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第五十話

 それはある朝突然木霊した。

 まだ日も明けきらぬ早朝。

 世界では散発的に戦闘が行われる程度で、一時期の混乱に比べたら平穏としたものだ。

 だが、その平穏を望まぬものは、ついに自らが動くことによって事態の打開をはかった。


 ――愚かな。


 世界に神聖なる言葉が満ちる。

 核兵器の爆発により黒く薄気味悪い雲によって覆われていた天が晴れ、荘厳とも言える光が突如地上を照らしだした。

 フローレシアの王宮、そのバルコニーよりその状況を目撃した俺達は短い休息の時間が終わってしまったことを確信する。


「さぁ、本番ですよ……皆さん準備は良いでしょうか?」


 神話の体現とも言える現象に世界中の人々があっけに取られ天を見上げる中……。

 ついに世界最後の日がやってきた。


 ――何故に私に反抗するのでしょうか?

 ――定められし安寧の為には、世界の破壊と再生が必要なのです。

 ――人々よ、恐れることはありません。

 ――全ての魂は救済され、幸福の中で天へと至るでしょう。


「網にかかりましたね! カタリ様。ここからが本番です。我々はアレを打ち倒し、運命を奪い返さなければなりません。どうか、どうかご無事で……」


 任せておけ。

 言葉に出す、ティアの瞳を見つめながら返答とする。

 今日、この日、世界の命運が決まる。

 俺の未来も、彼女たちの未来も。

 全人類の未来が決定するのだ。

 世界に天上の運命(ル=シエル)の言葉が流れる中、ついにそれは始まりを迎える。


「バレスティア軍に動きあり! 第一、第二防衛線、突破されました! 恐ろしい進軍速度です!」

「馬鹿な! 二重三重に警戒網を敷いていたはずだぞ!?」


 堰を切ったように慌ただしくなる。

 だが、問題はその内容だ。

 バレスティアとの戦いが膠着状態に陥ってから軍備の強化はかなり力を入れている。

 日本から借りた機動兵器、俺が直々に用意したゴーレム。フローレシアの屈強な戦士たち。

 その大勢が磐石の布陣で詰めているはずの防衛線。

 それが、まるで薄布を切り裂くかの様にあっけなく破られていた。


「おそらく、天上の運命の加護でしょう。バレスティアの軍を強制的に動かしているのですな。忌々しい」


 じぃやが憎々しげに語る。

 どのような術法が使われているのだろうか? 遅れてやってきた前線からの映像データは屠場とも言える有様だ。

 一言で言うなれば白と赤。

 白は天上の運命によって洗脳されたであろうバレスティアの兵。

 祝福とやらせいか、見て分かるほどに強力な聖の魔力を怯えている。

 様々な装備や衣装の者がいることから、どうやら兵士だけでなく一般人まで巻き込んでの行軍らしい。

 対するはフローレシアと日本の混合軍。

 赤と言う表現は、残念ながら彼らの死を意味してる。

 ミンチという表現は不適切であるが、残念ながらそれ以外に表現する言葉がなかった。

 空も、大地も、そして人も、全てが等しく敵の軍勢によってかき乱されいた。


「防衛線の戦力はどうなっているのです?」

「最後まで戦い、全滅しました……」

「そうですか……」


 沈痛な言葉によって一瞬静まり返る。

 だがこのまま嘆いている余裕などどこにもない。

 一瞬で気持ちを切り替えたであろうティアは、その瞳に強い意志の光を宿しながら高らかに指示を再開する。


「すぐそこまで来ているのか」


 矢継ぎ早に指示を繰り返すティアに、タイミングを見図らいそっと尋ねる。

 彼女も俺の言葉を待っていたのであろう。

 俺の視線を真正面から捉えると、大きく一回だけ頷く。


「出るぞ、ティアと宰相ちゃんはここの防衛を頼む。隙を見せると何が起こるかわからないからな」

「……ご武運を」


 それ以上言葉はいらなかった。

 必要なのは示すことであり、それはすなわち戦場へと向かうことだ。

 厳しい戦いになる。

 それは誰もが分かっていたことで、それこそが、自分たちにできることだと誰しもが理解していた。


………

……


 前線は地獄だ。

 すでに味方の死体の山が築かれており、神聖な光に包まれた敵兵が前後不覚の状況でがむしゃらに剣を振り回している。

 おおよそ軍事行動とは言えない、いや、剣技とすら言えないそれを掻い潜り、敵を切り裂き数を減らしていく。

 ……手応えが鈍い。

 俺が振るう剣に迷いは無いが、理解を超えた光が生み出す防御力、そして敵の持つ力が予想以上に手こずらせてくる。


「狂っている……」

「おそらく、洗脳されておるのだ」

「どういうこと?」


 隣で巨大なハルバードを振るっていた外道公が答える。

 人をバターの様に切り裂くことで有名な彼だが、俺と同じくその勢いは敵の圧力によって削がれている。

 俺達二人が全力でやってこれなのだ、おそらく一般の兵士であれば傷ひとつつけることかなわないだろう。


「ほれ、こやつを見ろ」


 暴れる敵兵から巧みに剣を弾き飛ばした彼は、その首根っこを折れんばかりの勢いで掴むと、乱暴に持ち上げる。

 剣を振るう手を止めその兵士を見る。

 それは――到底戦いの場にふさわしい者の表情ではなかった。


「…………」

「泣きながら、震えながら剣を振るっておったのだ。筋肉は悲鳴を上げ、健は切れ、心は敗北し、それでも向かってくる。……戦わされる。恐ろしい話だな!」

「止めてやることはできないのか?」


 敵兵を真上に放り投げ一線。

 悲痛な表情を浮かべたまま、名も知らぬ敵兵は十文字に切り裂かれた。

 降り注ぐ血の雨を避けようともせず、ぼんやりと空を眺める外道公。

 文字通り血も涙も無い彼ではあるが、思うところはあるのだろう……。


「知らんな、よしんば出来たとしても余裕がなかろう?」

「そうか……」


 短いやりとりを交わし、二人の会話は止まる。

 後には、敵兵の絶叫と、肉と骨が切り裂かれる音しか聞こえてこなかった。


 ………

 ……

 …


 すでに数時間は戦っているだろうか?

 敵の圧力が一番に強い場所とはいえ、その勢いが止む気配は一向にない。

 連れてきた精鋭部隊も数えるほどに減ってしまった。

 ともに外道公に鍛えられ、一時とは言え共に訓練もした間柄だ。

 寂しい気持ちが一瞬沸き起こったが、その余韻に浸ることさえこの場では許されていない。

 ……どこもかしこも限界だ。

 他の将軍たちも前線に出張っており、こことそう変わらない死闘を繰り広げている。

 兵たちはすでに満身創痍で、意志だけで剣を振っている

 すでに戦の体をなしておらず、ただがむしゃらに目の前の何かを攻撃するだけの世界。


 天上の運命を名乗る存在がやるにしては、やけに地獄じみている。

 そんな感想を抱くと同時に、ふと――。


 ――相棒はどうしているのだろうか? と気になった。


「戦線はどうなっておる?」

「なんで俺に聞くんだよ? 一応なんとか保っているってさ。ただ、このままだと押し込まれる」

「将軍が出張っているとはいえ、無限に戦える訳ではないからな……」

「どこかで手を打たんと……流石にマズイな」


 数時間ぶりの会話は、外道公よりもたらされた。

 定期的に上がってくる報告ではなんとか突破された警戒網付近で耐えているらしいが、現在の状況を踏まえると事態は楽観視出来ない。

 自画自賛であるが、こと戦闘においてはフローレシアで最強である俺、そして次点の外道公がこれなのだ。

 そう遠くない内に戦線は崩壊するだろう。

 そして、そうなった時に逃げる場所はない。


 どうにかしてこの状況を打破しないといけない。

 だが、どう考えても解決策は思い浮かばなかった。

 絶望的な未来が鎌首をもたげて這いよってくる中。

 俺達は変わらず、剣を振り続けるのだった。



 ◇   ◇   ◇



 ――アメリカは窮地に立たされていた。

 突如謎の光が世界を照らしだしたかと思うと、軍が国の指令を無視して手当たり次第に攻撃を開始しているのだ。

 元々のアメリカのプランは、異世界での行動を主軸としている。

 こちらの世界で軍事行動を起こすと、様々な禍根を残すことは確実であるし何よりも国民がそれをよしとはしなかった。

 故に、こちらの世界では散発的な挑発行動と、転移門を目標とした限定的な戦闘行動に留めようとしていたのだが……。

 ホワイトハウスは沈黙に包まれている。

 すでに彼らの処理能力を大幅に超えた事態が引き起こされており、どの様に対応して良いか分からないのだ。

 否、よしんば分かったとしても、軍が命令に背いている時点で彼らに出来ることなど残されていはいなかった。


 ……また一つ凶報が入る。

 一部の部隊が全く関係の無い国家の領海へと侵入、一方的に攻撃を開始していると言うのだ。

 国家の叡智と期待を集めたこの場所は、もはや神に祈るだけの教会となりはてている。

 厭戦感情が最高潮に高まり、外では狂った人々が闘いながら反戦を訴える状況が開かれる。

 この状況に日和見を決めていた国々が重い腰を上げ参戦を表明する。

 世界はただ死ぬためだけに動き出そうとしていた。


 ……祈りは、いまだ届かない。



 ――日本は窮地に立たされていた。

 当初の予想では、フローレシアとの協力で十分に対処できるはずだった。

 かの国からもたらされた魔法技術は、かねてより非公式に用意された研究機関によって解析中であり、魔法と科学の融合によって世界の崩壊を生き残るだけの十分な戦力が確保できるはずであった。

 全ての誤算は天上の運命の積極的な介入である。

 護国院はその存在について、世界を運営するシステムのようなものであると認識していた。

 定期的に発生する世界の崩壊とは、ある種の法則によって発生する事象――つまりは人における厄年のようなものであると判断していたのだ。

 だからこそ、それを乗り越えるだけの力を示せば、困難であれど乗り越えることは可能だろうと。

 それが間違いだったと気づいたのは、アメリカ議会の一部が何者かの意図によって操作されているとの報告を受けた時からだ。

 積極的な介入は異世界だけではなくこちらの世界でも行われており、同時に天上の運命によって洗脳されているであろう兵士と人が世界中で暴れまわっている。

 幸いなこと日本や一部の国からはまだ洗脳されてたと思わしき者は現れていないが、アメリカ以外の国ではすでに多くの者達が似たような状況となっており、混乱に拍車をかけている。

 何が天上の運命をそこまで駆り立てるのか? なぜ世界を滅ぼそうとしているのか?

 どの様な意図と、目的があるのか?

 護国院は古文書を再度ひっくり返し、記述から何かヒントはないかと血眼になって捜索する。


 結果は、いまだに出てはいなかった。



 ――バレスティアは窮地に立たされていた。

 議会はすでにその機能を停止しており、議員たちは自ら用意したシェルターに避難してしまっている。

 皇帝はすでに天上の運命の傀儡となっており、意志を持たぬ人形と化している。

 兵士は愚か、アメリカからの派遣軍や一般の市民までもがすでに天上の運命の支配下に置かれており、敵味方、死体の山を築き上げながら死の行軍を続けている。

 それは一種の芸術と言える程の整然さと、同時に狂気的なまでの暴力を有していた。

 かつてバレスティアと呼ばれていた国は急速に崩壊に向かっている。

 否、もはや正常な人間が存在していない時点で、この国は失われたと言っても過言ではない。

 幸運なのは、それを嘆く者は全て祝福を受けてその事実を知ることが無いということだけだった。


 死の行軍は、変わらず続いている。



 ◇   ◇   ◇



 ありとあらゆる国、そして人々は窮地に立たされていた。


 人々の心を絶望が支配する。

 狂える人、戦う者、諦めるもの、奇跡に縋るもの。

 誰しもが、限界であった。


 だが、終わりは来ていない。

 まだ俺たちは戦える。まだまだ俺たちは戦える。

 その意志だけが、明日への願いが、未来への希望だけが、いまだに戦場で抗う者達を突き動かしている。


 だが、それでもなお……。

 まるで足りないと言わんばかりに……。


 その荘厳な楽曲は突如前触れもなく、だが確実に俺達の希望を打ち砕く意図を持って、世界に流れた。

 ……賛美歌だ。

 知識として一応学んだことがある。

 聖堂教会が最も市民への浸透に熱を上げている、神の偉大さと栄光を讃えた歌だ。


 はるか彼方、バレスティアの上空。

 それは突如としてまるで幻の様に音もなく出現した。

 戦場のどこからでも視認できる程に強大なそれは門だ。

 大理石を思わせる美しい白色で、金の装飾が随所に施されている。


 ある市民は言った。――もうこんな馬鹿馬鹿しいことは嫌だと。

 ある兵士は言った。――いいかんげんにしてくれと。

 ある敬虔なる神の徒は言った。――神が慈悲を与えに来てくださったのだと。

 ある古き賢者は言った。――世界が終わってしまうと。


 その存在は告げた。――これは審判の日に開く、天国への門であると。



 そして天の門は開かれ、

 世界の終わりが噴出した――。

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