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勇者ですがハーレムがアホの子ばかりで辛いです  作者: 鹿角フェフ
第四章

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第三十七話

 秘書のテスカさんが新しく俺の日常に加わって数日。

 俺は彼女の恩恵を一身に受けていた。


「いやー、それにしてもテスカさんって本当に物知りだね」

「ありがとうございます。ご褒美は何時頂けますか?」

「テスカさんが思ってるご褒美以外ならなんでも言ってね」

「じゃあじゃあ、手頃な長さの荒縄とロウソクが欲しいです」

「却下です」


 本日は日柄も良く、穏やかな陽気の為王都で存分に買い物を楽しんだ。

 今は王宮に戻り楽しかった時間を反芻するかの様に中庭でお茶を楽しみながらテスカさんと歓談を楽しんでいる。

 彼女が来てから町へ遊びに行ける様になったので非常に助かっている。

 本日はなんと俺が着る服を買ってきたのだ。恐ろしいまでの進歩だと思う。

 ちなみにテスカさんに選んでもらった。

 流石に自分で選ぶのはまだレベルが高い。


「あ! カタリ様だー! ごきげんよう!」

「じぃもおりますぞ勇者どの」


 テスカさんと毒入り紅茶――何故か彼女も平然と飲めているソレを楽しんでいると、通りすがりのティアとじぃやが俺たちを見つけこちらへとやって来る。


「やぁやぁ、二人共。一緒にお茶はどう?」

「ああ、カタリ様とテスカさんでお茶していたのですね。ではご一緒させて頂きます」

「今日は仕事も一段落しましたからのぅ。こういうのも良いですな!」

「では私が紅茶をお淹れしますね」

「ティーカップを割ってもお仕置きは無しだからね」

「……残念です」


 お茶会は続く。

 ティアとじぃやを交えて穏やかな時間を楽しみながらあれやこれやと取り留めのない話を交わす。

 最近あった事や噂に聞いた面白い事、様々な話をしてやがて話題も尽きてきた頃に皆の興味は自然と新入りであるテスカさんに移る。


「――ほぅ。テスカ殿は諸国を漫遊しておったのですな」

「はい、バレスティアや聖堂教会直轄領。ターラ王国やその他の諸外国。実は魔王領も旅した事があるんです」

「凄いですね! 魔王領はかなり治安が悪く凶暴な魔物も出ると聞きます。大丈夫だったのですか?」

「こう見えてちょっとは戦えるんです。頑張りました」


 ぽわわんと穏やかに旅の事を教えてくれるテスカさん。

 沸き立つ毒の海。氷で出来た城。火竜が住む火山。亜人によって木の上に創られた空中庭園。砂漠にある砂で出来た滝。

 彼女が語る言葉はまるで一つの物語の様に洗練されており、俺達は童話を読み聞かせてもらう子供様に引きこまれてしまう。

 しかし話を聞いているとテスカさんはこの国の人じゃないらしい。

 どこの国の出身かは分からないがなかなか波乱な人生を歩んでいる様だ。

 普段他国の人間になんて会う機会がめったに訪れないのでワクワクとした気持ちを隠さずにいろいろと尋ねる。


「――そう言えば、テスカさんって他国の人だったんだ。でも珍しいね。こう言っちゃなんだけどうちって結構閉鎖的だから他所の人をいきなり王宮に招き入れるとは思わなかったよ」


 幾らか彼女の旅行話に満足した後、ふと疑問に思った事を聞く。

 これはテスタさんに向けたというよりもむしろティアやじぃやに向けたものだ。

 基本的に王宮に勤める人間の選定は非常に厳しい物がある。

 いくらティアが元気になってフリーダムティアさんになったとしてもなかなか思い切った事をしたものだと思った為だ。

 そんな俺の言葉をどう感じたのか。ティアは少しだけ不思議そうな表情を見せるとじぃやに向かって「そう言えば忘れていましたけど、テスカさんってどなたの紹介だったのですか?」と逆に質問を投げかける。


「ほっ? テスカ殿は確か宰相ちゃん殿の紹介ではございませんでしたかな? 彼女が強く推薦したのだとワシは記憶しておりますぞ」

「そうですか、そう言えばそんな気がします!」

「そんな適当でいいのかよ……」


 何やら違和感を覚えたが特別気になることでも無かったので無視する。

 テスカさんはティアとじぃやが不思議そうに話し合う様子をニコニコと穏やかに眺めている。

 ふーん。宰相ちゃんがテスカさんを連れてきたのか。どういう経緯でテスカさんを見つけたのか今度聞いてみよう。

 それよりも今はテスカさんの話をもっと聞いてみたい。

 特に先程出てきた魔王領に俺は興味津々だ。

 今まで全く興味が沸かなかったが魔王という存在も面白いかもしれない。


「ところでさ、テスカさんは魔王領に行ったことがあるんだよね? 俺こう見えても勇者なんだけど、魔王とかそういった関係について何も知らないんだ。魔王領ってどんな所なの?」


 早速テスカさんに尋ねてみる。

 魔王領の話はチラッとだけ聞いたことがある。

 とても広い領土で魔族や知能を持った魔獣が治める地域だ。

 その頂点に立つのが魔王なのだがあまりよくわかっていない部分も多い。

 その点について実際に見聞きしてきたテスカさんに話を聞こうと思ったのだが、何故か彼女は俺の言葉に目を丸くして聞き返してくる。


「えっ!? 勇者さんは勇者さんなのに魔王の事を知らないのですか?」

「うん、今まで興味無かった」

「でもでも! 勇者は魔王を倒す存在ですよ? 興味無いのはどうなのでしょうか?」

「うーん。別にこっちに来るわけでもないし忙しかったしねぇ。あ、でも今テスカさんの話を聞いて興味が湧いたよ」

「そ、そうですか……」


 何やら飽きれとも驚きとも取れる表情でオロオロするテスカさん。

 流石に勇者が魔王に興味無しと言われるとは思ってもいなかったのだろう。

 だがその様に驚かれても逆に困るのは俺の方だ。

 魔王なんてそもそも話にチラッと聞いた事しかないし、今どこにいるのかもよくわからない。

 RPGみたいに世界を支配しようとしているわけでもないんだし別段俺が気にする必要も無いと判断するのは当然だと思う。


「えっと、魔王領ですね。あの地域は魔王が支配していると言っても実際はその様な事が無く各魔族の氏族が治める無秩序で不毛な高野が只々広がる場所なのです」

「そうなんだ。じゃあ魔王って普段から何しているの?」

「魔王のお仕事はやがて来る勇者との戦いに備えることですね。その為に各氏族から一定期間毎に代表者を選出して魔王とします。魔王を排出した氏族は影響力も大きくなる為毎回苛烈な争いが起きるんですよ」


 眉尻を下げ、少しだけ悲しそうな表情を見せるテスカさん。

 ここ数日話をして気がついたが彼女は平和主義者だ。争い事が大嫌いだと言っても過言ではない。

 この国では珍しいが、彼女が他所の国から来た人間であるのならそれも当然だろう。

 しかしながらテスカさんは本当に博識だ。

 たしか魔王領はかなりの閉鎖主義の為普段から情報が出てこないはずだ。

 にも関わらずここまで詳しく知っているとは、もしかしたら彼女は魔族――しかも関係者なのかもしれない。

 ……黒は魔の色だと習った事がある。

 魔王領に住まう魔族は総じて黒い髪と黒い瞳を持っている。

 ここらの地域でも黒髪黒眼の人間が生まれないかと言われればそうでもないが、総じて人数としては少なくなる。

 テスカさんの出生がちょっと気になったが、まぁあまり女性に対してあれやこれやと尋ねすぎるのも良くないだろう。

 ティーカップの中身――ドロリとした紫色のそれを飲み干しながらゆっくりと語られるテスカさんの話に耳を傾ける。

 だが彼女が次の言葉を語る前にティアより「あれ?」っと疑問の言葉が上がる。

 何かに気がついた様に訝しむティアだったが、テスカさんの説明にかき消されて気づかれないまま話が進んでしまう。


「もっとも、現在の魔王はその義務に嫌気がさしちゃったので絶賛家出中なのです。その為各氏族が魔王の後釜を狙おう行動を起こしました。ただ今回の様な出来事は彼らも初めてだったらしく、焦った一部の氏族の暴走によって次第に魔王領全体を巻き込んだ戦乱が巻き起こされたのです」


 スラスラと、まるで立板に水を流すように語られる魔王領の内情。

 なるほど、つまりそもそもの始まりは現魔王が家出した事に始まっているのか……。

 ん? 確か各国が勇者の召喚を始めたのも魔王領の治安が悪化して人間領にも被害が及ぼされる可能性を危惧した為だったよな?

 ……え、じゃあそもそもの始まりって魔王の家出が原因なのか。

 これだけ世間を騒がせているその根本原因が一個人のわがままって事を理解し非常に疲れた気持ちになる。

 なんだろう……。終末の日の事があるから最終的に勇者は召喚されていたのだろうがそれでもこの始まり方は納得がいかない。

 この世界の何処かで絶賛家出中の魔王に向け、思わず出てきた恨み言を呟く。


「なんだかわがままな奴だな、魔王って」

「あぅ……ごめんなさいです」


 ヒュウと涼し気な風が頬を撫で、ティアとテスカさんの髪が流されなびく。

 時が止まった。

 俺の言葉でしょんぼりとテーブルを見つめながら悲しそうに謝罪の言葉を述べる女性が一人。

 何を隠そうテスカさんだ。

 いや、隠せていないのかもしれない。兎に角、その発言を聞いた瞬間皆が固まり呆れの表情で彼女を見つめる。

 知らぬはしょぼくれてる彼女だけだ。


「「「…………」」」

「……? あっあっ! いえいえ、違います! わがままですね魔王って!」


 チラリとこちらを見て自らの過ちに気がついたのか、途端に慌てたように顔を上げると焦りと興奮からその美しい顔を真赤に染めながらパタパタと手を振り言い繕うテスカさん。

 ダメだこれ、この人完全に魔王だ。

 なんで魔王がここにいるかとかなんで魔王の癖にこんなに優しそうな人なのかとか、そしてあの謎の変態的趣味はなんなのかとかはこの際置いておく。

 なんで普通にバレてるんだよ。


「とりあえずそういう事にしておいてっと。そもそもなんで家出なんてしたの? いろんな人が困ると思うんだけど……」

「良い質問ですねカタリ様! 私としても先ほどの件はちょっとおもしろかったのですが、その事についても聞いてみたいです。魔王がどんな考えを持って行動しているかは今まで一切の謎だったので!」


 仕方ないので矢継ぎ早に質問を重ねてみる。

 このまま勢いでテスカさんから聞ける所まで聞いてしまおうという算段だ。

 俺の意図に気付いたのかティアさんもまるで先ほどの事等なかったかの様にニコニコとした笑顔を向けながらまるで普通の女性同士の会話をするかの様に尋ねる。

 その様子をセーフと捉えたのか、テスカさんは「ふぅ、危ない所でした……」と心底安心しきった様子で胸をなでおろしている。

 もちろん完全にアウトだが……。


「えっとですね。もしかしたら驚くかもしれませんけど……。実は魔王は平和主義なのですっ! 彼女は戦いたくないのです!」


 胸の前で拳をぎゅっと握り、意を決して家での理由を告げるテスカさんへ間髪容れず答える。


「うん。続けて」

「流石に信じられませんよね勇者さん。けどこれは事実なんです! 本当に魔王は――えっ!?」

「大丈夫、続けて」


 どうやら彼女は俺達が「えーっ! そんなまさかー!?」みたいな反応をする事を期待していたらしく少し悲しげだ。

 だが、正直今までの彼女を見る限りそれも当然であろうと思う。

 というか、魔王だけど平和主義だから家出しましたとか言い出す人なんて世界広しと言えども彼女位だろう。

 いや、まてよ。もしかしたら万が一って事もあるのか?

 俺達の早とちりで彼女が魔王じゃなく本当に諸国を漫遊していただけのちょっぴり事情に詳しい魔族の女性であるとか……。

 ふむ、と考えなおす。

 だとしたらテスカさんには謝らないといけない。

 彼女には失礼な想像をしてしまったと思う。勝手に解釈して勝手に魔王認定しただなんて流石のテスカさんでも怒るかもしれない。

 なぁ、相棒もそう思うだろ?


『その子は魔王だよー!』


 あ、そうでしたか。わざわざご説明ありがとうございます。

 やっぱり彼女は魔王らしい。なんで相棒が知っているかとか、やっぱり魔王だったんじゃないかといろいろな想いがこみ上げてくるがこの際無視する。

 なんだか疲れたんだ相棒。


『寝たら死ぬよー!!!』


 ……乗ってくれてありがとう。

 でも魔王と勇者が出会ったら戦う必要はないのだろうか? なんだか普通にお茶をしているんだけどこれってありなのかな?

 風は穏やかに流れており、小鳥のさえずりがどこからとも無く聞こえる。

 ティーカップに注いだ紅茶は相変わらずピリッとしたやみつきになる刺激で喉を潤してくれるし珍しく暖かな陽気は眠気さえ誘う。

 ……うん、別に戦う必要ないな。


「魔王の選出に関しての情報は最重要秘匿事項だった筈なんですけど? テスカさんご存知なんですね。 どこから聞いたんですか?」

「ほっほっほ。テスカ殿は黒髪黒眼ですなぁ、もしや向こうのお生まれですかな? それもどこぞの氏族で地位あるお人とか……例えば、魔王の様な?」

「あっ! あわわ……」


 悪戯心が湧いたのか、ニヤニヤと嬉しそうにわざとらしく質問を重ねる二人。

 途端口に手を当てて慌て出すテスカさん。

 涙目でぷるぷると震えながら「あー」だの、「うー」だのと混乱の最中にいる。

 ティアもじぃやも、もちろん俺もそんな彼女を優しい瞳で見つめている。

 まるで可愛らしい小動物を愛でるような気持ちで眺めていると、テスカさんは何やら思いついたらしくパァっと顔を輝かせて、恐る恐る上目遣いで呟く。


「えっとえっと……お、お友達に聞きました?」

「素晴らしい嘘です! 感動したのでこれ以上は問いません!」

「わぁ、ありがとうございます姫様!」

「えっへん!」


 あからさまに嘘っぽい。

 というかこれが嘘ではなくて何になるのだろうか?

 だがその言い訳もティアさんには満足する物だったらしく、彼女はコロコロと笑いながらテスカさんの言葉を許す。


「良いのですかな姫様」

「……まぁ別にいいでしょう。何かあったらカタリ様が解決してくれます」

「えっ! 俺!?」


 ……何かあったら俺が責任を取るのか。

 まぁ約束したしいいかな?

 これでもかと信頼を込めて笑みでこちらに「ねーっ?」と同意を取ってくるティアに頷きながらテスカさんの言葉を反芻する。

 目の前のテスカさんは何処からかやってきたチョウチョを幸せそうに目で追っている。

 確かに彼女なら戦いたくないと言い出しそうだ。

 けどそもそも論としてなぜ勇者と魔王が戦わないと決められているのだろうか? この世界はRPGじゃなくてれっきとした現実だぞ? 別に彼女の様に平和主義の魔王がいたっていいと思うんだけど……。


「しかし、それにしてもテスカさ――じゃなかった。魔王はどうして勇者との戦わないといけないの?」

「あ、それは私も興味ありました! いろいろと古文書を当たっているのですがそれらしい理由が見当たらないのです」

「ふむ、確かにそうですなぁ。勇者と魔王の戦いはまるで初めから決められていたように運命づけられております。じぃもいろいろと調べましたが詳しいことはわからないのですじゃ」


 ティア、じぃや、俺の視線がテスカさんに向く。

 どうやら質問は核心に迫っているようだ。

 ティアとじぃやがテスカさんに気づかれない様ちらりと目配せを向けてくる。

 なんとしても聞き出せと言うことらしい。

 テスカさんは自らが注目の的となっているのが嬉しいのか、何やら頬をぴくぴくと引くつかせ思わず漏れるにやけ顔を抑えようとしている。

 だが次の瞬間ハッと表情をこわばらせたかかと思うと一転ぶんぶんと顔を左右に振り、キリッとした表情でこう答えた。


「わ、私は魔王の事は知りません! これ以上は秘密です!」


 何やら彼女の中で線引が行われた様でテスカさんは完全に黙秘モードだ。

 ティアとじぃやがあれやこれやと話を聞き出そうと言葉を重ねるがその全てに「私は魔王の事は知りませんっ!」と元気よくハキハキと答えている。

 やがてティアも正攻法では埒が明かないと諦めたのか、小さなため息をついたかと思うと俺の方をチラリと見る。


「カタリ様」

「オーケー」


 阿吽の呼吸。なるほど、俺の出番か。

 確かに彼女の言葉は非常に重要な物が含まれている。その情報をどう使うにしろここで彼女から全てを引き出す事はこちらにとって多大なる利益となるだろう。

 ティアがしつこく聞き出そうとしているのも無理は無い。

 ……よし、ではここは俺が一肌脱ぎますか。

 テスカさんはこちらをじぃっと見つめ一言ポツリと「勇者さんにだって負けません」と息巻いている。

 うむ、分かりましたテスカさん。ではこういうのはどうでしょうか?


「テスカさん。教えてくれたらご褒美を検討しましょう」

「本当ですか!? えっとっと、魔王と勇者の戦いはですね運命によって強制されていてその為魔王には特殊な呪いとも言える――」


 早い。テスカさん陥落するのめちゃくちゃ早い。

 この後テスカさんはご褒美欲しさにありとあらゆる事をゲロる事になる。

 流石に自分が魔王だとは認めなかったがそれでも魔王の仕組みと魔王領の隅から隅まで、これ完全に魔王でしか知らないよねって事まで懇切丁寧にじっくりと説明してくれた。


 そして問題のご褒美。

 どこからとも無く首輪や目隠しを取り出すテスカさん。だが流石にご褒美とは言えその様な事をするのは憚られたため適当に言いくるめてアクセサリーのプレゼントで事なきを得る。

 なんだか自分の想像とは違うご褒美にぶーぶー文句を言っていたが少し強めのオラオラ系で納得する様に命令したら頬を赤らめてもじもじしながら了承してくれたのだ。

 本当、彼女は男でダメになると思う。

 できれば彼女のその変態的な性癖を理解できる男性と巡り会える様に祈るしか無い。


◇   ◇   ◇


 数日が経った。

 相変わらずテスカさんは俺と一緒にいるが普段通りの穏やかな様子でぽややんと平和な日々を楽しんでいる。

 ここ数日でテスカさんとの買い物も一段落した。

 途中ティアが買い物に参加したりエリ先輩がちょっかいを出してきたり、宰相ちゃんがヤキモチを焼いて夜這いを仕掛けてきたりといろいろなエピソードがあったが概ね平穏だ。


 今日も王宮の図書室で宰相ちゃんと仲良く読書と洒落こんでいる。

 もっとも、難しい経済学の本を読む宰相ちゃんとは裏腹にテスカさんは口に出す事も憚れる様な如何わしい本を読んでいる訳だが……。


 それにしてもこうして見ると宰相ちゃんとテスカさんには本当に接点がない。

 二人揃って読書をしている様子はまるで宮廷画家がその人生をかけて描き出した絵画の様などこか非現実的な美しさがあるのだが、それでもこの二人が魅力的な女性であるという以外の共通点が無いと思う。

 自らが読んでいた本、取り留めの無い若者向けの冒険小説を閉じ宰相ちゃんに視線を向ける。

 一息ついた俺に気がついた宰相ちゃんが読書の手を止め、こちらを見ながらコテンと首を傾げて「どうしたのですか?」と無言で尋ねてきた。


「そう言えば、宰相ちゃん。テスカさんとどこで知り合ったの? なんだかテスカさんと宰相ちゃんの接点が無い様に思えて不思議だったんだ」

「えっと! えっと!」


 テスカさんが何やら慌てた様子でわたわたしだす。

 先ほどまで読んでいた本がテーブルの上に落ち、その破廉恥極まりない挿絵がさらされるがそれをどうこうする余裕すらない様だ。

 宰相ちゃんは訝しげにテスカさんを一瞥すると、こちらに視線を向き直し何かを確認する様に俺の質問に答える。


「宰相ちゃんはテスカさんを連れてきてない、です」

「あれ? どういう事? 宰相ちゃんがテスカさんを紹介したんじゃなかったっけ?」

「テスカさんを探しだしたのはエリ先輩のはず、です」


 テスカさんは相変わらず挙動不審げにあわあわしている。

 とりあえず彼女の事は放っておいて宰相ちゃんの話を考えなおしてみる。

 宰相ちゃんはエリ先輩がテスカさんを連れてきたと言い、ティアとじぃやは宰相ちゃんが連れてきたと言う。たしかエリ先輩はじぃやが連れてきたと言っていたはずだ。

 記憶違いだと思ったがどうやら俺が聞いた言葉は間違っていなかったらしい。

 もしやテスカさんには何か秘密があるのだろうか? 彼女は何か正体を隠して――あ、そう言えば魔王だった。


「よくよく考えれば、なんで宰相ちゃんを置いてテスカさんが勇者様と買い物、行くのです?」


 ドスの聞いた声で宰相ちゃんが呟いた。

 俺とテスカさんはその言葉を聞きビクリと身を震わせる。

 周囲の気温が急激に下がった錯覚を覚える。

 宰相ちゃんを怒らせると怖い。

 もちろんテスカさんが魔王である事は宰相ちゃんも知っているが、そんな事より何より自分が知らない所でテスカさんと俺が二人っきりで買い物に行く事実が正当化されていた事が一番気に食わないと言った様子だ。

 確かに宰相ちゃんの言うとおりかもしれない。

 特に気にせずテスカさんと普段から行動していたが、何故そもそも仕事より俺を優先する宰相ちゃんやティアさん、そしてエリ先輩が付いてこようとしなかったのだろうか?

 もしかして何か魔王の力的な何かで余計な事をしていたんじゃないだろうか?

 チラッとテスカさんに尋ねる様に視線を向ける。

 彼女は俺の視線を感じたのかギョッとした様子でプルプルと顔を左右に振る。

 自分は関係ないって感じでいるけど基本的に貴方が悪いんですよテスカさん。

 目をぎゅっとつむりながらフルフル震える魔王。まったく威厳が感じられない。


「皆を呼びます」


 コクコクと全力で首を縦に振る勇者と魔王。

 宰相ちゃんを怒らせると怖い。

 威厳を感じられないのは勇者も一緒だった。

 まるで浮気がバレた不誠実者の様な心境になりながら、俺は暗澹たる思いで静かに退室する宰相ちゃんを見送った。


 ………

 ……

 …


「と、いう訳で。何らかの幻覚魔法か洗脳魔法が行使されたと推測する、です」


 フローレシア王国会議室。

 皆宰相ちゃんが怖いのか珍しくこの場には全員が集まっており宰相ちゃんの話にしっかりと耳を傾けている。

 つまり、宰相ちゃん曰く本来なら俺との買い物は自分がする予定だった。

 にもかかわらずテスカさんが俺と常に一緒にいてイチャイチャしているのは非常に許しがたくかつ陰謀めいたものを感じる。

 テスカさんの秘書職を今すぐ解任して後任として自分をあてがうべきだ。

 まぁ、この様な感じの事をわりと丁寧かつ苛立ち混じりに説明してくれたのだがぶっちゃけ宰相ちゃんが俺の一緒にいたいだけの様な気もしてきた。

 集まった大臣達も当初は宰相ちゃんの鬼気迫る様子に何事かと驚いていたが話の詳細を聞くにつれゴミを見るような視線を俺に向けてくる。

 ……理不尽だ。なぜ俺がこの様な仕打ちを受けなければいけない。

 だが、宰相ちゃんが告げた事実もそれなりに問題だった。テスカさんを王宮に招いた根拠が見当たらないのだ。結局、今は皆でテスカさんがどの様にして自分達を騙したのかをあれやこれやと話し合っている。

 ちなみに、テスカさんもここにいる。

 自分の話題が平然とされている事が恥ずかしいのかまるで借りてきた猫の様に小さくなっていて面白い。

 言いたいことを言い切って満足気な宰相ちゃんを自らの膝の上に招きながらぼんやりと矢継ぎ早に交わされる討論を聞き流す。


「確かに私の記憶では宰相ちゃんがテスカさんを連れてきた事になっていますね」

「エリ先輩的にはじぃやになってるよ!」

「ほっほっほ、じぃの中では宰相ちゃん殿ですな。いやはや、お見事な記憶操作ですぞ」


「わしらもそれぞれ別の人が責任を持つとなっておりますなぁ」

「そう言えば複数人での確認はどうなっておりますかな?」

「言われるまで思いだませんでしたな。いやはや、ここまで大規模だといっそ清々しいですのぉ」


「あわわ……」


 隣に座るテスカさんはこの事態を打開する術を持たないのか全身から冷や汗をダラダラ出す勢いで挙動不審げにしている。

 もう完全にバレている気もするのだがもしかしたら何か起死回生の一手を有しているのではないかとこっそりと耳打ちする。


「テスカさんテスカさん。なんか上手い言い訳思いついた?」

「だ、ダメです。どうしましょう勇者さん」

「魔王の能力でどうにか出来ない訳?」

「違和感から真実を紐解かれるとダメなんです。しかも皆さん内在魔力がとっても高くて上手く誤魔化せなかったんですよぅ……」

「あ、やっぱり魔王の能力だったんだ」


 眉尻を限界まで下げて悲しそうにこちらを見つめるテスカさん。

 俺は思わず苦笑いを浮かべる。

 一瞬の空白の後、ようやく自分の言葉がどういう意味を持つのか理解できたらしく口に手を当ててその表情を驚愕に見開く。


「はっ!? あわわわわ……」


「「「…………」」」


 皆の視線が一斉にテスカさんに向く。

 どうやら議論も一段落ついた事だし本当の事をテスカさんの口から聞こうとしている様だ。

 会議室に集まるおよそ十数人になろうかと言うフローレシア王国の重鎮かつ上位戦闘能力者達の視線が一点に集中する。

 テスカさんが先ほど以上に小さくなる。可愛そうだけどなんだかかわいくてずっと見ていたい気持ちにもなる。

 首筋にチクリとした違和感を覚える。

 おっと、ぴりりとした殺気が漂って来た。

 何人か殺気を隠せない血の気の多い奴がいるみたいだけど事が起こった際にすぐ行動に移そうとするその心意気は評価したい。

 もっとも、そこまで注意する必要があるかどうかは微妙な所だが……。


「ばっ、バレてしまいましたか……」


 一言、テスカさんは大きめに声を上げた。

 その声は上ずっていて緊張しているであろう事がありありと見て取れるが、同時に何やら達観めいたものも感じる。


「よいしょっと……」


 やがて彼女はゆっくりと席を立つと皆の視線が集まる中、会議室の中央。窓側の少し広めの場所に歩いて行く。

 わざわざ全員の視線が向きやすく、かつ目立ちやすいその場所に陣取ったテスカさんは何やらごほんと一つ咳をすると先ほどまでの緊張等嘘かの様に真剣な表情で自らの名乗りを上げた。


「私の名は魔王テスカ=トリポカ。偉大なる闇の王。始まりより来たりて終わりより帰りしもの。勇者よ。貴方とまみえるのをずっと心待ちにしていました」


 シン……と、会議室に沈黙が訪れる。

 誰も言葉を発しない。

 一人むふーっと満足気な表情を見せるテスカさん。

 心なしか胸を張っており誇らしげだ。やったった感に溢れている。

 なんだこのかわいい人は……。


「「「…………」」」


 誰も言葉を発しない。

 驚きではない。なぜなら皆もう知っているからだ。

 フローレシアでは障子に耳あり壁に目ありどころの話ではない。全方位に監視網が引かれている。

 人の噂などまるでインターネット最盛期の情報化社会かの様に瞬く間に広まってしまうのだ。

 つまり、皆はこう言いたいのだ。「だからなんなんだよ」……と。


「えっと。えっと……あっ!」

「……?」


 皆の黙りこくったままな事に違和感を感じたのか、またテスカさんがわたわたと慌て出す。

 本当に表情がコロコロと変わる人だが、今回はなにやら思い当たる所があったのかすぐに顔を輝かせてコホンと一つ咳払いをする。


「あのあのですね! 魔王っていうのはあの魔王の事で、ここで言うテスカってのは私の名前なので魔王は私なんです! すいません説明がわかりにくくて」


 えへへとはにかみながら、片手を頭の後ろにやり気恥ずかしそうにごまかし笑いを浮かべているテスカさん。

 気まずい。そんな事言われなくてもわかっている。

 どこまで天然なのだろうかこの人は……。

 もっと見ていたい。テスカさんが空気を読めなくてわたわた慌てる様子をもっと楽しんでみたい。


 そんなほんわかとした空気で彼女を眺めているとクイッと服の袖が引っ張られる。

 おや、と思いそちらに視線を向けるとジトーっとした咎める視線でこちらを見つめる宰相ちゃんだ。

 なるほど、つまりさっさ割って入って話を進めろって事らしい。

 残念だ。

 名残惜しいがこのままだと宰相ちゃんの雷が落ちる。

 俺は後ろ髪を引かれる思いで未だに先ほどの発言の内容を説明しているテスカさんに先を促す事にする。


「なので、私は魔王なのですよ。えへへ、驚いたか人間どもめ!」

「うん、知ってたよ」

「えっ!? えっと、えっと……」


 美しい顔がクシャっと歪む。

 それは困惑と悲しみだ。

 テスカさんは俺の言葉の意味がまだ少し理解していないらしくキョロキョロと皆に助けを求めるように視線を這わせている。


「と言うか皆知ってるよ」

「あの、あの……」


 うんうんと頷く一同。

 なんだか前に出てまでかっこ良く――多分本人は決まったと思っている宣言をした癖に今は物凄い慌てちゃってるテスカさん。その様子が俺の心の中にあるいけない気持ちをグイグイ刺激してやまない。

 なので駄目だと知りつつ意地悪にも「で、それがどうかしたの?」と先を促してみる。

 もちろん、その言葉は想像通り彼女を傷つけてしまったみたいで、テスカさんはその端正で美しい顔をこれでもかとしょんぼりさせて涙目でこちらを見つめるのだった。

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