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幕間:孤立奄奄

 ――――――フローレシア王歴二千十三年十一月

        勇者カタリが召喚される1ヶ月前


 雪が深々と降り積もるフローレシアのある夜。

 外の景色とはうってか派手やかな装飾と綺羅びやかな明かりに満たされたフローレシア王宮。

 足が沈み込むほど柔らかな赤の絨毯の上を急ぎ足で駆け行く一人の少女がいる。

 ティアエリア・アンサ・フローレシア。

 この国の姫で、現時点でまだ国を率いていない只の少女だ。


「お父様! お母様!」


 彼女は玉座の間へと続く扉を無遠慮に開け放つと、大きな声を上げて玉座に座る両親へと駆け寄る。


「おーおー、どうしたんだティア? そんなに慌てて。もっと静かにしろよ」

「そうですわよティアさん。女の子は慎みが必要です。貴方は只でさえやんちゃさんなのですからもっと気をつけないと殿方に敬遠されますよ?」


 フローレシア王は齢40程の壮年の男性だ。

 強い意志を秘めた瞳と溢れんばかりの威風を持つ偉丈夫である。

 彼は王と言う立場にも関わらず行儀悪く玉座にて足を組みふんぞりながら座っている。

 反面フローレシア王妃は美しく穏やかな女性であった。

 美しく流れる絹の様な髪に穏やかな自愛を感じさせる瞳。子を一人産んだとは思えないほど若々しくいまだその肌には張りを保っている。


 普段親しき者よりティアと呼ばれ親しまれているティアエリア姫。

 彼女はフローレシア王妃の美しさとフローレシア王の威風を持って二人に詰め寄る。


「最新の分析結果が出たそうですね! やはり終末の日に起こるのは異世界との接続による混乱、それに伴う世界大戦の勃発に間違いはありませんでした!」

「ああ、お前の言うとおりだった。流石俺の娘だ」

「ティアさんはとても賢い子ですからね。母は信じていましたよ」


 穏やかな、深い慈愛の心を持って二人はパタパタと嬉しそうに自らが導き出した結論を語るティア姫を眺める。

 王と王妃の自慢の娘、ティアエリア・アンサ・フローレシアは控えめに評して天才であった。

 その知力、武力、判断力は彼ら王族の歴史を紐解いても並ぶものがいない程であり、事実この国が近年恐ろしい程に力を蓄える様になったのもまだ齢二桁にもならぬティア姫が提言した数々の改善案による物だった。

 そして現在十六になったティア姫は国の期待を一身に受け、その期待に応え続けている。


「そうなるとますますあの計画を進めなければいけませんね。今はまだ小さなゲートですがそこから調査した結果、やはり"日本"と言う国と手を結ぶのがフローレシアに取ってもっとも益となる選択の様です!」


 彼らに取ってティアとは全ての希望であった。

 フローレシアは貧しい国だ。そして同時に蔑まれ疎まれた者達が作った国でもある。

 彼らは常に飢え、常に迫害を受け、常に恐怖を感じていた。

 その様な国の中生まれた希望、凍える極寒の中灯る一握りの明かり。

 それこそがティア姫だった。

 彼女は国中の人々に愛され、そして国中の人々を愛した。

 彼女に解決できない問題は無く。彼女に倒せない敵はいなかった。


 国民は安堵した。フローレシアは安泰であると。

 否、国民どころか全ての人々が同じ事を思った。

 日に日に改善され、かつての栄華を取り戻すフローレシアの国家を見て。

 国民どころか王宮に住まう大臣達……そして王や王妃までもが同じ事を思った。

 だからこそ――。



 だからこそ、致命的な過ちに気が付かなかった。



「となると早速日本人を対象とした勇者召喚のプランを立てなければいけませんね。しかし生贄の件はどうしましょうか? 流石に国民を使うのは可愛そうですし、何より人口が少ない我が国では経済に及ぼす影響が大きすぎます」

「ああ、そのことだがなティア。二人で話して決めたんだが、俺達がその生贄になるわ」


「……えっ?」


 まるで翌日の食事のメニューを決めるかの様に王より告げられたその言葉。

 ティア姫は思わず素っ頓狂な声を上げ、彼女には珍しく思考を停止させてしまう。

 王と王妃はその様子を疑問に思うことも無く、彼らが導き出した方針を自らの娘に告げる。


「俺達も考えたんだ。何か方法は無いかってな? だが現実的な所でいくら考えても浮かばなかった。いや、一つだけ浮かんだんだ」

「それが私達が生贄になる事ですティアさん。貴方程ではありませんが私達もそれなりに魔力を持っており高い能力を有しています。二人が召喚の生け贄となれば十分に強力な勇者を召喚する事が出来るでしょう」


「ま、待って! 待ってくださいお父様! お母様! お二人はこの国にとって大事な方です。何をおかしな事を言っているのですか!? 二人がいなくなれば誰がこの国を導くと言うのでしょうか?」


 慌てて問いただすティア姫。

 だが二人はその質問も既に想定済みの様で、言いよどむ事無く答える。


「それこそ賢いお前なら分かっているはずだティア。お前がいるじゃないか。正直俺達は最近する事がなくて暇で暇で仕方ないんだぞ?」

「もちろん、これは王族としての勤めでもありますよティアさん。私達は国が危機に瀕している時、その身をもって国家を守らねばなりません。やがてくる終末の日。その危機に対して私達が第一に身を張ることは当然の選択なのです。少なくともここフローレシアではそうです。それは貴方だって知っている事でしょう」


 ティア姫は賢い人間であった。

 彼女は誰よりも思慮深く、誰よりも博識で、誰よりも判断力があり……。

 そして誰より論理的であった。


 だからこそ彼女は王と王妃が下した決定に否を唱える事が出来なかった。

 それが最善であると理解しているから。

 他に手段は無いであろう事、非道は決して許されない事。

 全てを踏まえた上でこの決断が最善であろう事。

 そして、二人の決意を無駄にする事は出来ないと理解していたから。


 ……だが王と王妃は間違いを犯していた。

 彼らは自らの娘の有能さを信じるあまり、彼女を神聖視すらしていたのだ。

 どの様な事があっても自らの責務に基づいて国家を導く事が出来る完全無欠の指導者。

 しかしながらその様な夢物語等どこにも無い。

 故に、自らの死後に娘が導く完全な国家を夢想する彼らには俯いたティア姫がどの様な表情をしているか気づく事が出来なかったのだ。


「分かりました……」


 やがて顔を上げたティア姫はいつもどおりの快活とした表情を二人に見せる。

 その様子を肯定にとらえた二人は満足そうに笑う。

 ティア姫は天才と呼ばれる人間だった。

 そして同時に、狂った国の中で誰よりも心優しい人間でもあった。


「私にお任せくださいお父様、お母様! 必ずや終末の日を乗り越え、フローレシアの人々を平和の元導いてみせましょう!」


 もし、心と言うものが形を持った物質として存在していたのならば……。

 ティア姫の心はこの瞬間に、致命的なヒビが入ってしまっていただろう。

 それに気づけた者は残念ながらいなかった。


 勇者召喚の儀式は二つのプロセスを持って行われる。

 まず生贄となる人物を大規模な儀式を経て魂石と呼ばれる特殊な結晶に変換する儀式。

 そしてその魂石を用いて勇者を召喚する儀式。

 この二つをもって勇者召喚の儀式は完成される。

 悲劇的な事に、生贄を魂石に変換する儀式は準備を終えておりすぐにでも行う事ができた。

 それは彼女が有能である事の証拠とも言えた。


 王と王妃を生贄に捧げる儀式の実施は1か月後に行われる事となる。

 国民への告示、宴、引き継ぎ等が慌ただしく行われ、王と王妃が失われたその後でも問題なく国家が運営出来る様にシステムが構築される。

 ……儀式の日まで、ティア姫は笑顔を絶やす事はなかった。

 彼女は自らの両親に決して不安を掛けたくなかった。

 彼女がフローレシアと言う国を愛している思いと同じ位、彼女の両親は国家を愛していた。国民を愛していた。

 だからこそ自らの両親の決意と、自らに課せられた責務の重さが痛いほどよくわかった。

 だからこそ、言い出せなかった。

 本当は泣き叫びたいほど悲しい事。

 両親がいなければ何もできない事。

 自分は今だって小さい頃と同じように泣き虫である事。

 国を纏め、導く事なんて到底無理だと思っている事。


 彼女はその全てを飲み込んだ。

 ほかならぬ愛する両親の為。そして愛すべき国家と国民の為。

 彼女はその全てを背負うと誓ったのだ。

 この決定に外道公、宰相、じぃやと言った重鎮の中でも一際影響力を持つ者達が疑問を呈し再考を求めたが王と王妃は聞き入れなかった。

 何より。ティア姫がそれを良しとしなかった。


◇   ◇   ◇


 別れの日はあっけなく訪れた。

 それはまるで走馬灯の様に過ぎ去る日々だった。

 わずか1ヶ月の間、ティア姫はこれから得るであろうはずだった思い出をこの短い期間の間で全て先取りするように、大いに両親と語らい、笑いあい、甘えた。

 はつらつとしたその様子に彼女の両親もますます安堵し、輝かしき国の未来へ思いを馳せる。

 国中が歓喜と希望に湧いた。

 人々は王と王妃の献身に感動し咽び泣き大いにその偉業を称えた。

 大臣達はティア姫によって導かれるフローレシアの最盛期に思いを馳せ、その一端を担おうと必死に己が出来る事を模索した。

 王連八将はその決定を受け止め、彼女を脅かすありとあらゆる敵を打ち砕く刃となる事を決意した。

 計画は完璧であった。ティア姫がいればどの様な問題も解決でき、バレスティア黄金帝国や聖堂教会と言った強国ですらフローレシアの前に膝を屈するであろうと思われた。

 悲劇はすでに過去のものとなりはて、人々の眼前には開放と希望、幸福しか残されていなかった。

 国中が浮かれていた。全ての国民が幸福の絶頂にいた。

 ただ一人、ティア姫をのぞいて。


 光に煌めく儀式場。

 フローレシア城の一番高い箇所に建築されたそれは複雑な儀式陣が床に刻み込まれ、壁の至る所に魔力ランプによる淡い光が灯っている。

 王と王妃を見送る為に特別に装飾されたそこは、普段の薄暗く無骨な様相とは打って変わって、美しい刺繍の入った壁掛けや、巨大な国旗、金に輝く燭台等様々な装飾が施されている。

 儀式の準備に問題等なかった。

 ティア姫が陣頭を取り行われたそれは完璧と言っても過言では無いほどの正確さと緻密さを持って行われ、後は赤子ですら術の行使が可能な程に準備されている。

 静かな厳粛な雰囲気が流れる儀式場において、不安を感じる者など居ない筈だった。


「それでは儀式を始めますぞ。本当によろしいのですな?」

「はい、もちろんです。王と王妃の決定に間違いはありません」


 じぃやと呼ばれた男性の言葉、最後のチャンスに誰よりも早く答え振り払ったのはティア姫だった。

 彼女に篭もる強い決意の光。

 この場に至って、自らの娘が理想の施政者となったと理解し、王と王妃は満足気に頷いた。

 長く、苦しい日々だった。

 小国であり独特の文化を形成するフローレシアは常に滅亡の危機に貧していた。

 他国からの干渉。国内経済の衰退。食料の生産すらままならない貧しい土地。

 そして終末の日による国家破滅。

 だが、もはや王と王妃にその不安はない。

 その過激な行動と常識を逸した政治決断から狂王と迄言われれ、国家の為に尽くした人生からも開放される。

 最後の仕事と共に。後は愛すべき娘が十全に行ってくれるだろう。

 王と王妃が施政者となって国に残した一番の功績。その事を問われると二人は間髪を容れずこう答えるだろう。

 曰く「ティアを産んだ事」……と。


「じゃあちょっくら行ってくるわ」

「お元気でティアさん。父と母はあの世から貴方の活躍を見守っていますよ」

「まぁ、勇者召喚は俺達にまかせておけ、聞き分けのいい男を見繕ってやるからさ! なんなら世界一強力な勇者でもいいぞ! フローレシアに逆らわない様監視してやる!」

「まぁ、貴方ったら……ふふふ」


 もちろん生贄となる者にそんな事は出来るはずもない。

 魂石となった者はただこの世界の物理法則から外れたエネルギー塊となるだけだ。

 だが、古来より魂石と呼ばれる存在はその人物の魂そのものであると信じられていた。


「ありがとうございます。お父様、お母様。お二人にお任せするのです。きっと召喚される勇者様は素晴らしいお方でしょう」


 ティアは穏やかに微笑んだ。

 彼女がどれほどの思いを持ってその言葉を吐き出したのか。

 それはティアだけにしか知る事ができない。


 やがて儀式が開始される。

 術の行使を担当する大臣達が魔術を詠唱し、魔力の流れが魔法陣を通じてその中央に立つ王と王妃を包み込む。

 両親とティア姫を永遠に切り裂くその呪文がまるで荘厳な賛美歌の様に輪唱され儀式場に光が満ちてゆく。

 ティアはその様子を何も言わずに眺めた。

 彼女は、本当ならば儀式止めたかった。

 だが、最後までそれをする事はできなかった。


 やがて儀式は終わりへと向かう。

 強烈な光によって王と王妃は見えなくなっており、やがてその光も小さく収束していく。

 その様子を見ながら追いすがるように手をのばすティア姫。

 しかし、彼女の手は虚しく虚空を掴むだけだ。

 ……全てが終わった。


 光の消えた儀式場には二つの拳大の魂石が残る。

 血を思わせる色合いの、力強い雰囲気を漂わせる大きめの魂石。

 そしてその石に寄り添うように転がる慈愛の雰囲気を漂わせる澄んだ水を思い起こさせる少し小さめの魂石。


「儀式は滞り無く完了しました」


 大臣が告げた言葉を聞き、よろよろとティア姫が二つの石が転がる魔法陣の中央へと歩いてゆく。

 やがて石の前に来たティア姫はその瞳に溢れる涙を隠しもしないまま、膝をつき二つの魂石――両親だった物を抱え込む。


 誰も言葉を発する事が無い儀式場に、ティア姫の悲しげな嗚咽だけが響いた。


 一分が経った頃。大臣達はそれがティアが見せる家族への祈りだと理解した。

 愛するべき両親を犠牲にして国家に尽くす指導者。彼らは今にでも振り返り自らの新しい指導者が力強く両親の死を乗り越える事を信じて疑わなかった。


 二分が経った頃。いまだ面を上げぬティア姫を見て彼らはその愛の深さに感動した。

 彼女がどれほど家族を愛しているのか、そしてその死を乗り越えようとしているのか。

 そして彼女の国家に対する献身に心の底から敬意を表し、彼女の力とならんと決意を新たにした。


 ………

 ……

 …


 十分が経った頃、大臣達は心の内にて自らを知りうる限りの口汚い言葉で罵倒した。

 彼らはここに来てようやく気づいたのだ。

 自らが致命的な間違いを犯していた事に。

 ティア姫が自らが望む完璧な指導者などではなかった事に。

 自分達は小さくか弱い、誰かがいないと何もできない少女にありとあらゆる期待を寄せていた事に。


 やがて振り返ったティア姫は酷い有様であった。

 涙で顔はぐしゃぐしゃに汚れ、しかしながら浮かべる表情は能面の様に虚無が漂っている。

 大臣達は理解した。

 あの瞬間、彼女の両親が逝ったその瞬間。

 彼女の両親と共に彼女の心も死んでしまったのだと。


「笑いなさい……」


 目の前で両親を失った哀れな少女。

 彼女が最初に発した言葉はおおよそ理解に苦しむものであった。

 大臣達にも困惑が広がる。

 ティア姫は、ただ静かにそこに佇むだけだ。


「我が国の国是は『いかなる時も笑顔であれ』。この国は私が導く。私がお父様とお母様の期待に応え、必ずや終末の日を乗り越えてみせます」



「もはや心配も不安も、絶望も悲しみも必要ありません。それは私が全て受け止めます」



 ティア姫の言葉は頼もしいものであった。

 だが、恐ろしく危機的な何かを含んでおり、狂気的な何かを孕んでいた。


「命令です。笑え」


 ドッと場内に笑い声が満ちる。

 大臣達は各々が持てる限りの演技で笑い出した。

 だが誰としてその瞳に笑顔は含まれていない。

 何より、ティア姫こそ暗い瞳のまま能面の様に佇んでいる。


「お父様、お母様。見ていてください。私が……貴方の娘が。必ずやこの国を導いてみます」


 ティア姫は自らの腕に収まる二つの小さな魂石に向かって小さく呟く。

 その呟きは笑いに満ちる儀式場にあってやけにはっきりと聞こえた。

 大臣達が深く頭を下げる。

 それは贖罪だ。

 彼らが犯した過ち、それをどの様にしても償うとこの場にいた全員が意識を同じくした。

 奇しくも、彼ら大臣達の決意と贖罪によってフローレシアは鉄の結束を誇る事となる。


 この日一人の輝かしき才能を持った少女が死に、一人の哀れでみすぼらしい指導者が生まれた。

 彼女は探し続ける。

 己が生まれた意味を。

 己の敵を。

 己の守るべき者を。

 己が為すべき事を。


 そして、己の空いた心を埋め、導いてくれる者を……。


「必ず――どんな事があっても……」


 怒り、嘆き、苦しみ、ありとあらゆる想いをを含んだティア姫の言葉。

 そして彼女が持ちうるありとあらゆる物を込めたその決意と共に――。


 勇者カタリは召喚され、物語は始まりを迎える。

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