第五話
舗装された石畳の道。軒を連ねる色鮮やかな店々の看板。
幾何学的な文様が施された、不揃いで手作り感がある建物の数々。
活気溢れる商人達の声。
異世界の街は、俺が想像する以上に新鮮で未知にあふれていた。
「おおっ! これが王都かー! こんな風になってるんだ!」
「ふふふ、カタリ様の街と比べてどうでしょうか? この街も悪くは無いでしょう?」
自らの国が築き上げた町並みがさぞかし自慢なのだろう。
いつも見る何処か他意の含まれる笑みとは違い、今のティア心底嬉しそうな笑顔を見せている。
そんな彼女の笑みを見ていると、なんだかこっちまで嬉しくなってしまい、自然と笑みが溢れてくる。
「異国情緒に溢れていて凄く新鮮な感じだよ。なんていうか、科学的な文明ともまた違う感じがするなー」
「こちらでは魔導科学が発展していますからね、夜になると王都では様々な色彩の魔導ランプが一斉に点灯し、また格別の趣があったりするのですよ!」
俺達は、まるで久しぶりのデートではしゃぐカップルの様に和気あいあいとした雰囲気で街並みについて語り合いながら歩いて行く。
フローレシアの王都、その街並みは俺が今まで見た街並みとは一風違っていた。一般的なファンタジー的な世界とも違い、少しメルヘンチックなイメージが強い。
俺達の住む街、例えば東京などの都心部の有り様を合理性と統一性であると評するならば、この王都の町並みは芸術性と多様性であると評する事ができるだろう。
その艶やかで騒々しいとも取れる装いの数々は、俺の好奇心を刺激してやまない。
「それにしても、この国っていろんな種属の人たちがいるんだね。エルフとかドワーフとかは聞いた事あるけど、他にも初めて見る人達が沢山だ……」
初めて見るエルフの魔法使い。初めて見るドワーフの親方。初めて見るワーウルフの冒険者。
その全てがよく知るものであり、同時に初めて見るものでもある。
あまりジロジロ見ては流石に失礼だろうと、チラリと向けた視線で得た情報を脳内に刻み込む。
この街は、様々な人々で溢れかえっていた。
「この国は多種族多民族多宗教国家ですからね。元々は土地を追われた人々が建国した歴史があるのです。その為迫害等によって他から移住してくる人々は別け隔てなく受け入れる土壌ができているのですよ!」
「凄いなぁ! でも、その話しぶりからすると、やっぱり種族間や地域による差別とかってあるの?」
ティアは迫害と言った。
やっぱり一部の亜人が迫害される、なんて話があるのだろう。
少なくとも、見た限りこの国ではその様な事はなさそうだけれども……。
「そうですね、やっぱり人は自分とは違う物を排除したがるのでしょう。なかなかその意識を改めることは難しいのです。じぃやとかは普段からガイゼル地区に住む人達をゴミクズのように言っていて私達も苦笑いが絶えないのですよ!」
「いや、そこは注意しろよ。なんで多民族国家の要職が差別主義者なんだよ。しかも苦笑いで済ますってどうなんだよ……」
途端に興奮した気持ちが覚める。
この国の人間と言うのはこれだ。ちょっと感心したなと思っていたらすぐにそれ以上の爆弾を平気で投下しやがる。
しかも倫理観や常識・マナーと言った物を何処か遠くに置き忘れてきたらしく、まったくもって突拍子もない事を言い出した挙句注意しても反省をするつもりはない。
いや、最近少し思うのだけど、もしかしたコイツら本当は全部分かっていてやっているんでは無いだろうか?
「ふふふ、気持ちは分からないでも無いですからね!」
「だからそういうのやめろって言ってるだろうが!」
コロコロと、口元を手で隠しながらお淑やかに笑うティアに突っ込みを入れる。
……ティアは普段こんな笑い方をしない。多分全て分かってやっているんだ、俺はこのアホの子にいい様に遊ばれているのだろう。
そんなお巫山戯全開のお姫様にため息を尽きながら、ふと気づいた疑問を口にする。
「……それにしても、本当にばれないんだな」
「もちろんですよ! 誰も私が姫だとは気づいていません!」
彼女が元気に返事をする。
その言葉通り街の人々は一切こちらに注目する素振りはない。
と言うか、さっき大声でこのアホの子が自分が姫だと宣言しているにも関わらず、誰もが気にしていないのだ。
俺はこの時点で、胸中にある懸念が現実の物としてやって来る事を確信していた。
「おいそこの別嬪さんを連れた兄ちゃん! 何か買って行ってくれよ!」
今は食材などを扱っている区画にやって来ている。
そこでティアに貰ったお小遣いで、冷やかし気味に声をかけてくる露天の串焼きを買いながら、店員のおっちゃんに思い切って聞いてみる。
恐らく、俺の予感は現実となってる筈だ……。
「なぁ、おっちゃん。俺の連れてる女の子……どう思う?」
「なんだぁ? 自慢か!? こんな可愛らしい子連れて、羨ましいね、お似合いだよコンチクショウ! 大切にしてやるんだな!」
「ありがとうございます!」
自らの串焼きと、俺の串焼きを美味しそうに頬張っていたティアが礼の言葉を述べる。
ああ、分かっていたさ。こんな事だろうと思っていたさ。
俺は心底無念を感じながら、続けておっちゃんに問いかける。
「……ちなみに、この国のお姫様の顔とかって知ってたりする?」
「あったりまえだろうがっ! この国に住んでる奴でティアエリア姫様の顔を知らねぇ奴なんていねぇよ! 例え変装してたって分からぁ! 何だぁ? 兄ちゃん他の国から来たのか?」
「まぁ、そんなところだよ……」
何やら興奮した様子で息巻くおっちゃんに串焼きの礼を言い露天から離れる。
……ダメだ。こいつらも一緒だ。
俺の希望は無残にも打ち砕かれたのだ。少しでも可能性があると希望を抱いていた俺が馬鹿だったのだ。
ティアに視線を向ける。彼女はカイゼル髭をびよよんと伸ばしながらご機嫌な様子でふんぞり返っている。
何処からどう見ても姫だ。一切の隙無く姫だった。
普通に考えて、これが姫だと分からない筈が無い。
故に、この国の一般の人々も王宮の人々と同じであると結論付ける事が出来た。
本当に、本当に……とっても不本意なんだが。
こいつらも――アホなんだ。
「さぁ、私の言う通りでしたでしょう? それではどんどん次に行きましょう! まだまだお見せしたい物があるんですよ!」
「わかったから引っ張らないで――ん? なんだろう?」
グイグイと引っ張りながら、買い物客でごった返す道を突き進もうとするティアを諌めながら早足で歩いていると、突然誰かの叫び声が聞こえた。
「泥棒だー!!」
辺りが途端に騒がしくなる。
人混みに紛れて、少し先の露天で何やら争い事らしき物が起こっているのが分かった。
「泥棒!? カタリ様! 行ってみましょう!」
「いや、待って! ダメだよ、危ないよ!」
興味津々といった表情で野次馬根性を見せ始めるティアを慌てて止める。
彼女は腐っても姫なのだ、それこそ王宮の衛兵の言ではないがその身に何かあっては一大事である。
俺はなんとか彼女を引き止めようと、彼女の手を取り引く。
「望むところです!」
「望んじゃダメでしょうが!!」
が、何故か無駄に力を見せるティアから逆にグイグイと引っ張られ騒ぎの場所へと来てしまう。
周りは何事かと見物する野次馬で一杯だ。
なんとかそれらをかき分けながら、様子が観察できる場所へ出ると、なんと小さな子供が粗暴な見た目の男に拘束され、ナイフを突きつけられている所であった。
「うわぁぁぁああん! 助けてぇぇぇ!!」
「騒ぐんじゃねぇガキが! おい、てめぇら! カネと馬を用意しろ! でないとこのガキをぶっ殺すぞ!」
男を刺激しないようにしているのか、彼を中心として空白が出来ている。
見物客の何人かはその男を諌めようと声をかけるが、男は興奮している様子で汚らしい声でがなり立てながらナイフを振りかざし見物客を威嚇するばかりだ。
「なんてことでしょう! 子供が人質に取られています!」
「ど、どうするんだよ!? 大丈夫なのか?」
予想以上に事態が逼迫している様子に俺も慌てる。
人質に取られているのは小さな子供だ、もし何かあったらと思うと緊張も増す。
「すいません、そこの貴方。何があったのでしょうか?」
ティアが隣で様子を見守る恰幅の良い婦人へと声をかける。
彼女はティアを視界に収めると、その装いの違和感に気付く事も無く質問の答えを返してくれる。
「ああ、アタシも詳しくしらないけど、なんだか盗みを見つけられたバカが激情して子供を人質にとっちまったみたいなんだよ。お嬢ちゃん達も危ないからこれ以上近寄るんじゃないよ」
「なるほど、ありがとうございます!」
「え、衛兵とかはまだ来ないのかな……」
こういった場合、街の治安を守る衛兵が出てくるはずだ。
ここは王都、王宮からも近いし衛兵の詰め所もさほど遠くない場所にあるはずだ。
騒ぎを聞きつけた衛兵がやって来るのは時間の問題だと思うけど……。
「急いで呼びに行ったからね、恐らくあと三時間もすればくるんじゃないかい?」
「遅せぇ! どっから来るんだよ!?」
時間の問題だった。
秒とか分とか、そういった問題じゃなくて本当に時間の問題だった。
……三時間ってなんだよ! どんだけ余裕ぶっこいて来るんだよ!
俺は緊急事態にでも相変わらずの適当加減をみせつけてくれるこの国のアホ共に心中で存分に罵倒する。
人の命がかかてるんだぞ、そんな時位しっかりしろよ!
「しかし不思議ですね。王都は治安もよく、住人も穏やかな人が多いはずなのですが……」
訝しげにティアが呟く。
確かにそれは俺も聞いた。王都は治安が良く犯罪の発生も殆ど無い。
いつの日かティアに教えてもらった言葉だ。
だからこそ今日はさほど気にせずティアと一緒に街へと繰り出せた訳だけど……。
「……アイツは多分ガイゼル地区の強制移民だよ。どうやったかは知らないがあのゴミクズ共はここまでやって来たようだね」
「うーん。それは困りましたね」
この単語を聞くのは二度目だ。
たしか差別主義者の大臣が平然とゴミクズ呼ばわりしていた人々の事だ。
俺はその単語が何か重大な問題を孕んでいる気がし、先程から質問に答えてくれている世間話好きな婦人へと問う。
「あの、強制移民ですか? なんですかそれ?」
「ん? アンタ余所者かい? まぁガイゼル地区の奴らは国に逆らうロクデナシの寄生虫って覚えておけばいいさね」
思った通り、俺が知りたかった事の説明を始めてくれる。
だが俺がもう少し突っ込んだ所を教えて貰おうとしたその時だ。
彼女の説明は悲鳴へと変わる。
「――ってお嬢ちゃん何やってるんだい!」
「えっ? ――ティアっ!?」
その言葉に俺も慌てて振り向き絶句する。
俺の目に入ってきたのは……。
「そこの者! 今すぐその子供を放しなさい!!」
興奮する不届き者の眼前に立ち、厳かに宣言するティアであった。