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エピローグ

 天上の運命の敗北によって世界は急激に変わろうとしていた。

 何を考えていたのか、はたまた何も考えていなかったのか、全ての事件が終わった後にフローレシアがその根幹にあった真実を全て公表したのだ。

 世界を揺るがす事件、その真実。世界を破滅へと導こうとしていた者が存在していたという事実は、全ての人々に驚愕を持って受け止められる。


 だが驚いてばかりもいられない。

 様々な犠牲の上に人は未来への道を手に入れた。

 今日がどのような日になろうとも明日はやってくる。

 立ち止まっている暇はなかった。





 日本を含む連合国と、アメリカを含む国家の関係は冷え込んだものとなった。

 もっとも天上の運命にその大多数を支配されていたアメリカに、日本に構っている体力が残されていないといった方が正しいかもしれない。

 天使が消滅し、天上の運命による支配が消失した瞬間、アメリカ側は独自のルートを利用して電光石火とも呼べる早さで交渉を開始。

 まるで今までの出来事が嘘だったかのように停戦交渉をまとめる。

 ここに日本側で第三次世界大戦と呼ばれた人類同士の戦争は集結した。


 ともあれ終わって見ればまるで夢の様な話だった。

 あまりにも非現実的な出来事は人の思考を著しく阻害する。

 停戦の調停映像がテレビで放映されるのを眺めながら、人々は一様にそのような感想を抱いていた。




 聖堂教会は天上の運命の敗北で急激に瓦解していた。

 プッタネスカが信徒向けに発表した戦争の関する真実。そして天上の運命の正体に驚かなかった人物はかの国ではいないだろう。

 信じる物を失った人々は混乱の極みにあった。神への信仰のみでまとまってきた国ゆえの致命的な欠陥だ。


 だが、それゆえに解決方法もじつにシンプルであった。

 新たな宗教組織の立ち上げ、聖堂教会が信仰していたものを天上の運命ではなく、真なる神と定めたその組織は後に急速に勢力を伸ばすこととなる。

 組織のトップたる教皇はプッタネスカ。

 だが、彼は組織の運営が軌道に乗るとその地位を信頼できるものに任せてさっさと地位を捨ててしまう。

 その後、彼は何処へとも知れずに失踪しその存在は以降歴史には出てこない。

 一説によると、どこかの古びた孤児院跡にて彼を見かけた者がいたという噂だが、事実を証明するすべはもはやどこにもなかった。




 ◇   ◇   ◇



 常春の国に豪雪が降り積もり、肌を刺すほどの吹雪が襲う。

 ある意味で風物詩となったこの光景の中、フローレシア王宮の広間ではこの度の勝利を祝うささやかな式典が行われていた。


 天上の運命との戦いが終わり、いまだ戦禍の跡は痛々しく残るものの人々は復興に向けて力強く動いている。

 俺たちも被災者やけが人の救助が一通り完了し、ようやく一休みできる時間が取れることとなった。

 今はその勝利を祝うささやかなパーティーを行っているところだ。

 本来ならばもっともっと大々的に行うべきであろうが、そんな金があるのならもっと使うべき場所がある。

 そのようなしごく理論的な判断がされたため、成し遂げたことに比べれば非常にこぢんまりとしたものだ。

 まっ、個人的にはあんまり華々しいのは嫌いだからこの位でいいんだけどな。


 給仕から飲み物を受け取りぷらぷらと食べ物をつまみつつ、立食パーティーの会場を歩き回る。

 参加者はたいていが見知った顔だ。中にはあまり知らない人もいるがそもそもの人数が多くないためこの様なパーティーにしては気楽に過ごせる。

 次は何を食べようかな?

 テーブルに並ぶ料理を眺めながらそんなことを考えていると、ぽんと肩を叩かれた。


「いやー、おつかれだよカタリちん。私も今回ばかりはちょっとばかり疲れたかな」

「エリ先輩もお疲れ様。とりあえずはなんとかなったって感じかな。しばらくゆっくりしたいなぁ」


 いつの間にか隣にやってきたのはエリ先輩だった。

 彼女は別働隊の指揮をしていたため、今回の戦いではあまり一緒に行動することがなかった。

 多少の心配はしていたんだけど流石俺と苦楽を共にした先輩といったところだ。しぶとく生き残ったどころか大したピンチもなかったらしい。

 たくましいなぁ。


「ゆっくりしたい……かぁ。しかし残念でした! 肉体労働の後には頭脳労働。カタリちんも立場を考えると、呑気に突っ立ってる暇はないんだよねー」

「そうだぞ小僧。貴様にはこれから指導者として様々なことを学ばないといかぬ。我もこの分野に関してはあまり教えていなかったからな。みっちりとしごいてやる」


 合わせて外道公がやってくる。

 普段なら厳しい表情の彼も今日ばかりは気が抜けたようで、頬に料理カスをつけながらワイングラス片手にほろ酔い気分だ。


「頭脳労働かぁ、うひぃ……勘弁願いたいなぁ」

「なぁに今までに比べたらそう対して苦しくもない。命の危険がないだけ楽だろう」

「そういう問題じゃないんだけどな」

「まっ、それはさておき、行きなよカタリちん。皆が君の言葉を待ってるよ!」


 気分よく話し込もうとした矢先、エリ先輩に肩を叩かれぐいと押される。

 その先には見知った大切な人たちが待ちわびるように視線を向けている。

 パーティーも中盤だ。

 こういった場では定形とも言えるあいさつ回りが終わったので、どうやら皆雑談に転じているらしい。


「じーっ」

「ごめんごめん、宰相ちゃん。一人にさせちゃったね」

「ずっと待ってました、です」

「一生懸命頑張っていたのに、酷い勇者様だよね、許しておくれー」


 まずは宰相ちゃんだ。

 この小さな愛らしい女の子は今回沢山の頑張りを見せてくれた。

 前線に出たのもそうだけど、同時に各軍へと指揮や様々な調整。

 戦いが終わってからも国家の立て直しに被災者の救助指揮、各国との調整と大忙しだ。

 俺なんかよりも何十倍も頑張っている彼女にねぎらいの言葉ひとつ言えないなんて、俺はなんてダメダメな勇者なんだろうか。


「でも勇者様すごく頑張っていました。お疲れ様、です」

「宰相ちゃんもお疲れ様。今は少し忙しいけど、時間ができたら日本をいろいろ案内するよ」


 世界同士をつなぐ転移門は相変わらず残っている。

 調べによると天上の運命によって急速に隣接させられた世界は、かの存在が消滅したことによってその時空間位置を固定してしまったらしい。

 つまるところ、このままずっと繋がったままってこと。

 今は制限がかかっており一部の人間しか行き来できないが、これからどんどん交流が増えるだろう。

 向こうの世界を宰相ちゃんに案内するのもそう遠くない日に実現すると思う。


「動物園に行きたい、です」

「はいはい、とっておきを考えておくから、楽しみにしておいてね」

「わくわくしま――わわ!」


「勇者さん! そこのテーブルの奥にある料理、ちょっととって下さい!!」


 微笑む宰相ちゃんをぐいっと押しのけて料理の載ったテーブルに殺到したのはテスカさんだ。

 宰相ちゃんが恐ろしい表情をしているが、流石にここで実力行使に出るわけにはいかないらしく唸り声が聞こえてきそうな不機嫌オーラだけを放っている。

 そんなごきげんナナメ宰相ちゃんの頭を軽くポンポンと撫でてゴキゲンを取り、テスカさんがご所望するローストビーフを取り分けてやる。


「はい、テスカさん」

「ありがとうございます。料理とっても美味しいですね。えへへ、お腹いっぱい食べようと思っているんです」


 ハムスターの様に両の頬を膨らませるテスカさんは子供のようだ。

 彼女ともいろいろあった。

 出会ってからの時間は短いが、それでも濃密な時間を共にした仲間だ。

 ふと彼女の出自について気になった。魔族だった彼女はある意味今回の出来事で自由になっている。

 もう勇者も魔王も関係ないのだ。何かやりたいことはあるのだろうか?


「そう言えば、テスカさんはこれからどうするの?」

「私ですか? 私は、これから世界を旅しようと思います。いろんなところを見て回りたいと、ずっと思っていたんです」


 軽く微笑んでそう語る彼女。

 そういえば魔王の時から諸国漫遊を繰り返していたみたいだし、旅が好きなのかもしれない。

 天上の運命による支配から解き放たれた今、本当に彼女が望んだ旅路へと迎えるのだろう。

 恐らく長いものになる。直感的にそう受け取った俺だが、引き止めることはせずに彼女の旅が素晴らしい物になることだけを祈る。


「ああ、そうか。楽しんで来なよ、時々でいいから連絡くれよな」

「はい! おみやげもちゃんと用意しますね」


 笑顔でそのまま別の料理へと駆け行くテスカさん。

 宰相ちゃんはいつの間にかさも当然のように俺と手をつないでる。



 ふと視線を感じ振り返る。

 いつかどこかで見た時と同じように、柔らかく微笑む彼女がいた。


「カタリ様」

「ティア……」


「ありがとうございました。国の代表としてではなく、一人の人間として、ティアとしてお礼を申し上げます」


 深い深いお辞儀を返される


「長かったけど、無事終わってよかったよ」


 様々な想いを込めて応える。陳腐で仰々しい言葉は必要ない。

 ただ、皆無事でよかった。


 ティアも肩の荷が下りたような表情で俺を眺めている。

 ああやっぱり彼女には穏やかな空気がよく似合う。


「ちなみに、今回の報酬は……じゃじゃーん! 私です」


 とも思ったらご覧の通り。

 なんだかプレートを取り出して首にかけ出すティア。

 良く目を凝らすと「カタリ様専用」とか書いてあって非常に危ない。

 皆が一斉にカメラを取り出し、カシャカシャと写真を撮り始める。

 ……やべぇ。


「えー……。嬉しいけど、お仕事残っているんじゃないの?」


「うぐ……。えっと、カタリ様の物になればお仕事からも開放されるかな? と思いまして……。それに、その方が、えっと、うう……」


 手持ち無沙汰ぎみにプレートをいじりながら、言葉を濁すお姫様。

 どうやら俺に対する報酬とかこつけてお仕事をサボろうとしていたらしい。

 確かに最近忙しかったからなぁ、気持ちは分かる。

 いやまてよ……。ふいに面白い遊びを思いついてしまった。これはやるっきゃない。


「じゃあティアを貰っちゃおうかな」

「本当ですか! いっぱいご奉仕しますよ!」

「というわけで早速フローレシアの指導者としてお仕事頑張ってください」

「…………え?」


「ほらほら、俺専用なんでしょ? ちゃんと言うこと聞きなよ!」


「ひーん!!」


 ニヤリと笑いながら早速手に入れた一国のお姫様に命令を下す。

 まだまだ甘いなティア! 俺の物になったからには馬車馬のごとく働かせるぞ!

 わりと本気で凹んでいる彼女がなんだかおかしくて、久しぶりに大きく笑ってしまう。


 ……ちなみにこの時うかつな発言をしてしまったが故に、今度は世界の未来じゃなくて俺の未来をかけた恐ろしい恐ろしい女性たちの戦いが勃発するのだが。

 まぁその話は別の所で。


 ………

 ……

 …


 突如召喚されたことから始まった俺の冒険。

 様々な出会いと様々な戦いがあった。

 一人では乗り越えることなど出来なかっただろう。


 それもこれも、皆がいてくれたおかげだ。

 こうして俺の異世界における冒険は幕を閉じた。

 もしかしたらいつかまだ今回みたいな面倒事に巻き込まれるかもしれない。

 そうだとしても今はだけは、このゆっくりとした時間を楽しみたいと思う……。


 窓から見える景色はいつの間にか吹雪が止み、雲の合間から差し込んだ光が降り積もった雪に反射してまるで宝石の様に光り輝いている。



 その輝きはこれから来るであろう俺たちの未来を、祝福しているようにも見えた。






『勇者ですがハーレムがアホの子ばかりで辛いです』


~ 完 ~

長らくお付き合い頂きありがとうございました。

これにて「アホの子」は完結致します。

途中更新が途絶えた期間が多く存在したことをお詫びするとともに、それでもお待ちいただいた皆さんに多大なる感謝の念を致します。


なお、この後3話ほど宰相ちゃん短編をご用意しております。

ある程度書き上がっているので、毎日投稿、もしくは確実で投稿予定です。


合わせて、後ほど活動報告にて簡単なご挨拶をさせて頂きたいと思いますので宜しければそちらも御覧ください。


それでは本当にありがとうございました。

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