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第四十八話

 アメリカ合衆国、ニューヨーク市、国際連合本部ビル。

 総会議場……。

 各国の代表が円形に並べられた席に鎮座し、各々の国益を最大限にすべく目を光らせる中……。

 日本国の外務大臣は内心の苛立ちを表に出すこと無く、苛烈なる追求に微笑みをもって応えていた。


「今回発見された異世界における軍事行動。日本国としては如何様にお考えか? よもや貴国は第二次世界大戦で自らが巻き起こした悲劇を、忘れてしまったとは言わないでしょうな?」


 国際的な慣例では、相手の国に対して敬意を払うことは当然の行いである。

 様々な文化、思想、人種、経済形態が存在する国家間において、相手の国に考えを尊重すると言うのは円滑な対話を進めるにあたって必要不可欠とされているからだ。

 たとえそれが建前だったとしても、国家間の関係においてはその様な節度が必要とされていた。


「今回の軍事活動に関しては、あくまでもPKO派遣の範囲内であると考えております。我が国と友好関係にあるフローレシア王国に対しての支援は、もちろん従来の自衛隊活動の範囲で、人道的な支援にとどまっています」

「国連を通さないPKO活動など聞いたこともない! それに、実際には現地において銃火器の使用、または機動兵器の使用が確認されているとの報告がされているが……。これは国連参加国に定められている規定に抵触するどころか、完全なる逸脱であり、許しがたい暴挙だ!」

「誤報ではありませんかな? 平和を最低限の軍備の保持を国家の指針としている我が国に、その様な余裕も必要性もどこにもございません」

「よくもまぁ、その様な事を平然と言えるものだ! やはり所詮は野蛮な国家! 自国民を大量に死なせてもまだ戦争の味が忘れられぬのか!?」


 しかしながら、この苛烈なる……ともすれば品がないとも言える追求は、ある種の納得を持って見守られていた。

 その理由――日本国がフローレシアに対して行ったPKO活動という名の軍事行動だった。

 異世界への転移門が日本とアメリカを含む特定の国家で確認されたとの報告は、世界に驚愕と混乱を持って迎えられた。

 陰謀論や終末論、果てはユートピア説などおおよそ荒唐無稽な論説が日夜無責任にコメンテーターによってやりとりされる中、電光石火の如き素早さで動いたのは日本だった。

『突戦法』と呼ばれる、政府によって半ば強引に制定された法律を根拠とした日本政府は、即時非常事態を宣言。

 どうやって準備したのかおおよそ不明な量の軍備を、国民すら呆然とする中で平然と転移門の先へと送り出したのだ。


 各国が事態の把握をした時はすでに日本政府が転移門の向こう側に存在する世界の一国家と同盟関係を結び、半ば強引にその戦争を開始して数日経過していた頃だ。

 慌てて行動を起こそうにも、すでに時は遅すぎた……。


 もちろん、各国とて歯噛みしながら事態を見守っている訳ではない。

 特にアメリカは顕著だ。日本に先手を取られただけではなく、国家としてのプライドを大きく傷つけられたかの国は、なんとかして日本の足に枷を付けられないかと躍起になっている……。


「議長。この場に置いて日本国への制裁決議を提案致します。日本国の行っている軍事行動はまさしく世界の平和を脅かす物であり、到底看過出来ないものであります」


 よって、先ほどからの追求は当然の如くアメリカ側より行われている。

 一見して正当な主張のようにも聞こえるが、その発言の主がかのアメリカであることにいくら己の内心を隠すことに長けた各国の外交官であっても苦笑いを隠せない。

 国際社会を味方につけることによって、なんとか異世界への出兵が議会で認可されるまでの時間を稼ごうとする。

 戦争を経済の一部品として完全に組み込んだかの国が、次なる一手として鉄と火薬を持ち出さないはずがなかった。

 もっとも、日本による不気味なまでの行動を危惧する各国がアメリカの主張を否定することは残念ながらない……。


 このままでは、日本に対する大規模な経済的制限を含む、制裁行動が認可されるかと思われた……。


「では、我がロシアは常任理事国として拒否権を発動させて頂きましょう」

「なっ!?」


「「「………ッ!?」」」


 その発言は驚愕を持って迎え入れられた。

 唯一驚いていない者がいるとすれば、それは言葉を発した当の本人と、そして日本の代表者だけだ。


 驚愕は伝染し、ザワザワと議場を揺らす。……だが、それすらも数分立たずにおさまり、元の静けさを取り戻す。

 驚愕に見舞われた各国代表は、しばしの思考の後、完全なる納得を覚えたのだ。

 世界において他国より一歩抜きん出た科学力を有する日本国。

 その国家がただ手をこまねいてこの様な迂闊な行動を取るはずもないと、誰しもが思っていた。

 ならば、アメリカの追求に対向できるだけの何かを持っているはずだ。

 切られたカードは果たしてすべてであるかは不明だが、その一つが彼らの目の前に示された事は誰が見ても明らかだった。


 ……視線がロシアの代表へと注ぐ。

 恰幅の良い、だが鋭い視線が極寒の地で獲物を狙うクマを思わせるその男は、仰々しい仕草で声を張り上げる。


「いやはや。何を驚かれているのですかな? アメリカが野心を持って独自にバレスティア黄金帝国と呼ばれる国家と交流を持っている事は判明しているのですよ」

「ああ、後はペンタゴンに専門機関を立ち上げて多額の予算を投じているようですね。魔法とはそれほど魅力的ですかな?」


 ロシア代表の言葉に日本の代表が言葉を重ねる。

 アメリカ代表が苦虫を噛み潰したような表情を見せ、口を閉ざす。

 正義を振りかざした大国が同じ穴に引きずり落とされた瞬間だ……。

 目に見えない攻防が、議場の戦いが、始まる。

 後に歴史的な会議となるこの場に参加する面々は、果たして自らの国家がどちらにつく方がより国益に叶うのだろうかと、その仮面の下で計算を始めるのであった。


◇   ◇   ◇


「撃て撃て撃て!」

「ひゃっはー! 弾丸の雨あられだぁ!」

「逃げる敵は悪い敵だ! 死んだ敵だけが良い敵だ!」


 獣人族の男が手に持つアサルトライフルで銃弾を雨のようにまき散らしている。

 その様はまるで初めてのおもちゃを手に入れた子供のようでもあったが、その行為の先にあるものが人を殺す物だとすると少し微妙な気持ちにもなってしまう。


 瞳の先には膨大な数のバレスティア軍。

 マスケット銃や、盾と刀剣を持った兵士が一列に並んで陣を組んでいる。

 対するこちらは日本から譲り受けた最新兵器の数々。

 基本的に近代兵器と言うのは、その使用に関して一定レベルの教育と素養が必要となってくるのだが……。

 新しい物好きで対応力がちょっと意味分からないことになっているフローレシアの兵士達は一瞬でその利用法を学び、実践で問題なく使用して見せたのだ……。

 そりゃあ隣で推移を見守る日本側の観戦武官も開いた口が塞がらないだろう。

 もっとも、彼の驚きはまた別の所にあるかも知れなかったが……。


 日本から供与された武器はまさしく剣と魔法の世界に鉄と火薬の理を叩きつけたものだった。

 飛び交う銃弾、舞い上がる爆炎。

 そして、馬鹿らしくなるほどの速度で消えていく命。

 一部の人間が強力な力を有するこの世界だが、一般の兵士までもがそうではない。

 俺やティア達が鼻歌交じりに弾丸をつかみ取ろうとも、末端の兵士である彼らにとってそれは自らの命を奪う死の鎌なのだ。

 故に、今までバレスティアはその卓越した科学力を持ってして大陸の王者として君臨してきた。

 故に――バレスティアはより巨大な科学力によって押しつぶされようとしている。


 敵陣の頭上が輝き、巨大な氷塊が出来上がり、落下を始める。

 同時に携行型自立行動ミサイルが白煙の尾を引きながら敵陣へと飛び込んでゆく。

 遠目から見ればゆったりと、だが直下の兵士たちにとっては逃走の気力すら削ぐ程の速度で到達するそれらは、一瞬の閃光の後に、その想像通りに彼らの命を別け隔てなく刈り取った。


 轟音とともに炎と土埃、氷岩が舞い、自陣から狂気にも似た歓声が上がる。

 その様子を遠目で眺めながら、次いで隣で右手をあげ己の魔法に満足気に頷いている宰相ちゃんにぼんやりと視線を移す。


 バレスティアとの国境沿い、多くの岩が隆起し、起伏に富んだ形状をしていたこの場所は今や火薬と魔力の圧倒的な破壊力によって平らにならされている。

 手元に持つ携帯型の端末が逐一戦況を伝えてくるのを確認しながら、だが予想外に変化の無い画面に疑問を持つ。


「うーん。さっきから派手に花火は上げているけど……意外と膠着しているんだね。まぁ、バレスティアみたいな巨大な国だったら当然か……」

「あえて膠着させている。とも言える、です。余り補給線を間延びさせると作戦行動に支障がでます」

「我々の目標はあくまでバレスティア側の疲弊を狙ったものですからね。本気を出せばあんなのチョチョイのチョイ! ですが、……相手の拠点を占領するだけの人員リソースに乏しいので」

「作戦目標がガチっと決まっていて、それ以外に見向きもしないとか徹底しているよね……」

「あのあの、敵が逃げていきますよ勇者さん! ティアさん! 追いかけましょう! 追いかけて一杯一杯戦果を得るのです!!」

「この魔王さんは一番駄目なタイプ……です」


 放っておけば一人で突撃せんばかりの勢いでテンションを上げる魔王テスカさんを引っ張りながら、だが同時にティアの語る目的に矛盾が生じていることに考えを巡らせる。

 バレスティアとフローレシアの戦力は圧倒的だ。

 現状では日本から供与されている数々の兵器で有利に進んでいるが、やがてこれも破綻するだろう。

 いつだってポイントは人間だ。そして人間は無限に動ける機械じゃない。

 かの国が本気を出せば、その圧倒的な数の暴力によって、容易に疲弊し、すり潰されるだろう。


 それに……良くない噂を日本の諜報員経由で聞いた。

 どうやらアメリカがバレスティア側に支援を開始している様なのだ。

 まぁ、フローレシアに日本が支援する様に、当然別の国が動くのはある意味で織り込み済みだったが、それがアメリカとはなかなかに厄介な話になってくる。

 このままでは、最悪の結末が現実のものとなってしまうだろう。


「ねぇ、もちろん考えてはいると思うけど、これからどうするの?」

「しばらくはこの状態を続ける予定、です。バレスティアは巨大故に決断力に乏しい、です。実際に総力戦となるような大規模な戦闘も、経験していません」

「我々の目標は、あくまで天上の運命(ル=シエル)です。今現在バレスティアの中枢を握っているであろうあの存在を抹殺することこそが、我々にとって新たな未来を作り出す希望となるのです」

天上の運命(ル=シエル)の目的はフローレシアの壊滅……だっけか。と言うことはこのまま戦線を膠着させることによって相手がしびれを切らすのを待つのか?」


 語られた情報の断片を繋ぎ合わせ、ティアの考えを推測する。

 だが……それにはどうにも穴があるように思われた。

 何かこう、俺の考える戦争とは違うような……。

 その思いが表情に出てしまったのだろう。

 ティアは俺の顔を覗き込みながら、ふわりと穏やかな笑みを浮かべる。

 やがて、その潤いを帯びた美しい口が開こうとし……。


「伝令! 自衛隊、フローレシア派遣部隊統括司令部より通達です。ただいまバレスティア本土、転移門付近より高速飛翔物体がフローレシア王都に向けて発射されました!」


 突如俺達の側へとやってきた自衛隊の伝令によって遮られた。

 ……高速飛翔物体?

 疑問を口にする前に、ティアが素早く指示を始める。


「――ありがとうございます。では当初の予定通りに進めるとお伝え下さい」

「はっ!!」


「ティア……高速飛翔物体とは?」


 専用端末を利用した高速通信による部隊への指示を終え、一息ついたであろうティア。

 その隙を見計らって先ほどの疑問を尋ねる。


「先程、カタリ様は今回の戦争について少々疑問を感じていたようですね……」

「ん? まぁ、そうだね……」

「その答えがこれです……」


 ティアが手元に持つ板状の端末を操作する。

 たおやかな指で操作された画面は、やがて青白い光を帯び、空中に一つの兵器データを表示した……。


「……っ!! 極縮式核弾頭だって!?」


 それが何かを理解した瞬間、俺の心を驚愕が満たす。

 極縮式核弾頭。それは核兵器の中でも特別凶悪な兵器で、その威力の高さから今までに一度も使用された事がない物だ……。

 その効果範囲は半径数百キロメートル。狂った科学が無邪気に生み出した、まさに国ごと汚染と破壊の沼に沈める究極の兵器と言えた。

 だが、なぜその様な物を……。そこまでして……。

 その瞬間。俺は今回の戦争が自らの考えるものと大きく違う事を理解する。


「納得いかない部分があるのは当然です。これはカタリ様の世界で行われるような、ある種のビジネスに基づいた戦争ではないのです」



「生きるか死ぬか――」



「我々の命と、相手の命をかけた、非常に原始的な戦いの再現なのです」


 そう。本来の戦争がここにあるのだ。

 相手と自分の種族の命運をかけた戦い。

 自らの利益や、生存権を確立する為ではなく、もっと根本的な、どちらかが死滅するまで行われる戦い……。

 その事実と、自分たちが置かれた立場の危うさに思わず顔をしかめる。

 遠くバレスティアの方角から、何か巨大な物体が恐ろしい早さでやってくる音が聞こえる。


 ――ティアが浮かべる笑みは穏やかなものだったが、その瞳は身震いするほど冷たいものをたたえており、彼女の想いのすべてが込められている様な気がした……。

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