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第六話

「なんだぁテメェ! こっちに来るんじゃねぇ!」


 広場が騒然となる。

 ティアの乱入によって事態はさらなる緊張を迎えていた。

 不届き者は突然の出来事に更に怒気を強め、今にも人質に危害を加える勢いだ。


「その子に罪はありません! 放しなさい!」

「うるせぇ!!」

「びぇえええん!!」


 ティアは勇敢にも不届き者に対して子供の開放を命じていてるが、相手は興奮するばかりで事態が変わる様子はない。

 俺は万が一、男が事に至った場合は直ぐに飛び出せる様にティアの隣に慌てて出ると、彼女の迂闊(うかつさ)さを注意する。


「ちょ、ちょっと! 何やってるんだよ! 危ないだろ!?」

「カタリ様。私はこの国の長です。この様な狼藉を見過ごす事は出来ません」

「だからって!」


 強い信念をもって語られるその言葉。

 彼女の決意に俺も(ほだ)されそうになるが、だからと言って見過ごせない。

 人には役割があるのだ。少なくとも、ティアが危険にある位なら俺が前に出るべきだろう。

 そっと、彼女を庇うように前に出る。

 きっとティアには何を言ってもダメだろう。なら俺は、いつ何があっても、彼女や人質の子供を守れる様にするだけだ。


「何をブツブツ言ってやがる! そうだ! オメェが人質になったらこのガキは開放してやるよ、へへへ」

「お前っ!!」


 おおよそ碌でもない事を考えているであろう事が、ありありと浮かび上がるその下品な表情。その言葉に思わず気持ちが沸騰する。

 不愉快だ。この国に来ていろいろ嫌な目にあったが、それとはまた別種の、吐き気を催す発言だった。


「貴方は……この国に何か不満があるのでしょうか? この国で生きていけないから盗みを働くのでしょうか? もしそうなら仰って下さい。私にはそれを聞き届ける義務があります」


 静かな声でティアが問う。

 彼女の言葉には悲哀があった。何故平和なこの国でその様な事するのか? 彼女の質問からは施政者(しせいしゃ)としての責務と己の矜持(きょうじ)から来る、国家元首としての崇高な意思さえ感じられた。

 少なくとも、俺にはそう感じ取れた。


「はぁ!? 何言ってるんだ? お前がそれを聞いて何になるってんだよ!?」


 だが、その言葉が男を動かすことは無い。

 仕方ない部分もあるだろう。彼はティアの事を一般の無力な少女であると思っているのだ。

 ならばこそ、彼女の言葉を価値の無い物であると判断する事もおかしくはない。


「なりますよ……」

「ちょ、ちょっとっ!!」


 しかし、俺が想像する以上にティアは自らの行いに誇りを持っていた。

 彼女は小さく男の言葉に答えると、自らの手を付け髭へと持って行き、慌てた俺が止める間もなく……。


「何故なら、私は――この国の姫だからです!!」


「「「ひ、姫様っ!?」」」


 引き取ったのだ。


「ひ、姫様がいらしていたなんて!」

「なんという巧みなご変装だ! まったく気づかなかったぞ!」

「と言うかあの隣にいる地味な男は誰かしら?」


「もう、こいつら嫌だ……」


 緊張した雰囲気が一気に変わる。

 ……疲れた。

 俺は本当に疲れたのだ。何に疲れたのかと具体的に言うならば、このアホさ溢れる国民とお姫様にである。

 もちろん、呆れながらも未だ人質に取られる子供からは目を離さない。

 世直し時代劇よろしく、隙を見せたり平服したりするかと思ったがそうはならなかった。

 ……コイツだけなんだか違和感がある。何故コイツは普通なのだろうか?

 アホさ加減が限界を突破しているこの国の国民なら、必ず何らかの反応を起こすと思ったのだが、男は僅かばかりの動揺を見せただけでその態度はまるで変わらない。

 小さな疑問が湧いてくるが、今はその事を考える時ではない。俺は男の動向を注意深く観察する。


「はっ、ははは! なら話は早ぇ! お前が人質になってみろよ! そしたらこのガキは開放してやるよ! そしてお前を売っぱらって俺は大金持ちだ!」


 ゲラゲラと、下品に大口を開けながら笑う男を様子を見てふと思った。

 常々思うのだが、人と言うのは善意の存在ではないのだ。

 いくら熱意をかけ、善行を説き、与え施してもそれを踏みにじる者は出てくる。

 捻くれた考え方だとは思うが、目の前の男はその考えを補強してくれるには十分であった。


「やはり、あなた方はこの国に必要の無い方なのですね」


 静かにティアが答える。

 その言葉には先程の悲哀も、無力感も、何も無かった。

 ただ、ぞっとするほど事務的な響きだけがそこにあった。

 そして……。


「仕方ありません! 勇者様! やって下さい!!」


「えっ!?」

「えっ!?」


 突然の振りにビックリする。

 ……てっきりティアが何か秘策を出してこの不届き者を成敗すると思っていた。

 そう、魔法とか隠れている護衛しているお付の人とか。

 俺は思わずティアを見る。

 彼女は驚きつつも何やら眉を(ひそ)め「あれ?」とか言いながら首を傾げていた。


「……えっと。どうぞ?」

「いや……え? 俺?」

「はい。勇者様ですよ?」


 ……なぜ俺に頼む。

 俺はさも当然の様に俺に事態の解決を求めるティアに苦々しい気持ちになる。

 流石にちょっと厳しいぞ。

 ってか事と場合によっては俺が飛び出して子供を助ける事も考えていたが、そうやってネタ振りされては警戒を招いてしまって手に負えないじゃないか。


「あれが我が国の勇者様……」

「なんて地味なお顔なんだ……」

「オーラがまったくありませんわ」

「属性もなんだか土っぽい感じだな」


 国民は早速俺と土属性をディスっている。

 コイツラもあてにならない。心配だった人質の子供も俺を嫌そうに見ながら「だせー」と呟いている。

 ……本当、どうしようも無いなコイツラ。


「ささっ! どうぞーー!」


 まるで新人芸人を紹介する番組司会者の様に。ティアが大げさな態度で俺にエールを送る。


「イヤイヤイヤ! 無理だし! しかも相手めっちゃ警戒してるじゃん!」

「またまたぁー! そんな事言っちゃって! お茶目なカタリ様ですね!」


 不届き者は既に準備完了だ。

 こちらに刃物を突きつけながら半ば恐慌状態で威嚇してきている。


「冗談じゃねぇよ! 俺言ったよね! 日本は平和な国だって! 戦争とか争いとか、そういう事とは無縁だって!」

「……と言いつつもぉー!?」

「できねぇって言ってるだろ! なんだよその飲み会の大学生的なノリは!?」

「えー! だってー! 勇者様ならその位してくれると思ったのにーー!」

「そもそもティアが俺を離してくれなかったから戦闘とかそういうの学ぶ機会が無かったんでしょうが!」

「一緒にいたかったんです!!」


 物事には時と場合と言うものがある。

 この場でこのノリはどうかと思う。だが、相変わらず国民と人質は俺をディスってるしティアは期待に目を輝かせている。


「おいてめぇら! 何をやってる! ガキがどうなってもいいのか!?」


 そんな、場違いにふざけた雰囲気を切り裂いたのは男の声だ。

 彼は遂に刃物を子供の首筋にあてがいだす。

 緊張で手元が狂っているのか、子供の肌からはうっすらと一筋の血が出ておりあまり良くない状態である事が分かる。


「くそっ! このままじゃ流石に子供が心配だ!」

「仕方ありませんね……」


 そっと呟くティア。

 彼女も流石に子供の身に危険が迫っている事を理解したのだろう。

 そして彼女は息を大きく吸い込み、あらんばかりの大声で。


「この悪党を捕まえた者には報奨金を出します!」


◇   ◇   ◇


「離せ! くそがっ! 離せー!」


 不届き者は一瞬で捕まった。

 子供も無事だ、一瞬で助けだされた。

 そう、全ては一瞬だったのだ。

 ティアの言葉を聞くや否や、隼のごときスピードで飛び出した市民によってあっという間に拘束された男は、雁字搦(がんじがら)めに縛られながら情けない声を上げている。


「…………」

「流石我が国の民です!」

「なんで最初から捕まえないんだよ……」


 呆れながら呟く。

 見事な手際だった。完全に俺が出る必要性はなかった。

 むしろ、場合によっては飛び出そうとしていた俺の決意をあざ笑うかの様に見事な拘束術だった。


「……? 捕まえましたが?」

「そういう意味じゃ……いや、もういい」

「変なカタリ様!」


 不思議そうに首を傾げるティアに適当に返事をする。

 なんだか疲れた。

 帰ろう、帰えって何もかも忘れよう。

 俺はそう心に秘めながら、改めて拘束され転がる男に注目する。

 既に見物客達から落書きされたり、鼻に唐辛子をつめ込まれたりして悲惨な事になっているが、ふと気になる事がありティアに尋ねる。


「それより、この捕まえた犯人はどうするの?」


 この国の刑罰はどうなっているのだろうか?

 法律は流石にあると思うが、裁判等はどういう流れで行われるのか?

 文化が違うため日本とは違うものであろう事は確かなのでそこが気になった。


「とりあえず衛兵に引き渡して刑罰を与えます。ですが窃盗、誘拐、王族への反逆……恐らく刑罰は最も重い物となるでしょう」


 ティアは冷淡に答える。そこに一切の感情は無い。

 そっか、やっぱりそうだよな。これだけの事をしたのだ。特に王族への反逆が不味い。

 この様な世界では王族の反逆は致命的な重罪である、それが許される道理は何処にも無いのだ。

 つまり、それが意味する所は……。


「それって死――」

「はい、ホモ尽くしの刑です……」


「…………は?」


 チラリと見たティアの顔は真剣そのものだった。

 ……落ち着け俺。彼女の言葉をよく思いだせ。きっと聞き間違いの筈だ。

 そうに違いない。


「正確には『屈強なガテン系ホモ兄貴に延々攻め続けられる刑』ですね」


 聞き間違いでは無かった。

 ……どう言えばいいのだろうか? なんとも言えない気持ちになる。

 忘れていたが、この国はアホなのだ。法がまとものである保証は何処にも無いのだ。

 それを、忘れていた。


「……突っ込む気にもならない」


 呆れて呟く俺。

 その言葉に、何故かティアさんが光速で反応し――。


「……!? ホモは突っ込みますよ!!」

「そういう下品なネタを嬉しそうに言うのはやめなさい!!」


 ティアさん下ネタに興味津々の巻。

 彼女の突っ込みに勢い良く突っ込み返す。……もちろん、そっちの意味ではない。

 俺は年頃の女の子にも関わらず下品な事をとても嬉しそうに大声で言い放つティアの将来に心配しながら、件の謎刑罰について問う。


「……んで? 本当は聞きたくないけど、ちょっとだけ気になるから聞くけど。どういう経緯でその刑罰が決まったわけ?」


 まぁどうせ大した理由も無いんだろうな。

 そう思いながら彼女の返事を待つが、何故か我らがティアさんは俺の言葉に顔を輝かせると周りに透き通るとても大きな声で……。


「あーっ! カタリ様! そういう小さな好奇心からホモへの道が開かれるんですよーっ!!」

「やめなさい! 俺はノンケです!!」


 嬉しそうに「ホモです! ホモです!」と騒ぎ立てるティアに小さくチョップを放つ。

 あああ、面倒な事になった。この場にはアホな国民がいるのだ。

 このネタに食いつかない筈がない。

 俺はもうどうにでもなれと半ば諦めながら騒がしくなる野次馬達の言葉に耳を傾ける。


「……勇者様はホモだったのか?」

「どうりでナヨナヨしてると思ったわ」

「確かに男好きしそうな身体してるな」

「よく見りゃ完全にホモじゃねぇか!」


 ホモ疑惑からホモ確定。

 酷いにも程がある。俺が何をしたと言うのだろうか?

 悲しみが胸中を支配するがどうにもならない。コイツラはどうにもならない、アホはいくら言って聞かせてもアホなのだ。それよりも、取り敢えずティアだ……。

 チョップが不満だったのか、プクーっと膨れるティアに説明を求める。

 これでは理由を聞けずに俺がホモ認定されただけだ、悲劇以外の何物でもない。


「むーっ! 実はですね、我が国では死刑は人道的な観点から忌避(きひ)されているのです。ですからその代わりに、死にも等しい刑罰としてホモ尽くしの刑が生まれたのです!」

「まぁ確かに死ぬのも嫌だけどホモ尽くしも同じくらい嫌だしね……」


 へぇ……。

 この国には失礼な言い方だが。少し感心した。

 中世に似た街並みから人道的考えというのはあまり育っていないのかと思ったがそうでは無いらしい。

 俺は意外な事実に驚くと同時に、やはり異世界であると言っても自分のイメージ通りではないと知り、少なからず自分の中にこの世界を見下す気持ちがあった事を反省する。

 上も下も無い。ただそれぞれの考え方があって、それぞれの信念があるだけなのだ。

 だから、理解できなくても、この国の法律を尊重しよう……。


「はい。でも残念な事がありまして、近年刑罰を受けたいが為にわざと犯罪を犯すホモが増加傾向にあって、我々も対応に苦慮(くりょ)しているのです」

「やめちまえそんな刑罰」


 この国の法律はゴミだ。

 徹底して未成熟で、徹底して愚かだ。ノリと勢いで運営されている現在の状況からそれが明らかだ。この国は法律に至るまでアホなのだ。


「また執行者であるホモの方たちも、好きでもない人を掘らないといけないので、ストレスによる離職率が高く、こちらも問題になっております」

「知らねぇよ。ってか女の人の場合はどうするの?」


 なんでホモにこだわるんだろうか? 多分特に理由はない。刑罰を受ける者が嫌がる顔を見たいとかそう言う理由だろう。

 ってか女の人の場合だ。その場合はどうなるのだろうか?

 もし万が一、ホモ尽くし同様女性の尊厳を奪うような刑罰であったら流石に幻滅せざるを得ない。

 男だったら掘られてもいいのか? と言う疑問が湧いてくるが、だからと言って女性にその様な罰はを与えてしまうのは、犯罪者とは言え流石に酷だ。


「女の人は死刑ですよ?」


 杞憂だった。女性の人権に配慮した素晴らしい法律だ。

 問題は、死刑を忌避(きひ)すると言いながら平然と死刑にするそのダブルスタンダートっぷりと、男性の人権とホモの人権に一切配慮が為されていないと言う事だ。

 だがまぁ、これがこの国なのだ。

 いちいち考えているだけ無駄だ。俺はそう判断するとため息混じりに結論を告げる。


「もう俺は何も言わないぞ、突っ込むのは疲れた」


「……っ!? ホモでもないのに!?」

「やめろって言ってるでしょうが!!」


 笑顔のティアさんに再度チョップ。

 もちろん、王宮に帰ったら大臣達にさんざんホモ扱いされ煽られた。

 ……かつて無い程に、理不尽過ぎる外出だった。

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