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第三十四話

 二体の断頭台が向かい合い、己の敵――鏡写しの相手へと触手を伸ばす。

 ガンッと木と木がぶつかり合う音が鳴り、まるで脆い朽ちた木を砕くかの様に触手が弾け散る。


「ダメージが、ある?」

「多分謎の加護が干渉しあっているんだと思うよ? 同じ断頭台同士だから上手く作用していないんだと思う。予想が当たってよかったよ」

「でも、そんな事あるの、です?」


 宰相ちゃんが不思議そうに聞いてくる。

 俺は肩をすくめながら、「でも目の前で繰り広げられてるからねー」とだけ答えた。

 確かに俺もこの事象に関しては半信半疑――と言うか、ここまで話が上手くいくとは思ってもいなかった。

 だが、心の内で自らの魂、そして相棒がこれで良いと語りかけてきたのだ。

 俺はそれに従ったまで、何よりそれで大丈夫だと言う強い確信があった。

 なぁ、相棒?


『断頭台を守護している者は遠い場所にいるからねー。きっとここの事がはっきり見えなくて驚いていると思うよ。いい気味だ!』


 カラカラと嗤う相棒ちゃん。

 何を言っているか全く理解できないけど相棒がゴキゲンみたいで嬉しいです。

 断頭台同士の戦いは未だ続く。

 お互いの触手がはじけ飛んだのかすでに攻防は蜘蛛足を用いたものに移っており、さながら怪獣大決戦だ。

 何かをするべきなんだろうが俺達の攻撃は全て無効化される。

 漆黒の断頭台、その上で上下左右に揺られながら俺達は手持ちぶたさ気味に雑談に興じた。


「ねぇ、宰相ちゃん。折角だしこの子に名前をつけてみようよ。断頭台ってなんだか格好悪いと思うんだよね」

「かわいい名前がいい、です」

「そうだねー、かわいい名前かー。ハニーちゃん。とかどう?」

「かわいい、です」


「貴様らぁ! ふざけるな! 神の遺物だぞ! 神聖なる処刑具だぞ! 聖書にも記されし畏怖と畏敬を集める神話の体現だぞ! 何を何を何を! 何を言っている!!」


 ワイマールが白色の断頭台の中から何やら文句を言ってくる。

 だが俺達は無視する。

 もう戦いは決したにも等しい、ワイマールを煽る事にも飽きたしここは無視するに限る。


「じゃあ後はハニーちゃんに任せて俺達はことの成り行きを見守るか」

「ハニーちゃん頑張れ、です」


 俺達の応援に呼応するかの様に漆黒の断頭台――ハニーちゃんが叫び声を上げる。

 どの様な仕組みになっているか分からないがハニーちゃんも頑張ってくれる様だ。後は彼女? の奮闘に期待する他無いだろう。

 頑張れハニーちゃん。ワイマールを引きずり出して俺達の前に晒してくれ。


 蜘蛛足が振るわれる。

 巨大な木がぶつかり合う音が何度も響き、その度に割れた木片が中を舞う。

 やがて、2つの断頭台はその巨大な体躯をぶつけ合い最後の力を振り絞り攻撃を行った。


「あ……ハニーちゃん」


 宰相ちゃんの悲しそうなつぶやきが漏れる。

 ドシンと巨体が崩れ落ちる音が響き、断頭台の一つがその力を失い動かなくなる。

 それは俺達が乗る断頭台だ。

 中に居るワイマールの分だけ強力だったのだろうか? それとも模倣している分だけこちらの断頭台が弱かったのだろうか?

 とにかく、こちらの断頭台は完全に破壊された。

 もちろん、ハニーちゃんと名づけた断頭台の奮闘もあり相手の断頭台も相当のダメージを負っている。だがまだ蜘蛛足は残っているしワイマールは取り込まれたままだ。

 この点にも何か秘密があるのかもしれない。


「はははははは! やはりやはりやはり神は正しかった! 神の威光は決して悪を許しはしなかった! 見たか断頭台の力! 見たか真なる神遺物の力! 模倣されしまがい物等ひとたまりもないわ!!」


 自らの断頭台が勝利したことで己のアイデンティティが保たれたのか、一気に勢いづく聖者ワイマール。

 確かに奴の断頭台の方が強力だった。この結果は途中より予想されたものだ。

 折角作り上げた断頭台が無残にも破壊されたのは憤りを隠せないが、事実は事実として受け止める。


「うん、確かに凄いわ。流石オリジナルって言った所だな」

「ふん、当然だ背信者よ! 貴様の様な悪魔が作った物など、もはや模倣品と言うことすら神への冒涜だ。その様な物、いくら用意しようとも神の名を汚すことはできなん!」


 ワイマールは完全に舞い上がっている。滑稽な事この上無い。

 だからこそ気づかないのだろう。

 俺達がこの様な状況において尚余裕を崩していない事に。

 そして俺の内で練り上げられる暴虐的な密度を持った魔力に……。

 だから、あえて俺は言ってやる。

 わかりやすい様に。

 相手が絶望しやすい様に……。


「なるほど、"いくら用意しても"か……」

「……はっ?」


 ワイマールがマヌケな声を上げた。

 やがてその声色は困惑から驚愕へと変わる。


「まさか、まさか……。ふざけるな! その様な事が! その様な事があってたまるものか! なぜ、貴様は! なぜだ、何だというのだ! なんなのだ貴様は!?」


 俺達の背後には巨大な塊が鎮座している――それも2つ。

 俺の魔力をふんだんに吸い取ったソレは、ドクンドクンと胎動を続けその誕生を今か今かと待ちわびている。


「安心しろよ聖職者。だってお前は神の祝福を受けてるんだろ? じゃあ大丈夫だって! たった"2体"のおかわりだ。いけるいける。頑張れ! 神様が見ているぞ!」


 ビキリと殻が割れる音がなり、耳を劈く金切り声が2つ重なってワイマールへ絶望を突きつける。

 漆黒の断頭台が生まれ落ちた。

 どす黒く変色した蜘蛛足、不気味に蠢く触手、刑の執行をいまかいまかと待ちわびる巨大な刃。

 地に伏した己の仲間の仇をとらんと王都に響き渡る叫びを上げている。


「ハニーちゃん2号、3号、です!」

「こりゃあちゃんとした名前を考えてあげる前に終わっちゃうかな? 敬虔なる神の下僕であるワイマール君には是非とも頑張って頂きたいものだ!」


 彼我の戦力差は明らかだ。

 相手の断頭台はすでに満身創痍、だがこちらの断頭台は全身にその力を漲らせている。

 もはやワイマールが行うどの様な抵抗も意味を成さないだろう。

 圧倒的な漆黒の威圧に白色の断頭台はその色を霞ませる。

 ひと目に見てわかる絶望的な状況、もはや聖者に残された道は敗北しかない。


「ああ、神よ……お守りください」


 全てを悟ったのだろう、聖者ワイマールはかつて神遺物と呼ばれ一身にその信仰を集めた断頭台の中で絶望の言葉を漏らした。


 ………

 ……

 …


「さて、聖者ワイマール君。我々は今から君を審判にかけなければいけない」

「くっ! ふざけるな! 神はお許しにならないぞ!」


 芝居がかった態度でワイマールへと告げる。

 とうの本人は俺が創りだした断頭台の一つ、その断首台にうつ伏せになる形で括りつけられ苦悶と反抗の言葉を並べ立てている。

 俺はその顔面を蹴りあげながら静かな言葉で尋ねる。

 この男には聞いておかなければいけない事があったからだ。


「なぁ、お前。お前なんでモーガン司教を殺したんだ? まがりなりにも聖職者だろ? あの人は殺される程の事をしたのか? 神様はそれを望んでいるのか?」

「ふん、亜人に与える慈悲等ないわ。奴は存在しているだけで害悪だ。そうでなくてもフローレシアの聖堂教会は聖都の指示に従わぬ事が問題視されていた。献金を私的に利用する聖職者等あってはならぬ、亜人でなくても許せはせぬわ」


 ワイマールは答える。

 やたら饒舌でもしかしたら何か策を弄しているのかとも思ったが、チラリと視線を向けた宰相ちゃんが黙って首を振っている所からそうでもないらしい。


「確かにまぁモーガン司教はろくでもない奴だったよ。俺を色街に誘ったりするし、仕事はろくにしないし、酒は飲むし無駄遣いはする。おおよそ聖職者とはかけ離れた男だった。シスターさん達も困っていたみたいだしな」

「ふん、なんと怠惰と強欲にまみれた生活だ。やはり処断して間違いなかった」


 ワイマールは触手によって拘束されたながらもふてぶてしく答える。

 まるで自分の行いを一切疑っていない様で他者を顧みない盲目的な信仰がそこにはあった。


「だがな、モーガン司教は誰よりも人々の事を愛していた。シスターや神父、信徒が困っていれば深夜だろうが早朝だろうが相談に乗ってたし、子供達が熱を出せばいの一番に飛んできて看病をしていた」

「…………」

「仕事はしなかったし、金は横領して無駄遣いする。女は買うし酒も飲む。だがな、あの人は皆から愛されていた」


 ワイマールは何も答えない。

 俺は気にせず続ける。


「知っているか? 毎週末の休日はモーガン司教がちびっ子達に童話を読む日だったんだ。それをあのちびっ子達は楽しみにしていた。……だが、もうその日も二度と来る事はない。俺はあの子達になんて伝えればいいんだ? お前は聖職者だろ? 答えてみろよ?」


「亜人は全て滅しなくてはならん。それが神託であり神の意志だ」


 ワイマールは静かに黙想し、瞳を開き一言だけ答える。

 その言葉はどこまでも意志と決意が篭った物であり、ただ致命的に俺達の考えとは違っていた。

 小さくため息をつき首を振る。

 こいつに期待した俺が馬鹿だった。少しでも人間の心が残っているかもと考えた俺が愚かだった。

 もはや視界に入れる事すら不愉快だ。

 終わらせよう、全てを。ここにフローレシアを侮辱した愚かな聖職者は全て死に絶える。


「じゃああの世で神様に言え。お告げ通りに行動したら殺されました。ってな」


守護天使(カスマリム)よ! 我に祝福を与え――」


 ズン……と大きな音が鳴り地面が揺れる。

 ワイマールの頭蓋は断頭台の刃の勢いにより吹き飛ばされ、大きく大きく弧を描いたあと地に落ちる。

 ――数秒だろうか? 気を抜くこと無くその様子を眺める。

 ワイマールの身体からは生前感じられた魔力は感じられず、復元する様子も一切ない。

 どうやら今回は完全に殺すことが出来た様だ。

 ほっとひと安心し、周りを見渡す。

 王都の町並みはひどい有様だ。

 断頭台がやたらめったら暴れまくったいたる所が破壊されており復旧にも労力がかかると思われる。

 もっとも、俺や宰相ちゃんが暴れまくったお陰で破壊されば部分の方が大きいと思うが……。


 崩壊した王都を眺めそんな事を考えていた時だ。

 パンパン……と両手を打つ音が場違いに響く。

 そちらに視線を合わせると、ワイマールの死体の上で座りながら嬉しそうに拍手をする聖者プッタネスカがいた……。


「いやー、お見事! 実にお見事! まさかこの様な方法でワイマールを殺してくれるとは思いもしなかったよ! これではワイマールもひとたまりもないだろう」

「実に遅い登場だな。俺は今ちょっと機嫌が悪いんだ。一言だけ聞くぞ? モーガン司教が殺されたのはお前が仕組んだからか?」


 剣先を向け冷淡に問う。

 プッタネスカは俺の態度にギョッとした芝居がかった様子を見せると、慌てて言い訳の言葉を並べ始める。


「いやいやいや、待ってくれたまえ! モーガン司教に関してはワタシの知る所ではないよ。彼に関しては……残念だった。危険性があるのは承知していたが、君達が助けてくれると思っていたのだよ? これは本当だ」


 モーガン司教に関しては予想外だったとしても、少なくとも俺とワイマールがぶつかる事は彼の想定内だった訳だ。

 苛立ちが増してくる。

 全て手のひらで踊らされていたと言うのはけして気持ちの良いものではない。

 だが少なくともワイマールは殺す事ができた。

 後はプッタネスカが上手くやってくれる。

 ……こいつの言葉が本当ならば、の話だが。

 既に周りには大臣達や兵士達が集まってきてる。

 皆が見守る中、俺はプッタネスカに肝心の部分を聞く。


「さて、プッタネスカ。お前との約束通りワイマールは殺した。次はお前が約束を守る番だ。あの時の言葉は事実か?」


 その瞬間、プッタネスカは表情の分からぬ顔でニヤリと笑う。

 その笑みに瞬間的に嫌な物を感じ取る。やはり何かを隠していたか。


「その事なんだがね。実はワイマールは死んでいないんだよ偉大なる勇者カタリ様」

「……どういう事だ? ワイマールの死体はお前が今聖職者らしからぬ態度で冒涜しているだろう?」


 ワイマールの死体は確かにプッタネスカの下にある。

 もちろん彼がその死体に何かをしていると言う様子も気配もない。

 にも関わらずその様な言葉を放つプッタネスカに俺は眉をひそめる。


「ワイマールの固有能力守護天使(カスマリム)――我々の中では神の祝福と呼ばれているが、その能力の本質は再生や復元ではない。その能力の本質は"再誕"……つまりワイマールは何度殺そうが必ず生まれ変わるんだよ」


 その言葉を聞いた広場の全員に動揺が走る。

 ではいくらワイマールを殺した所で奴が生まれ変わりこの事実を聖堂教会へと報告する事は避けられぬ事態だったわけだ。

 剣を持ったままプッタネスカに近づく。

 彼の首の横、軽く振るえばその首を跳ね飛ばす位置まで剣を持ってゆき静かに尋ねる。


「お前は俺の敵か? 味方か?」


 その様子にプッタネスカはまた慌てた様子で居住まいを正す。

 まるで誤解を解くかの様に立ち上がると「待って! 待って!」と両手を上げて降参のポーズを取り出したのだ。

 その態度に俺も少々気が抜かれ彼の話を聞いてやる事にする。

 場合によってはそのまま首を跳ねるつもりだったのだ。


「その点は安心し給え! ……ワイマールが転生するのには時間がかかる。それに彼が転生――憑依と言った方がいいかね? その対象の条件は聖堂教会の領地内に住まう敬虔な信徒と限られている。見つける事は難しくない」


 自信を持った声でプッタネスカが答える。

 だがその言葉は頷く事ができない。どうにもこうにも穴がありまくる気がしたからだ。


「やけに自信がある様だけどお前の所の領地はかなりの規模なんだろ? 部下を使ったとしても見つかるか? そもそも、どうやって見つかるんだ? 恐らく、一見して分からないだろう?」


 至極もっともな問い、だがプッタネスカはその言葉に不敵な笑みを浮かべる。

 やがて彼の周りに銀色の羽が舞う。

 彼の周りに神聖な魔力が流れ、その身体が淡く光りだす。


「安心し給え。ワタシの固有能力、守護天使(サドキエル)は全てを見通す力を持っている。領内程度であればワイマールがどこの誰に転生したか一目瞭然だよ」


 なるほど、探査系の能力か。

 ワイマールの能力も強力な物だった、きっとプッタネスカの能力もかなりの精度を誇っているのだろう。

 だとすれば彼がこれだけ自信を持つ理由も分かる。


「再誕直後のワイマールは復元能力が働かない。肉体と魂をなじませる必要があるからそこまで手がまわらないんだ。ワイマールとしての人格も眠ったままだ。ならば、私はその依代を殺し尽くそう。生まれ変わる度に殺してまわろう。そうすれば、ワイマールは永遠に歴史の表舞台に上がる事はない」

「…………えらく徹底しているんだな? そんなにワイマールが憎いのか?」

「ああ、もちろん。殺しても殺しても殺し足りないほどにね」


 プッタネスカがワイマールについて語る時、その時は必ずと言って良いほど隠し切れない憎悪がにじみ出ている。

 彼とあの男の間で何があったのか分からない。

 だが、それでも彼の目的が達成されようとしている事は分かった。


「カタリ様。偉大なる勇者カタリ様。貴方に頼んでよかった。やはり私の守護天使(サドキエル)は間違っていなかった。あの子達の言葉は間違っていなかった。貴方には本当に感謝している。ワタシはきっとこの事を忘れはしないだろう。必ずやこの恩に報いると誓うよ」

「なぁ、プッタネスカさん。俺には理解できないんだが、なんでそこまでワイマールを憎んでいるんだ? 良ければ教えてくれないか?」


 その言葉にプッタネスカは心底驚いた表情を見せる。

 俺がその態度に首を傾げていると「察しのいいアナタなら気付いていると思ったんだが」と一言答える。

 察しが良いも何も基本情報がなさすぎて察する事も出来やしない。

 両手を上げてお手上げのポーズを取り、首を左右に振る。

 プッタネスカはその様子に悲しそうに首を振り、一言だけ俺にこう問うた。



「勇者を召喚するのに必要な犠牲を知っているかい……」



 ――と。

 ドクンと心臓が鳴る。驚愕に目が開かれ、思わず息を呑む。


「い、いや。知らない。何が必要なんだ?」


 いや、俺は既に理解している。

 どうやら察しのいい男と言う彼の評価は案外間違っていなかった様だ。

 心優しいとモーガン司教に評されたプッタネスカが何故ここまでワイマールを憎悪しているのか、以前聞いた各国が保有する勇者の人数が何故国によって違うのか、何故勇者をもっと召喚しないのか。


 何故、幽閉されたと言われるこの国の王と王妃がどこを探しても見つからないのか。


「勇者の召喚には人の命を使用する。魔力を多く有する者、もしくは大勢の人間だ」


 ギリッっとプッタネスカが歯噛みする。

 その言葉で全てが理解できた。何故プッタネスカがここまでワイマールを……否、聖堂教会を憎悪しているかを。


「……聖者ってのは、勇者召喚儀式を利用して作り出されたんだな」


 静かに尋ねる。疑問と言うより確認の意味を込めた言葉だ。

 そして俺が想像した通り、プッタネスカはその言葉に頷く。


「聖堂教会は腐っている! ワタシは聖者となってそれを理解した! 何が神の意向だ! 何が天で幸福の元に暮らすだ! あの子達はもっと生きるべきだった! あんな所で、こんな下らない能力の為に死ぬべきでは無かった! ワタシはあの子達の笑顔を見ているだけで幸せだった! それを、それを! ワタシは……」


 それは一人の男の慟哭だった。

 モーガン司教の言葉が思い出される。

 曰く、プッタネスカは孤児院を運営を任される人徳に溢れ人々に愛される素晴らしい人であったと。

 それが聖者として認定された日から変わってしまったと。

 孤児院の運営には金がかかる。

 只々慈善事業を行う為だけに大切な金を放出する奇特な者はなかなか居ないだろう、それこそ彼の様な人徳者でなければ……。


 彼にどの様な出来事があったか詳しくは分からない。

 だがこの国の孤児達が愛すべき父親を失ってしまったのと同じ様に、この哀れな聖者は愛すべき子供達を失ってしまったのだ。

 その絶大な力と引き換えに……。


「ワタシはね勇者カタリ様。聖堂教会を壊したいのだよ。こんな物は神が治める国であってはならない。こんな事は神が行う所業であってはならない。ワタシは愚かな男なのだ。この様な事にあってなお神の愛を信じている」


 プッタネスカの独白は続く。

 彼に何があったのか詳しくは分からない。

 だが、彼が聖堂教会を恨んでいる事は十分に理解できる。

 両手を上げ、叫ぶ。

 一人の哀れな男の魂からの叫びだった。


「だからワタシが作る! ワタシが神の国を! 本当に人々が笑顔で暮らせる国を! 差別も何もない! 真の平等と真の平和に包まれた国家を! それがワタシの贖罪だ! ワタシの決意だ!」


 誰もが、その言葉に聞き入っていた。

 勇者召喚は人の魔力を有した人、もしくは大勢の人々を必要とする。

 つまりは一定の魔力の源が必要となってくるのだろう。

 多くの国家が複数の勇者を召喚できないのも理解できる。

 恐らくそこまで代償を用意できないのだ。

 むしろ代償を用意できる方が狂っている。他国から攫うでもなければ自国民で賄う必要があるのだ。


「これから聖堂教会は大きく荒れる。ワタシ達も、彼らも、フローレシアにかまっている余裕等どこにも無い。だが、忘れないでくれたまえ。ワタシは――否。ワタシ達の派閥。"神啓派"に所属する三聖者はアナタ達の味方だ。フローレシアと志を共にする者だ。それだけは忘れないで欲しい」


 そこでプッタネスカの語りは終わった。

 彼はもうこれで何もいうことは無いと言った様子で深くお辞儀をすると、最後にワイマールの胴体を蹴りあげてから断頭台より降りる。

 その後ろ姿、孤独で寂しそうなソレ。聖者と呼ばれるこの男が抱えている物が少しだけ見えた気がした。


 だが、先ほどの言葉に違和感を覚えてしまう。

 その事実に気付いてしまうと尋ねられずにはいられない。

 否、この場で聞いておかなければいけない気が強くした。


「なぁ、根本的な質問で悪いんだけど一ついいか?」

「む? なんだい? ひと通りの事は話したと思うけど……」


 訝しげにこちらへ振り向き答えるプッタネスカ。

 俺も先ほどの話を蒸し返す気は無いが、気になったからには仕方ない。

 それに、プッタネスカとはここで別れるとしばらく会う事は出来ないだろう。

 ならば、疑問は全て尋ねる事が必要だ。

 だから俺は問う。一番の疑問、そもそもの発端。全て収束する点。



「勇者って何だ?」



 その問いに――。


「……実にいい質問だ」


 プッタネスカは邪悪な笑みで答えた。


「実はね、勇者については何もわかっていないんだ。不思議だろう? これほど持て囃され召喚される勇者。いや、勇者もそうだし魔王についても分かっていない」


 勇者について何もわかっていない?

 確かに勇者って存在は意味が分からない。魔王が存在して、勇者が存在する。一見王道の物語にも思えるソレだが現実的に考えると違和感が多すぎる。

 何故魔王を倒すのに勇者が必要なんだ? それも召喚して。魔王はなんで世界を滅ぼそうとしている? そもそも、魔王は世界を滅ぼそうとしているのか?

 思考の迷路に迷い込む。

 いくら考えても答えは出てこない。

 だが、そんな俺の様子を知ってか知らずか、プッタネスカは俺が知らぬ事実を更に突きつけてくる。


「ただね、――――やがて世界から光が失われ"終末の日"がやって来る――」

「ん? それは?」


 初めて聞いた単語だ。"終末の日"。それが何を意味するかはよく分からないがあまり良い事ではないだろう……。

 世界が滅ぶとかだろうか? プッタネスカの説明を待つ。


「我々の聖書に記載されている一文だ。この一文しか無い。他は失われている。だがそれはとても宜しくない事である事は確実だ。だからこそどの国もこぞって終末の日について研究し、そして勇者を召喚している。各国が得ている情報は様々な物ではあるが、おおよそ共通している事は大きな戦乱が引き起こされると言う見解がある事だ」

「つまり、"終末の日"に世界が終わるのでは無く、その日に大きな戦争が起きて世界が滅ぶという事か?」

「その通り。もっとも、フローレシアがどの様な情報を掴んで君を召喚したのか理解は出来ないけどね。特にアナタ達は特定の条件で勇者を召喚する事にこだわっていたフシがあるからね。後であのお姫様を慰めるついでに聞いてみればいいんじゃないかな?」

「特定の条件……か」


 そういえば、確かフローレシアは日本とやりとりをしているのだった。

 俺が無事である事もティアが使う召喚・送還魔法を利用した連絡で既に向こうの家族には伝わっている。

 よくよく考えればおかしい事だ。

 何故問題にならない? 何故それでのんきに手紙のやり取りが出来ている?

 母さんからの手紙は見せてもらった。覚えのある筆跡で迷惑をかけない様にと簡潔に書かれていた。

 その時は別にそんな物かと気にもしなかったが……。

 何故だ? 何故それで黙っていられる?


 何故それであの本道家が。あの意味の分からない儀式が大好きで肥大した誇りと黴の匂いがする風習に凝り固まった本堂家が、それに連なる一族が黙っている?



「――カタリ様? 勇者カタリ様?」

「っと、ゴメン。考え事をしていた」


 どうやら考え事をしていた様だ。

 訝しげにこちらを窺うプッタネスカに軽く首を振りながら答える。

 とりあえず実家の事はおいておこう、嫌な予感がしてならないがまぁなんとかなるだろう。


「何か思う所がある様だね。まぁいい。重要なのはその日が近づいてきているって事だ。アナタも覚悟はしておいた方がいい」

「分かった」


 俺の答えに大きく満足そうに頷くプッタネスカ。

 彼は居住まいをただし、再度大きくお辞儀をする。

 それは道化じみた格好の彼らしからぬ丁寧で誠意あふれるものであった。


「これからワタシは忙しくなる。しなければいけない事が沢山あるからね。ただ我々は必ずアナタの味方になると約束しよう。しばらくの別れだ偉大なる勇者カタリよ」


 踵を返し歩き出すプッタネスカ。

 二歩……三歩……四歩目にはすでに視界から消え失せている。

 彼が最後に呟いた言葉、その言葉が風に乗って流れてくる。


「"運命"を切り開く勇者よ――」


 フローレシア王国を騒がせた聖者達の行進。

 長い一日はようやく終わった。

 大臣達があれやこれやと戦後の指示を出す中。俺はこれからモーガン司教の死を伝える事になるペレーナ大聖堂の人達を思い、心を重くするのだった。

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