第三十五話
聖堂教会から派遣された異端審問官聖者ワイマールとその部下達。
彼らが来た事実は完全に存在しなかったものとして闇に葬られた。
後日プッタネスカから届いた連絡によると無事今回の事件のもみ消しも完了し、現在は絶賛敵対派閥を駆逐中らしい。ご苦労な事だ。
モーガン司教の遺体は荼毘に付された。
当初は本人の意思が残るアンデットとして蘇生させる案も浮上し実際にその儀式も行われたのだが、本人の魂が拒絶したらしくそれも失敗に終わる。
聖堂教会では死者が蘇ることを認めていない。
モーガン司教はどうしようもない男だったが、最後の最後まで聖堂教の敬虔な信者だった様だ。
だが、子供達の悲しみは見るに耐えなかった。
彼はどれほど愛されていたのだろう、大きく泣き叫ぶ子、静かに涙を流す子、耐えるように拳を握りしめる子。
「誰がモーガンお父さんを死なせちゃったのですか?」
国を上げての葬儀が行われる中、犬耳の少女が俺に尋ねてきた。
一番最初にペレーナ大聖堂で出会った時、俺が何者かと問うてきた少女だ。
泣きはらした赤い瞳と舌足らずな口調で尋ねられたその質問だったが、嘘偽りを許さぬ強い意志が感じられた。
その言葉に正直に答える。
俺達に迷いがあった事。聖者ワイマールがその狂信的な思想でモーガン司教を処刑した事。モーガン司教は最後まで立派であった事。
そして聖者ワイマールはその能力故に死なず、何処かへと転生してしまった事。
全てを説明した後、小さく頷いた少女の瞳に宿る暗い色を俺は忘れなかった……。
こうして一人の男が死に、フローレシアに束の間の平穏が戻る。
街は依然として崩壊し散々な状況ではあるがこの程度であれば俺の能力を使えばすぐに復旧が可能だ。そもそもフローレシアの住人達だけでもどうにでもなる。
ただ、失った人だけが戻ってこなかった……。
◇ ◇ ◇
トントンとノックをし、室内の気配を扉を開けず窺う。
目の前にあるのは巨大な木製の扉、美しい彫刻が施されたそれはここの主が貴人である事を主張している。
ここはティアの執務室。
あの日、ワイマールが襲撃して来た日より彼女はずっと部屋に篭りきりになってしまった。
暫くしたらいつもの様に元気になってくれるかと思っていたのだがどうやら今回の出来事は彼女にとってとてもショックだったらしく一向に良くなる様子がない。
しびれを切らして俺に救いを求めてきた大臣達の言葉にしたがってティアの部屋の前に来てみたが、なるほどこれはちょっと重症だ。
「相変わらず、調子よくないみたいだね……」
「姫様はああ見えて繊細なお方ですからな」
「本来は国を背負うには若すぎるのですじゃ」
「しかし、姫様でなければ……」
普段ふざけた態度を取り続けている大臣達でもこの有り様だ。
彼らは一様に困惑と不安の表情を見せ、ティアの身を案じている。
「と、言うかお前達がもっとティアをサポートすれば問題ないんじゃね? 無駄に忠誠心だけは高いんでしょ? 特にこう言った時の場合はさ」
素朴な疑問を尋ねる。
ティアはまだ国を背負うには若すぎる。その天才的な才能を持ってしても襲い掛かるプレッシャーは相当なものだろう。
あまり深く考えずに日々を生きている俺とは違ってティアはその本質的な部分で無理をしている所がある。
ならばこそ、その点を理解して大臣達がもっと彼女を助けるべきなのでは? と思った。
「姫様はフローレシアの名を継ぐお方なのですからな……」
「我々もあのお方に期待をし過ぎているのです」
「王と王妃はそれはそれは凄まじいお方でしたからな。そして姫様も……皆それを忘れられず変わらず期待し続けてしまうのです」
「一人で出来る事なんてたかが知れているぞ?」
「ほっほっほ。それでも、姫様ならばと思わずにはいられない。我々はとても度し難い生き物なのですよ、勇者殿」
困惑の表情を見せる大臣達を割って現れたのはじぃやだ。
彼だけは普段通りの好々爺として様子でその白ひげを撫でながら穏やかに語る。
はたしてこの男は何者なのだろうか? そして何を知っているのだろうか? 思わず聞きたくなったが今はその様な話をしている場合ではない事は俺でもわかる。
「それで、俺はティアにいつもの様に笑って欲しいだけなんだけど。どうすればいいんだ? 彼女に過度な期待を寄せる国を捨てて二人で愛の逃避行でもすればいいのか?」
冗談ぶったその言葉にじぃやは心底嬉しそうに笑う。
それは俺を馬鹿にしたとか、俺の言葉が面白かったとか、そういった感情ではなく何処かその言葉を喜んでいる様な、そんな笑みだった。
「なぁに、簡単な事ですじゃ。我々が彼女に期待しすぎていて、彼女の助けとならないのであれば勇者殿がその助けになればよい。さっさと行って励ましてくだされ。きっとあのちょろい姫の事じゃ、とても喜びますぞ?」
その言葉に大臣達が珍しく顔を顰める。
へぇ、なんというか一枚岩じゃないんだな。普段から仲良くしている大臣団ではあるがじぃやとの関係は少々微妙な物らしい。
そんなどうでもいい事を考えながら目の前の扉に手をかける。
この先に居るティア。
彼女はどんな様子だろうか? どんな言葉をかければいいだろうか?
小さな緊張を感じながらその手に力を入れる。
「責任取れるなら押し倒してもいいですぞー」と、どこか楽しそうに耳打ちするじぃやに肘を食らわせながら、俺は明かりのない薄暗い部屋に入って行った。
………
……
…
その部屋は広々としており、物足りなさを感じる程度の調度品しか置かれていない。
全てのカーテンが閉められた窓の近くにはキングサイズのベッドが置かれており、その上ではティアが膝を抱え体育座りの状態で顔を俯かせていた。
俺はそっと彼女を刺激しない様に歩み寄り、ベッドに腰掛けると優しく声をかける。
「ティア、こんにちは。お邪魔しているよ」
「カタリ様……」
小さくはあるが、確かに彼女は返事をしてくれる。
その様子から彼女が気落ちしているものの、まだ完全に心が折れていない事を知り安堵する。
そのままどちらも声を発する事の無い静かな時間がすぎる。
今何かを言うのは無粋な気がした。
彼女の側にいてやろう。
彼女が少しでも安心できる様に一緒にいよう。
「聖堂教会の問題は、全て上手くいったそうですね……」
どの位時間が経っただろうか?
ティアはおずおずと、自らが気になっていたであろう事を俺に尋ねてくる。
彼女はあれから部屋から出てきていない。
大臣からの報告も満足に聞いていないらしくあの後の出来事も詳しくは知らないのだろう。
そんな彼女を咎めるでもなく、俺は努めてゆっくりとした口調で説明を行う。
「そうだね。プッタネスカ大司教が全部上手くやってくれたみた。フローレシアに入り込んだ聖堂教会の異端審問官も全員殺せたし、一段落と言った所だね」
「そう……ですか」
そう一言呟いた後、ティアはまた黙りこくってしまう。
やがて小さくシクシクとしたか細い鳴き声が彼女より上がる。
俺は彼女の手をそっと握り、「大丈夫だよ」と幼子をあやすように空いた手で背中をぽんぽんと擦る。
「私は、私のした事は間違っていたのでしょうか? 国を守ろうとしたのに、結局は悪い選択をしていただけでした。私はこの国を導くのにふさわしくないのでしょうか? やはり私では無理だったのでしょうか?」
「大丈夫。ティアはちゃんとやっているよ、安心して。君はちゃんとこの国を導いている」
「……あの時の判断はあれが最善だと思ったのです。そうすれば解決すると、少数の犠牲で皆を救えると思っていたのです。けど違った。私の選択なんて何も意味をなさなかった。挙句モーガン司教を無駄死にさせてしまった。国民を決して犠牲にしないと、全ての人に笑顔をもたらすとあの時誓ったはずなのにっ!」
ティアの告白は悲鳴にも似た叫びとなって俺に向けられる。
彼女がどれ程国を思っていたかはわからない。ただ、彼女の心はその重圧で今にも押し潰されそうになっている事だけははっきりとわかった。
「もう嫌だ、もう辛いのですカタリ様……どうしていいか分からないのです」
顔を上げ、こちらを泣きはらした瞳で見つめる彼女には普段の快活な様子など何処にもなく、孤独で弱い一人の女の子がいるだけだった。
フローレシアは俺を召喚する為に王と王妃をその生贄に捧げている。
一体彼女にどれほどの負担がかかっていたのだろうか? どれほどの悲しみがあったのだろうか?
俺に何が出来るだろうか? 空いた彼女の心を埋める事が出来るだろうか?
彼女の笑顔を取り戻す事が出来るだろうか?
「どうしていいか分からなかったら。どうもしなければいいんじゃないかな?」
「あっ……」
ティアの表情が絶望に染まる。
どうやら拒絶に取られたらしい。
俺は苦笑いを浮かべながら彼女手をぐいっと引っ張り、勢いによって引き寄せられたティアの体を優しく抱きとめる。
驚きと共に顔を赤くするティアに俺の気持ちを伝える。
「そういう意味じゃないから安心して」
「え? あ、は、はい……」
目をぱちくりとさせながら驚くティア。
慌てた様子を見せながらもキチンと俺の胸に収まってくれるのは彼女が俺を信頼してくれている証だろうか?
「ティアはね。頑張りすぎなんだよ。君はお姫様なんだ。お姫様はね、普通はドラゴンに攫われてどこかの洞窟で囚われていたりするのが相場なんだよ? こんなに頑張るお姫様なんて聞いたことがない。そういう事は本来別の人が担当するんだよ」
「別の人……ですか? それは?」
「目の前にいるでしょ? 勇者が国の問題を解決し、勇者がお姫様を救い、勇者が魔王を倒して世界を救う。 それが世界のルールだ。それが王道だ。だからティアがそんなに頑張る必要はない。それは勇者の役目だからね」
静かに、ゆっくりと、噛みしめるように語り聞かせる。
ティアは頑張りすぎている。もっと他の人を頼ってもいいし、もっと気を抜いて生きてもいい。
ただ、彼女は本当に責任感が強くて、心が優しくて、とても賢い子だからそれができないのだ。
最近の出来事で確信した。彼女は弱い。それは支える者がいない弱さだ。
だから一人で無理をしようとし、一人で潰れてしまう。
俺が彼女を支えよう。
本堂啓として、彼女の側にいると誓おう。
「約束するよティア。今から君の悩みも君の不安も、全部俺の物だ。全部俺に任せればいい、ティアは何も心配する事はいらない。どんな事が起こっても、どんな失敗をしても俺が全部片付けるよ」
「もはや心配も不安も、絶望も悲しみも必要ない。それは俺が全て受け止めてみせよう」
「カタリ様……どうしてそこまでしてくれるのですか?」
「勇者だから――と答える所かもしれないけど」
だが違う。俺が彼女を助けようとしていることはそんな簡単な話じゃない。
だってさ、放っておけないじゃないか。
これだけ長い間一緒にいて、あれだけいろんな話をして。あれだけ笑いあったのに。
それに、俺はティアの事を……。
「俺が、ティアにそうしてあげたいから。……君を守りたいと思ったから。だからだよ」
視線が交わる。
お互いがお互いの瞳を見つめ、静かにティアの瞳が閉じられる。
そのまま二人は近づき、やがてカーテンの隙間より薄明かりが差し込む中……。
二人の距離は0になった。
「ああ、カタリ様……」
初めての口づけ。少々気恥ずかしい物を感じながらもそれを悟らせないように平然ととした態度でティアを見つめ返していると、瞳を開いた彼女がうっとりとした表情で俺の名を呼ぶ。
その声にその柔らかい髪を優しく撫で上げる事によって応えると、再度彼女を離さぬ様強く抱きしめる。
「本当に、本当に私を守ってくれるのでしょうか?」
「もちろんだよ」
「私は、そのいろいろ悪い事してますし。沢山失敗もしますし、それにそれに――」
彼女の口先に人差し指を当て遮る。
キョトンとした表情が楽しい。本当なら唇で塞いで……なんて事の方が気障かもしれないが、流石にそこまでする度胸は俺には無かった。
ただ、彼女を守る為ならどんな事でも出来る気がする。
「どんな事があっても君を守るよ」
ぽうっとした表情で、涙をポロポロとこぼしながらこちらを見つめるティア。
その涙を指で拭いながら、俺は彼女に優しく笑いかける。
きっとこれで彼女はもう大丈夫だ。
あとは俺が彼女の負担となる全てを切り払おう。
彼女の剣となろう。
「あ、あの! カタリ様! き、聞いてください! 私達が隠していること! 貴方を呼び出した本当の理由を!」
慌てた様にティアが縋りつく。
どうやらこの機会に全てを吐き出そうと考えているらしい。
俺もその考えに同意する。できればもう一人で悩んで欲しくなかった。
そして、彼女が抱える悩みや苦悩をその少しでも肩代わりしてやりたかった。
「うん、聞くよ。教えて。たしか"終末の日"だったね?」
「は、離さないでくださいね」
不安そうにギュッと服の袖が掴まれる。
薄明かりの中、不安そうにこちらを見つめる彼女の瞳を見つめながら頷き答える。
「大丈夫、絶対に離さないよ」
やがてティアがぽつりぽつりと語り始める。
この国の真実を。彼女達が知り得た事実を……。
「"終末の日"とは一般的には世界大戦であると知られています。確かにそれは事実であり、聖書や様々な場所に残された碑文、伝承や占い、予言などによって確実視されています。ですが、恐らく我々といくつかの国、いくつかの者だけが到達している事実があります」
一呼吸置く。
彼女はそこで何かの決心をするかの様に息を小さく飲み込むと、やがてこちらを真っ直ぐ見つめハッキリとした声で答えた。
「――世界はやがてひとつになります」
「……それって」
聞き手に回っていたがおもわず問いなおしてしまう。
ティアの言う世界が一つになる。
それはかつて世界が二つあったという事を意味している。
そして、もし世界が二つあるとしたら一つはこの世界。
そしてもう一つは……俺が生まれたあの世界。
ティアは小さく頷いた。
「世界に終末が訪れる原因は各国がいくつかの見解を出しています。曰く経済的な問題であるとか領土野心的な問題であるとか……」
何も知らない人ならばそう考えるだろう。
だが、今ティアが言った言葉を知ったのならばその答えはまったく別の物となる。
……世界が一つになる。
俺の世界と、彼女の世界が、繋がり国同士の交流が発生する。
文化も人種も、歴史も……それどころか物理法則や生態系まで違うのだ。
発生する混乱は想像を絶した物となるだろう。
「ですが我々は別の答えを出しました」
先を促す。
そう、ここまでヒントを出されていれば赤子にだって答える事が出来る。
世界の統一。そして世界対戦。
「世界が一つになった事による混乱――それに伴う両世界を巻き込んだ大戦の勃発。それが世界が終わる原因であると、判断しました」
「それは確定なの?」
疑問に思った事を聞いてみる。
確かにフローレシアの住人は恐ろしいスペックを持っており、この国を率いるティアや大臣達ともなると隔絶した能力を普段から発揮している。
その彼らが全力をもって調査を行えばたとえそれが未来の事であっても正確に調べあげる事は不可能ではないだろう。
だが、だとしてもまた少し弱い気がする。
であれば何が決定的な証拠を持っているはずなんだけど……。
「実は我々の大臣の中に未来を予言する固有能力を持った者がおります」
「へぇ、初めて聞いた。それって俺が知っている人? 誰なの?」
未来を予言する……か。
能力としては格別のものではある。なかなか無いレアな能力であり、もし存在が知れ渡ったらその人物を手に入れる為だけに戦争が起こってしまうような代物だ。
そんな能力があっさりと出てくる辺り流石フローレシアと言った所だが、はたしてそれは誰なのだろうか?
「ヘルメス・トリストメギストス。普段私達がじぃやと呼ぶ人物です」
「あいつか……」
「じぃやは実はこの国の建国から生きる大賢者なのです。ずっとこの国を見守り、この国を陰ながら支えてきました」
確かにじぃやは一見すると大臣達の一員に見えて一目置かれている部分があった。
どういう理屈でフローレシアの建国から今まで生きる事が出来るのか全く不明だがここはファンタジー世界だしなんとかなるのだろう。
だが、そんなじぃやが未来を予知したとなると話は違ってくる。
恐らく、かなり正確な部分まで知っているはずだ。
だからこそ、フローレシアは、ティアは、ここまで計画性を持って動くことができる。
「じぃやの能力は非常に強力なものです。彼の力、そして彼が見てきた歴史の事実、それによってこの世界が過去一つであった事が判明しています。
この世界とカタリ様が住んでいた世界。その世界は昔はゲートの様な物で繋がっていました。
それが何が原因か繋がりが消え、二つの世界は別々の法則のもとに歴史を歩んでいく事となったのです。
ですが、それももう終わりが近づいてきます。まるで星々が巡る周期の様に、二つの世界は近づきゲートが再度繋がろうとしているのです」
世界が元々一つだったという言葉には驚いた。
正確には二つの世界が繋がっていたって事だろうけど、過去の歴史を見てもその様な部分は全くなかった。
いや、待て、古くから各地に残る神々の伝承、魔術や魔物、悪魔や妖精について……。
はたしてそれは本当に空想の産物だったのだろうか? もし実際にその様な存在があり、歴史の中でいつの間にか存在しない物であると認識されていたのなら?
「じゃあ勇者召喚ってのは……」
ここまでの会話を整理し、尋ねる。
では勇者召喚と言うのはどういう意味を持つのだろうか?
聖者プッタネスカも知らない勇者の事実、それについてティアは何かを掴んでいるのだろうかと疑問に思う。
ティアは「ああ、何から話せばいいのでしょうか?」とその情報量に困惑しながらも少々頭の中で情報を整理する素振りを見せると続けて説明を行ってくれる。
「勇者と魔王については正直我々もあまり分かっておりません。恐らく自然発生的な事象に名義的に付けられたものだと思います。ただ、勇者には秘密があり勇者を召喚した国と召喚された国は世界が一緒になった時に強い結びつきを持つのです」
「強い結びつき?」
「はい、具体的にどの様な形になるかはまだ分かりません。ですがそれがそれなりに強いものである事は勇者召喚術式の分析やあちらの世界にゲートを繋げた際に開いた穴の分析から判明しています」
なるほど、という事は終末の日において日本とフローレシアが強い結びつきを持つと言う事か……。
俺が呼び出されたのはその為だろうか? 日本との結びつきを得る為? しかし何故に日本なのだろうか?
「カタリ様には謝罪しても謝罪したりません。我々は初めから日本との結びつきを得るために行動していました。これは偶然ではなく必然なのです。私達は日本の一般的な男性、しかもお人好しと言う条件で人を選出していました。どの様な事があってもカタリ様が呼び出されていたのです」
そこまで言うとティアは今にも泣き出しそうな表情でこちらを見つめる。
俺は思考の海からあがると、彼女を見返しそっとその髪をなで上げる。
相変わらず不安そうにする子だが、これが彼女の素なのだろう。
「本当にごめんなさい。私は最初から貴方を利用しようとしていました。カタリ様が本当に誠実で優しいお方であるにもかかわらず、私は貴方を裏切っていた。私は……」
「気にしなくていいよ。何度でも言う。俺は君を助けるよティア。君がとっても優しい子である事は俺が一番良く知っている。頑張っている事も一番良く知っている。心配する必要は無いよ。俺はいつだってティアの味方さ」
だから聞かねばならない。
彼女が内に抱える全てを。どれほどの重圧に耐えていたのかということを。
「教えて欲しいんだ……ティアの覚悟を、君が何を失って、どんな決意をして俺を呼び出したのか」
彼女の瞳を見つめる。
その言葉を聞くために、彼女を彼女たらしめるその根幹を知る為に。
「教えて欲しいんだ。君の両親の事……俺が召喚された日の事を……」
◇ ◇ ◇
「ずっと辛かったんです。もう逃げ出したかった。私には到底無理だったんです」
ヒック、ヒックと嗚咽混じりの鳴き声が響く。
彼女の重圧、起こった悲劇、そして彼女が抱えた全て。
それは僅か十六の少女には重すぎる物だ。
両親を失い、国を一身に背負い、人々の期待に応えながら……。
どれほどの物だったろうか?
俺は知っている。普段からおちゃらけた態度を取るティアではあったがその実はとても心優しい気の弱い少女であると言う事を。
その責務はティアの身に余るものだったのだ。だが皆がそれを彼女に期待してしまった。
ティアなら出来ると思い込んでしまった。
先ほど大臣達が言った言葉が思いだされる。
あの時も大臣達は彼女がフローレシアの系譜として血を引く人間である事に過度の期待を寄せているようだった。
それが彼女を潰している。彼女をここまでダメにさせている。
だがもうそれも今日までだ。ここからは俺が彼女を支えよう。
彼女の苦しみを全て受け止めよう。
「頑張ってたんだね……」
「カタリ様……」
互いを見つめ合う。
俺は優しく彼女に微笑み、その冷えきった心を溶かすように囁く。
頑張れ等と言わない。
彼女に向かってそんなありきたりな言葉は言うつもりも無い。
「大丈夫。これからは俺がいるよ。俺が全て解決してみせる。この国の平和も、敵の駆逐も、ティアが不安に思っている何もかも全て俺が解決してみせる」
「本当……ですか?」
「ああ、だからティアは何も心配する事はない。君はしたい事をしたい様に、すればいいんだ。何か問題があっても俺がいるからさ」
「カタリ様……もう一度」
ウットリとした表情で呟くティア。
その瞳は潤み、薄明かりの中でも彼女の頬が朱に染まっているのが分かる。
やがて二人の絆を確かめ合うかの様に口づけを交わし。
俺はティアをいつまでも抱きしめていた。