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遙かなる未来へ

 朝日が昇り始め、多くの人びとが一日の始まりを迎えようという中。

 宰相ちゃんと呼ばれる一人の少女が道を歩いている。


「やっほー!」

「おっはよー!」


 二人の学生が宰相ちゃんに向かって手を振り駆けてくる。

 かの事件より数年が経過した現在。

 宰相ちゃんもその責務から開放され、今は一学生として青春を謳歌していた。

 

 同年代に女生徒に比べてやや小柄ではあったが、確かな成長をはたして女性として一段と魅力を増した宰相ちゃん。

 彼女も学生服に身を包み、一介の女学生として日々を忙しく過ごす身だ。


 宰相ちゃんの友人、二人の女子生徒。

 一人は人間族で、もう一人は特徴的な猫耳と尻尾があることから獣人族の様だ。

 朝早くまだ登校している者もまばらな時間帯、急ぐこともなくゆったりと通学路を歩む宰相ちゃんは、友人の掛け声に柔らかく微笑んだ。


「おはようです」


「それにしても早いわねぇ。いつも何時に起きているの、宰相ちゃん?」

「そんなに早く、ないですよ?」


 時代は移り変わる。

 様々な困難を乗り越えた人類は、新たな未来を歩みだそうとしていた。



 ◇   ◇   ◇



「二人は、今からクラブですか?」


 放課後、授業も全て終わり各々が帰宅の準備をする中、宰相ちゃんは普段から良く会話をする仲の良い友人二人に話しかける。

 世界が繋がり様々な交流がなされ大きな変化が起こった。

 だが変わらないことももちろんある。

 特に日常の生活においては大きな変化を探すほうが難しいかもしれない。

 高校生活などは友人の種族が変わった程度の変化しか無く、交わされるやりとりはかつて見られた光景とほぼ同じだ。


「うんうん、県大会の決勝が近いんだ。ここで勝てば、異世界大会でしょ? 夢にまで見た大舞台、ここで頑張らないと悔いが残るってもんよ」

「ふふふ、そうですね。宰相ちゃんも応援しています」


 鞄に教科書を詰めながら、制服姿の宰相ちゃんは友人を応援する。

 帰宅部である彼女はクラブや県大会にかけるような情熱を持ち合わせていなかったが、それでも友人たちがそれに向けて毎日遅くまで行うほどの熱意を持っていることは理解していた。


「そう言えば、宰相ちゃんはクラブとか入らないんの? どこからも引っ張りだこだよ?」

「そうよねぇ、宰相ちゃんがいてくれたら私達も余裕で異世界大会に優勝できるのに」


 もう馴染みになった愛称で呼ばれながら、宰相ちゃんは軽く首を左右にふる。

 宰相ちゃんのポテンシャルは高い。

 さほど運動が得意ではないとは言え、フローレシアで一二を争うほどの能力を有しているのだ。

 当然身体能力もそれに準じたもので、二つの世界を含めた大会とは言え、後れを取るようなことは万が一にもありえない。

 その能力の高さは学内でも有名で、故に彼女の周りには入学当時からひっきりなしに勧誘の声がかけられることとなっていた。

 現在では一段落して落ち着きを見せているが、それでも定期的に誘われることから、彼女の人気の高さがうかがえる。

 もっとも、いくら熱烈に誘われたとしても彼女には他にすべきことがあるのだが……。


「お手伝いしてあげたいのは山々ですけど、宰相ちゃんもやることありますから……」

「例の勇者様?」

「あーっ! そうだったの? 知らなかった!」

「アンタ……有名な話よ。宰相ちゃんが勇者さんのところに通い妻状態だっての」

「勇者様かぁ、どんな人なんだろう? 世界の崩壊を救った人なんだよね、やっぱり凄く強いの?」

「凄く優しい人、です」


 宰相ちゃんが意中の人に対して熱心なアプローチをしている事はすでに多くの女生徒が知るところにある。

 こういった話は彼女たちにとって絶好の話題になるのだろう。

 宰相ちゃんは誰にでも優しく接し、何よりも同年代の生徒に比べて少し小柄で愛らしいところがあるので人気が高い。

 当然、彼女の恋を応援する者も多かった。


「そっか、勇者様に会いに行くんだったらしかたないなー。私達は悲しくクラブに青春を捧げましょうか……」

「アタシは隙あらば彼氏作るけどね」

「裏切り者ー!」

「二人ならきっと素敵な男性が見つかりますよ。宰相ちゃんが保証します」

「きゃー! ありがとう! 決めた! 私宰相ちゃんと結婚するわ!」

「え!? まってよ、アタシも宰相ちゃんと結婚する!」


 きゃーきゃーとかしましく騒ぐ二人。

 宰相ちゃんも同じように騒ぎはしないものの、ニコニコと機嫌よく笑みを浮かべている。

 ふと、宰相ちゃんが何かに気づいたように手元の端末を操作する。

 最新技術の粋が詰まった指輪状の端末が淡く光り、彼女にメールが届いたことを通知していた。


「む……」

「あーっ! もしかして、愛しの彼から?」

「秘密、です」


 顔を赤らめ、覗きこむ友人からメールの内容を隠すように手早く内容を読み込む宰相ちゃん。

 途端にニヘラとその美しい表情がだらしなく崩れる。

 ぽやぽやと幸せオーラを出す様は、機敏に鋭い年頃の少女でなくても何があったのか一瞬で分かるほどだった。


「ふーん」

「へーっ」


「えっと、ちょっと用事、できました」


 ピッと指輪を操作し、何らかの返信を行う少女。

 ややあって上げた面は真剣な表情で、これから戦場にでも行きます! とでも言いたげな迫力があった。

 事実宰相ちゃんとしては何よりも重要な、女の子としての戦場に行くつもりだ。


「はいはい。分かってますよ。女の友情って儚いよねぁ……」

「私たちの宰相ちゃんが取られちゃうー!」

「行かないでー!」

「ふふふ。また今度、時間のあるときに遊びましょう?」

「わぁい! 素敵なお店見つけたんだ! 一緒に行こうね!」


 にゃーにゃーと、まるで子猫の様にまとわりつく友人二人をやんわりと引き剥がし、軽く二人の頭を撫でる。

 いつもそうしてもらっていたから、自然と好きな人にはそうする様になっていた。

 彼女にとっての親愛の証だ。


「っと、引き止めちゃったね。そろそろ行ったほうがいいんじゃない? 例の彼、迎えに来てくれているんでしょ?」

「いやいや、待たせるのも女の義務だよ。いい女は男を振り回すのだ!」

「はいはい、そうですねー。じゃあね、宰相ちゃん。またメールするねー!」

「ばーい!」


 少しばかり驚きの表情を見せる宰相ちゃん。

 どうやら友人たちはすべてお見通しだったらしい。

 軽く頬をかき、照れ隠しをしながら、だが否定はしない。

 今は迎えに来てくれているカタリが何よりも気になった。


「それじゃあ、おふたりとも、さようなら、です」


 軽く手を振り、二人に挨拶をする。

 早速とばかりに気持ちを切り替え、だが不思議なことに向かう先は窓のほうだ。

 何をするつもりなのだろうか?

 友人二人の頭に疑問符が浮かび上がる。

 彼女たちのクラスは異文化交流の為に設立された特殊な学校だ。

 その為多くの生徒に対応する為の様々な設備や、研究のための施設が併設されている。

 建物としては只の巨大なビルだが、問題なのは彼女たちが現在いる場所だ。

 高さ15階、嫌な予感が友人たちの脳裏によぎる。


「ってあり? どこ行くのよ?」

「ショートカット、です」

「ちょ、ちょっと! ここ15階だよ!?」


「大丈夫、です!」


 言うやいなや窓に手をかけて飛び降りる宰相ちゃん。

 慌てて二人が窓から身を乗り出すように地上を確認すると、小さな点がまるで何事もなかったかのように入り口の門へと駆けていくのが見えた。


「すっご……エルフって皆あんなことできるの?」

「あの娘だけじゃないかなぁ……」

「愛の力って凄いのね……」


 自分たちには到底真似できない豪快な帰宅を魅せつけられたふたり。

 すべて愛がなせる技と納得しながら、小さな点が遠く見えなくなるまでずっと眺め続けていた。


 ◇   ◇   ◇


 宰相ちゃんは駈ける。

 向かう先には彼女が心より信頼するカタリが待っている。

 側には彼女もよく知る彼の愛車であるスポーツカーがあり、下校中の女生徒が遠巻きに黄色いヒソヒソ声を上げている。


 視線が交わる。

 宰相ちゃんに気づいたカタリは、手をふりふり宰相ちゃんに合図する。


「やぁ、宰相ちゃん。ちょっと近くまで来たから寄ったんだ。一緒に帰ろうか?」


「――はいっ!!」


 勢いそのまま胸に飛び込む少女。

 未来は、これから始まろうとしていた……。

これにて宰相ちゃん短編も終わりです。

この後の二人がどうなったかは皆さんのご想像にお任せします。

ここまでお読み頂き本当にありがとうございました。


重ねて、お礼申し上げます。

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