてもらおう」
「いいがかり違うじゃん! よこどりしただろ志村!!」
「過去のことは水にながそうじゃないか。かれらも反省している」
ハチマキの集団は一斉にウム。とうなずいた。
「うそつけ!」
「志村薫です。昨日は友の好意により、あなたのまごころづくしのお弁当のご相伴にあずかりました」
「だまされてはダメですよ香月さん! こいつらはひとの弁当をねらうハイエナです!」
「ご学友にむけて、その言葉は失礼ですよ」
やんわりと否定され、日和はひどく恐縮した。
「で、でもですね! こいつらことわりもなくオレの……あなたの弁当をですね!」
しどろもどろな彼を尻目に、香月は優雅にあたまを下げた。
「東香月と申します。春日様とは許嫁の契りを結ばせていただいております」
よく通る声ではっきり告げられ、後ろにいる日和のほうがぽっ。と顔を赤らめた。
ズダーン!
振動とともに校庭がゆれた。
ハチマキの集団がそろってひざを屈し、地面に手をついていた。
「なんていう残酷な現実」
「まさか本人からじかに耳にするとは」
「もはやおれたちに明日はない……」
ココロの折れようはみていて同情をさそうものだった。
「日和様。今日の放課後、なにかご予定はございまして?」
日和以上に残酷な言葉を告げた少女は、顔を赤くしたままの彼にたずねた。
「全然! まったくなんにもナッシング!」
親指をたてた即答を返す。
実際はいつものようにあえかの元で修練があるはずだが、いまの彼にはまともに考えるだけの思考力はなかった。
「では放課後、お迎えにあがります。あなた様とともに出かけたい場所がありますので」
「それでは」としとやかにおじぎをし、長い髪をなびかせて東香月は去っていった。
これはもしや。
どきどきとムネが踊りだす。
「デェトの申し出!?」
「認めんぞぉぉぉぉおおおおお!!!」
腹の底からのさけび声がこだました。
「日和いぃぃぃぃ!! お前は男と男の友情でなく、女とのお出かけをとるのかァァァ!!」
志村だった。
泣いていた。
「そんな軽薄な男だとは、おれはおもっていなかった!」
「なんだよ急に!! 友情がどうという以前に、先にしかけてきたのおまえじゃん!」
「おまえにはまだ早い! 妙齢の女の子とのツーショットなど!!!」
泣きながら肩をつかんできた。
「たのむ日和! いかないと言ってくれ!!」
「志村……」
痛いな、とおもいながら、必死にさとしてくる友に哀れみのまなざしをむける。
「俺、今日、大人になるよ」
「ばかちんがッ!」
グーで殴られた。
「いてーよ! なにすんだよ!」
「いいだろう、日和。おまえがそこまで言うならば、もはや言葉は不要」
志村の周りに、立ちなおったらしいハチマキの連中がそろい踏みする。
「わが連合が、全身全霊をもってきさまの恋愛成就の邪魔をする!」
本気の目だった。
嫉妬の炎がメラメラと燃えている。
オレは今、友情というものが、どれほどちっぽけで儚いものか、まざまざとみせつけられた!
「我らはこれより修羅に入る」
ウム。と勢ぞろいしたハチマキがうなずく。
「手はじめに今日の昼休み、楽しみにしておくことだな」
「やることおなじじゃねーか! どこが修羅だよ!」
「ふーん、今日も来たんだ」
志村以下ハチマキ衆が、日和の背後に目をむけたあと、表情を一変させて一目散に逃げだした。
まってくれ! と心で叫ぶ日和。
比べものにならない殺気が、背後から押し寄せてくる。
このままでは正直チビりそうだ! 露出プレイで人生終わるにはまだ若すぎると思うんです!!
「お早う、春日くん」
すっ、と横にならんだのは、笑顔をうかべた南雲美鈴だった。学生鞄を両手でさげている。
「またお弁当、つくってもらったんだ」
「な、なんだ、委員長か。おどかすなよ」
殺気の正体がつかめず、キョロキョロと周りを見わたす日和。
「それより今、誰かいなかった? ラオウレベルの殺気が」
「しらない」
「あ、そう? おかしいなぁ」
首をひねる日和。
「それじゃ、先にいくから」
美鈴は笑顔のまま、無防備なつま先に踵を振りおろした。
ぐきっ!
「あらァ? なにか踏んだみたい」
ほほほ。とわざとらしく手を口にあて、去っていく無常な女。
悲痛な遠ぼえが、青空に尾をひいた。