12 映し身の誘惑
ガラリ、と階下から引き戸をあける音がした。
ビクリとして、私はカガミから目をはなす。
時計の針は、21時をまわっている。
「もうこんな時間……!」
夕食の用意もしていない。
おじいちゃんが帰ってきちゃった!
いそいで階段をおりると、帰宅した祖父とハチあわせした。
「あ、お、おかえりなさい……」
「どうした?」
ブスッとした渋面は、祖父の普段の顔だった。笑った顔なんてみたことない。
「服」
言われてはじめて、学校の制服のままであることにきづく。
いつもなら帰ってすぐ私服に着替えるのに、今日はお客様がみえられて、それで――
「ほんとだ。着替えなきゃ」
また二階へもどろうとすると、
「だれか来たのか?」
祖父が聞いてきた。
「ううん、だれも」
自分でもおどろくほど、そっけなく口からついてでた。
嘘。
「そうか」
うたがうことなく、居間のふすまをあけて入っていった。
どうして?
漠然とかんがえながら、自分の部屋にもどってくるなりカギをかける。
背中をドアに押しつける。
(なんで嘘なんかついたの? たったふたりの家族なのに――)
ちからが抜けて、ズルズルとくずれる。
(どうしちゃったんだろう、私)
床にころがるカガミ。
おもい体をひきずって、むこう側をのぞきこむ。
――そんなことどうでもいいじゃない。
カガミのなかの私がしゃべる。
そうね。
きっとどうでもいいこと。
――あなたがのぞむものはそうじゃないでしょう?
ええ、そう。
私がのぞむモノは私のしあわせ。
私以外のみんなが不幸になること。
私をいじめた人、馬鹿にした人、無視した人、みんなみんな、大キライ。
私の顔が微笑う。
ほこらしげに彩るオシャレな小物。
可憐にふくらむバラ色のくちびる。
ソバカスのないキレイな肌。
きらめく大つぶの瞳。
私の夢みた私。
カガミのなかの私は、別人のように美しく着飾っていた。