第三十二話(下)
滴り落ちる血液が断頭台の台座を染め上げ、ギィィィィィ! と歓喜にも似た不気味な声が上がる。
命を持たない化け物が狂った様に叫びを上げる中、モーガン司教と話した短い時を思い出し悔いるように小さく首を振る。
初めて俺の目の前で知っている人物が死んだ。
モーガン司教はそれこそ数時間程度の間柄ではあったが、俺の知り合いである事に間違いは無い。
それに過ごした時間がそのまま価値になる訳でもない。
少なくとも、俺にとってモーガン司教はこの国で出会った大切な知り合いであった。
「……どうするの? 死んだぞ?」
苛立ちの混じった声でティアに尋ねる。
モーガン司教はもう戻ってこない。いくらフローレシア王国に被害が向かない様にする判断ではあるとは言え、それが正しい事である賛成する事は出来なかった。
「こ、これは聖堂教会における内紛ですので我々には関係ありません。フローレシアと聖堂教会が矛を交える理由にはなり得ない筈です……」
「俺はこの国でこの国の住民が殺されたと言ってるんだけどな」
錆びた鉄の香りが鼻孔に入り込み顔を顰める。
同じ宗教を信仰する者を殺したにもかかわらず喜びと達成感に満ち満ちた聖者ワイマールはまるで自分が行った事を誇示するかの様に演説を始める。
「神は偉大だ! ここに一人の愚かしい背教者が処断された! 神の威光はあまねく大地を照らし、悪の一切を許しはしないだろう!」
分かっている。あれは目の前で馬鹿笑いをしている僧兵達に向けたものではない。
俺達フローレシア王国に向けた物だ。
こいつは俺達がここに来ている事を把握し、その挑発を受け耐え忍んでいる事を全て理解した上で更にこの様な傲岸不遜な暴言を喚き散らしているのだ。
はたしてこれが本当に聖者と呼ばれる人間なのだろうか?
ここまで精魂の腐りきった者でも聖者として認定されるのならば世の中の全ての人間は聖者だ。
やがて嘲笑響き渡る中、ティアが一歩を踏み出し聖者ワイマールの前に立つ。
「ワイマール大司教……」
「これはこれはティアエリア姫ではありませぬか! 貴方ほどのお人がわざわざお越しになられるとは、よもや自らの悪行を懺悔しに来られたのでしょうかな?」
断頭台を仰ぎ見ていた聖者ワイマールは、ゆったりとした表情でこちらへと向き直ると薄気味悪い笑みを浮かべる。そうしてさも今気づきましたと言わんばかりの白々しい態度で語り始めた。
ティアは苦々しい表情を浮かべながらも健気にその言葉に対抗する。
「ここは我々の国です。貴方達の国ではありません。この様な身勝手をされては我々も見過ごす訳にはいきません」
「しかしですね。ティアエリア姫。貴方はまだ若く世の何も知らぬでしょうから仕方ありませんが、この世には生きている事すら罪悪となる存在がいるのですよ。我々は神の名においてそれらを神罰を下しているのに過ぎないのです」
「王都の各地から報告が入っています。無辜の民に狼藉を働くことが神の名において行う事なのでしょうか?」
ここに来るまでに逐一王都の情報が暗部より齎されている。
現在王都では多くの僧兵達が各地に入り込み騒ぎを起こしているらしい。
実際に被害が発生している場所もあるようだ。
だが、その件に関する講義の言葉もワイマールには梨の礫だ。
彼は白々しい態度でティアの言葉に返答する。
「ふむ……? 彼らは職務に優秀な異端審問官。神への敬愛の己の職務に対する奮闘はこの私ですら見習らわなければと思わされる程です。であれば、騒ぎが起こるとすればすなわちそこに異端なる者がいた証拠にすぎません」
「ちぃっ!」とティアが小さく舌打ちをする。
彼女の苛立ちも奴は全て把握しているのだろう。ニヤリと小馬鹿にした笑みを浮かべいるのが不快でたまらない。
ティアの言葉は暖簾に腕押しと言った所だろうか?
そもそもが全てコチラを挑発させる事を目的としているのだ。
初めから会話によって解決しようとすることが間違いだ。相手にその意志は無い。
ティアがめげずに何やら言おうとした時だった。
広場に繋がる路地から数人の僧兵とそれに引きずられる小さな人影が現れる。
「あれは……」
連れて来られたのはペレーナ大聖堂で見た犬耳の少女だった。
わんわんと泣きながら僧兵に腕を掴まれ無理やり引きずられてくる。
確かちびっこ達は普段から王都の中を遊びまわっていると聞いた。。
あのおっとりとした小さな女の子が突如現れた僧兵達から逃げられず捕まったとしても不思議では無いだろう。
落下しモーガン司教の血を啜っていた断頭台の刃が、ゆっくりとまと元の位置へと上昇する。
ワイマールは何も語らない。僧兵が少女を引き一直線に断頭台へと向かっていくのを見守っているだけだ。
「何をなさっているのでしょうか、ワイマール大司教」
ティアは驚き、非難を含め尋ねる。
だがワイマールは答えない。勝ち誇った――否、下劣な笑みを浮かべたまま少女が連れてこられている様子を眺めている。
「何をなさっているのかと聞いているのです!!」
「ふむ……彼ら亜人は神への反逆者です。今からその処断を行うのですよ」
激昂に返されたのはおおよそ理解できない主張だった。
まるで当然と言わんばかりに放たれるその言葉は亜人に対する慈悲など欠片もなく、むしろ憎悪と侮蔑を隠しもしていない。
ティアどころか宰相ちゃんやエリ先輩までもが怒りを押し殺した表情を見せる中。
聖者ワイマールは満足そうに頷き、こちらを横目で見ながらわざと聞こえるように吐き捨てる。
「まったく……ゴミの様な獣人達が神への信仰を語る等虫唾が走る」
巨大な蜘蛛を思わせる不気味な断頭台が動き出す。
ゆっくりと地に伏せ、木製の土台が脈動し凶刃へと続く階段を作り出した。
僧兵はわざと少女の手の髪の毛を引っ張りながら、荒々しくモーガン司教が命を断った場所へと連れゆこうとする。
ティアは何も語らない。宰相ちゃんも、エリ先輩も。大臣団ですら沈黙を守っている。
だが、いくつかの視線が俺に向けられているのは分かった。
「この様な畜生共には深い深い地獄の底がお似合いだ。断頭台によって断罪される事を誇りとして逝けばよい。塵芥には過分な慈悲だ」
泣き叫び、助けを求める少女の瞳がと交差する。
「……なぁ、もうそこら辺にしないか?」
「カタリ様っ!」
慌てた様にティアが制止の言葉を投げかけるが、俺は止まらない。
もう十分にティアには付き合ったはずだ。そして十分に理解したはずだ。
この男との話は無駄だ。価値がない。
フローレシアの一団からハッキリと分かるように前へ出る。
眼前にワイマール司教を見据え、己の言葉をぶつけた。
「ほぉ、貴方が反逆者カタリですか……。なるほど、神託通り恐ろしい魔力を秘めている。まさしく悪魔に魅入られた存在だ」
「きっと誤解なんじゃないか? まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。 それよりも、その娘をさっさと離してくれないか? 全く関係ないだろう?」
ワイマールが勝利を確信した笑みを浮かべる。
少女を引き連れた僧兵はワイマールの指示を待っていた様だが、彼の「続けなさい」という一言でまた歩みを進める。
「ティア……」
「ダメです」
ティアは首を縦にふらない。
少女の命は風前の灯だ。もう一度だけ彼女の言葉を待ってみる。
「ティア」
「い、いけません。介入の口実を与えては……」
一体どれだけ死ねば彼らは帰るんだ?
一体どれだけ見過ごせばティアは満足するんだ?
俯くティアは口を固く結び、その端からはうっすらと一筋の血が流れているのが見て取れる。
……ティアも決してそれを望んでいる筈も無いことは明らかだ。
俺は勇者だ。施政者ではない。
最後はティアが決断しなければならない。俺は只それに従うだけだ。
だが……。
沸き起こる感情を上手く処理できず苛立ち混じり舌打ちをしながらに腕を組む。
その拍子にガサリと何やら音がし、懐に違和感を覚えた。
落ち着かないその心を紛らわすように懐に手をやると、小さなチケットが一枚出てくる。
下品でいかがわしいイラストが書かれた期限の切れたチケット。
行かないからと言っているにも関わらず無理やり押し付けられた娼館の無料招待券。
暴れる少女を僧兵が拳で打つ。
おおよそ小さな子どもに対する仕打ちとは思えぬ行動……。
少女の泣き叫ぶ声。
ゲラゲラと嗤う下品な僧兵達。
ブチリ……と、何かが切れた音が聞こえた。
「――っ!? ダメです、カタリ様!!」
「ごめ、無理。もう我慢できないわ」
右手を薙ぐ――。
鈍い音が広場に響いた。
俺以外の誰しもがその行為に驚いた表情を見せる。
馬鹿げた笑いは止み、少女の泣き声だけが広場に響く。
その場似た全員がソレを見つめていた。。
先ほどまで少女を引き連れていた男の顔面に突き刺さるその黒光りする刃に……。
一瞬の魔力放出によって作られた手斧――トマホークと呼ばれる投擲用のそれは刹那の動作で地面より飛び出し俺の右手に収まると、魔力を含んだ全力で投げ放たれ、少女を打ち据え暗い笑みを浮かべる僧兵に突き刺さったのだ。
「き、貴様っ!」
僧兵の一人が驚愕を込めた叫びに似た声を上げる。
「ああ、ああ、なんて事を…‥」
ティアが後悔と悲哀に満ちた嘆きの声を上げた。
ざわめきが広がる。
男から解き放たれた女の子は泣きながらこちらへと走りだし逃げてくる。
と同時に彼女を捕まえようと他の僧兵が駆け出した。少女の足ではすぐに捕まってしまうだろう。
だが、その様な事はもはや俺が許す筈がない。
「動くと殺す」
自分でも信じられない程に底冷えのする声だった。
ビクリと僧兵達の動きが止まる。
勇敢で無謀な、おそらく元高ランク冒険者だと思われる何人かがそれでも尚少女を捕まえようと動かぬ身体に叱咤する様叫びを上げる――が、次の瞬間トマホークを頭から生やし物言わぬ骸と化す。
やがて少女はその脚でこちらに来ると俺の胸に飛び込む。
わんわんと大声で泣く少女をあやし、「もう大丈夫だよ」安心させながら背後の気配へ命令する。
「リゼットさん。この子を安全な場所へ、他の子も捕まっていないか確認しておいて」
「仰せのままに」
「後、マリテちゃん。隙を見てモーガン司教を回収しておいて欲しいんだ」
「にゃーに任せるのだ」
背後の気配――専属メイドのリーダー、リゼットさんへと犬耳の少女を渡す。
彼女に任せておけば大丈夫だろう。
マリテちゃんに任せたモーガン司教についても一緒だ。
彼女達は元暗殺者だ。そして外道公の訓練を乗り切った優秀な娘達でもある。
俺の目的を十分に果たしてくれるはずだ。
少なくとも目の前でパニックに陥る愚かな僧兵達など敵ではないだろう。
見たところ大した力を持った僧兵もいなそうだ。
この程度なら王国の一般兵に任せても釣りが来る。
……となると、やはり俺が倒すべきはあの聖者ワイマールか……。
一歩踏み出した俺にワイマールは静かに視線を向ける。
だがその瞳にあるのは狂気じみた怒りで、己の予想通りに事が運んだ事を喜ぶよりも自らに楯突く存在が現れた事による憤慨が大きかった。
「……何をしている、反逆者?」
ワイマールは怒りを押し殺して静かに問う。
そういえば、こいつにはさんざん腸が煮えくり返る思いをさせられていた。
俺は相手を小馬鹿した様な笑い声を上げると、一転して侮蔑の視線でその問いに答える。
「見てわからないか聖人。殺したんだ。お前の仲間をな。面白いな、職務に忠実な神の加護を得た信徒はあっさりと死んだぞ? 神が見ているんじゃなかったのか?」
「……やはり神託は間違っていなかった。貴様は悪魔だ。神の意志に逆らう罪悪そのものだ。許しておけん、神の御国へ旅だった同胞への鎮魂として、貴様への断罪をこの場で行――」
グシュリと鈍い音がなり、糸が切れた人形の様に僧兵が数人崩れ落ちる。
ひぃ! と情けない声が湧き上がる。怯える僧兵の視線の先には額にトマホークを打ち込まれた真新しい死体が存在していた。
「ほら、そんな大層な言葉を並べている内にまた死んだぞ? お前が動けば助かったんじゃないか? 神様もお前みたいな不甲斐ない奴が聖者で大層お嘆きじゃないか。さぁ、懺悔しろよ? 神様仲間を守れなくてごめんなさいってな。得意だろ? 見ててやるよ」
ワイマールの瞳は怒りでこれでもかと見開かれる。
額には青筋が浮き上がり、怒髪天を衝く勢いだ。
やがて、その怒りを精一杯まで溜め込んだワイマールはまるで噴火する火山の様に荒々しく叫びあげる。
「判決は死刑だ! 神の反逆者はすべて死なねばならぬ!!」
右手を天高く振り上げ何やら呪文を詠唱するワイマール。
掲げられた拳に光が集まり、カァンと間延びした音と共に白い尾を引く閃光が王都の各地に向かって飛び立つ。
「異端の国フローレシアに展開する異端審問官へ次ぐ! 神の反逆者が現れた! この国は悪魔によって乗っ取られている。もはや救う手立てはない! 浄化せよ! 処断せよ! 一切合財を神の身元へ送り、その裁きを受けさせるのだ!」
賽は投げられた。
その言葉は王都に広がる異端審問官全員に伝わり、おそらくワイマールの命令通り彼らはその力を人々に向けるだろう。
そしてその事実は直ぐ様入り込んだ連絡係によって聖堂教会の聖都へ伝わり、彼の国の軍隊が程なくしてやって来る。
「ああ、そ、そんな……」
ティアがその表情を絶望に染め、ペタリと尻もちを付いてしまう。
まるで気が抜けた様に精彩を欠いたティアはそのままどうしていいか分からずにぼうっと呆けている。
こういった時にこそティアには覚悟を決めて欲しかったが。流石にそれは無理か。
だが、今回は全て俺の責任だ。
俺が俺の意志を持って明確に敵を殺した。
穏便に済ませ、なんとか国家を守ろうとする彼女の意志を無視し、神の国に弓を引いたのだ。
「それにしても神ねぇ……。そんな者がいるかどうか知らないけど本人はどう思ってるんだろうな?」
ワイマールの怒りは止まらない。
まるで癇癪を起こす子供の様になりふり構わず喚き散らしている。
「おお、そうだ! あの神の下僕を語る背信者達が住まう聖堂も取り壊してはしまわねばならぬ! 我が精鋭、元黄金級の冒険者達である私の右腕の部隊を派遣しているだ! 敬虔なる神の矢は徹底的にその逆徒を粉砕するだろう!」
「あそこは只の孤児院だぞ? 老シスターと神父と、いつも元気なちびっこ達しかいない。お前の神様は――いや、お前は俺達に何を求めているんだ?」
「全員死ね! 死んで神の法の糧となれ!」
この男には何を言っても無駄なのだろう。
自然とため息が漏れる。
だが既に事は進み始めた。
自らがしでかした行いの責任は取ってもわなければいけない。
俺は懐より小さな符――予め王宮の魔法使いより受け取っていた物を取り出すと魔力を込めて空へ投げる。
キィン――と澄んだ音が鳴り、空高くに赤く発光する球体が現れる。
やがてそれはリズムよく何度か点滅すると、次第に光量を落とし消えてしまう。
だが、今度はその光に呼応するかの様に同じ光が王都中より飛び上がる。
キィン、キィンとあちらこちらから澄んだ音が流れてき、まるで弦楽器の様な美しい音色を奏でている。
更には王都を照らす赤く輝く球体も相まってフローレシアの空はまるで夕焼けのように朱に染まる。
「……何をしたのですか、悪魔よ」
空を眺めながら苛立ち混じりで尋ねる聖者ワイマール。
俺は奴に精一杯の皮肉を込めた表情で、心底馬鹿にした声色で返してやる。
「なんだと思う? 賢い賢い聖者様なら分かるんじゃないか?」
聖者ワイマールの表情にさらなる憤怒が追加される。
その様子を見て満足気に頷きながら、俺は眼前の敵にその正体を教える。
「これな、命令だよ。王都に散らばった俺の意見に賛同してくれる精鋭と暗部。そして後は俺個人のちょっとした部下に対する――」
『皆、お仕事の時間だよー!』
相棒の声が魔力に乗って空に溶け込む。
動かぬはずの像、その双眸に赤く魔力の光が灯る。
王都に広まった全ての像。その炉に魔力の火が入った事が理解できた。
「"フローレシアに仇なす全てを慈悲なく殺しつくせ"っていう意味のな」
――――――あちこちで魔力が湧き上がる。
――――王国を守りし者達より鬨の声が上がった。
――重圧な咆哮が聞こえてくる。
世界が、天が、地が、この世の全てが震えた。
この瞬間、フローレシア王国と言う名の悍ましい狂気と混沌獣はその深い眠りより起き上がり、愚かなる侵略者達にその不揃いで血に濡れた牙を剥いたのだ。
「貴様ッ!!」
ワイマールがその言葉に激昂する。
僧兵達に動揺が走る。王都全体がまるで生き物の様に強い殺意を持ち始める。
あちらこちらから叫び声が流れてくる。
同時に爆炎や氷雪、雷鳴が降り注いでいる。
「エリ先輩。ティアを連れて安全な所に逃げてくれる?
「まっかせてー!」
エリ先輩が放心するティアを担いで隼の早さで駆けてゆく。
今のティアはちょとダメだ。
これ以上迷惑をかけるわけにもいかないし、今はゆっくりと休ませる必要があるだろう。
何よりこの国のトップだ。万が一があってはいけない。
「宰相ちゃん。周辺住民の非難は?」
「既に完了済み、です」
念の為に宰相ちゃんへと確認した周辺の状況。
当然の事だとは思ったが、既に非難は完了しておりどれだけ暴れても問題はないということだ。
首をコキコキと鳴らしながらどの様に目の前にいる敵を殺すか考える。
「わしらはどうすればいいのですかな? 勇者殿」
「気が乗らんが今だけはお主の命令を聞いてやるわ」
「ほら、さっさと命令しろ勇者よ」
一緒に来ていた大臣達より声が上がる。
なかなか頼もしい奴らだ。
普段から彼らの無駄なポテンシャルとその全てがくだらない事に利用されている才能を知っているからこそ絶大な信頼を寄せることが出来る。
彼らなら俺の要望に全て答えてくれるだろう。
そして、俺がどの様な指令を下したとしても全面的に同意してくれるだろう。
「じゃあさ――」
だから、俺は万感の思いを込めて彼らに命令する。
「王都から誰も逃がすな。鼠一匹、虫一匹だ」
――さぁ、宣戦布告だ。戦いを始めよう。
魔力が吹き荒れる。
既に大臣達は散開し、この場にいるフローレシア側の戦力は俺と宰相ちゃんだけだ。
チラリと見ると、こちらに向けて柔からなほほ笑みを返してくれる。
手伝います。と言うことだろう。
確かに雑魚の掃討は大規模破壊魔法が使える宰相ちゃんが適任だ。
俺は小さく頷くと微笑み返し、宰相ちゃんのお手伝いに感謝の意を示す。
「ふんっ! いくら貴様らが策を弄した所で結果は変わらんぞ悪魔よ。我が精強なる異端審問官達は必ずやお前達を殺し尽くすだろう!」
「ああ、そういえば。大聖堂にいるお前の右腕。あれ――今殺したぞ?」
「ちなみに、こちらの犠牲者は無しな」と付け加え相手を煽る事を忘れない。
何の事はない。相棒が作った謎の金属で出来た悪魔像はその見た目同様の凶暴さを持って大聖堂に攻め入る僧兵達を地獄に招待したらしい。
流石相棒が作った像だ。
全て計算ずくとも言えるその行動、そして日頃から趣味の傍ら強化していた暗部や親衛隊、王国の兵士達の尽力によって王都に蔓延するゴミは尽く殲滅されている。
「何たるっ! 何たる事! 何たる悪行! 何たる邪悪!」
「はっはっは! 怒るな怒るな」
自らの部隊がどの様な目にあっているのが理解できるのか。
聖者ワイマールはその双眸を血走らせながら錯乱気味に叫びあげる。
さぁ、次はお前達の番だ。
こいつらはさんざん俺達をコケにして、その誇りを踏みにじった。
そのツケは命を持って償ってもらおう。
「お前はモーガン司教を殺した。それは許される事じゃない」
静かに宣言する。
それは判決だ。審議も弁護も一切ない。一方的な判決。一方的な断罪。
モーガン司教は死ぬべき人ではなかった。
彼はダメな奴だったが、シスターと神父の信頼と尊敬を一身に受け、何より家族に恵まれなかった哀れな子供達に心から愛されていた。
「決めたんだ聖者。お前が連れてきた異端審問会の人員、その全てを殺し尽くす」
それをこいつらは殺した。笑いながら殺した。
許す訳にはいかない。どの様な代償があろうとも、決して彼らを許す訳にはいかない。
「降伏も命乞いも無い、いい奴とか悪いやつとか、命令されてやったとか本意じゃなかったとか、待っている人がいるとかこれが最後の任務だとか、もしかするとそういうのがあるかもしれない。お前達にはお前達の主張があるかもしれない」
「――例外なく皆殺しだ」
まるで俺の気持ちを代弁するかの様などす黒い魔力が地に満たされる。
ズズズと不気味な脈動音を響かせながら一振りの黒塗りの剣が地面よりせり上がってくる。
もはやどの様な金属で出来ているかすらわからぬその剣を無造作に引き抜き、相手に突きつけながら審判を告げる。
「死ね。聖職者。貴様達の首を晒し並べて父親を二度失ったあの小さな子ども達への詫びとしよう」
「神に背く悪魔がぁぁぁ!!」
ワイマールの叫びが心地よく耳に流れ込む。
怒り狂う聖者から白色の魔力がほとばしり、薄いヴェールとなって僧兵達を包み込んだ。
……神聖系の防御魔術と強化魔術だろう。
相手から感じる圧力が一段階増した気がする。
「行きなさい神の子らよ! 恐れず敵を打ち倒すのです!」
恐慌状態だった僧兵達が聖者ワイマールの言葉で一斉に戦闘態勢に入る。
背後に控えていた宰相ちゃんが一歩前に出で俺の横に並ぶ。
その様子を横目で眺めながら、俺はまるでティアータイムを誘うかのようにごく自然な態度で宰相ちゃんに告げる。
「さて宰相ちゃん。殺るとしますか」
「分かりました。皆殺し、です」
堰を切った様に魔力が二人から溢れだす。
中央広場を覆い尽くさんばかりに膨れ上がる暴虐的なそれを制御する事も無く荒々しく撒き散らせながら……。
俺と宰相ちゃんは目の前の敵を地獄に突き落とす為一歩を踏み出した。