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第三十話(下)

 ペレーナ大聖堂の歓談室は一種の異様な雰囲気に包まれている。

 恐らくは俺とプッタネスカ以外の全員が事態についていけず混乱する中、勇者と聖者による他の介在を許さない会談は続く。


「彼らのシナリオを全てお教えしよう! ワタシも聖者だから彼らの手の内は全て把握済みだよ。彼らとて無敵の絶対権力者ではないんだよねー。聖書の内容に沿った行動をする必要があるし、なにより他国――特にバレスティア黄金帝国に手出し口出しをされないだけのシナリオを用意する必要があるのさ!」

「ふーん」


 熱病に冒されたように浮かれて捲し立てるプッタネスカ。

 俺はその説明を話半分に聞く。

 正直、興味を掻き立てられないと言うのもあるし、そもそも彼の言うことをどこまで信じていいのかと言った懸念もあるからだ。


「ワイマールはそう日が経たぬ内にこの国へとやってき、強制査察を行う。もちろんそれは君達の主権を無視したものだ。そして騒ぎを起こし勇者カタリ――君への正式な聖敵認定と処刑を行う。だがそれはチャンスでもあるんだね。彼が懐に入って来ているこの時に、事故に見せかけて殺して欲しいのさ」


 何が彼をそこまで駆り立てるのだろうか?

 ワイマールの話になった途端彼は先ほどまでの飄々とした態度を崩し、一種の執念すら感じさせる。

 俺は黙ってその言葉を聞く。

 誰もが彼の話に割り込めないでいた。


「方法は問わないよ? やってくるであろう異端審問官を堂々と全員殺してもいい。要は他国にいらぬ情報が流れなければいいのだ。そうすればあとはワタシの力で今回の問題を上手くシナリオを付けて処理しよう」


 ここに来るまでに聖者については少々勉強した。

 聖堂教会を運営する認定十聖者は有するその権力も膨大なものとなる。

 隔絶した、まさしく神人として扱われ敬われる彼らなら多少の事――否、相当な事であってももみ消すことが出来るのだろう。

 だがしかし、はたして同一の権力を有す聖者を殺してもそれをもみ消すことができるのか……。

 そして、彼の思惑通りに立ちまわったとして俺達の益となるのだろうか……。


「でも聖堂教会が俺を狙っているのは間違いないんだろ? ならいくら上手くそのワイマールを殺した所で今後もフローレシアが危険な状況にある事は変わり無いんじゃないのか?」


 率直に尋ねる。

 プッタネスカがワイマールを殺したいと思っている事は十分わかった。

 だがそれに巻き込まれるだけではたまったものではない。

 大切な事はフローレシアが外部の脅威からどの様に身を守るかだ。


「一枚岩じゃないんだよね。様々な思惑があり、様々な権利がある。ワイマールが死ねば聖者の席が一つ空く。その椅子はあの豪華絢爛な教会の天辺で、毎日白痴のように祈りを捧げる盲信者達には非常に魅力的に映るのだよ」


 仮面の表情でニヤリと笑う。


「それこそ、カタリ様の事など見えなくなる程にね……」


 俺の疑問に待ってましたとばかりに応えるプッタネスカ。

 どうやら彼の中では完全にプランができているらしく俺の質問にも淀みなく答えてくる。

 一応こちらにも利がある。そして彼のプランも問題点は無いと思われる――彼の言い分を信じるならばだが。

 ……分からない点があるとすれば、その動機だろう。


「でも、なんでお前がそこまで俺に肩入れするんだ? ――いや、違うな。そのワイマールを殺したいと思ってるんだ?」


 プッタネスカの目的はワイマールの殺害その一点に向けられている。

 おそらく、後始末に関したあれこれは俺達への感謝の印と言った所でいいのだろう。

 何故彼がそこまで固執するのか興味が湧いてくる。

 だが彼はその内に秘めた目的を語ることは無い。


「これも一つの派閥争いだよ? わかりやすいだろう?」

「……わかりやすいが、堂々と言うことじゃないと思うぞ」

「多くの司教や聖職者、神の僕がすでに殺されている。ワタシの大切な大切な仲間も大勢逝ってしまった。そろそろここで盛り返さないといけないのだよ」


 仲間……か。

 はたしてこの男に仲間と呼べるような人いるのかどうか……。

 それにしてもだ、話だけを聞くとやけに回りくどい方法をとっている様にも思える。


「自分で殺さないのか?」


 と言うか、同じ聖者なのだ。

 聖者と勇者の戦闘能力はほぼ同一。

 そしてワイマールとプッタネスカは二人共聖者。

 ならば別に俺が手を下すまでもなくプッタネスカがワイマールを殺せばいい。

 見た感じそれだけの力がありそうだ。

 だが、その問いの返答は静かな怒りだった。。


「出来るのなら殺している」


「へぇ……」


 空気が張り詰め、緊張のせいかモーガン司教がヒッと小さな悲鳴を上げる。

 ゾクリとする程の声だった。

 そこには間違いなく憎悪が含まれていて、怒りが含まれていた。

 その感情的な態度に思わず笑みが溢れる。

 なんだ、つかみ所の無いやつかと思っていたが、やけに人間臭い所もあるんじゃないか。

 安心したぞ。


「ワタシには目的がある。それは決して貴方の道を邪魔するものではないはずだ。むしろ……」

「ん?」


 強引に話題を変えるプッタネスカ。

 どうやらあまり触れて欲しくない話らしい。ますます好感が持てる。


「とにかく、利害は一致しているはずだよ。彼を殺したとしても、その事実はワタシがちゃーんともみ消すからね。貴方はワイマールを殺してくれるだけでいい」

「いいように使われているだけかもしれないけどなー」

「選択肢はないはずだよ。ワイマールの暗躍を許せば必ず聖堂教会はフローレシアに軍事介入する口実を得るだろう。彼我の戦力差は到底埋められるものでもないからね」


 まぁ、確かにプッタネスカの言うとおりだ。

 この陰湿で胡散臭い聖者はおそらくわざと俺達が逃れられない状況になってからこの話を持ちかけてきたのだ。

 理性的に考えれば俺達が取るべき道は一つしか無い。

 もっとも、彼にとってはそれが正解であっても、俺達にとってそれが正解であると言う保証は何処にも無いが……。


「ティア……」

「えっ? は、はい!」


 俺達のやり取りを真剣な表情で聞きこんでいたティアに話を振る。

 唐突に話しかけられた為か、何やらワタワタと慌てている。

 この頑張り屋さんなお姫様は、どうやら会話の相手が自分から俺に移った事ですっかりこっきり安心していた様だ。

 いや、本当なら主役は貴方なんですよ? なんだか脇役的なポジションに落ち着いて満足していたみたいだけど、本来なら君が話を進める所なんだよ?


「どうするか、君が決めて」

「え!? わ、私がですか!?」

「うん、この国のトップでしょ? 方向性を示してくれれば、俺はそれに従うよ……」


 少々呆れ気味になりながらティアに最終決断を促す。

 俺はこの国の勇者であって君主ではない。

 決定は全てティアの双肩にかかっており、彼女こそが国の行く末を左右するこの決断を行う権利と義務がある。

 だが、唐突にその決断を迫られたティアはもっとも愚かしい選択をしてしまう。


「じ、時間をください……」

「無理だねお姫様。一刻の猶予も無い事は貴方も理解しているだろう? 事態は想像以上に逼迫しているんだ。今すぐ決断が必要だよ」


 プッタネスカの言葉は早かった。

 確かに、彼の言う通り残された時間は少ない。

 それに情報は全て出揃っているのだ。

 ティアが決断を出来ない理由があるとすればそれは彼女の心の内にある問題だろう。

 最も、いきなりその様な話を持ちかけて決断を促すのも少々酷かと思い助け舟を出す事にする。


「少し位待ってくれてもいいんじゃないか?」

「少し位待った所でどうにかなるものなのかい? はっはっはっ! 何をするのかい? 会議、情報収集? 結局、判断は最終的にお姫様が下すことになるんだ。早いか遅いかなんてこの場にあってはもはや意味はないだろう?」

「いつ来るんだ?」

「遅くて明後日、早ければ明日にでも。ワタシもお忍びでこちらにきているからね、場合によっては予定を繰り上げて今すぐ来るかもしれない」

「もっと早く教えてくれる事は出来なかったのかよ?」

「ワタシも全力を尽くしたんだけどねぇ。王宮は侵入者避けの結界で雁字搦め。連絡を取ろうにも何処に間者が仕込まれているか分からない状況。この時を待つしかなかったのさ」

「間者ならうちの暗部が殺しまくってるけどな、そうそう遅れを取ることはないぞ?」


 手紙でも何でも出してくれれば良かった。

 うちの暗部はちょっとやそっとで遅れを取るような奴らじゃない。

 事実国内に侵入しているスパイはその全てが排除されたか意図的に泳がされているかのどちらかだ。


「アナタ達はそうだろう。でも残念ながらワタシ達の方にも沢山間者がいてねぇ、どうしようもないのだよ」


 何処にスパイがいるか分からないから満足に連絡を取ることも出来ない……って事か。

 どうやら全て相手の手の内だったらしい。

 この胡散臭い聖者――プッタネスカは、本当に俺達がどうしようも無い状態になるまで虎視眈々とその機会を伺っていたのだ。

 故に彼はこのタイミングでしか接触する気は無かった。

 理由など後から来るとは良く言ったものだ。

 それにしても聖堂教会か。

 潔癖とは言わないまでもそれなりにいい奴らが集まっているのかと思ったら全く話は真逆らしい。

 政争、権力闘争、派閥争い……まったく。どこもかしこもこの調子だ。


「真っ黒だな、おたくの教会」


 皮肉る様に嫌味を言ってやる。

 プッタネスカは少しだけ驚いた顔を見せると何やら考える素振りを見せ、「アナタには敵わないよ」と思わせぶりに答えた。


「……で、ティア。方針は決まったか?」

「あ、えっと……いえ」


 ティアはまだ決断できないでいる。

 ……遅い。

 予想外に関して致命的に弱い所がティアの欠点だ。

 もっと自由にすればいいと思うのだが、国を導くその責任が彼女の決断を遅らせているらしい。


「決まらないのかい? 困ったね」

「…………」


 プッタネスカは腕を組むと「う~ん」とわざとらしく悩みだす。

 いちいち面倒な大げさな男だが確かにその様な態度を取りたくなるのも分かる。

 数秒の時間が数分にも数時間にも感じられる。

 やがて、こちらへ視線を向けて思わせぶりに問うてきた。


「勇者カタリ様? 貴方は……貴方はどう思うかい?」

「俺?」

「相手は強大だ。自らの行いが何か致命的な未来を呼ぶかもしれない。君は、その様な時、どうするべきだと思うかい?」


 ふむ……。

 敵か……。敵がいるのか。

 ならば俺の答えはいつもひとつだ。


「邪魔する奴は全員殺したらいいんじゃないかな?」

「ほう……」

「あんまり難しい話はわからないんだけど。結局敵が居て、俺の大切な人達が危険にされされる可能性があるわけだ。なら問答無用で打ち倒すべきだね」


 過激ではあるが、もう既に決意している事だ。

 俺の心は先日じぃやに答えた時から一つも変わっていない。

 敵が来るのなら打ち倒す。

 それが俺の考えだった。


「だがそれは浅慮だよ。君の行いで、罪もない人々が争いに巻き込まれ命を落とす可能性さえある。それを君は理解しているのかい?」


 プッタネスカは静かに尋ねた。

 それは先ほどからの彼とは打って変わって聖職者が持つ独特の神聖さと穏やかさを有している。

 まるで懺悔でもしているかの様な気持ちになり少々居心地が悪いが、それでも俺の答えが変わる様な事は無い。


「うん、そうだな。でもそれって結局、どうなっても防げないことだろ?」

「……と、言うと?」

「全ては選択の結果だ。ああしていればよかった。こうしていればよかった。よしんば過去に戻ってやり直したって、結局新しい後悔が次々と生まれる」


「ならば、俺は初めから俺が信じるとおりに、俺の大切な人の為だけに力を振るうよ。そしてそれ以外の全てを切り捨てる」


「…………」


 聖者は何も語らない。

 目を瞑り、まるで俺の言葉を反芻するように黙想している。

 彼の様子を気にする事なく俺は続ける。


「プッタネスカさんは聖者だよな? きっとそんな格好だけどいろいろ考えているんだろう? もしかしたら怒られるかもしれないが、言わせてもらうと」


 一呼吸置く。

 聖者は静かに目を開け言葉を待っている。

 やがて、俺の決意は静かな歓談室に響く。


「俺は俺の大切な人達以外がどうなろうと興味ない」


「……それが、なんの罪もなき無辜の民であったとしても?」

「罪があろうがなかろうが、人は死ぬ」

「全てを救おうとは思わないのかね? 貴方にはその力がある」

「あいにく、興味ない。俺は俺がどの程度の人間か知っているつもりだ。その上で言わせてもらうなら。俺は大切な人を守る事で精一杯だ」


 その言葉はプッタネスカにどう届いたのだろうか。

 彼は瞳を瞑り、天を仰ぐように椅子にゆったりと座り込み上を向き大きな深呼吸をする。

 やがてこちらに向き戻した表情は相変わらず読み取れない仮面のそれであった。


「そう、そうか……そうだったね」

「……?」


 俺が不思議そうに彼を見ている事に気がついたのだろうか。

 彼は左右に振り、小さく笑う。


「いや、その通りだな……と思ったのだよ」


 彼の呟きを最後に――。

 その会談は終了した。

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