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宰相ちゃん、はじめての◯◯◯

 様々な出来事の果てに、俺たちは自分たちの未来を手に入れることができた。

 日本とバレスティアは友好的な関係を続けており、今も熱心に交流を進めている。


 俺たちも忙しいながらも自分たちの時間を見つけることができ、束の間の休息を楽しんでいた。

 もちろん、それだけではない。

 皆との関係も、あの頃とは違ったものとなっていた。

 特に……彼女との関係は更に進んだものに……。


「勇者様……恥ずかしいです」

「宰相ちゃん、確か始めてだったよね?」

「はい、その……勇者様のために、とっておきました」

「……いや、まぁ、そうね」


 とろけた瞳で俺を見つめて来る宰相ちゃん。

 思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。

 蠱惑的な笑みを浮かべた彼女は、戸惑う俺を他所にその距離を詰めてくる。


「勇者様。優しくして欲しい……です」

「優しくも何も、別にそんな必要ないと思うんだけど……」

「乱暴ですか? 宰相ちゃん、勇者様だったら大丈夫、です」


 触れ合うほどの距離にいる宰相ちゃんの肩にそっと手を載せる。

「あっ……」と小さな声をあげる彼女は、何かを期待するようにただ俺を見つめ続け、


「はいはい。わかりましたからさっさと入園するよ~。宰相ちゃんが言ったんだからね。動物園に来たいって」

「あっ、待ってください、です」


 ぐいっと彼女を引き離し、さっさと入場門へと移動する。

 現在俺たちが訪れているのは日本の某県某市にある動物園だ。

 宰相ちゃんと俺は本日こちらで二人だけのデートをする約束をしていた。



 ◇   ◇   ◇



 動物園は平日に来たからか、さほどこんではおらずなかなかに快適そうな雰囲気だ。

 このような機会でも無ければ来ることもなかったので個人的に実は非常に楽しみだったりする。

 宰相ちゃんもこちらの世界の動物を見るのは初めてらしく、キラキラと期待の眼差して入場口にある案内板を眺めている。

 もっとも、二人きりということで張り切っているのか、ちょっぴりおませさんなことを言う困ったちゃんと化しているのだが……。


「ちなみに、今日は宰相ちゃん。お友達の家にお泊まりするって言って、ます」

「アイス売ってるけど食べるかい?」

「あっあっ、勇者様! 宰相ちゃん、いちご味が食べてみたいです!」

「はいは~い」


 しかしながらおこちゃまである。

 宰相ちゃんはまだまだおこちゃまである。

 右手で俺の手をぎゅっと握りながら、反対側の手で美味しそうにいちごのソフトクリームを食べる姿はどう考えてもおこちゃまだ。

 もっとも、あまりそういったことを言っちゃうと彼女の機嫌を損ねることになるし、小さいとは言え立派なレディーに対して失礼に値するので口には出さない。

 宰相ちゃんを怒らせると超怖いしね。


「わーっ……」


 グルリと円を描くように動物園を歩き、様々な動物を眺めていく。

 本日は他に何か決めてある用事があるわけでもない。

 時間も宰相ちゃんたっての希望で開園した直後から入園している為、動物は見放題だ。

 もしかしたら飽きてしまうかもとも思ったが、宰相ちゃんとゆっくりお喋りしながら眺めていく分には丁度良かったかもしれない。


 今のいままで非常にきな臭いことや面倒事ばかり押し付けられた気がする俺の人生。

 こうやって平和になってその有り難みがよくわかる。

 いやぁ、いいよねこういうの。しかも宰相ちゃんとデートか。

 小さなレディとは言え、女の子と二人でお出かけできるなんて、俺もまだまだ捨てたものじゃあないらしい。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、バニラ味のソフトクリームを舐める。

 何か興味深いものがあったのか、ぱぁっと顔を輝かせるとタタっと駆けていった宰相ちゃんは、俺に向き直ると急かすようにピョンピョンと飛び跳ねる。


「勇者様! 勇者様! ぞうさん……ですっ!」

「餌あげる?」


 自販機で購入した餌を宰相ちゃんに渡すと、きゃあきゃあ言いながら象に投げ渡していた。一度やってみたかったらしい。


「ウサギさん、触ってもいい、ですか?」

「大丈夫だよ。ふれあいコーナーだからね」

「ふわぁ……柔らかいです」


 兎を優しく抱きとめる宰相ちゃん。慣れていないのか恐る恐る撫でている。

 その後なぜか兎に囲まれてあわあわ慌てていたのが可愛らしかった。


「ライオンさんがいます! 怖い、です!」

「そうだねぇ、食べられちゃうかもねぇ」


 宰相ちゃんなら素手でライオンをブチのめせそうだけど、それは言わないお約束だ。

 そんなことをする必要も、もうないだろうしね。


「勇者様! 早く、早く!」

「そんなに急かさなくても動物は逃げないよ~」


 動物園は見るものが沢山だ。

 図らずも、俺もワクワクした気持ちになってしまう。

 今日は宰相ちゃんと一緒に来てよかった。お昼は園内で済ましたが、帰りは何を食べようか?

 宰相ちゃんと手をつなぎ、様々な動物に手を振りながら園内を歩く。

 とても穏やかで、心やすらぐ時間が訪れている。


 しかしなぜ俺はこんなにも気が安らいでいるのだろうか?

 そう考え、ふといつもなら場をかき乱すように乱入してくるティアやエリ先輩がいないことを思い出す。


「そう言えば……ティアたちはちょっかい出しに来ないなぁ。普通なら妨害してもいいはずなのに……」


 ――その瞬間。


 ゾワリと空気が変わった。

 明らかに言葉の選択を間違ったようだ。

 園内の鳥たちはギャーギャーと騒ぎ出し、ライオンやサル達は怯えたように隅へと逃げ出している。

 宰相ちゃんは静かにこちらに視線を向ける。瞳が笑っていない。

 ……他の女の子のことを言い出したから超怒っているようだ。

 流石の俺にもその程度のことは分かった。


 わかったのなら、余計な一言を言わない分別が欲しかったぞ俺!


「うっ、えっと……」

「姫様たちは……遠いところに行きました、です」

「なんだか懐かしい響きを感じるんだけど、ど、どこに行ったのかな?」

「宰相ちゃんとのデート……なのに」


 遠いところが気になってしまい、思わず聞き返す。

 もしかして、またいつぞやの様にどこかに監禁でもされているのだろうか?

 彼女たちの無事が願われる。

 だが、不機嫌なレディを放置して他の女子に思いを馳せるなど、決して許されることではないらしい。

 ギャーギャーと動物達が煩く騒ぎ立てる。


「……黙れ」

「ひぃっ! わ、わかりました!」


 ピタリと動物たちが泣き止む。

 彼らの心に残る野生の本能が恭順を選んだのだ。生命の危険に迫られたが故の当然の選択。

 もちろん、俺も宰相ちゃんの言葉にしたがってお口にチャックする。

 先程から煩かった動物に向けられたものだとは理解しているのだが、反射的に動いてしまった自分を誰も責められないと思う。


「勇者様に言ったんじゃ、ないです」

「わ、わかってるよ宰相ちゃん。今日は宰相ちゃんとデートの日、勇者様わかった」


 恐る恐る宰相ちゃんの様子を窺う。

 彼女はむーっと不機嫌にこちらを眺めていたが、俺が何とか彼女をなだめようといろいろ気を使っていることに機嫌を良くしたらしい。

 やがてうにゅうーと頭を突き出すと、なでなでするよう言外にアピールする。

 さらりと流れる絹糸の様な宰相ちゃんの髪の毛の手触りを感じながら、なんとか機嫌を直した宰相ちゃんと一緒にデートを再開した。


 ……今回は俺が悪かった。

 確かにちょっと配慮が足りなかっただろう。反省した俺は、宰相ちゃんを楽しませることだけを考えるようにし、その他の女の子の事は忘れることにした。

 よし、これで完璧だぞ!


「へぇ~、可愛い子連れているじゃん!」

「エルフって言うんだろ? テレビで見たぜ」

「そんな冴えない男は放っておいて、俺たちと遊ぼうぜ!」


 だが一難去ってまた一難。

 宰相ちゃんナンパされる。

 ってかなんでこんなチャラい男が動物園に来ているんだよ! もっとこう、街中でナンパしろよ!

 内心で突っ込みながらも、慌てて間に入ろうとする。

 宰相ちゃんは今非常に絶妙な加減の精神状態だ。

 せっかく落ち着いたのにこれ以上機嫌を損ねるようなことをすると、今度は動物園が焦土と化す。

 そう、思ったのだが……。


 パンッ! と軽い音が鳴り、男たちがドサリと倒れ伏す。

 どうやら、事件は現場で起こってしまったようだ……。

 俺、守れなかったよ!


 恐る恐る様子を窺うが、白目を剥いている辺り気絶しているだけで死んではいないようだ。

 ……良かった! セーフだ! 流石の宰相ちゃんにもこんな所でスプラッター映画を上映しないだけの分別があったようだ!


 安堵で胸をなでおろす。

 とうの宰相ちゃんは何やら悲劇のお姫様になりきっているらしく、瞳に涙を浮かべながら俺の胸に飛び込んでくる。


「勇者様! 怖かった……怖かった、です!!」

「うっ、うん、勇者様も怖かったよ。こんな所でお縄になっちゃうのかと気が気でなかった」

「いきなりあんな大きな男の人が沢山……宰相ちゃん。お嫁にいけなくなっちゃったかもしれません……」

「はいはい、じゃあその時は俺がお嫁さんに貰ってあげるから安心してねー」

「本当ですか!」

「うんうん、本当、本当ー」


 倒れ伏した男たちの脈を取りながら、宰相ちゃんの言葉に軽く返す。

 とりあえず今はこの小さな暴君のゴキゲンを取らなければいけない。

 俺の言葉に満足したのか、宰相ちゃんはえへへ~っと俺の胸に顔をうずめている。


 とりあえずどうしたものかと途方に暮れる。

 三人の男は命に別条はない、このまま放置していても問題はないだろう。

 だが、すでに俺たちの周りには人だかりが出来ており、なんか写メとかまで取られている始末だ。

 すでに退路は無いにも等しかった。

 宰相ちゃんとのスキャンダル的な意味で……。


「あのね、宰相ちゃん。大事な話があるんだ……」


 ごきげんな夢のさなかにいる小さな暴君に尋ねる。

 機嫌を損ねないように細心の注意を払ってだ。


「結婚式の日取りですか? 宰相ちゃんはいつでも大丈夫、です!」


 ばっちこいです! とでも言わんばかりに力強く返事する宰相ちゃんの頭を軽くなでなでしながら、とりあえずこの案件に関しては棚上げにしてまずは当面の問題について報告する。


「あのね、宰相ちゃんをひどい目に合わせた人たちがここで伸びちゃってるから、ちょっと騒ぎになりそうなんだよね。宰相ちゃんもあんまり騒がしいのは嫌でしょ? だからそろそろ帰ろうかなって思うんだ」


 ざわめきが大きくなる。

 遠くから園の係員と警備員が血相を変えて駆けてくるのが見えた。

 ……逃げだそう。面倒事になるまえに。

 だが、あいも変わらずおれの胸の中ですーはーすーは匂いをかぎつつごきげん宰相ちゃんは、周りのことなどどうでもいいのか俺の提案に文句を言い出す。


「むぅ。まだ動物みたい、です……」


 もはや彼女の心のなかには俺と動物しかいないらしい。

 どうしたものか……あまり無理強いをすると怒って今度は本当に誰かが怪我をしかねない。

 そうじゃなくても彼女の威圧感だけで体調を崩す人が出てもおかしくないだろう。

 頭を最大限回転させる。

 世界を救った時以上の早さで様々な行動を吟味する。

 ふと、妙案が浮かんだ。


「ねぇねぇ、ところでこういうのって愛の逃避行っぽくないかい、宰相ちゃん?」

「……っ!? はい! 勇者様と逃げます、どこまでも!」


 宰相ちゃん、ものすごい食い付き。

 やっぱりこういうのがお好きな年頃らしい。

 もっとも、ここまでいろいろサービスしてしまった結果、テンションがマックスになった宰相ちゃんにどのようなアプローチを受けるかわかったものではないが……。

 まぁ、それも人生経験だろう。

 何より俺たちには時間が沢山あるんだ。

 こういうのこそが、楽しい人生ってやつだ。


「よ~っし! じゃあどっちが早く国家権力の追っ手を撒けるか、競争だー!」

「負けない、です!」


 警備員が静止しようと手を広げる横をするりと抜け、園を囲む柵を宰相ちゃんと一緒に飛び越える。

 カシャカシャと入園者達からカメラのフラッシュが焚かれるが、気にすることはない。

 今は愛の逃避行の時間だ。

 二人の楽しい一日は誰にも邪魔させない。

 こうして、俺と宰相ちゃんは日が暮れるまで二人だけのデートを楽しんだ。


 ちなみに案の定その晩のニュースになってしまった。

 いろんな人に怒られたけど、宰相ちゃんはとても幸せそうだったので……、

 まぁ良しとしよう。

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