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第四十一話

 バレスティア黄金帝国。


 比較的歴史の浅いこの国の建国は一人の力ある皇帝によってなされた。

 もともと群雄する様々な国家の一つでしかなかったこの国家。それは皇帝レイナール3世が即位すると同時に急激に成長する。

 どの様な手法を持ってすればその様な事が可能だろうか? わずか数年で周辺の国家を軒並み取り込み大国の一つとなったその国は、正に今が栄華を誇る時とばかりにその力を見せつけ数々の国から恐れと警戒を向けられている。

 黄金に勝るとも劣らない威光を持って周辺国に覇を唱える国家。

 故に黄金帝国。

 その言葉が何ら誇張では無いことはこの国――特にその中心都市であるアストルムに入った瞬間からハッキリと分かる。


 立ち並ぶ建物はフローレシアで見たどれよりも高くまるでビルディングの様であり、また道行く人々も他の国で見られるような中世然として装いではなく動きやすさと品を兼ね備えたスーツや現代的な雰囲気を感じさせるドレスを着ている。

 まるで計算されたかの様に完璧に舗装された道路は歪み一つなく、馬車など時代遅ればかりと言わんばかりに微かな魔力光を排出しながらゆったりと動く自動車らしき物が道を行き交っている。

 一言で表すならば1900年代初頭のアメリカニューヨークと言ったところか?

 何もかもが洗練されており、他の追随を許さない。


 俺達は今、バレスティア黄金帝国の呼びかけに応じて『魔王活性化に関して各国代表の緊急招集について』とやらに出席する為この国を訪れている。

 各大臣達や雑務を行う文官達は少し早めに向かっており、現在は代表者として会議に出席する俺達が後を追う形で入国したのだ。

 ちなみに今回の出席者は俺、宰相ちゃん、そしてなぜかおまけのテスカさん。

 後は王連八将や大臣達の何人かもすでに現地入りしているみたいだが、これで全員である。


 そう、今回はティアは一緒じゃないのだ。

 国家の代表が中立とは言え無闇に他国、特に覇権主義の国家に行くのは憚られたのだろうか? と当初は思ったものの、その理由はもっと別の所にあった。

 彼女は俺から相棒との通信機器となるブローチを半ば強引に取り上げると、凄く良い――ある意味であくどい笑みを浮かべながら何やらすることがあると王宮の地下深くに潜ったのだ。

 ちなみにその場にはじぃやも一緒。

 つまり現在フローレシアではティアさん、じぃや、そして相棒が絶賛悪巧みを行っている真っ最中なのだ。

 不安でならない。

 ブローチはあくまで相棒の言葉を伝える媒介なので別に相棒が何かひどい目にあうと言うわけでもないしそもそも彼女達を信じている。それに連絡や相談に関しても相棒自体は俺の心の中にいるので問題ないが、自由とわがままが服を着て歩いている様な彼女達がどの様な事をあの王宮の薄暗い地下で行っているのか心配でならない。

 恐らく"運命"と来るべき未来に関する対策ではあると思うが、何か俺の想像を超えた突拍子もつかない事態が進行している様な気がして嫌な予感がする。


 もっとも、そんな心配事をしていても何かが解決するわけでもない。

 首を小さく左右に振り、己の心にこびりついた嫌な予感を消し去ると窓から見える外の風景――天をつかんばかりに立ちならぶビルディングに目をやる。


 現在の位置は首都アストルムのメインストリート。

 皇帝が住まう邸宅や古くから合った宮殿とは別に議会と呼ばれる普段政治関係を行う場所があるらしく、三輪の魔導バイクにまたがった儀杖兵達に先導され一般人が見守る中交通規制された道を進んでいるのだ。


 フローレシア産のやる気のないことで知られる駄馬のアレックス君に引かれたフローレシア王族専用の馬車は周りの市民から向けられる奇異と微かな蔑みの目を一切無視しながらゆっくりと歩みを進めている。

 以前も利用した事のある見覚えのある馬車の中、膝の上には当然の様に宰相ちゃんが座っている。

 対面する席で嬉しそうに外の景色を眺めるテスカさんをボンヤリと視界の端に置きながら、同じく何気なく窓の外を眺める。

 ふいにボトリと何やら湿り気のある物体が地面に落ちた音と同時に、微かに匂いが漂ってくる。眉を顰めながら誰に向けるでもなく、呆れを含んだ声で呟く。


「おい。アレックス君がまたうんちをしたぞ」

「いけない子、です」

「帝都に入って通算十三度目ですね、勇者さん」


 外ではザワザワと人々が話し合い、時折カメラと思わしきフラッシュまでたかれている。

 駄馬である事に定評のあるアレックス君はその鋼に毛がわっさりと生えている心臓の効果を遺憾なくはっきして、普通の馬であれば恐慌し暴れてしまう様なこの場所でも平然としている。それどころかおみやげとばかりに何度も何度も糞をする始末だ。

 いいぞアレックス君。もっとやってやれ。


「それにしてもこの国の人達はちょっと鼻につくと言うか、嫌な感じがするね」


 馬車を眺める市民からは侮蔑の視線が感じられる。

 こちらが小国だと舐めているのだろうか? それともその技術差からまだそんな古めかしい事をしているのかと呆れているのだろうか?

 どちらにしろあまりいい印象を持たれている感じはしない。向こうから呼んでおいて失礼な奴らだ。


「バレスティア黄金帝国の技術と文明レベルは周辺国家のそれを大きく超えて、ます。だから一般の市民には宰相ちゃん達が酷く時代遅れに見える、です」

「ふーん。でもうちの国もそこらで走ってる自動車と同じ物位作れるでしょ? 技術的には大差ないんじゃない?」

「フローレシアの方が技術的には高い、です。少なくとも一般の市民の教養に関してはバレスティアと言えども敵うものではないです。ただフローレシアの人は基本的に物質的な物に価値を見出さず、個々の能力や技術を極限まで上げる事に重きを置く傾向があるのです。だから技術的に可能であってもそれが行き渡る事は非常に遅いのです」

「うーん。つまり?」

「本質的に脳筋、です」

「OK、把握」


 つまり車で走る位なら鍛えて自分の足で走るって事か……。なるほど馬鹿だ。

 非常に全時代的な考え方の様な気もするが、ここは剣と魔法の世界だ。人の能力に関して言えばその限界は天井知らず。

 だからこその様な方法もあながち間違っていないとも言える。

 鍛えれば生身で弾丸を弾けるような反射神経や防御力を手に入れる事ができるこの世界だ。

 技術による優位性、それも科学技術による優位性を過信するのは危険だろう。

 先進国だからと言ってふんぞり返る事が正しい事でもないと言うわけだな。

 そんな少々難しい話を宰相ちゃんとしていた時だ。

 何やらソワソワした表情のテスカさんがおずおずと手を上げて切り出す。


「えとえと、そういう難しい話じゃなくてアレックス君がうんちを沢山するから皆さん怒っているのじゃないでしょうか?」


「「…………」」


 たしかに耳を澄ませば「臭い!」だの、「汚い!」だのと言った声が聴こえる。

 なるほど、確かに馬の糞がこうも垂れ流しになっていたら彼らも良くは思わないだろう。

 けど、そういった物を含めておおらかに笑い飛ばす度量が先進国の市民には必要だと思うのだ。


「アレックス君は悪くないよ。俺達の怒りと悲しみを代弁してくれているだけだ」

「です」


 故にアレックス君無罪。

 アレックス君はただ職務に熱心なだけだ。そして自らの欲求に忠実なだけだ。

 生理現象を汚いだの臭いだの言われては彼もいたたまれない。

 よって俺と宰相ちゃんは言葉を交わさずに自らの駄馬が品悪く糞を撒き散らす所業を無視するのであった。



 ぽかりぽかり……。

 ぽかりぽかり……ボトリ……ぽかり。


 静かに時間は過ぎる。

 駄馬がゆったりと歩む音をBGMに聞きながら、途切れた会話の続きを無理やり探すように視線を室内に戻す。

 先程まで一際高いビルの天辺を窓から身を乗り出し眺めていたテスカさんがよいしょと室内へ身体を戻しこちらへ視線を向けコテンと首を傾げる。

 そう言えば、ごく当然の様にテスカさんも一緒にいるけど魔王がのこのこ外に出かけていいのだろうか?

 ちなみに俺の第一秘書が宰相ちゃんで第二秘書がテスカさんだ。

 第二秘書ともなると恐ろしい程のその存在意義は薄れ、ぶっちゃけ俺の話友達としての役割しか無いほどだ。

 彼女は正直無職やニートと言って差し支えない状況なのでこの場に来るのは問題ないが、よくよく考えればバレれば大事だ。

 普通に仲の良い友人感覚で話していたが、自分達がとんでもない地雷を抱えている状況である事を思い出し、少々焦りを感じてしまう。

 そう言えば、ティアからは今回の会議の方針について何も説明を受けていない事に気がついた。


「ね、ねぇ。そういえば今回の会議って実際何をするかよくわからないけど、具体的にどう話を進めるとかそういう細かい話は詰めてあるの?」


 もしやバーリトゥードで今回の会議に臨んでいるではないだろうなと一抹の不安を感じながら恐る恐る宰相ちゃんに尋ねる。

 その問いに俺の膝の上で船を漕いでいた宰相ちゃんは目をこすりながらうにーっと俺の方へと顔を向け、にこりと柔らかく微笑む。


「大丈夫です。宰相ちゃんが全権委任大使、です」

「へぇ、つまり宰相ちゃんが今回は一番偉いって事だね」


 ほっと安堵する。

 以前のターラー王国との会議の時と同じく今回も宰相ちゃんがメインで会議を進めるらしい。

 どの様な議題が発表されるか分からないが、宰相ちゃんなら多少難癖を付けられた所で上手く切り抜けてくれるだろう。

 宰相ちゃんはとっても良い子だ。そして空気の読める子だ。

 ノリと勢いで全てが決まるフローレシア王国の中で唯一の良心でありエンジェルだ。

 そんな宰相ちゃんならきっと上手くやってくれるだろう。

 俺は彼女に全力の信頼を寄せた笑みを向ける。

 こちらに向けた顔を少しだけ近くに寄せ、はにかむような照れたような笑みを見せると向きを変えぎゅっと俺に抱きつきながら嬉しそうに答える。


「はいです。その気になれば宣戦布告も、できます」

「うん、そういうのはしなくていいからね。やめようね」


 間髪容れず答えた。戦争はダメだ。


「姫様からは戦争してもいいって言われて、ます」

「えとえと、話し合いとかで解決したほうがいいと思いますよ?」

「殴って、そして話し合い、です」

「そういうのは話し合いって言いませんよ宰相ちゃん」

「でも姫様はバーリトゥードって言ってました」

「後でティアさんにはお説教です」

「そうですよぅ。ルール無き戦いは憎しみの連鎖ですよぅ」


 テスカさんと一緒にこの小さな暴君を制す。

 宰相ちゃんはダメだった。イケイケだった。

 ちょっと戦争は控えて欲しいんですけど……ぶっちゃけうち小国なんでそんな大国と殺るほどの体力無いと思うんですけど……。


 そうこうしている内にガタリと馬車が止まり、先導していた儀杖兵の一人がこちらへと駆け寄ってくる。

 どうやら会議が行われる会場に付いた様だ。

 嫌な予感しかしない。

 俺はギューッと抱きついたままイヤイヤと席から立つことを拒否しダダをこねる宰相ちゃんをひっぺがしながら、暗澹たる思いで馬車より出て目の前にそびえ立つ巨大な建物を眺めるのであった。


◇   ◇   ◇


 帝国議会院ビル45階。特別来賓フロア。


 チンと軽い音がなり目の前の扉が静かに開く。

 案内役の女性が深々とお辞儀をし、先の退出を促す様子に片手で礼を言いながらエレベーターボックスより出て案内されるまま先を歩く。


 会議場となるビルはこの国の技術と文化の粋を集めたと言わんばかりに見事な物だった。

 周りを見渡してもこれ以上高い建物は存在しないと思われるほどの高さが有り、それでいてビルの随所には美しい彫刻が施されておりこのビルが単純に機能だけを追求したものでない事が容易に伺える。

 入り口はこの世界では珍しい無色透明の巨大なガラスで仕切られており、その中は全面美しい輝きを見せる落ち着いた赤のじゅうたんが敷き詰められている。

 まるでどこかのホテルにでもやってきた様な気分だ。

 当然それは1階のホールだけに留まらず、魔力を利用して動いているであろうエレベータから降りた先も寸分たがわぬ装いを保っている。

 一体どれほどの金と技術をつぎ込めばこれだけの物を作れるのだろうか。

 この剣と魔法のファンタジー世界にはそぐわない洗練された建物に俺達は思わずお上りさんの様にキョロキョロと辺りを見回してしまう。


 やがて辿り着いたのは豪華な装飾が施された大きめの扉。

 横には大きく『フローレシア王国関係者様控室』と書かれた看板が立てられている。

 案内人によればこのフロアにはいくつかの国の控室が同様にあるらしいく、関係者の控室と貴賓用の二つが用意されているとの事だ。

 よくよく見れば隣には同様にやや小さめの扉と『貴賓用控室』と記載されている。

 なるほど、ここで会議が始まるまで時間を潰すわけか……。

 関係者控室の中ではすでに大臣達や王宮の文官が会議について話し合いを行っているはずだ。

 さてさて、あいつらちゃんと仕事をしているだろうか?

 案内人の女性に礼を言い、控室の両脇で面倒くさそうに警備を行うフローレシアの兵士達に「給料減らずぞ」と脅し文句を投げかけてからぶっきらぼうに扉を開く。


「おい、お前ら仕事は?」


 机と椅子が置かれただだっ広い会議室の様なその場所で仕事もせずにカードゲームに興じている大臣と文官達にまず最初に俺が投げつけた言葉はそれだった。

 だがしかし、奴らはこちらを一瞥しただけでごく平然とカードゲームに戻る。

 ダメだ……完全になめられているぞ。


「えへへ、こんにちは皆さん。ただいま到着しましたー」

「勇者様の話、聞くです」


 麗らかな春の午後の様な穏やかな挨拶の後に、不機嫌がありありと込められた憎悪にも似た叱責が飛ぶ。

 宰相ちゃんはドスの聞いた声で小さく吐き捨てると、大臣達がビクリと反応する様子を確認しながら手近にあった誰も座ってない椅子をドカリと蹴りあげる。


「おお、おお! これは、これは勇者殿! それに宰相ちゃん殿とテスカ殿も! いやはや、資料を纏める事に集中するあまり気が付きませんでしたぞ!」


 わざとらしい、それはそれはわざとらしい態度で揉み手をしながら腰を低くしてやって来るのは禿げ上がった頭が特徴的な大臣だった。

 以前ターラー王国へと出かけた際にいろいろ世話になったフィレモア伯爵である。

 彼は外務関係の引き受けているらしく、今回も同じように会議に参加するメンバーとして抜擢されていたらしい。

 以前の訪問の時に起こったあれやこれやを思いだしながら、先ほどの怠慢をごく自然に流そうとするフィレモア伯爵を半目で睨む。

 もちろん彼の責任を問うような事はしない。意味は無いしそもそも問うた所で誰も反省しないからだ。


「お前らのそれのどこが資料なんだよ。まぁいいや、伯爵も今回の会議に同行してたんだな」

「おい、ダサ坊。お主せめて参加者する主要大臣位は覚えておけよ。何しに来たんだよ」

「俺が聞きたい位だわ」


 憎き敵である大臣のフィレモア伯爵に珍しく俺が挨拶したというのに、件の人物は俺が会議参加メンバーの詳細を把握していなかった事が不満だったらしく途端に不機嫌を露わにすると小言を言い放つ。

 だがそれよりもまず聞かなければいけない事があった。


「ってか宰相ちゃんは仕事あるとしてマジで俺は何をすればいいんだ?」


 実際の所、その通りだ。

 そもそも俺が会議に出席してくれと言われたのは唐突なことであった。

 具体的に何をするのか聞いてもティアは不敵な笑みを浮かべるだけで一向に答えてくれない。

 こういった場合は何かを企んでいるか、何も考えていないかのどちらかだ。

 非常に判断に困る。

 そんな俺の質問にフィレモア伯爵はふぅむと何やら思案する様子を見せると、いまだ入り口に棒立ちする俺達に席を勧めながら適当な様子で答える。


「まぁ、他所の国も勇者を連れてきているだろうしうちが連れて行かない訳にはいかないからのう。お主は適当にそのアホ面でも晒しておけばよかろうて」

「ふーん。でもなんでテスカさんまで一緒に来たの? 流石にまずいんじゃない?」


 チラリと横目で見たテスカさんは楽しそうに宰相ちゃんと一緒にテーブルの上に用意されたお菓子の包みを開けている最中だった。

 どこからどう見ても魔王ではない。要人の娘さんと言った方がしっくりくる。

 恐らく彼女がその見た目で魔王であるとバレる事は100%ありえないだろうが、万が一という事もある。

 俺は少々迂闊な判断をするフローレシアに疑念を抱きながら、フィレモア伯爵にその真意を問う。


「はぁ!? お主相手が魔王だからってそうやってあからさまにハブったりするのか!? ないわー! フローレシアの勇者ないわー!」


 しかしフィレモア伯爵は大げさに手を広げるとニヤニヤと憎らしい笑みを浮かべながら尊大に言い放つ。完全にバカにされている。

 ……殴りたい。とっても殴りたい。

 目の前のテーブルをドカリと叩き威圧した俺は相手の喧嘩を全力で買うべく立ち上がり叫ぶ。


「うっせぇよ! 魔王って単語を大声で叫ぶんじゃねぇよ!」

「あっ! ごめんなさい、お話聞いていませんでした! 私が魔王です!!」

「話がややこしくなるからテスカさんはちょっと大人しくしていてくれるかな? いい子だからね?」

「……? はい。いい子にしていますね」

「一緒にお菓子食べる、です」


 先ほどまでポロポロとお菓子のクズをその美しい黒色のドレスにこぼしながらゴキゲンで舌鼓を打っていたテスカさんが魔王の単語に反応して嬉しそうに会話に割って入る。

 これ以上場が混沌としてしまう事を恐れた俺は、阿吽の呼吸で面倒臭い魔王様を宰相ちゃんに押し付けるとトーンを落としてフィレモア伯爵に再度問う。


「んで、どういう意図で連れてきたの? 適当な事いいつつ本当はあるんでしょ?」

「ふむぅ……。実はわしも詳しくは知らんのじゃ。けどまぁ、今回集めた者は武闘派ばかりだから最悪の想定もしておるんじゃないか?」

「そういう事なら最初からそう言えよ……」

「全ては姫様の御心のままに……だからのう。お主もとりあえずは戦いが起きる可能性も入れて行動した方がよいぞ?」

「なるほどなぁ……。半分観光目的で来たのに面倒な事だ」

「選民思想にどっぷり浸かった猿共の国で過ごした所で、不愉快な思いしかせんと思うがな」


 呆れ気味に呟いた俺の言葉にフィレモア伯爵は残忍な笑みを浮かべてそう毒づく。

 ありったけの刺を含んだ言葉に同意し、思わずニヤリと品の無い笑みが浮かべそうなる。

 顔が歪むのをこらえていると、ギシリと格調高い椅子にもたれ掛かった伯爵は何かを思いついた様に付け加える。


「では、宰相ちゃん殿も来たことだし我々は会議の詳細を詰めるからお主とテスカ殿はそこら辺を散歩でもしてくるとよいぞ」

「体の良い厄介払いって事か? 確かに暇だからちょっとぶらぶらしてくるかな。テスカさん、探検しに行こうっか」

「はい! 楽しみです! 何があるんでしょか? 秘密の調教部屋とかあるかな……?」

「そうだねー、あるといいねー」


 席を立ち上がりながら相変わらずイケナイ妄想を加速させるテスカさんに適当な返事を返しながら出口へと歩みゆく。

 背後から飛んでくる「面倒事を起こすなよー」とのフィレモア伯爵からの忠告に片手を上げて応えながら扉を開け、軽く振り向き控室に残るフローレシアの面々に挨拶を向ける。


「じゃあ行ってくるわー」

「行ってきますね」

「行ってくる、です」


「「「えっ!?」」」


 パタリ……、と重厚にもかかわらず静かにしまる扉。

 先ほどの喧騒が嘘かの様に廊下は静寂に包まれている。

 チラリと左手を見る。ワクワクしながら廊下の奥を眺めていたテスカさんがこちらへ向き直りニコリと春を思わせる笑みを返してくれる。

 チラリと右手を見る。当然の様に俺と手を繋いでる宰相ちゃんがはにかみながら廊下の先を指さしてクイクイと促してくる。


 しばし逡巡した俺ではあったが、困るのは俺ではなく大臣達なのでありとあらゆる疑問を捨てて爽やかに切り出す。


「よっし! いくかー!」


 さぁ、探検の始まりだ。どんな物が俺達を待ち受けているのだろうか!

 掛け声に元気に返される声二つ。

 いつの間にかテスカさんにまで繋がれてしまった左手と宰相ちゃんに繋がれた右手を元気よくぶんぶん振りながら……俺達は目の前に備え付けられたエレベータに乗り込み、宛もなくボタンを押すのだった。


………

……


 他国の警備兵士に誰何されること四回。

 ビルの職員に止められる事十数回。

 俺達はあてもなくビルを彷徨い、行く先々で面倒事を起こしていた。

 もちろん、自分達がフローレシアの要人である事を傘に着た横暴な行為である。

 どこの国の人達も揉め事になるのを嫌っているのか非常に及び腰で控えめな対応をしてくるのをいい事に勝手に入ってはいけない区画等を探検したりしていたのだ。

 そうして半ば俺達専用の監視係となり、いく先々について回るバレスティア側の職員のお姉さんが胃を抑え出した頃だった……。

 名前を忘れてしまったが、どこかの国の来賓室にお邪魔し半ば強引に向こうの代表者達と雑談をした帰り道、ふと廊下の端に見知った顔を見かける。


「あれ!? セイヤじゃないか!!」

「ん? ああ! カタリ君! 久し振りだね!」


 それはターラー王国で出会った勇者、セイヤだった。

 廊下の端、何やら思いつめた顔をしながら憂いげに何か考え事をしていた様子の彼は顔を上げて一瞬考えた素振りを見せると、人好きのする笑顔で爽やかに挨拶を返してくれる。


「お久しぶり、です」

「シェルテル卿もご無沙汰しております」


 ゆっくりと歩く俺達とは対照的に小走りでこちらに駆け寄ってきた彼は、まず宰相ちゃんに視線を向けて丁寧な挨拶を交わす。

 その後やや困惑――知らない人である事を確認する様な素振りを見せると、控えめにテスカさんへと視線を向け、俺に向き直る。


「っと……そちらの方は?」

「あ、はい。私テスカ=トリポカといいます。えっと、魔王なんです! よろしくお願いします!」

「ああ! これは失礼しました。聖夜・鳳凰堂と申します。ターラー王国の勇者をしております……えっと、その、魔王?」


 ペコリと勢い良く45度の綺麗なお辞儀を見せたテスカさんは、顔を上げてぺかーっと満足気な笑みを見せる。

 どうやら魔王である事を言いたかったらしい。

 そう言えば、行く先々でも魔王であると必死に挨拶していた記憶がある。もっとも、誰一人として信じていなかったが。


「テスカさんはちょっとあれな子なんだよ。気にしないでくれ」

「もちろん、夜も魔王です!」


 困惑した様子でオロオロするセイヤに静かに答える。

 テスカさんは"夜も魔王"と言う単語を非常に気に入っているらしく、それだけ言うとむふーっと満足気に胸を張る。よかったね。


「ああ、なるほど。なんとなくわかったよ……」


 そんな彼女の奇行にセイヤは小さくはーっと溜息をつくと、まるでフローレシアだから仕方ないよねと言わんばかりにウンウン頷き一人納得する。


「んで、こんな所で何をしているんだ? いつものエミリー嬢はいないの?」

「ああ、エミリーは控室だよ。このフロアにターラー王国の控室があるんだけど、カタリ君達はわざわざ会いに来てくれたんじゃないの?」

「えっ!? もちろんそうだよ。なぁ、宰相ちゃん?」

「当然、です」

「えっ! そうだったんですか? 私初めて知りました!」


 一同の視線がテスカさんに向く。

 彼女は頭から疑問符が飛び出さん勢いで不思議そうな表情を見せているが、皆の注目を浴びているのが琴線に触れたらしくやがて両手を頬に当ててイヤイヤしだす。

 セイヤはそんな彼女をしばらく見つめ、次いで一切悪びれた様子が無いであろう俺と宰相ちゃんを見つめ……大きなため息をついた。


「ああ……うん。まぁ、いいんだけどね。けど、久しぶりにカタリ君と会えて良かったよ。いろいろと話したい事があるんだよね」


 そう呟いたセイヤは何やら精細を欠いており、以前の様な覇気溢れる様子がない。

 それは俺達の行動に振り回されているというよりも何か懸念事項があるといった雰囲気があり、思わず訪ねてしまう。


「ん? なんか元気ないけどどうかしたのか? ちゃんとご飯食べてる? それともやっぱりいろんな人達が来ているから緊張しているとか?」


 セイヤは眉を顰める。

 そして何か難しげな表情でしばらく頷いていたかと思うと、決心した様子で面を上げて俺にまっすぐ視線をぶつけながら口を開く。


「実は……バレスティア黄金帝国が召喚した勇者に日本人がいるんだ」


 どこか悲痛な物を感じさせる言葉。

 それは、何か大きな出来事が起こる前触れを予感させる物だった。

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