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第四十二話

 場所は変わってビルの中腹にあるレストルーム。

 幾人かの人々が休憩し、それぞれ雑談に興じている中でセイヤと一緒にその一角を陣取る。

 給餌に用意してもらった紅茶を飲み、一息つくと先ほどの話の詳細について切り出す。


「それで、バレスティアの召喚した勇者が日本人って事だけど、それがどうかしたの?」


 尋ねた言葉に暗い表情を見せていたセイヤは、軽く辺りを見回して会話の内容が漏れないであろう事を確認すると極めて小さな声で警戒するように語る。


「正確には『バレスティア黄金帝国の召喚した勇者の一人が日本人』だね。カタリ君は知ってるかい? 各国が召喚する勇者って言うのは何も日本人に限定された訳じゃないんだ」

「ああ、もちろん知っている。さっきも日本人じゃない勇者と話して来たからな」


 どこか忘れたが勝手にお邪魔して国の勇者は全く別の国だった。南米辺りの出自だろうか、マイケルと名乗った黒い肌が特徴的な彼は日本人がステレオタイプ的にイメージするおもしろ黒人そのものといった様子で気軽に会話に応じてくれて、俺達もそのやりとりに大いに満足していたのだ。

 そう、つまり勇者として召喚されるのは全世界の人が対象なのだ。

 逆に俺達の様に両隣の国家同士で同じ日本人と言う事の方が珍しいのだろう。

 もっとも、これは意図的に行われたことでもあるのだけれど……。


 聞く所によるとバレスティア黄金帝国は相当数の勇者を抱え込んでいるらしい。

 大国とは言えどうやってその代償を払ったのやら……。

 正直何人いるかは不明だしその正確な数をフローレシアも把握していないが、数撃ちゃ当たる法則で日本人が召喚されたのだろう。

 だが、セイヤの懸念とはなんだろうか?

 隣でオレンジジュースを飲みながらボンヤリとあらぬ方向を眺めている宰相ちゃんの頭を手持ち無沙汰気味に撫でながら、セイヤが全てを語るのを待つ。


「僕も詳しい事は分からないんだけどね、どうやらその子――女の子なんだけど酷いいじめを受けているみたいなんだ……」

「誰に?」

「他の勇者に……だね」

「勇者がいじめられるってのもおかしな話だなぁ。けどなんで?」

「それがさっき言った話にも繋がるんだ。言ったよね、勇者の人種はなにも日本人に限った事ではない……って。どうやらバレスティアの勇者はその以外全員白人らしいんだ。だから唯一のアジア人である彼女は人種差別的な扱いを受けている」


 つまり、一人だけ日本人なその女の子は勇者にもかかわらず周りから冷遇されていると言うわけか。

 まぁ、本当になんというか平和で愚かしくて非常に頭の悪い話だ。

 そして同時に呆れてしまうほどに怒りを覚える話でもある。

 恐らくなんらかの挨拶の際にでもその事を知ったセイヤはどうにかしてその状況を改善できないかと頭を悩ませていたのだろう。

 お人好しな彼だ。エミリー嬢が現在この場所にいないのもそう言った理由からかもしれない。あまり巻き込ませたくない事だからな……。

 小さくため息をつく。

 ようやく話の内容を理解できたのかテスカさんが「酷いです!」と憤慨するのを諌めセイヤに尋ねる。


「勇者の癖にやけに器の小さい奴らだな。女の子いじめて何が楽しいんだ? ってかバレスティアも何やってるんだよ、沢山いるとは言え自国の勇者だろうに」

「バレスティアもどちらかというと人種的な差別の強い国だよ。知っているかい? この国では亜人の存在は一切許されていないんだ。そして彼らは肌が白い人が多い……」


 なるほど……ね。

 セイヤの言葉に頷きながら腕を組む。

 深く根付いた問題故に、国家としても改善する意志が無いということか。

 先進国とは名ばかりにその精神性は未開にも程遠いレベルらしい。

 欺瞞と虚構に包まれたそのあり方に思わず肩をすくめる。

 つまりは駄馬のアレックス君に投げかけられていたであろう言葉は何も彼に限定した事ではないと言うことか……。

 隣に座る宰相ちゃんの可愛らしいお耳を指でツンツン突付きながらそんな事を思う。

 やばいなぁ、ちょっとイライラしてきたぞ。

 こちらを不思議そうに眺める宰相ちゃんに笑みを返し、そのピコピコ動くエルフ耳を弄び癒やし分を補充する。

 隣でテスカさんが「私も! 私も!」とウキウキした表情で宰相ちゃんの耳に腕を伸ばしてくるが、それをさり気なく遮りながらひたすら精神の安定を図る。


「それでどうしたものかと思ってね。僕としてはどうにかしてあげたいんだけど、なかなか国家内の問題に口を挟むのもどうかと思ってね。最悪国家間問題になっては大変だし……」


 なるほど、セイヤもあれから少しは成長したんだな。

 以前の彼とは違い、今の彼には分別と冷静な判断力が備わっている。

 恐らくターラー王にこってりと絞られたのだろう。

 もしくはあれからいろいろと自分の立場や行動が及ぼす影響について考える様になったのかもしれない。

 兎に角、彼は見違えるほど成長したと言うことだ。

 だが、それはそれでつまらない人間になってしまったとも思ってしまう。

 以前のセイヤだったらそれこそなりふり構わず突っ走っただろうに……。


「セイヤ、ここは俺に任せてくれないか? 考えがあるんだ」


 未だに悩む彼。どこか縋るようにこちらを見つめるセイヤに俺は自信を持って告げる。

 その瞬間、彼は待っていましたとばかりに表情を崩して嬉しそうに声を上げる。


「本当かい!? やっぱり君に相談してよかったよカタリ君! それで、どんな……?」

「それはついてからのお楽しみって奴だね。さぁ、皆早速行動に移そうじゃないか! セイヤ、バレスティアの勇者達の控室ってどこにあるんだ?」

「案内するよ、こっちだ!」


 憂いを帯びた表情に一転して喜色を宿したセイヤは勢い良く立ち上がると俺達を先導するようにフロアの端にあるエレベーターの方へと向かっていく。

 いつの間にやら鼻息荒くセイヤを追いかけているテスカさんを横目に宰相ちゃんに立席を促しながら、俺はさてどうしようかな? と考えつつゆっくりと後に続く。


「勇者様。何か良い案、あるです?」


 宰相ちゃんがコテンと首を傾げながらこちらの顔を覗き込むように訪ねてくる。

 俺はセイヤが今回の問題についてプンプンと怒るテスカさんによって質問攻めにあっておりこちらに注意が向いていない事を確認すると、そっと宰相ちゃんに耳打ちするように「実はなにもないんだよねー」と小さく答えた。


◇   ◇   ◇


 目の前には立派な扉。

 両隣には警備兵らしき人々がズラリと控えている。

 ジロリとこちらを睨む彼らは一般的な警備兵とは違って近代的なスーツに身を包み機能的な雰囲気のある胸当て等をつけている。

 その手は全員腰に付けたホルスターに当てられており、そこには何やら金属で出来た拳銃の様な物が見えている。

 流石先進国。うちや他所みたいに刀剣ではなく拳銃を装備しているらしい。

 魔法でも込められているのかな? たしかに一斉に攻撃されたら困るね。

 今にでも発砲してきそうな剣呑な雰囲気の中、一人の男性が前に出る。


「何か……御用でしょうか?」


 突然現れた俺達に警戒を露わにしながら、警備のリーダーらしきその大柄な人物は有無を言わせぬ態度で尊大に問い詰めて来た。

 職務に忠実なその態度を見て満足気に頷いた俺は、早速隣で手持ち無沙汰な様子で俺の手を握る宰相ちゃんへと合図を送る。


「宰相ちゃん。宜しくー」

「はいです。道をあけろ……」


「……仰せのままに」


 キキキィンと何やら魔力的な防壁が破られる音と共に警備兵全員の目が虚ろになり、操り人形の様にぎくしゃくとした動きで左右へと別れる……。

 これこそが宰相ちゃんの能力だ。

 本来は相手を心の底から洗脳する能力だけれども、短期的な利用ではこの様に相手の意識を奪い操り人形と化す事ができる。

 自慢気にこちらを見上げながら手を上げる宰相ちゃんにハイタッチすると、さっそく守るもののいなくなった扉へと手を掛ける。


「ちょ、ちょっと! カタリ君!?」


 背後でセイヤが驚き慌てる声が聴こえる。

 テスカさんが「大丈夫、大丈夫ですよー」と根拠の無い言葉を動揺するセイヤに投げかける中、俺は勢い良く扉を開け元気よく入室した。


「失礼しまーす! ――っと、これは凄い」


 むっとした蒸せた酒の匂いと、それに混じった下品な匂いが漂ってくる。

 酒池肉林――正しくその言葉が適切なその状況は勇者と言う存在がこの国に置いてどれだけの権力と力を持っているか一目で把握させる物があった。

 彼らがそうであろうか……上半身裸で両側に全裸の女性を侍らしゲラゲラと笑う男。娼婦と思わしき女性をソファーの上で組み敷きながら無様に腰を振る男。

 大量の酒瓶を周りに並べ、言葉にならない暴言を近くの女にぶつけている男。

 まるでゴロツキに占拠された酒場を思わせるこの場にはざっと見た感じで十数人の勇者と思わしき魔力を纏った人物が居る。

 もちろん、どれもこれも先に上げた男同様品性の欠片も無い奴らだ。

 俺の国だったらまず間違いなく事故を装って暗殺されるだろうな……なんてボンヤリと考えながら、この状況を俺の同伴者全員が見ている事実に驚愕し直ぐ様未成年者保護の為行動を起こす。


「テスカさん! 宰相ちゃんの情操教育に悪い、アイガードを!」

「分かりました! とりゃー」

「わっ。何も見えない、です」


 危なかった。

 宰相ちゃんの愛らしいお目目に汚物が入り込むなんて許しがたい事態だ。

 蝶よ花よと育てられていて実際虫さんとかを思わず潰してしまった時もその事に泣いてしまいそうな雰囲気がある宰相ちゃん。

 こんな恐ろしい光景を見たらきっとショックで泣き出してトラウマになってしまうだろう。

 阿吽の呼吸で宰相ちゃんの視界をその両手で覆い隠したテスカさんにサムズアップを送りながら俺は再度室内を見渡す。

 すると……部屋の隅、柱の近くに一人小さく座る少女らしき影を見つける。

 彼女がセイヤの言っていた女の子かな?

 確認するように隣のセイヤに目配せすると、彼も気づいたらしく小さく頷きを返す。


「うん? 誰だ、お前達は?」


 欲望の饗宴より最初に上がった第一声はそんな言葉だった。

 部屋の中央、他の誰よりも一番ふてぶてしく座っており一番誰よりも女を侍らせているその男は俺達を胡乱げに一瞥すると面倒くさそうに視線を送って来た。

 男の声に呼応する様に各々お楽しみに興じていた他の勇者達もこちらに注目しだす。

 視線を向けていないのは件の少女位だろう。

 気の弱い人物ならそれだけで萎縮してしまいそうな視線の嵐の中、俺はニッコリと微笑む。


「やぁやぁ、はじめまして。俺はフローレシアの勇者カタリ。そしてこちらが宰相ちゃんとテスカさん。後はオマケでターラー王国の勇者セイヤ。実はちょっと俺達と同じ日本人がいると聞いてね、少しお話できないかなーと思ってやって来たんだ」


 この陰鬱とした場の空気をかき消すように実に爽やかな挨拶をしてやる。

 後ろでは宰相ちゃんとテスカさんが続けて挨拶を告げている。

 そんな俺達に中央の男――おそらくこいつがリーダーだろうその人物は隠すことも無く舌打ちをすると、周りに侍る女性達を乱暴に押しのけると髪をガリガリと掻きつつやってくる。


 ……男の身長は190程あるだろうか? 近くに来たらよく分かるがとても大柄だ。

 わざわざこちらの真正面まで来ると威圧するかの様に見下ろしてくる。

 何故かセイヤに緊張が走るのが分かった。

 俺達はいたって普通だ。むしろ穏やか。


「聞いた事も無い国の勇者が二人もご苦労なこった……。おい、警備が居たはずだろ? どうしたんだ?」

「事情を説明したら通してくれた。皆さんとっても親切だったよ」


 お楽しみを邪魔されたのが気に入らなかったのか、その男は母国語であろう言葉で罵倒と思わしき言葉を小さく呟くと後ろへ振り返り乱暴に叫びあげる。


「ふんっ。おい、キョウコ! ご指名だぞ!」


「あっ……はい」


 柱の側にいた少女はその声でようやく気がついたとばかりに覇気のない表情を上げると夢遊病患者の様にフラフラとこちらへとやってくる。

 黒いポニーテールが特徴的なその少女は顔にそれとはっきりわかる痣をつけ暗い顔で所在なさ気にオドオドとしている。

 その粗暴な態度の割にはやけに素直にお願いを聞いてくれるリーダー。彼の評価を少々上方修正すると、そんな心の中を一切見せず努めて脳天気な表情で礼を伝える。


「ありがとう! そう言えば名前を聞いて無かったね。貴方の名前はなんだっけ?」

「ギーグだ。周りからはそう呼ばれている。1分だけ時間をやる。それが終わったらさっさと帰れ」


 ギーグと名乗ったリーダーに片手を上げて了承の意を伝えると、目の前で困惑気味にチラチラとこちらを窺う少女に笑顔を向ける。

 歳は同じ位、素朴な印象――悪く言えば地味な子だ。

 その表情は怯えと困惑、そして恐怖がありありと見えている。

 どの様な目にあったかは分からないが、少なくとも良い環境であったとは言えないだろう。相手を怯えさせないようにチラリと見た一瞬で判断するとニッコリと微笑む。

 背後でセイヤが何かを言いた気にしていたが、彼に会話に加わってもらった所でややこしい事にしかならないのであえてそれを無視する様にゆっくりと穏やかに少女へ語りかける。


「やぁやぁ、はじめまして。俺の名前は本堂啓。フローレシアって国の勇者なんだ。君は日本人で合っているよね?」

「あっ、はい。三月恭子と言います……その、日本人なんですよね。本堂さんは私に何の用でしょうか?」


 視線を合わせようとしないその様子に彼女が受けているであろう負担を考えると、作戦も何も考えていなかったので思ったことを声に出してみる。


「カタリ――でいいよ。いやぁ、実はなんだか君がこの国では良くされていないって噂を聞いてね、スカウトに来たんだよ」

「えっ? す、スカウト……ですか?」

「そう、スカウト。君さえ良ければうちの国に迎えようと思ってね。今なら三食昼寝付き、しかも小遣いもあるよ


 突然の提案に驚きの表情を見せる少女。

 俺もここに来るまでいろいろと良い解決案をひねり出そうと思ったのだがあんまりにも浮かばなかったので勧誘してみる事にした。

 もし成功したとしてもバレスティアと揉めそうな気がしないでもないがそこら辺はティアさんと宰相ちゃんに任せればなんとかなるだろう。

 場合によってはあの鬱陶しい大臣達に面倒事を押し付けてもいいかもしれない。

 そんな行き当たりばったりな事を思いながら、後ろで唖然とするセイヤに思わず吹き出しそうになる。

 もちろん、フローレシアの住民たる宰相ちゃんとテスカさんはこの様な事にも慣れているらしくのほほんとしている。

 驚くのは目の前の少女、セイヤ、そしてバレスティアの面々位だ。

 そしてこういう場合は勢いが大事。このまま押し切ってこの女の子――キョウコさんをお持ち帰りしようとおもったが……。


「おい、待て! その話は無しだ!」

「ひっ!」


 キョウコさんが小さく悲鳴を漏らす。

 大声と共にズカズカとやってきたのはギーグとは違って雑魚っぽい雰囲気のある男だ。

 どうやら俺達の会話に耳を立てていたらしく酒によるものかはたまた激昂か、顔を真赤にしながら乱暴な雰囲気で怒鳴り散らす。

 目の前の少女が身を強張らし、カタカタと震えだす。


「まだ一分経ってないよ?」

「そんなの知るか! 今経ったんだよ! 俺が決めた!」


 なんでもないと言うふうに尋ねる俺。もちろん頭の中ではすでに十数回はぶん殴っている。

 チラリと見たギーグは奥の席でふんぞり返りながらこちらをニヤニヤと眺めていた。

 ……なるほど、織り込み済みって事かな。


「ふーん。でもどちらにしろ彼女の意思が重要なんじゃない?」


 雑魚っぽい男の雑魚っぽい瞳をまっすぐに見つめ返して、答える。

 こういう時は目をそらしたら負けだって小さい頃お世話になった背中に仁王の刺青を入れた知り合いのおじさんが教えてくれた。

 だがどうやらその俺の態度が気に入らなかったらしい。

 雑魚っぽい男、雑魚男はその醜い顔を怒りで更に醜く歪めると一転してキョウコさんへと身体を向け――。


「そうだな、こいつの意思が重要だな!」

「っ!――きゃあ!」


 思い切りその頬を殴ったのだ。


 ガッと肉を打つ鈍い音がなり、キョウコさんが床に転がる。

 男は小物特有の汚らしい笑みを浮かべて満足気に鼻を鳴らすと、こちらを挑発する様につばを床に吐く。

 目の前の男はわからないだろうが、周囲の温度が一気に落ちた気がした。

 それは一緒に付いてきたテスカさんであり、宰相ちゃんだ。

 女の子は怒らせると怖い。特にフローレシアの女性は怒らせると文字通り死人がでる。

 もっとも、怒っているのは俺も同じであり、そして完全にお供と化していたセイヤも一緒だった。


「おい! 何をしてるんだ君!?」

「おっと。セイヤ、おすわり。国同士の問題になるぞ、会話で解決するんだ」

「けどっ!!」


 飛び出そうとするセイヤを片手で制する。

 奥でギーグが微かにチッと舌打ちをした。

 どうやら目の前の雑魚男の挑発も全てギーグの作戦のうちらしい。

 こちらから手を出させて問題にしようとはなかなか頭の回るやつだ。


「はっ! お行儀の良いこったなぁ!」


 自分達のボスの意向を受け取っているのか、雑魚男もさらに挑発してくる。

 ギリッと自らの不甲斐なさを恥てかセイヤが歯ぎしりをする。

 ギーグの取り巻きである勇者達が馬鹿にするような笑い声を上げる。


「人は分かり合える生き物だからね。俺は会話で解決する事をいつだって望んでいるんだ。それで、どうしてキョウコさんを殴った?」

「はぁ!? んなもん"教育"に決まってるだろうが!」


 目の前の雑魚男に諭すように尋ねる。

 だがその答えは要領を得ない。

 酒を飲んでいるから主張に知性が見えないと言うのもあるが、そもそもこいつらの目的は俺達を挑発して問題を起こさせる事だ。

 だから実の所理由なんて無いのかもしれない。


「いいか、脳みそが劣化している猿のお前達にもわかりやすく説明してやる。俺達は選ばれた人間なんだよ。お前達みたいな偶然で呼び出された様な未開人とは違うんだ。本来なら黄色い猿が同じ地位にいる事すら許せねぇんだが、俺達が特別に許可してやってんだよ。サンドバックとしてな!」


 ギャハハと笑うバレスティアの勇者達。

 倒れたキョウコさんは立ち上がる事もせずに小さく鳴き声を漏らす。

 静かにそのやりとりを眺める。


「おいおい、あんまり煽るなよ。ここで暴れられでもしたら大問題だぞ」

「へっへっへ、こいつらにそんな度胸ねぇよギーグ!」


 ギーグと雑魚男はこちらにそうと聴こえるように声を掛け合う。

 そう、俺がセイヤを止めた理由も実はそこにある。

 あくまで彼女――三月恭子はバレスティアの勇者だ。彼女の扱いに関してはこの国が責任をもって行うところである。

 つまり、この世界においてはいくら彼女が日本人であるからと言って俺達が何かを主張する事はできないのだ。

 彼女の権利を担保しているのはバレスティアであって日本じゃない。

 その事実が彼女に悲劇をもたらしている。

 逃れようの無い事実を噛み締めながら、俺は拳を強く握りこむ。

 その様子を見て気を良くしたのか、雑魚男は更に下品に笑うと見てわかるほど自分の絶対的優位がもたらす快感に浸る。


「なんだぁ? 文句あるのか? そもそも勇者の癖にあの位避けれないのが悪いんだ――おごぼっ!」


 盛大な音を立ててテーブルや椅子、酒瓶等を巻き込みながら雑魚っぽい男が部屋の奥へと転がっていく。

 振りぬいた拳を見つめながらウンウンと頷く。

 確かに国家間に起きる問題を考えればここは見て見ぬふりをするのが正しい選択だ。

 わかる。非常にわかる話だ。

 けどちょっとそんな気持ちになれなかったし良く考えたら我慢する理由も特になかったので、俺はとりあえずとばかりに目の前の男をぶん殴ってみたのだった。

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