9 はじめてのおつかい!
「本日はこれまで」
「有り難うございました!」
修練の結びの言葉を口にした日和は、あれ? と首をかしげた。
終わるのがはやい。
いつもなら、しごかれて息も絶え絶えに帰路につくはずが、今日はめずらしく無難に歩けるだけの体力が残っている。
「春日君」
と、あえかに呼び止められる。
「なんスカ?」
「このあと、予定はありますか?」
師匠がオレに予定をたずねる。
はやめに切り上げられた修練。
つまりそういうことだ!
「デートですね! こころの準備はできてますとも! サァ、はやくこの腕のなかにマイハニーCome Onッ!!」
「おつかいを頼まれてくれますか?」
にこやかに無視し、道着姿のあえかは言葉をかさねた。
「……おつかい?」
空っぽの手のひらをニギニギ。むなしく動かす。
「ええ。”一刻堂”から、ある品物を受けとってきてほしいのです。連絡はしておきますから」
「げっ。一人でですか!?」
おおげさに身をひく日和。
「なにか?」
「あそこ、なんか出そうでこわいんスけど」
”一刻堂”は古美術店である。いかにもいわくありげに並んだ品の数々は、見かけどれもたんなる置物であるが、人一倍霊感のつよい日和にはそれ以上のなにかに見えてしまう。
「今日中に受けとって欲しいといわれているのですが、私もこのあと別の用事で出かけなければなりません」
「そっちについていきます!」
「それでは意味がないでしょう」
あきれるあえか。
「そうだ。大沢木くん」
といってあえかは、床に大の字になってノビている少年に声をかけた。
「くっそ、勝てねー」
くやしそうにつぶやく。
「なんでもいうことを聞くと言ってましたね」
「……男に二言はねーよ」
むくりと身を起こすと、道場のすみにほうり投げた学ランをとりにいく。
あえかは容赦がなかった。道場へくるたび毎度のように組手を申しこむ大沢木を、ことごとくかえり討ちにしてしまう。
勝てばなんでもいうことを聞く、という言葉は、もはや恒例の挑戦文句だ。
今日もまた全敗記録更新である。
「そりゃ、いっちゃんがきてくれれば心強いけど」
内心納得いかない日和。
「おれじゃ不満かよ」
剣呑な様子の大沢木。何度負けてもくやしいことは変わらないらしい。
やつあたりされそうだったので、あわててブルンブルンと首をふる。
「不満なわけねーじゃん!」
「なら決まりだろ」
大沢木だって弱くはない。なぎなた相手に対等に立ち回るレベルだ。だが、ことあえか相手となると、てんでいいところはなかった。
ヒラリヒラリと攻撃をかわされ、気づけば体は宙を舞っている。それからおきまりのように、どしーん! と派手な音が響く。
さすがというべきか、受け身は完璧に決めるがそれでも何度も投げられると体力が続かない。ギブアップして倒れこむのがせきの山だった。
なぜケンカ百般ともあろうものが、自分と同レベルなのか。
息も乱れず美しい表情も崩さないあえかはやはりただものではない。
「場所は覚えていますか?」
ぼーっとした顔に不安になるあえか。
「ふぇ?」
「一刻堂の場所です。何度か行ったでしょう」
「あー……バッチリッス! オレにまかせてください!」
「そうですか、それではお願いします」
笑顔を向けられ、日和のやる気は百倍増した。