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第七話

 無人の王宮。その廊下を歩む。

 辺りは静けさが漂い、足音だけがBGMとなって響き渡る。


「俺は負けないぞ……」


 一人呟く。帰ってくる声は無い。

 この場には誰も居ない。いつもはやかましくくっついて来るティアも、事ある毎に煽ってくる大臣も、道行くメイドや警備の衛兵すら居ない。


「絶対に負けないぞ……」


 再度呟く。

 負けてなるものか、絶対負けてなるものか!

 これは尊き戦いなのだ。己の信念と意思をかけた、愚かなる挑戦に対する戦いなのだ。

 だから、俺は決して引かない。否、引いてはいけなかった。


「……あのアホ共には!!」


 そう、「ちょっと一人になりたいんだけど」とか言っただけで全力を持ってガチで一人にしてくる様なアホ共に負ける訳には行かなかったのだ。


………

……


「おーい! 誰かー!?」


 当然返事は帰ってこない。

 かれこれ六時間程になるがまだ許してはくれないらしい。

 朝起きて、いつもの様にくっついてくるティアに少々気疲れし、話を持ちかければこれだ。

 今の今まで誰とも出会っていない。

 恐らくティアは俺の言葉にヘソを曲げているのだろう。だから全力でこんな嫌がらせをしているのだ。

 初めはこれ幸いと久しぶりの静かな時間を楽しんでいたのであったが、ぶっちゃけ暇なのだ。自室には何も暇を潰せるようなものは無いし、王宮内を探索しようとしたがここぞとばかりに全室鍵がかけられている。

 普段は鍵などかけない。嫌がらせである事は確実だ。


「ちっ、クソがっ!!」


 吐き捨てる。

 恐らく、「ごめんなさい」の一言で許してくれるとは思う。

 だが、それを言うわけにはいかなかった。どうせご機嫌のティアと一緒にニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべながら大臣団が出てきて、何故か理不尽に土属性がディスられるのは分かりきっているのだ。

 俺は負ける訳にはいかなかった。


「おい! 解ってるんだぞ! 今だって何処かでこっちの様子を伺いながら馬鹿にしてるんだろう!? ふざけやがって! 早く出てこい!」


 叫びあげる。

 何処かでクスクスと笑う声が聞こえた気がした。

 ヤバイ、まじでヤバイ。どうしてやろうか? あのアホどもに復讐する手立ては何かないか?

 俺は頭を捻らせながら、何かこの状況を打開する方法は無いかと無人の王宮をひたすら歩く。


「……腹、減ったな」


 結局、何ら良い案が浮かばず自室に戻ってくる。

 ため息をつきながらベッドに腰掛けた。時刻は既に昼を過ぎている。

 もちろん昼の食事は無い。食料をパクリに出向いた食堂もご丁寧に鍵がかかっていた。

 兵糧攻めとは意地が悪い。

 そこまでして俺が苦しむ様を楽しみたいと言うのだろうか?


「……ん?」


 ふとテーブルに目をやると、一枚の手紙が置かれているのを見つけた。

 ……部屋を出る時にはなかった筈だ。

 いつの間に置いたのだろうか? 俺はそれを手に取ると内容を確認する。

 明らかに日本語では無い文字だが問題ない。召喚された時に言語の認識は完璧に行われるようになっているのだ。

 ――知らない文字でも読めるとかマジで勇者能力凄いよなぁ……。

 そんな事を考えながら、手紙を読み始める。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――親愛なるカタリ様へ


 お元気でしょうか? 私は元気にしております。

 思えば、カタリ様と別れて長い月日が経ちました。

 本音を言うのならば、直ぐにお会いしたい。今すぐにでお会いしてまた優しいお言葉をかけていただきたい。

 ですがそれも叶わぬ夢。

 何故ならカタリ様はおっしゃいました『一人にして欲しい……』と。

 その為、私共は勇者様をお一人にしているのです。

 重要な事なのでもう一度記します。カタリ様が『一人にして欲しい……』と仰った為、私共は涙をのんで勇者様をお一人にしているのです。

 ああ! 何時になったら私はカタリ様とお会いできるのでしょうか!?

 その日が待ち遠しくてたまりません。

 では御機嫌よう。


 ――ティアエリア・アンサ・フローレシア


 追伸:本日のお昼ごはんは子羊のシチューと柔らかな白パン、そしてフルーツたっぷりのサラダでした。とっても美味しかったです。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ティアが伝えたい言葉は追伸に全て集約されている。

 端的に言い表すなら「お腹すいてるみたいですけど、今どんな気持ちですか?」である。

 悪意が透けて見える。悪魔の所業だ。だが知った事か。

 俺は無言でその手紙をくしゃくしゃに握りつぶす。


「俺、絶対アイツラなんかに負けないから!」


 再度己の決意を表明し、意思を強固にする。ここで負けてなるものか。

 ……相変わらず誰も居ない王宮の廊下を歩く。

 無性に腹が立つので何かアイツラが困るような事をしてやろうとネタを探すが良さそうな物がない。

 現在歩いているのは王宮でも大臣達が執務や政務を行っている区画である。

 実害がない程度に、かつあのアホ達が血相を変える程度に、そんなイタズラは無いものか……。

 そう考えて歩みを進める、そしてとある通路の角を曲がった所で。


「あっ」

「あっ」


 唐突に女の子と出くわした。

 エルフ耳の眼鏡っ子。小さな背丈に似合わぬ大きな本を両手で抱えながら、こちらを見て驚きの表情でいる。


 俺の心が歓喜に満たされる。人だ! 人がいたんだ!

 ……しかし初めて見る子だ。

 メイドさん等の女性はよく見るが、服装からそうでもなさそうである。

 と言うよりもどこか大臣団と同じような装いだ。

 この子は誰なのだろうか? 俺はともすれば人と出会えた喜びに踊りだしてしまいそうな己を必死に抑えながら話しかける。


「え、えっと。こんにちは! いい天気ですね!!」

「……?」


 酷い挨拶だ。長年人に会っていないとこうも無残なのか……。

 まぁいいや。

 ――改めてその子を観察する。

 歳は幾つだろう? ティアよりは断然幼い感じが見受けられる。

 ティアが確か16歳だから……11歳位? だがその特徴的な耳、つまりエルフ族の証であるそれから彼女が見た目通りの年齢でもないと予想が出来る。

 それに服装も大臣達と同じ様に豪華な物だ。恐らくある程度の地位にある子だと思うけど……。


 それは一旦置いておこう。まずは彼女の無事と俺が人と出会えたことに喜ぼう。

 俺は心に温かい物を感じながら、再度その子にこの状況を説明する。


「えっとね、なんだか皆俺の言葉を拡大解釈しちゃってさ。今のいままで誰にも会わなかったんだよ! いきなり話しかけてごめんね!」


 コテンと首を傾げる少女。その見た目から思わず幼子に語りかけるように喋ってしまったが特段気にしている様子は無い。

 それよりも俺の発言が不思議と言った雰囲気だ。

 首を傾げたのも、「どうして、一人がいいんでしょ?」 と言った意味合いだろう。

 全くもって誤解だ。俺はその点についても説明するべく少女に語りかける。


「いや、一人にしてくれって言ったけど別に誰とも一切会いたくないって意味じゃなくて、ここまで徹底した嫌がらせは想定外だったんだ」


 コクコクと頷く少女。思った以上に素直な子で俺も安心する。

 この国の人間は一曲も二癖もある奴らばっかりだ、例えば目の前のこの子がいきなり爆発して屈強なおっさんに変わったとしても俺はさほど驚かないだろう。

 だが、意外にもその様な事態にはなってない。

 どうやらこの子は、この国ではダイヤよりも貴重な、人の話を聞いてくれる子らしい。

 ……神様、俺はこの出会いに心から感謝したいと思います。


「知ってるかもしれないけど、俺は本堂(ほんどう)(かたり)。この国の勇者として呼び出されたんだ、多分……」


 知っていると言う風に頷く少女。

 しかし先程から喋っていない。うーん、口下手なのだろうか? それとも、喋ることが出来ないとか?

 折角良識的でありそうな子に出会えたのだ。話が出来ないのは流石に悲しい。俺は自らの疑問を思い切って投げかけてみる。


「もしかして喋れない?」


 今度は首を横にフルフル。

 どうやらそんな事はないらしい、見た目おとなしそうなので多分喋るのが苦手なのかな?

 流石にこのままずっと会話が一方通行なのは嫌なので、今度は彼女の事を聞いてみる。


「そっか。じゃあ君の事を教えてくれるかい?」


「……宰相(さいしょう)ちゃん、です」


 暫しの沈黙、やがて口を開いた少女……。

 彼女は、鈴の音を思わせる小さく愛らしい声でそう告げた。


 さいしょうちゃん。そう名乗った彼女の言葉に疑問を持つ。

 ……変わった名前だ。ちゃん付けなのは良いとしても凡そ女の子の名前ではない。

 俺は不思議に思いながらも、もしかしたら聞き間違いをしているのではと確認してみる。


「さいしょうちゃん……?」


 コクコクと可愛らしく頷く少女――さいしょう。

 どうやら俺は彼女の言葉を聞き間違えたのでは無いらしかった。

 となると、彼女はさいしょうちゃんである。しかし変わった名前だ。

 いや、名前ではないのか?

 ふむ。さいしょう……。サイショウ……。もしかして、宰相?


「さいしょうって、あの宰相? 政務の補助とかをする……」


 コクコクと頷く。

 つまり、さいしょうちゃんは宰相ちゃんなのか……。

 なるほど、それなら納得――え?


「君が宰相なの!?」


 少しだけ微笑みながら、宰相ちゃんが変わらず頷く。

 ……うむ、ちょっと自慢げな所が可愛いな。まぁこの国はアホだからこんな小さな子に宰相を任せていても可笑しくないか……。

 それに、もしかしたらこの子が凄い才能を持った子! とかそういうのがあるかも知れないし。

 俺は宰相ちゃんが宰相である事に適当な理由を付けて納得すると、彼女同様満足気に頷く。

 うん、別にこの子が宰相でも何でもいいや。ってか今の俺は誰かと話したいんだ。

 …………ん?


「……あれ? じぃやが宰相じゃないの?」


 ふと湧いた疑問、それを目の前の宰相ちゃんへと尋ねる。

 フルフルと首を振る宰相ちゃん。どうやらじぃやは宰相じゃないらしい。

 てっきりその装いと役割からあの人が宰相だと思っていたんだけど……。

 ん? じゃあアイツ何者だ?


「あの人って何?」


 本物の宰相ちゃんに尋ねる。


「じぃや」


 それは知っていますよ宰相ちゃん。


「役職は?」

「じぃや」


 じぃやオブじぃやか……。まぁいいや。あんなのどうでもいいし。

 俺はじぃやの事をすっぱり忘れると、早速目の前の宰相ちゃんとの話を続ける。

 今はこの子との会話が重要だ。


「そっか……少なくともじぃやは宰相じゃ無いわけだね。それで本物の宰相が……」

「宰相ちゃん、です」

「宰相ちゃんですか……」

「です」


 宰相ちゃんらしい。


「宰相ちゃんはエルフなんだね……」

「ハイエルフ、です」


 ハイエルフ……。

 確かファンタジーではエルフ達の中でもより高位の存在でエルフ以上に長い耳と高い魔力が特徴の種族、らしいけど。

 俺はそっと宰相ちゃんの耳を確認してみる。

 確かに彼女の両サイドには愛らしいお耳がぴょこんと伸び出ている。

 うーん、普通のエルフとの違いはあんまり分からないけど……。

 そういえば、ハイエルフといえば超長命種として有名だったな。

 となると、目の前の宰相ちゃんもその例に漏れず見た目と裏腹に高齢なのだろうか?

 だから宰相を任されているのだろうか?


「えっと、やっぱり見た目は若いけど実年齢は凄い高齢! とかなのかな?」


 フルフル。

 違うらしい。宰相ちゃんは全然高齢じゃないらしい。


「違うんだ……」


 宰相ちゃんは手に持った本を床に置くと、ゆっくりと指を立てる。

 最初に左手の指を一本。次に右手の指を二本。

 それが表す所は……。


「12歳……かな?」


 伝わったのが嬉しいのか、また少しだけ微笑みながら宰相ちゃんが頷いてくれる。

 なるほど、12歳か……。

 あのアホ共はなぜこんな小さな子を宰相に付けたのだろうか?

 謎は尽きない。

 だが、その話は一旦置いておく。

 ともあれ、宰相ちゃんに頼んで皆に出てきて貰わなければいけないのだ。

 自らの負けを認めたくない俺は、なんとか宰相ちゃんを間に挟む事によって誤魔化せないかと画策(かくさく)する。


「ねぇ、宰相ちゃん。皆に出てきてもらえるようにお願いしてもらえないかな? そろそろ寂しくて泣きそうなんだよね……」


 俺のお願いに不思議そうに首を傾げる宰相ちゃん。

 うん、なんだろう? 何かあるのかな?


「どうしたの?」

「勇者様、知らない人と喋るとキョドって可哀想。だから会わないようそっとしておきなさい。て大臣言ってました」

「とんでもねぇ誹謗中傷だわ」


 本当、マジで何言っちゃってるの? あのアホ共。本人の居ない所でそういう勝手なイメージを吹聴して回るの辞めてくれないかな? タダでさえ謂れのないホモ認定までされていると言うのに……。


「勇者様、微かにホモに目覚めつつある。って姫様、言ってました」

「言いがかりです。後で叱っておきます」


 俺はノンケだと何回言ったら分かるのだろうか?

 ……いや、多分わかっているのだ。分かっていて尚、俺をホモに仕立てあげたいのだ。

 とりあえずホモに興味津々のティアさんには後でキツく言い聞かせておくとして、まずは宰相ちゃんの誤解を解く事にしよう。


「あのね、宰相ちゃん。君も知ってると思うけど、この国の大臣は人に嫌がらせをするのが大好きなんだよ。それは分かるよね?」


 コクコクコクコク!!

 宰相ちゃんがものすご勢いで首を上下に振る。まるでその可愛らしい頭が飛んでいってしまいそうな勢いだ。

 …………宰相ちゃん。君も苦労しているんだね。

 俺はこの純粋で大人しい女の子が、あの精神年齢が5歳から成長してないであろうアホ共より受けているであろう嫌がらせの数々に思いを馳せ、心の底で涙する。


「だから彼らの言うことは信じちゃダメなんだ。その話だってきっと俺が困る顔を見たいが為だけに仕組まれた物なんだよ」

「です」


 ちょっぴり語気を強めに、宰相ちゃんが力強く頷いてくれる。


「良かった、宰相ちゃんは良い子だね」


 自然と笑みが溢れる。

 なんだか初めての気持ちだ。こんな穏やかな気持ちで人と話せたのは久しぶりかもしれない。

 ……そうか、宰相ちゃんは天使だったのだ。このアホ共渦巻く地獄において、唯一の光であり、唯一の希望なのだ。

 俺は人生の清涼剤を見つけた事に心底歓喜しながら、この愛らしい女の子を見つめ、極限まで磨り減った己の心を癒やす。


「勇者様……」

「ん? どうしたの、宰相ちゃん」


 宰相ちゃんが俺の顔をじぃっと見つめながら話しかけてくる。

 ああ、癒される。

 俺はこの幸せな時間が永遠に続けばと思いながら彼女の言葉に返事を返す。

 すると宰相ちゃんはズレた眼鏡を元に戻しながら……。


「勇者様のお話聞かせて下さい」


 凛と響く、有無を言わせぬ声色でお願いしてきた。

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