第三十二話(上)
結局会議は深夜まで続き、その日の晩は聖堂に隣接する訪問者用の宿泊施設に泊まる事になってしまった。
翌朝少々遅めの朝食をモーガン司教と一緒に取りながらあれやこれやと取り留めもない話をする。
しかしながら昨夜はあの後すぐに寝たにも関わらず目の前に座るモーガン司教は何故か何度もあくびをし、疲れ果てた表情だ。
そのわりにはニヤニヤと幸せそうな表情である事から彼が寝ると嘘を付いてどこへ行ったかは押して知るべきと言った所である。
次は是非ご一緒にと熱心に誘ってくるモーガン司教を軽く交わしながら皆が集まっているらしい会議室へと向かう。
その場にはティアと宰相ちゃん、エリ先輩、そして昨日はいなかった大臣団が詰めておりペレーナ大聖堂の神父達と何やら書類を広げて難しい話をしている。
なるほど、皆忙しそうだ。
室内に入った瞬間視線が一斉にこちらに集まる。お疲れさま。
重役出勤を咎めるように睨みつけてくる大臣達に笑顔で手を振りながら爽やかに着席する。
同じくモーガン司教もシスターより小言を受けつつ幸せそうな笑みのまま着席する。
さて、俺もモーガン司教も役にはたたないがとりあえず席を温める事はできるだろう。
取り留めもない事を考えながらぼんやりと多くの人でひしめく歓談室を見回すと昨日は確かにいたはずのあの特徴的な道化師がいない事に気がつく。
「あれ? あの聖者さんは?」
皆朝を食べていなかったのだろうか?
簡単なサンドイッチや飲み物を配っていた老シスターが手を止め穏やかに答えてくれる。
「プッタネスカ大司教は昨晩の遅くから所用にてこちらを離れていらっしゃいますよ。何やら聖都の方ですべき事があるとの事でしたわ……」
老シスターは俺と一緒に重役出勤をしてきた不真面目なモーガン司教を横目で睨みつけながら「司教様にはご挨拶をして頂きたかったのですが」と咎める様に付け加える。
よくわからないが、何やら暗躍でもしているのだろうか。
しかしあれだけ間を取り持ってくれると息巻いていたにもかかわらずそっけない態度だ。
最初からあまり期待していた訳ではないが大丈夫だろうか。
「ふーん。このタイミングで出かけるの? もしワイマールとやらが来たらまずいんじゃない?」
刺すような視線もなんのその、横で暇そうにサンドイッチを頬張っているモーガン司教に尋ねてみる。
全く仕事をしないであろうこの男は無理やり口の中のサンドイッチを飲み込むと、ゴホゴホと咳をしてどうにも煮え切らない態度で答える。
「はぁ……しかし私共ではあの方をお止めする権限は……」
「ああ、そう言えばあの人って聖者だっけ? 偉いんだよね」
「神に認定された御方ですからね。その……格好や言動は奇抜ではありますけど、昨日申し上げたように多くの人に愛されている方なのですよ」
「そういえばそうだったね」
過激な思想を持つものが多い聖堂教会の中でもプッタネスカが穏健な部類になるとは世の理不尽さを問いたいところではあるが事実は曲げる事は出来ない。
彼がいろいろと精力的に活動してくれているからこそ安心して暮らせる人達もいるのだ。
あまり見た目や言動だけで判断するのも良くないだろう。
「亜人排斥か……」
聖堂教会における大多数を占める考え。そしてフローレシアでの聖堂教会の方針。
如何にこの国が異端の考えを持っているかをぼんやりと考えていると、思わず呟いた言葉が届いたのかモーガン司祭が説明を付け加え始める。
「その……聖堂教会が今回フローレシアに介入しようとしているのもその問題が一番大きいのです。獣人や亜人を見下し、人こそが真に神に愛される種族だと主張する者達にとってこの国は存在する事すら許せないのですよ」
わかりやすい理由だ。
結局、ワイマールの所属する派閥が亜人の排斥を謳っている限り今回の問題は解決できないのかもしれない。
ん? じゃあなんで俺が聖敵として認定されるのだろうか?
フローレシアへの介入は亜人を排斥し弾圧する目的じゃないのだろうか?
……まぁ、大した理由はないんだろう。
俺は自らに関係する事でありながらあまり深く考える事無く思考を放棄する。
聖職者――あまり一括りにするべきではないが、こういった類の人々の考えを理解する事は時として徒労に終わる事が多いからだ。
それより――。
「神様は獣人をいじめろって言ってるの?」
「聖書の解釈によります」
「ふーん」
解釈による……か。
神様に聞ければ話は早いんだろうけど、それをしていないって事はこの世界でも神様は人前に現れてくれないのだろう。
と言うかファンタジー世界でいろいろ不思議な生物も存在するこの世界だ。神様とかもいてもおかしくないかな? とは思ったがそうじゃないみたいだ。
この世界の現実的な部分に落胆し肩を落とす。
俺もサンドイッチ食べようかな?
だがテーブルの上に置かれたサンドイッチに手をのばそうとした次の瞬間。
張り詰めた糸が切れたようにキィンと耳をつんざく警告音が鳴る。
初めて聞く音に何事かと不思議に思っていると、エリ先輩が何やら魔術印の書かれた符らしきものを懐から取り出して苦々しい表情で見つめている。
やがて、どこからともなくやってきた暗部の一人に耳打ちをされたエリ先輩はその表情から苛立ちを隠す事もせず、集まる視線の中――ティアに向けて己が知ったであろう情報を告げる。
「ティアちん。まずい」
「どうしました?」
「監視網をくぐって来た。既に少なくない数が国内に入って来ている」
誰が? とは聞かれなかった。
聞かれずとも既にこの場にいる誰もが理解してた。
ティアは小さな驚きを声を上げると、一同を見回し静かに尋ねる。
「どの様な方法を使ったのでしょうか?」
「不明、かな? けどここまで悟らせないとなると何らかの固有能力が使われたんだと思うよ」
「人数は? おおよそで結構です」
「千人前後、王都内にバラけている」
「……ちっ、多い」
フローレシアの監視網は強固だ。
徹底的にマニュアル化された上に幾重にも魔術的探査が行われている為、普通では存在を悟らせずに国内へ進入する事など不可能だ。
エリ先輩の苛立ちも間違ってはないだろう。それにしても昨日の今日か、なかなか速いお出ましで。
「さーって、どう対応するかだね。プッタネスカさんは確かいないんだよね」
緊張した空気をほぐすように明るく告げる。
まぁ、そのプッタネスカが裏切っている可能性もあるけどね。
俺の掛け声を合図とするように、その場にいた大臣の何人かは既に席を立ち会議室の外へと向かっていく。
おそらく有事の際の役割を事前に決めていたのだろう。自らの職責をはたす為に退室するのだ。
情報の収集や監視かな?
手をヒラヒラと振りながら先発隊を見送っていると漸く事態を飲み込めたらしいモーガン司教が血相を変えて叫ぶ。
「い、いけません! ワイマールのやり口はいつも一緒です! 彼らは配下の異端審問官に騒ぎを起こさせ、それに介入する形で処罰を下し己の目的を強引に達成させるのです! この街には亜人も多い。場合によっては人死にも起こりますぞ!」
続いて数人、無言で席を立ち足早に退室する。この様な際にすぐに行動に移せるのがフローレシアの強みだ。
特に我儘や自分勝手という名の自由裁量が平時より与えられている為、国家存続の危機の際には様々なしがらみを超えた行動が出来る
バックアップ体勢の構築に関しては前もってある程度の取り決めがされていてる為、心配する必要も無い。
俺も何度かその様な話の場には参加させてもらった事がある為よく理解できる。
後は直接問題にあたる俺達の方針をどうするか決める必要がある。
異端審問会……以前話に聞いてたその情報を思い出し確認する意味を込めて尋ねる。
「……確か末端はゴロツキの冒険者達だっけ?」
「はい、しかしゴロツキだけとも言い切れません。彼らはその影響力と資金力に物を言わせて時として強力な冒険者を抱え込んでいますから……」
「ふーん。どの程度?」
「黄金級すらいると聞いています。ドラゴンを単独で撃破できるレベルの冒険者では流石に一般の兵などでは太刀打ちできません」
モーガン司教はこちらが知りたい情報をすらすらと答えてくれる。
彼も司教、そして一国における聖堂教のトップに立つ人物だ。それなりの情報を持っているのだろう。
昨日のあのだらし無い彼からは予想も出来ない有能さではあるがフローレシアに住む人々で本当の意味で無能な人間等存在しないとも言える。
……しかし、異端審問会『魔女への鉄槌』か。
彼らに関しては俺も会議に参加していた時に聞いていた為少なからず知っている。
聖堂教会は神が治める国とは聞こえがいいがその内実は他の国ともちっとも変わらない。
その大規模な国家を運営するには金が必要だし、それに付随して様々な権力構造が生まれてくる。
例えば……名のしれた神官の師弟や多くの寄付をする商人の子には便宜を図ると言った事だ。
異端審問会はそういった教会の有力者の子供が泊を付ける為に所属したり、またその武威向上と内乱の事前鎮圧等の目的で多くの冒険者達を雇い入れたりしているそうだ。故にモラルは限りなく低い。
神の部隊とはよく言った物だ。
実際に神様がいたらなんと言うか是非とも聞いてみたい。
「姫様……王都の広場で騒ぎ、起きてます」
先ほどから何やら探査魔術らしき物を放っていた宰相ちゃんが小さな声で報告する。
どうやら王国内の広い範囲に入り込んでいるらしい異端審問会であるが、一番の団体さんは広場いるみたいだ。
「……行きましょう。まずはこの目で状況を確認しなければなりません」
ティアが下す指令。その場に残っていたフローレシアの重鎮達は席を立ち上がり返答とする。
「わ、私達も行きます。同じ教会に所属するのです、ワイマール大司教も話位は聞いてくれるでしょう」
少し遅れて、モーガン司教が立ち上がる。
慌てて一緒についてこようとしている彼を見ながら、はたしてその様に上手くいくものかと一人不安感をつのらせる。
「だといいんだけどねー」
「カタリ様……くどいようですが」
「……わかったよ」
さてさて、うちのティアさんもこんな調子だ。
俺は暗澹たる気持ちで王都の広場、問題が起こっているその場所へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
王都の広場は騒然としている。
白の特徴的な装いに身を包んだ集団が占拠しており、普段は屋台や行き交う人々で賑わうそこも今は住民達の気配が一切ない。
近づきながら異端審問会の一団を確認する。
どうやら街の住民達はそのフットワークの軽さで彼らがここに来た瞬間上手く逃げおおせたらしい。
近くからいろいろと伺う視線を感じるが、見た感じ捕まったり被害を受けた様子も無いので一安心と言った所だろう。
だが問題の一団に近づくにつれてその異様さが明らかになってくる。
まずその人数だ。
話に聴いていた通り数百人はいる。
はたしてどのような手段でこれだけの人数をフローレシアに悟られずに送り込んだのか興味は付きないが問題はそれだけではない。
それは離れたこの場所からでも容易に分かった。
広場を占領する様に立てられた巨大な木製と思わしき物体。彼らが取り囲むように扱うその不思議な存在に嫌な予感が沸き起こる。
「何だあれ?」
既に距離は数十メートルほどになっている。
相手側もこちらに気がついたようで慌ただしくなってきた。
何やら蔑む様な視線を向けながらこちらを威嚇してくる異端審問会の僧兵と思わしき一団を無視しながら、確認できる位置まで進む。
近づきハッとする。ここまで来て漸く分かった。それは見上げる程に巨大なギロチンだった。
どの様にして持ってきたのか、現在一部の僧兵が必死に組み立てを行っておりそろそろ完成するかと言う状態だ。
大きさは縦横10メートル程はあるだろうか? 木製の土台はどの様に作られたのか複雑に板材が絡まっておりその歴史を感じさせるくすんだ色合いも相まって異様な雰囲気を放っている。
またおおよそ人に使うには過剰な大きさを持つその刃は厚さだけでも数十センチはある様に見え、鈍く光る刃先はドラゴンの首ですら落としてしまいそうな凶悪さを秘めている。
この様な物体を持ちだして何をするのか……。
聞かずともその意図は分かるが、今回俺達の方針は平和的に解決する事だ。
先手必勝と手をだすわけにもいかないだろう。
となると後は話が出来る人物に事を任すしかない。
俺は一応聖敵認定されてるらしいから変に出て行っても事を荒立てるだけだろう。
その事に気づくと、なるべく悟られないようにこそこそと目立たない位置に移動する。
この場所はどうだろうか?
ティアや宰相ちゃんとは少し離れた位置で大臣に隠れながら辺りを窺っていると、漸く追い付いてきたモーガン司教が息を切らせながら驚きの声を上げる。
「まさか……っ! 『運命の断頭台』!?」
「……なにそれ?」
こそこそとモーガン司教の後ろへ移動しこっそりと尋ねる。
彼は俺の行動に少々驚いていた様子だったが、すぐに気を取り直したのか目の前に構えるその異様な物体について説明をしてくれる。
「あれは聖遺物と呼ばれる物です。『運命の断頭台』。神が聖堂教会に与えたと言われるそれは聖書の時代から存在し、決して傷つかず何者にも破壊する事出来ずに存在し続けると言われてます。あらゆる不死者を殺す強力な処刑器具です」
」
「おお、そんなのがあるのか。しかしまた大層な物を持ってきたんだな……。けど所詮はギロチンでしょ?」
「いえ、まぁ、仰るとおりなのですが。まさか……まさかこの様な物まで持ち出すとは」
どうやらこの巨大ギロチンはその見た目同様非常に重要な物らしい。
相変わらずどうやって持ってきたのか興味が尽きないが、今はそんな事を考えている時では無いだろう。
とりあえず穏便に帰ってもらう事が最重要課題である。
モーガン司教の手腕に期待するとしよう。
やがて僧兵達の集団が左右に割れ、一人の男が悠々とこちらへ歩いてくる。
さっと、大臣達の影に隠れながらその様子を窺う。
男は身長2メートルはあろうかという偉丈夫だ。
聖職者のわりにはガッチリとした体格をしており、その端正な顔つきからは考えられない程濁った瞳をしている。
頭に被っている特徴的な司祭帽は胡散臭い道化師の聖者プッタネスカが被っていた物と同じだ。
……こいつがそうか。
少し離れた場所にいるティア達にも緊張が走ったのがわかった。
「これはこれは、フローレシア王国の皆様お揃いで。神の威光はその偉大さを毛ほども理解できぬ無知蒙昧な輩すら自然と引き寄せてしまうのでしょうな」
大げさに手を広げ仰々しく語る男。
合わせるように周りの僧兵――ゴロツキ共が小馬鹿にした笑いを漏らす。
開口一番盛大に煽ってくださるとは、なかなか良い性格をしている様だ。
――この男がワイマール大司教。
異端審問会『魔女への鉄槌』の長であり聖堂教会認定十聖者の一人か。
プッタネスカと同じ聖者らしいが。なるほどどうして、あいつの何倍も胡散臭くて不愉快な奴じゃないか……。
「ワイマール大司教! いったい如何されたのです!? ご連絡も頂いておりませんし何より神遺物を持ち出すとは! みだりに騒乱を引き起こすことは神がお許しになりませんぞ!」
モーガン司教が抗議してくれる。
ティア達はまだ会話に加わらない。とりあえずは同じ聖堂教会の神官同士で話を進めてもらう方向性らしい。
だが、当のモーガン司教の必死の説得もどうやらこの聖者の耳には一切入らなかった様だ。
返答は言葉では無く蔑みを含んだ笑いだった。
モーガン司教がその対応に唖然としパクパクと口を開閉しながら返す言葉を探していると、豪快に笑いあげていた聖者ワイマールがお先とばかりに言葉を突きつける。
「はっはっは! モーガン司教! いや、背信者モーガン! 貴方の様な下劣な存在がよく偉大なる神の名を語るものだ! 我々の目を誤魔化せると思ったら大間違いだぞ!」」
「な、なんと言うことを! 訂正しなさい! いくら大司教位に付く聖者とてその様な言動が許されると思うな!」
聖者ワイマールの言葉に激昂するモーガン司教。
だが彼の言葉は届かない。
周りにいる僧兵達がニヤニヤと下衆な笑い声を隠そうともしない中、彼は一人で聖職者の名を語る侵略者と戦う。
「まだ言うのか背信者よ。罪を重ねれば重ねるほど地獄での苦しみが増えるだけだぞ?」
「何を仰る! これは明らかに神の教え、そして聖堂教会の方針にそぐわぬ物だ! 誰の許可を得てこの様な事をしているのです!? 貴方に我々を断罪する権利も資格も無い!」
「ふむ……貴様――否、この国は偉大なる神に対し重大な冒涜を行った」
「は?」
あまりにも話になってない。
まるで会話の一方通行だ。だが、聖者ワイマールの表情を見る限りそれも当然と思われる。
彼の瞳は己の信仰で濁っているのだ、重要なのは自らの主張を通す事で相手の主張を聞く事ではない。その様な意志がありありと見てとれた。
「神は亜人からの信仰を望まれていない! 貴様らの様な薄汚い人もどきが神の言葉を語るなど到底看破できる事ではない。我々異端審問会はここフローレシア王国並びにペレーナ大聖堂が神への冒涜的な祈りを捧げる邪悪の根源であると突き止め、本日神に代わりてその裁きを行いに来たのだ」
「なっ! どういう事ですかワイマール大司教! この国での聖教の運営は過去正式に認可された物です! 神への冒涜等ありえません!」
「ふぅ。あくまでシラを切るつもりか……神の嘆きがここまで届くようだな」
チラリと侮蔑の視線をこちら――俺の方へと向ける聖者ワイマール。
まぁ最初から気づかれているよね。
「この国が召喚した勇者……カタリ。――いえ、勇者と呼ぶのもおこがましい。反逆者カタリは神のご意思に背く存在だ。その様な人物を召喚したその国家。本来なら決して見過ごす事はできないが、フローレシアとてある意味では被害者である。つまりは背信者共の根城となっているペレーナ大聖堂に唆された愚かで哀れな見窄らしい国であると言うことが我々の神聖な調査によって判明しているのだ。彼らにはまだ神の前で慈悲を請い、懺悔する資格がある」
傲慢な物言いを一向に止めようとしない聖者ワイマール。その耳障りな発言を聞く度にストレスがたまる。
周りの僧兵が放つ下衆な笑いも止まらない。
つまり、こいつは待っているのだ。盛大にフローレシアを挑発し俺達が手を出すのを。
そうすれば介入の口実を得て本格的に侵攻することが出来る。
なるほど、どおりでいくら聞いても意味がわからないはずだ。
「だがお前達は違う。お前達はその存在そのものが魂から汚れている。神が人を生み出す過程で生じてしまったが塵芥だ。フローレシア王国を誑かし神への反逆者を呼び出させた大罪人だ。存在を許しておく事は決してできない」
「……神は人と同じく全てを愛せよと仰られた! 偉大なる御方は天上にて我々を見ておられるぞ! その様な行いが決して許される筈はない! この件に関して聖都で他の聖者の方々の意見を仰ぎ審議にかける必要がある!」
モーガン司教も止まらない。
あくまで今回の問題を聖堂教会内での内輪もめとして片付けようとしているようだ。
なんとかこのまま相手が引いてくれればいいのだが、その地位が大きく離れている為それも難しいだろう。
……せめてあの胡散臭い道化師、プッタネスカがいてくれれば良かったのだが。
「ふんっ! 神の名を語るか、なんと傲慢な。良いだろう。貴様の主張はわかった。しかし貴様の罪を神はすべてお見通しだ」
不気味に嗤う聖者ワイマール。
己の背後で異様な空気を放つギロチンを見せつける様に仰々しく両手を開く。
そのまるで初めから全てが決まっているとでも言いたげな表情に嫌な予感が増す。
「そう――この『運命の断頭台』がな」
次の瞬間、怖気を感じさせる殺気が広場を満たす。
同時に大地を揺らす地響きが鳴り巨大ギロチンがドクンと脈動した。
やがてその不気味な断頭台の土台は絡まった糸を解くかのように別れ始め、まるで蜘蛛の足の様に伸び出す。
驚く暇があったのは一瞬だった。やがてそれは6本の巨大な蜘蛛足と、数十本の触手のような物に分裂すると素早くモーガン司教を絡めとってしまう。
「うわっ!!」
「モーガン司教!」
触手によって引き寄せられたモーガン司教はその中央、ギロチン台に叩きつけられる。
凶刃の真下。触手によって身動きを取れなくされ固定されたモーガン司教は執行を待つ罪人そのものだ。
すぐさま彼を救出すべく駆け出そうとするが、不意に俺の手が引かれ勢いが殺されてしまう。
「……ダメです」
「ティア」
ここまで来て止めるのか!!
思わず噛み締めた歯がギリッと嫌な音を立てる。
視線で彼女へ手を離すよう伝えるがティアは悲痛な表情で首を左右に振るだけだ。
「モーガン司教。判決を下す。死刑だ。その命をもって生まれてきた事を神に懺悔しろ」
勝ち誇った聖者ワイマールの顔。
青ざめるモーガン司教。魔力を込め飛び込めば一瞬にして届く位置。
右手を振り払い駆け出すその動作を行う事すらもどかしい。
「ワイマール大司教! や、やめるので――」
「神は見ておられる。貴様が真に無実なら決して死ぬことは無いだろう」
最後のチャンス、その一歩を踏みだそうとするが……。
「カタリ様ッ!!」
「…………」
ザシュリと鈍い音が鳴り鮮血が舞う。
ゲラゲラと品の無い笑い声が不快に重なりあい、まるで耳鳴りの様に聞こえてくる。
ゴトリと何か大きな物体が地面に落ちる音がなり、二度と動かないであろう体躯が重力に従い地に伏す。
昨日の夜、雪空を眺めながら語り合った男の命はあっけなくその凶刃の前に絶たれた。