第四十四話(中)
各国の思惑が交差する中、会議は静かに開催の時を迎える。
バレスティアの文官によって会議堂に案内される勇者マイケル含むミルド・アーヴェスタ連合王国の代表団。
人の背丈の倍の高さはあろうかという巨大な扉をくぐったマイケルは、その威容に息を呑む。
議会堂ビルの中腹にあるその会議堂は流石大国といったところか、今まで彼が見たどの様な会議室よりも広く豪華だった。
基本的な装飾は彼らが滞在していた貴賓室とさほど変わりはない。
会議において必要の無い調度品が見られない程度だ。
だがその規模が圧倒的だった。
室内は長方形となっており、端から端まで優に数十メートル。簡単なダンスパーティー位なら余裕を持って出来そうな広さだ。
室内の形状に沿う形で楕円状に長机が何列かに並べられており、各国の代表団がまとまって座れる様に一種の島となっている。
さらに中央部分の床は絨毯ではなく木製の扉の様な構造だ。何らかの仕掛けが存在する事を感じさせる。壁一面にはこの地域一帯を記した巨大な地図。
まるで自国の版図を誇示するかの様に掲げられたソレを見た瞬間、思わずマイケルはため息をつく。
自分達の国の大きさと無意識に比較してしまい、その差を否応なしに理解した為だ。
気持ちを切り替えるように辺りの様子を窺う。
ぐるりと席を囲む形で、壁際に配置されているはバレスティアの勇者だ。
各国の最強戦力である勇者をこの様な配置で警備にまわすとは流石大国であると感心しながらも、マイケルは彼らに感じる一種の――"品の無さ"に眉を顰める。
「勇者が……沢山だな。ベネス」
「ああ、勇者か。てんで気づかんかったわ」
軽く目を細め、チラリと一番近くの柱にもたれかかる男を観察したベネス。
数秒立たぬ内にふいっと顔を背けてしまう。
綺羅びやかな礼服に身を包み、強力な魔力をたたえる武器を身につけた、なんの変哲も無い勇者……。
「温室育ちじゃな。蝶よ華よと育てられたんじゃろう。刃物の扱いすら分からんのではないか?」
ベネスの下した評価を聞きつつ、自らの気配を薄めたマイケルは近くの勇者をそっと確認する。
大きな欠伸を放つその様はおおよそ国が用意した代表とは程遠い有り様だ。
折角気配を薄めたにもかかわず気づく素振りが一切ないところから、彼の努力は無意味な物だったったらしい。
ベネスよりは長く見つめていたものの、やがてマイケルも先の彼女同様に興味をなくし視線を戻す。
「……あれでいいのか?」
「さぁな? ただバレスティアは議会制と言うシステム上、派閥間の争いが激しいと聞くのじゃ。自らの陣営に招こうとあれやこれやと貢ぎ懐柔する内に、戦場も知らぬオボコができたんだろうよ」
「派閥か……。どこもかしこも嫌だね、皆仲良くすればいいのにさ! あっ、ちなみにうちの国は派閥ってあるのかい? 俺は何派閥かな!?」
「おんしはベネス派なのじゃ。当たり前だろう?」
「マジか、弱そう……。他に派閥とかあるのか?」
「昔はあったけど、今はないのじゃ」
「それ派閥って言うのか?」
「くくく、さぁな?」
バレスティアは帝国であるが、その運営は議会によって行われている。
もちろん、かの国に皇帝と呼ばれる人物は確かにいる。
だが、かねてより病床に伏せておりまともに帝国の運営を行えない状況となっているため、一時的に皇帝の権限を議会に移し帝国の運営を行っているのだが……。
それが派閥を産み、議員を権力争いに腐心させる結果となってしまっていた。
大国や強国がひしめき合うこの世界において、くだらぬ派閥争いなど亡国を招く愚策でしかない。
翻ってミルド・アーヴェスタ連合王国。
堕落はすれど愚鈍では無い。
ベネスという絶対者によって強固に結束される連合王国は、間違いなく強国の一つであった。
「――ほう! 聖堂教会はプッタネスカを寄越したのか。相変わらず不気味な奴じゃ」
「プッタネスカ?」
ベネスの嬉々とした声につられて覗きこむように視線を向けるマイケル。次の瞬間、彼は外交の場であるにもかかわらず人目も憚らずにあんぐりと口を開けてしまう。
この会議には様々な国家が参加している。
代表たる人物も千差万別だ。どの者も一曲も二癖もある容姿と雰囲気を持っていた。
だが、その人物程マイケルを驚愕せしめた人物はいないだろう。
聖者プッタネスカ。
その異様な出で立ち、そして何より言葉にし難い雰囲気に彼が動揺を隠しきれぬのも無理からぬ事だ。
「なんだあれ……えらくファンキーだな」
「聖堂教会が有しておる聖者の一人じゃな。あれ単体で勇者と同じだけの力を持っておる。最近急激に力を伸ばしてきておる要注意人物じゃ。もちろん、そこらで壁の柱と化しておる有象無象共とは違うぞ。っと、目を合わすなよ。気づかれても面倒じゃ」
「……あいよ」
ベネスの言葉に迷わず視線を前に戻すマイケル。
どうやら自分が想像している以上に世の中は複雑怪奇らしい。
ベネスに伝えれば、「今更か?」と呆れ返られてしまう感想を抱きながら、彼は静かに時を待った。
………
……
…
その後もいくつかの国の代表団についてベネスや随伴の文官より説明を受けるマイケル。
自らの不勉強と学ぶべき事柄の膨大さに辟易としながらも、なんとか伝えられた内容を頭に叩き込む。
やがて定刻となり、主催者――バレスティア黄金帝国側の進行役より今回の緊急会合の開催を宣言された。
「皆様、本日は遠路はるばるようこそおいでくださいました。礼を失した急なお招きにもかかわらずご参集頂きました事、バレスティアを代表しまして、帝国議会議長、ミルドーアが深く御礼申し上げます」
バレスティアの席より、一人の男性が立ち上がる。
この国の特徴であるスーツの様な服装に派手派手しい勲章を幾つかつけた壮年の男性。
皇帝であるバレスティア三世が出席出来ない現在、バレスティアにおける最高位にいるのがこのミルドーア議長だ。
帝国議会において選出される議員は全て平等の権力を持つが、唯一議長だけは議会を円滑に運営する為にいくつかの権力を有している。
もちろん議会システム上、その権力を無闇矢鱈と振りかざすことは出来ないのだが、この様な場では議長としての肩書は十分に効果的であった。
「さて、すでに各国には今回の議題についてご通達を済ませていると思いますが、現在我らが人類の生存権を脅かす魔王。その脅威と対策について皆々様方のご協力と団結を求めたいと思いまして、本日この場をご用意させて頂きました」
席を立ちグルリと席を見渡しながら、深い耳心地の良い声色で開会の口上を述べるミルドーア議長。
この様な場であっても物怖じ一つしない辺り、流石は帝国議会を束ねる人物といったところだ。
彼の背後の席には似通った着こなしの男性が数名、手に持つ書類を眺めなにやら思索に耽っている。
ミルドーア議長と同じく、帝国議会の議員だ。
……強大な版図を持つバレスティアにおいて強い権限を持ち、ブレーンであると同時に心臓でもある帝国議会議員が複数名参加している。
その事からもかの国が今回の会議に並々ならぬ熱意を込めている事が容易に分かる。
「バレスティアは魔王に襲撃されたって聞いたけど、ちゃんと退けたのか?」
「できると思うか? あれで」
顎をしゃくりながら対面側の柱のそばに佇むバレスティアの勇者を指すベネス。
彼女の言わんとしている事は流石のマイケルでも分かる。
答えは否だ。マイケルは魔王と呼ばれる存在がどれほどの力を有しているのか知らないが、それでも彼らがそれを退ける程の力量を持っているとは言い難い。
「……妾が入手した情報によるとバレスティアの勇者は魔王襲撃の際に全員殺されておる。今おるのはどうやらその後呼び寄せた者達のようじゃな。――ったく。それだけの贄をどうやって用意したのやら……」
バレスティア黄金帝国の勇者は一度全滅している。
この時点では少なくともバレスティアが保有する勇者はここまで酷いものではなかった。
準備の時間も育成の計画もそれなりに出来上がっていた事から勇者の質もそれなりに高く維持されていた。湯水の如くつぎ込まれた資金は一国の国家予算にも匹敵するものだった。
準備は万全で、その計画は盤石……のはずであった。
それらの努力を一瞬にして灰燼に帰せしめたのが魔王という存在だ。
彼らが他国に対して圧力をかけ始め、内密に協力を求めたのもこの時から……。
表には決して出さぬ、大国としてのプライドをズタズタに引き裂かれた焦りがそこにはあった。
「曲がりなりにも勇者だろ? それが全滅って……魔王ってやっぱりヤバイのか? ってか俺の所には来なかったのか?」
「……魔王の行動原理は分からんからな。一定の法則はあるようだが……一応妾と魔法院が総動員で邪気祓いの結界を張っておったが、それが効果的であったかどうかはまさしく神のみぞ知ると言ったところなのじゃ」
やや憂いを帯びた表情で魔王を評するベネス。
彼女はその長い人生の中で、現魔王以外の魔王についての情報を得ている。
その記憶では魔王とはここまで得体の知れない存在では無かったはずだ。
英雄譚の様に自らの居城で玉座に座り、人類に攻勢をかけながら勇敢なる者の挑戦を待ち続ける存在。
大なり小なり、魔王はその様に"王"としての性質を持っていた。
故に、現在の魔王の様に自らの居城から飛び出し積極的に勇者を狩って回る魔王など理解の範疇外であった。
恐らく彼女が張った結界なども大した効果はなく、その真実はただ単純に運が良かっただけであろう。
ベネスは自らの幸運に安堵すると共に、その綱渡りの状況に強い焦燥感を覚える。
「そうか。魔王については俺もいろいろ勉強したからな。何かあったらマジで頑張るぜ。それに、これだけ沢山の勇者がいるんだ。皆で力を合わせたらなんとかなるだろうさ!」
そこ抜けに明るいその言葉を聞いた時、ベネスはなんだか自分がアホらしくなってしまった。
結局、なる様にしかならないのだ。
あれこれ考えるのは間違ってはいないが、思考に囚われても足元を掬われる。
その事をマイケルに教えられた気がした。
もっとも、彼はそんな事などつゆ知らずと言ったところだろうが……。
「くくく……やっぱりおんしは底抜けにアホじゃのう」
「……なんだよ?」
「まぁ、おんしはそれで良いと言うことじゃ。そしてよーく見ておけ。バレスティアが何を考えてるか知らんが、面白いことにはなるだろうさ」
コキコキと、軽く首を捻り鳴らしながら気分を変えるベネス。
少しだけ救われた気がする。
なんだかんだでこの陽気で愉快な勇者が気に入っている彼女は、どの様な手段を用いても彼女が愛する国を目の前の偉大なる勇者と共に守る決意を新たにする。
自然と彼女の顔には笑みが浮かぶ。
それは珍しく少女然とした無邪気な物だ。
いつのまにか、ベネスが感じた焦燥感はすでにどこかへ消え去ってしまっていた。
………
……
…
「魔王の脅威はすでに各国に知れ渡る所であります。多くの勇者がその力と勇気を発揮する前に無念の内に敗れさり、多くの国土が焼き払われました。残念ながら魔王が有する力は我々の想像を超え、もはや国家の存続と言った話ではなく、人類そのものの存続がかかった戦いとなっております。はっきり申し上げましょう。このままでは我々は敗北する。この屈辱的で絶望的な未来は、はっきりとすぐそこまでやってきているのです」
話の流れが変わったのは予定時刻の中盤に差し掛かろうかという時だった。
ミルドーア議長が長ったらしい挨拶や、協力的な各国への感謝の言葉、魔王によって被害を被った国への援助の申し入れなど雑多なお題目を並び立てた後の事だ。
先の話程度であればこのレベルの代表者がわざわざ集まる必要もない。
故に、今回の会議の本題はこの一点にあると言ってよいだろう。
先ほどまで仰々しく飾り立てられた意味のない会話を、当たり前の様に右から左へと聞き流していたベネスはようやく耳を傾ける。
「この危機に対処する為、我々バレスティア黄金帝国は皆さんに一つの案をご用意しました」
室内がざわめき始める。
どうやら各国の代表達もバレスティア側が何を行おうとしているのか察しが付いたらしい。
だがこの場において明確な差が出る。
それは寝耳に水と困惑する国家と、沈黙を守る国家だ。
後者はバレスティアに政治的に近い国家や半ば属国としている国家。
用意周到な根回しに思わずベネスは舌打ちをしてしまう。
(そう来たか……。ある程度は予想していたが、面倒な事を言い出しおって)
表に一切出さず、心の中であらん限りの罵倒を吐き出すベネス。
次の瞬間、彼女の予想通りにミルドーア議長は高らかに宣言する。
「我々はここに勇者及び聖人の管理を一元化し、魔王に対する人類の剣となる統一機関を作ることを提案致します!」
ざわめきはその瞬間、喧騒に変わる。
何も知らされてなかった国家が混乱にも似た質問を飛ばすが、バレスティアの息がかかった国家の代表達がそれらを打ち消すかの様に盛大な拍手と声援を送る。
議会は当然紛糾し、正常な進行が不可能な状態となっている。
国家の代表という品行方正が求められる地位にありながら、真逆とも言える下品な言葉で罵り合いを始める各国の代表達。
その様子をつまらぬ物を見るような――事実下らぬ価値の無いものとしてベネスは眺める。
「アホらしい……」
「な、なんかエライことになってるな……」
ミルドーア議長は必死で紛糾した会議の収拾にあたっている。
だがどこか余裕のあるその態度を見る限り、これすらも彼の手の内にある事は明らかだ。
それが酷くベネスを不愉快にさせた。
「でもさ、ベネス。これって良い話じゃないか? 確かに各国の思惑があるのはわかるけど、それを踏まえても魔王という脅威があるのならそれに向かって力を合わせないと」
「そう簡単には問題は済まない。おんしには分からんであろうがなー」
説明するのも面倒になったのか、眉を顰めているマイケルにひらひらと手を振りバレスティアの意図について推測を始めるベネス。
バレスティアがこの様な盛大な宣言を行った理由もいくらか予想できる。
かの国は勇者の全滅によってその名を著しく落としている。
ここで巻き返しをはかり、魔王打倒後の国際政治においてより優位な立場につこうと考えての事と言うのが恐らくの正解であろう。
バレスティアはその強大な影響力をもって複数の国を傀儡と化し、自らの提案に賛同させている。
それ以外の国であっても現実として魔王の脅威が存在するのだ、いくらか文句が出しても乗らないという判断は出来ないだろう。
すでに一国の戦力で魔王を止める事は不可能である事は明らである。
であれば、この会議が開催された時点でバレスティアにとって勝利したも同然とも言えた。
全てはかの国の予定通りに進んでいた。
「ありがとうございます。各国代表の皆様方の真摯な想い。はっきりと伝わりました。では僭越ながら皆様の声を持ちまして、我がバレスティア黄金帝国がこの対魔王軍の総指揮国としてその重大なる責務を必ずや果たすことをお誓い致します」
各国の代表達もある程度落ち着きを取り戻したのか、騒ぎも弱まりを見せる。
バレスティアはその隙を逃さず、対魔王軍の総指揮権――つまり総大将として音頭を取る国家の採決を取る。
無論、出来レースなので結果は当然の如くバレスティアだ。
「ふーん……」
まぁ、こうなるだろうな。
ベネスの反応はその様に蛋白な物だった。とは言え、彼女達もこの仲良しごっこに参加しないという選択肢は無い。
であれば、後はどの程度の影響力を残し、更にどこまで自国の権利を守れるかだ。
今後起こるであろうバレスティア側からの戦力供出要求、更にはその裏で行われる様々な工作に対し、どの様に対処を進めていくかベネスは頭を回転させる。
「ちょっと話がついていけない。どういう事だベネス?」
難しい顔で必死に話を聞いていたマイケルはついに自ら考えるという行為を放棄した。
彼はあまり不可能の思える事の為に努力を続けるタイプの人間では無かった。
となれば次の行動はわかりきっている。
隣にいる頼もしい相棒の肩をバシバシと――本人の嫌そうな視線を無視しながら叩き、答えを求める。
「仕方ないのぉ。よーく聞くのじゃ。まずは先の話で――」
「所で皆様! 実は本日はそれ以外にも重要なお話があるのです。……いえ、その内容を考えると、これこそが皆様を本日お招きした真の理由とも言えるでしょう!」
ため息をつきながら、ベネスがなんだかんだでマイケルに説明をしてやろうとしたその時だった。
これ以上は大して重要な話題も出てこないと予想していたベネスの考えを否定するかの様に、ミルドーア議長が更なる議題を持ち上げる。
何やら思わせぶりなその言葉に、思わずマイケルと一緒にミルドーア議長へと視線を向けるベネス。
代表団の視線が自らに集中した事を確認したミルドーア議長は、満足気に一つ頷くと、何やら憂いと怒りを帯びた白々しい態度で口を開く。
「我々人類に裏切り者が居るのです。俄には信じられないことですが、かの魔王を自国に匿い、人類の破滅と自らの欲望の手先とせんとする国が……」
再度騒がしくなる議場。
二度目の混乱は強い困惑と戸惑いを含んでいた。
事情を知らない各国の代表団が話を理解する前にミルドーア議長は矢継ぎ早に続ける。
「我々はある技術を用いてその事実を突き止めました。それによって魔王がとある国に潜入し、勇者に対して何ら行動を起こす事無くなりを潜めている」
気付かれぬ様に辺りに視線を這わし、他の勇者や武官の位置を確認するベネス。
バレスティアに関係する国家の者がさり気なく胸元やポケットに手を添えている。
背後の柱に立つ勇者が帯剣している獲物の柄に手を触れた音が聞こえた。
場合によっては一悶着ある事をその驚異的な五感と判断力で察知した彼女は、予め決めた合図を自らの国の者達へと送る。
その意味は『戦闘発生の危険あり。最大限警戒の上、逃走の準備をされたし』だ。
「――もちろん、これだけであれば我々も裏切りとは判断しなかったでしょう。ですが、魔王の反応がその王宮より発せられているとすればどうでしょうか? なぜ魔王が王宮に? なぜ行動を起こさない? 勇者も王宮にいるにもかかわらず?」
どこの国か知らないがご愁傷様な事だ。
もっとも、その哀れな生贄は自分達かもしれないが……。
最悪の事態に備えて自らの内で魔力を練るベネス。
マイケルもその異様な雰囲気を本能的に理解したのか、静かに押し黙り、気取られぬように辺りを警戒している。
普段からアホだアホだとベネスに呆れられるマイケルであったが、こと戦闘においては師であるベネスの要求を十二分に満たす優秀な弟子だった。
「もはや議論の余地は無いと我々は判断しております。そしてこれは非公式にこの件について相談を行ったいくつかの国においても同様の判断でありました」
ミルドーア議長による自己陶酔極まりない言葉は、だが断罪の矛先となる可能性のある国にとっては恐怖を持って受け止められていた。
勇者を一度失ったとは言え、バレスティア黄金帝国はいまだに強大な国だ。そもそも、失った勇者をすぐに補充できるだけの国力と強権を有している。
様々な手法を使い、なんとか一人の勇者を召喚する程度の小国ではひとたまりもない。
似たような境遇の国家と同盟を組んだところで焼け石に水だろう。
議場を不気味な静寂が包まれる。
誰しもが、ミルドーア議長の一挙一動に注目していた。
そして、ついに哀れな生贄――傲慢な彼らがそうだと信じて止まない国が告げられる。
「人類を裏切り魔王を匿うという大罪、決して見逃す事は出来ませぬ。その愚かしい罪悪に対して何かみすぼらしい言い訳が存在するのならば、是非この場で釈明頂きたい――」
「反逆の徒、フローレシア王国よ!」
視線が一つに集中する。
その先はフローレシアの代表団が座る長椅子だ。
代表者は一人の少女。
左右には机に突っ伏しながら眠りこける女性、そして話を聞いてないのかボンヤリ天上を眺めている勇者。
フローレシアの代表団に向けて圧力が高まる。
威嚇として放たれたソレはバレスティアと配下の国家に属する武官や勇者が放つ物だ。
一気に緊張が高まる。
一触即発の空気。
だがしかし、歴戦の猛者をも含む各国の代表達による視線の圧力を一手に引き受けながら……。
デモニア=ラグ=シェルテル卿――宰相ちゃんと呼ばれる幼い少女はただ穏やかな笑みを浮かべるだけだった。