11 はじめてのおつかい、完!
「なんていうヘマをしちまったんだァァァーー!!」
夕日がまぶしい。
うぉぉぉん! と悲嘆にくれる日和を背に、学生服のポケットからケータイを取りだす。
「ひーちゃんよォ、お師さんへの連絡先、わかるか?」
「こうなればかえ玉を用意するしか――ッ」
「すぐバレるに決まってんだろ」
「オレのこづかいであんなカガミより上等なものを用意するんだ!」
「趣旨かわってんぞ」
「なに言ってんだいっちゃん! 男は甲斐性だって、オレの親父も言ってた!」
「いいから番号おしえろ」
「番号? なんの?」
不思議そうな顔で大沢木を見上げた途端、その手の中に天敵を見つけて飛び起きた。
「悪魔の兵器がまたここに!?」
「……ケータイデンワが悪魔の兵器なら、どれだけ量産されてるとおもってんだ」
「オレはそいつで極限まで追いつめられたんだ。なんという万能兵器」
「おまえだってもってるだろ? ケータイくらい」
「もってねーよ!」
「マジか? 俺でも持ってんだぜ!?」
めったに使うことはないが、最低限の連絡手段として母親がもたせた型オチ機種である。
「オレの家、ケータイ禁止令が発令されてるんだ」
ユーウツな表情でつぶやく日和。
「物心つくころにアホ親父がそれつかって浮気くりかえしたあげく、犯行現場おさえられて再起不能にされたんだ。そのとき、家庭内条例で署名捺印させられたんだよ」
「なんだそりゃ」
苦笑する大沢木。
「マジなんだって。おかげでいまだオレは文明の利器を知らない縄文原人ですよ?」
「まぁ、無ェならしかたねえさ。俺がかけるから、お師さんの番号をおしえてくれよ」
「断る!!」
「なんでだ!」
予想外の返答におもわずキレる大沢木。
「師匠への直通電話はオレにだけゆるされた特権だ!」
「ンなもん調べりゃ誰でもわかンだよ」
「馬鹿な!?」
ヨロリとよろめき、もはや見なれた格好で地面に手をつく。
「師匠にまで裏切られていたなんて」
「……いまからひーちゃんが走って伝えにいってもいいんだけどヨォ」
ハッ、と顔をあげた日和は、すなおに電話番号を口にした。
ダイヤルをプッシュし、つながるのを待つ。
「チャリがあれば戻ってもよかったんだけどね」
だれに対する言い訳か。
ガチャリと音がして、誰かが出たようだ。
『なにかの』
「――金剛のオッサン?」
『ふむ、その声はイチローじゃな』
の太い声に苦笑する。
野球選手みたいに下の名前でよぶのは、このオッサンだけだ。
「そういや、お師さんは出かけてるんだっけ。留守番してんの?」
『そうじゃ。小娘め、ワシを丁稚扱しよってからに』
「ま、いいや。”一刻堂”ってトコによ、お師さんにたのまれたモノを取りにきたんだけどよ、追いかえされちまった」
『ふむ?』
首をかしげた様子がつたわる。
『その品はなんじゃ?』
「年代物のカガミなんだけどよ。俺たちじゃわたしてくれねーんだよ。本人じゃなけりゃあ、ってさ」
『カガミ? 聞いておらんな』
受話器のむこうで考えこんでいるようだ。
「とにかく、俺たちじゃラチあかねーんで、お師さんに自分で取りにいってもらうよう、言づてたのむよ」
『おぬしまでワシを丁稚あつかいか!』
不満げな声をなだめすかす。
「ついでだからたのむよ。このとおり」
といって、見えない場所でおがむマネをした。
『ふん。わかったわい!』
ガチャン、と荒く電話は切れた。
やれやれ。
日和に目をむけると、戦々恐々とした様子で自分の言葉を待っている。
「――金剛のオッサンがでた」
「なんで!?」
「家の電話なんだからあのオッサンしか居なかったんだろ」
「師匠との直通のはずなのに!」
「帰るか」
意気消沈する肩をたたき、ふたりで家路へとついたのだった。