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第三十六話

 世の男性が最も渇望して止まない事の一つに"可愛らしい女の子の膝枕"がある。

 もちろん俺だって興味はあるし、出来る事なら膝枕をしてもらってダラダラと一日を過ごす事に憧れたりもする。

 そう膝枕は男性の夢なのだ。

 だが、こちらが膝枕をする側としてその夢が叶うとは思いもしなかった。


「えへへ~、カタリ様~」


 ティアさんだ。

 甘えん坊ティアさん。彼女はまだ日も登りきらぬ朝っぱらから俺を叩き起こすと何を思ったのか俺をベッドに強制的に座らせ、その膝を枕にして楽しんでいる。


「宰相ちゃんも膝枕してもらう、です」


 いつの間にやら俺の膝を枕にする女の子が一人増えた。宰相ちゃんである。

 彼女は俺の部屋にさも当然の様にやってくると、ティアと俺のイチャつきを発見。眉を少々潜めたかと思うと自らもとティアを半ば押しのけるような形で膝に頭を載せてきたのだ。

 現在俺の膝はティアと宰相ちゃんの頭が半分ずつ乗っている感じだ。

 ちょっと意味が分からない。

 確かに例の一件以降ティアから感じた張り詰めた空気が消えた。

 だが同時に彼女からありとあらゆる緊張と言う言葉が消え去り、まさしく春の訪れが来たと言わんばかりに脳天気に俺に甘えてきているのだ。

 別に嫌とかそういう事では無いが、はたしてこれで良いのだろうか?

 もちろん、ティアが甘えん坊になって職務を放棄する事によってあのふざけた大臣団が苦労する事は願ったりかなったりなのだが、流石にやり過ぎではないかとも心配してしまう。


「ねぇ、ティア。宰相ちゃんもそうなんだけど、君達お仕事とかどうしてるの? 最近ずっと俺と遊んでばっかりだよね? 流石にちょっと心配になってきたんだけど……」


 恐る恐る尋ねる。

 その言葉にティアはこちらの方へ器用に頭を動かすと視線を合わせ、晴れやかな、それは晴れやかな輝かしい笑みを浮かべて一言。


「お仕事してません!」

「お仕事しなさい!」

「やだー!!」


 ティアさんはお仕事をしてなかった。

 ティアさんそのままおやすみモード。目をつむって心底心地よさそうに俺の膝の感触を楽しんでいるご様子。

 ……ティアさんでは埒が明かない。

 このままでは非常に良くない事態になると察知した俺はもう一人の甘えん坊さん、宰相ちゃんの協力を得るべく膝の上でうつらうつらとよだれをこぼす愛らしい少女へと声をかける。


「ねぇねぇ、宰相ちゃん。ティアさんこんな調子なんだけど、大丈夫かな? えっと、気になるんだけどもちろん宰相ちゃんはちゃんとお仕事しているよね?」

「宰相ちゃんはお仕事、してません」

「お仕事しなさい宰相ちゃん!」

「勇者様と一緒にいる事が宰相ちゃんのお仕事に、なりました」


 そのまま膝の上で幸せそうに目を瞑る宰相ちゃん。

 駄目だ。この二人はもう駄目だ。

 俺はこの二人が致命的に駄目人間になってしまった事を確信すると、部屋の隅で気まずそうに命令を待つ専属メイドさん達にお願いしてじぃやを呼んできてもらう。

 じぃやはこの国でも特別な位置に居る。

 古くからこの国を見守ってきた大賢者の苦言であればティアや宰相ちゃんとてそうそう無視する事はできないだろう。

 音を立てずに室内から退去するメイドさん達を横目で見送りながら、とりあえず幸せそうに膝の上で眠りこける二人の女の子の頭を撫でてみた。


◇   ◇   ◇


「責任取って勇者殿が全部解決すればいいのじゃないですかのう?」


 事情を説明したじぃやはそれはそれは冷たかった。

 普段から俺に迷惑を掛ける事しかしない癖にこういう時ですら役に立たない。

 全くもって度し難い。

 なんでこんな奴がこの国で尊敬されているのか理解できない。

 もちろん、俺はそんな気持ちを一切出さずにじぃやへと懇願する。


「そう言わずにさ、なんとかしてくれよ。困るのはこの国の人でしょ?」

「まぁまぁ、そこまで心配せずとも姫様はかつての輝きを取り戻しておりますから問題ないですじゃ。いよいよ危なくなったら自主的に仕事するでしょうな」

「いよいよ危なくならないと仕事しないのかよ……」


 危険域に達するまで仕事をしないと言うのはどういう事なのだろうか? そしてそれで問題なしと判断するとはどういう事なのだろうか?

 疑問は尽きないがこの国がフローレシアであると言う一言で全て解決できてしまいそうな気がするので思考を放棄する。

 ふと、膝の上に乗る頭の一つがもぞもぞと動き出す。

 俺とじぃやの会話が煩かったのだろうか、むにゃむにゃと眠り眼でティアがムクリと起き上がり何かを思いついたように会話に混じってくる。


「――そう言えば、じぃやにお願いしようと思っていたのですがカタリ様に秘書をつけようと思うのです」

「「秘書?」」


 思わずじぃやと一緒に聞き返してしまう。

 秘書とは一体どういう事だろうか? 自慢では無いが最近俺もあんまり仕事をしていない。しかも基本的に俺の仕事は指示されて何かを作るだけなのでそこまで複雑な物でも無いと思うんだが……。


「はい、カタリ様ってばお勉強嫌いでこの世界の事について何も知らないでしょう? ですから様々な国の風習や文化に詳しく、カタリ様が暴走した時に止める事の出来る人物をつけようと思っているのです」


 耳が痛い。

 確かにティアの言うとおり俺は勉強が苦手だ。外道公との訓練時は暗殺や拷問、心理戦に関するあれやこれやをこれでもかと覚えたんだけれども、こと一般常識とかになると右から左、かなりあやふやになってしまっている。

 自分で言うのもなんだけれどこれって世間一般で言う脳まで筋肉……脳筋と言う奴ではないだろうか?

 戦う事しか脳がない己を夢想し身震いする。あまりにも嫌な勇者だ。

 けど秘書か、いろいろと分からない事を教えてくれるのは正直助かる。

 逐一様々なアドバイスを受ける事ができれば商魂逞しいフローレシアの民にぼったくられる事も無いだろう。

 そうすれば自ずと行動範囲も広がって今まで許可が降りなかった場所にも行けるはずだ。

 ……ん? 行動範囲が広がる?


「おお!? それってもしかして!?」

「はい、国内限定になりますが基本的にお出かけ等自由にしてもらって構いませんよ」


 予想にもしなかった嬉しい言葉がティアより帰ってくる。

 思わず感動のあまりに目頭に熱いものがこみ上げてきてしまう。

 長かった、ついに俺もお外デビューする日が来る事となったんだな。


「マジか、ついに俺も一人で服を買いに行けるんだな……」

「秘書が付いていますから厳密に一人って訳ではありませんけどね」


 おそらく、ティアが外に行く事を許可してくれたのは先日の事があったからだろう。

 ティアはあの日から張り詰めたものが消え、良い意味で余裕を持つようになった。

 だからこそ今まで神経質とも思える程警戒していた事を無視する事が出来る様になったのだと思う。

 もちろん、それは俺に対する信頼も含まれているのだろうと思うけど。


「ありがとうティア」

「当然ですよ、カタリ様は私の勇者様なのですから……」


 彼女が寄せる信頼が温かな物となって心に流れ込んでくる。

 二人で見つめ合い、穏やかな時間が過ぎてゆく。

 まるでこの場所に俺とティアの二人だけしかいないような錯覚させしてしまいながら、微笑むティアと見つめ合い……。


「……今、起きました」


 不意に宰相ちゃんの不機嫌そうな声色に現実に引き戻される。


「やぁ! 俺の大切な宰相ちゃんじゃないですか! よく眠れましたか? 可愛い可愛い宰相ちゃん!」


 宰相ちゃんが物凄いジト目でこちらを見つめている。

 ……気まずい。俺は何も悪くないはずなのに何故か非常に気まずい気持ちになってくる。

 何故か慌ててしまう俺の様子をどう受け取ったのかは分からないが、宰相ちゃんは俺の言葉で少しだけ機嫌を直したらしく、ぽんやりとした表情で膝から起き上がると俺にギュッと抱きついてくる。


「宰相ちゃんももっと勇者様と一緒にいたいです。けどずっと一緒は無理なので秘書の件は賛成、です」

「最初から最後までちゃんと聞いていたんだね、宰相ちゃん」

「もちろん、です」

「むう……宰相ちゃんくっつきすぎではありませんか?」

「姫様も散々くっついて、いました」

「かっちーん!」


 なんだか宰相ちゃんが怖いです。

 そして宰相ちゃんが抱きつくので隣にいるティアさんが今度は不機嫌に……。

 これは何なんだろうか? なんだかこういうシチュエーションを漫画で見た記憶があるぞ。たしか……ジャンルはラブコメだった筈だ。

 もっとも、このラブコメはヒロインの怒りが頂点に達すると大規模破壊魔法が使われたりするのでもはやラブコメと言っていいのかどうか分からない事になっている。

 ともあれ、二人とも俺に好意を寄せてくれていると言うのは悪い気分ではない。

 ――等と、現実逃避気味にこの状況から目を背けてみる。

 部屋を満たす殺気は気のせいだ!


「なんだかワシ完全に忘れ去れれている気がしますなぁ……まぁ秘書に関してですがいろいろとあたってみますじゃ。だが当てがある訳ではないので皆様も宜しくお願いしますぞ」


 まるでゴミを見るかのように蔑んだ瞳で俺に視線を向けながらじぃやが吐き捨てる。

 非常に失礼極まりない奴ではあるが、心当たりがあるので言い返せない。

 それに今はティアさんと宰相ちゃんが喧嘩しない様に祈る事の方が先決だった。


「分かりました! 私がカタリ様に相応しい人を見つけてみせます!」

「はい、です。 宰相ちゃんこそが勇者様にピッタリの人、見つけます」」


 そろそろ二人から魔力が漏れだしてくる頃だ。

 ここは俺の自室。ここで二人に喧嘩されては俺の寝床が破壊されてしまう。

 かと言って二人に割って入って仲裁する度胸もなかなか湧いてこない。

 そうこうしている内に窓が割れ、カーテンがバタバタと荒れ狂う。

 じぃやは既に退散している。

 ミシミシと部屋が軋む音がなりガタガタと家具が揺れる。

 ああ、布団がボロボロになった。

 今日はどこで寝るかな……。

 そんな事を考えながら、俺はこの悲劇的な状況に身を任せるのであった。


◇   ◇   ◇


「カタリちん! 秘書の子が見つかったよー!」


 数日後、秘書選定レースの一位を見事勝ち取ったのはエリ先輩だった。

 彼女は今回の件について話を聞くや否や光の速さで自室で寛ぐ俺に話を持ってきたのだ。

 今も嬉しそうにその尻尾を振りながら報告してくれる。


「おお、流石エリ先輩! 仕事早いね!」

「実はじぃやの紹介なんだけどねー。あの人なんだかめんど……忙しいらしいからエリ先輩が代わりに連れてきてあげたのだ!」

「そうなんだ、ありがとう!」


 既にその人はこちらに来ているらしい。

 仕事がはやい。この場にはいない事から外で待機しているのだろうか?

 であれば挨拶もしないといけないしあまり待たせるのも良くないだろう。

 これから長いお付き合いになるんだ、出来るだけ仲良くなっておきたい。

 それにどんな人かも気になる……常識人だといいなぁ。


「じゃあ早速呼んできてよ! そして俺もついに王都デビューするんだ!」

「王都デビューをそんなに楽しみにしているだなんてお上りさんだねカタリちん! じゃあ呼ぶね! おーい、テスカちーん!」


 ガチャリと扉が静かに開かれる。

 現れたのは全身を纏う美しい黒が特徴的な女の子だった。

 アルビノを思わせる透き通る様な白の肌に黒真珠を思わせる瞳と腰まであるストレートの黒髪。

 黒を基調として白の刺繍が入ったゴスロリ調のロングドレスを身につけており、胸には特徴的なややいかめしい意匠のネックレスを下げている。

 年齢はどの位だろうか? 若くはあると思う。俺の感が正しければ同い年位だろう。だが年齢を感じさせないどこか蠱惑的な雰囲気のある女性だった。


「初めまして勇者さん。私、テスカと申します」

「勇者とかやってるカタリといいますテスカさん。よろしくね」

「はい、不束者ですがどうぞよろしくお願い致します」


 穏やかお辞儀をするテスカと言う名の女性。

 ゆったりとした態度は品があり、育ちの良さを伺わせる。

 この短い会話で俺は確信する。

 この人はきっと常識人だ。思わず感動で胸が熱くなる。

 良かった、変な人じゃなくて本当に良かった。

 フローレシアの住人は基本的に変人である。故にその中で常識人を見つけ出す事は砂漠の中で一粒の砂金を見つける事より難しい。

 であればこれはもはや奇跡と言うしか他ならないだろう。


「こちらこそこれからお願いね。いろいろと頼っちゃうと思うけど仲良くしてください」

「いやー、なかなか良さそうな人でエリ先輩も安心だよ。じぃやから紹介されただけでどんな人か私もよく知らなかったからね!」

「お仕事沢山頑張りたいと思います」


 両手でグッと拳を握り何やら決意を新たにしているテスカさん。

 妖美な雰囲気とは裏腹に可愛らしい人だ。

 何だかとても仲良く出来そうな気がしてきた。


「まぁまぁ、そんなに肩肘張らなくても大丈夫だよ。とりあえずは常識的な事教えてくれたらいいだけだからさ。困った事があったら他の人に聞くこともできるしね」


 あまり気負いしない様に気楽な感じで伝える。

 そもそも秘書としてどの様な事をして貰うのかも漠然としているのだ。

 あまり今の時点から気合を入れてもらっても具体的にして欲しい事が無い。

 まずは俺の外出時についてきてもらって色々と教えてもらう事から始めよう。

 なんだかいろいろと楽しみになってきた。

 満足気に頷く俺であったが、何を思いついたのかニヤニヤとした様子でエリ先輩がテスカさんの脇をツンツンとつつきながら何やらちょっかいをかけている。


「いやー、わかんないよテスカちん! カタリちんはこう見えてこわーい人だからね。失敗するとお仕置きされちゃうかもよ?」

「お、お仕置きですか!?」


 口に手を当て目を丸くして驚くテスカさん。

 はぁ、まったくこの人は……。

 エリ先輩はこうやってすぐ人をからかおうとする。別にからかう事に関して言う事は無いがテスカさんも最初で緊張しているかもしれないのだ。あまり不安がらせる様な事を言わないで欲しい。

 大きなため息をつきながらエリ先輩をキッと睨む。

 彼女は素知らぬ顔であらぬ所に視線を向けて口笛を吹くだけだ。


「コラっ! エリ先輩! テスカさんを怖がらせないの! テスカさんもそんな事信じちゃ駄目だよ。エリ先輩はこうやって人を不安がらせるのが大好きな人なんだからね」

「ふふふ! 冗談じゃないか! コミュニケーションの一貫だよ!」


 全く反省した様子無くおちゃらけ答えるエリ先輩。悪びれる気配が一切ない所がいっそ清々しささえ感じる。

 エリ先輩はとりあえず置いておこう。まずはテスカさんの誤解を解かないといけない。

 自分で言うのもなんだけれども俺は常日頃から温和である事を心がけているのだ、こんな所で「勇者は怖い」みたいな不本意なイメージを持たれる事は望む所ではない。

 故にテスカさんの誤解を解くために彼女へ向きなおり説明しようとした。

 だが何故か彼女はキラキラとした表情で……。


「お仕置き楽しみですっ!!」


「「えっ!?」」


 それはそれは嬉しそうに喜びの声を上げてしまったのだ。

 意味が分からず思わずエリ先輩と顔を見合わす。彼女もテスカさんの奇行は知らぬ所だったらしく首を傾げて不思議そうに何も知らぬと合図を送ってくる。


「あのあの、どこでお仕置きなのでしょうか? 地下室はありますか? 縛られちゃうんですか!?」

「えっ? いや、えっと……お仕置きって」


 テスカさんはグイグイと俺に詰め寄ってお仕置きの内容を尋ねて来る。

 その勢いに気圧されて思わず「お仕置きだからきっと凄いんじゃないかな……」と答えてしまう。

 その瞬間、何が彼女の琴線に触れたのかキャーと恥ずかしそうに何処かから取り出した本で顔を隠すテスカさん。

 突然の奇行に不安が増しつつも彼女が取り出した本のタイトルに自然と目がいってしまう。

 そこには、何やらいかがわしさを感じさせる表紙絵と一緒に最近漸く読める様になった共通語で『イケナイご奉仕秘書④ ~深夜の業務管理~』と書かれていた。

 その瞬間先ほどの確信を訂正する。

 ああ、ダメだ。この人も変人だった。


「あ、あの。恥ずかしいけどお仕置きの為なら頑張ります! こういうの夢だったんです!」


 意味が分からない。何が夢だったのだろうか? この人はあれか? お仕置きをされたい人なのだろうか?

 そして彼女の考えるお仕置きとはどういう意味を含んでいるのだろうか?

 気になって仕方がない、嫌な予感がするが気になって仕方がない。

 意を決して聞いてみる。ここで彼女の考えを有耶無耶にしておくととっても良くない気がするからだ。


「あの、テスカさん? 君の考えるお仕置きをちょっと俺に教えてくれないかな?」


 俺の言葉にビクリと反応するテスカさん。

 何故かその瞳は潤んでおり艶を含んだ淫靡なため息をつく。

 やがて、困惑する俺の視線に小さく身体を震わせると浮ついた声色でそっと囁くように答えてくれる。


「はうぅ……。他の人がいる前でお仕置きの内容を言うんですか? でもでも頑張ります。えっと、まずは全裸になって四つん這いの格好でメスぶ――」

「はいストーップ! もういいからね!」


 こいつはダメだ。

 本当にこいつはダメだ。

 なんていうか、お仕置きと言う名のダメなあれだ。

 彼女が考えるお仕置きとは口に出す事も憚られる十八禁的なあれだった。

 俺が息を切らせながら彼女が卑猥な発言をする事を強制的に止めるが、当の本人は嬉しそうに「メス豚ですっ!」と眩しい笑顔で言い直す。

 そこだけはハッキリとさせたい所らしい。


「なるほど! 世の中にはいろんな趣味があるもんね! じゃあねカタリちん! 後は頑張ってね! さようなら!」

「あっ! コラ! エリ先輩!」


 エリ先輩逃走。

 彼女はテスカさんが一筋縄ではいかない人物であり、かつトラブルを引き起こすであろう事を一瞬にして察知すると我関せずと颯爽と逃げ出す。

 その早さたるや光の如しだ。

 俺は全てを諦める。どうやらクーリングオフは効かないらしい。

 面倒な人を押し付けられたぞ。

 エリ先輩が逃げ出す際に開け放たれた窓、強い風が入り込むそこを唖然としつつ眺め、現実逃避気味にテスカさんへと振り返る。

 もちろん、彼女は絶賛妄想を垂れ流れしている。

 俺が止めた意味もまったく理解していないらしく絶賛卑猥な単語とシチュエーションをその艶やかな唇から垂れ流している。

 自分でも理解していたはずだ。この国で常識人を見つける事は奇跡に等しい……と。

 何故か顔を真赤にさせながらイヤイヤと首を振り「お仕置きはちょっぴり強引なのがいいです」とリクエストしてくるテスカさん。

 何に関して強引なのが良いのか全く理解に苦しむが、とりあえず俺は疲れ気味に答える。


「ご希望にはお応えしかねます。お仕置きは無しですよテスカさん」

「えっ! じゃ、じゃあご褒美ですか! 嬉しいです!」


 テスカさん再燃。

 彼女はキャーキャーと顔を真赤にさせながらピョンピョン飛び跳ねている。

 そして垂れ流されるは数々の卑猥な妄言。

 年頃の女性が語るにはおおよそ不適切な言葉のオンパーレドだ。

 それにしても、まったくなんて眩しい笑顔しているんだ。

 思わず惚れ惚れとしてしまいそうなその笑顔と言葉のギャップに辟易とする。

 ってかご褒美の場合はわりとノーマルなシチュエーションなのか……。

 そんな心底どうでもいい感想を抱きながら。


「ご褒美の時は優しくお願いします!」


 ペコリと勢い良くお辞儀をするテスカさんに諦めると、軽く手を挙げて苦笑いを返す。

 ああ、この国にまともな人間はいないのだろうか?

 普通、普通でいいんだ。

 常識を知っていて、優しく穏やかで、人のお金をすぐパクったり戸籍を書き換えたりしない、もちろん食事に毒を入れるような事は決してしない女の子。

 そんな子とお喋りをしてみたい。

 俺は暗雲たる気持ちになりながらこの秘書が人前で卑猥な発言しない様に教育する事が第一の仕事であると理解する。

 もちろん、教育と言っても如何わしい意味でない事は確かである事を付け加えたい。

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