第四話
ダッシュで王宮の廊下を駆けるティアを追いかける。
王宮から抜け出す用意をすると言った彼女であったが、戻ってきた時には目立った用意をしておらずそのまま脱兎のごとく王宮から抜け出すべく走りだしたのだ。
「ちょ、ちょっと! ティア! 待って、待ってよ!」
「カタリ様! 早く早く! おいて行ってしまいますよ!」
ものすごい速さで王宮の廊下を走るティア、俺だって全力で走っている。
にも関わらず一向に差が縮まらない事からも彼女のスペックの高さが伺える。
スカートの癖に無駄に能力の高すぎる……。
「さささっ!!」
「ど、どうしたの?」
息を切らせながら彼女に追いつく。
ティアは壁の影に隠れて何処かの様子を伺っている様だった。
既に疲労困憊の俺はなんとか息を整えると、彼女同様陰に隠れて様子を伺う。
「あれを見て下さい……」
彼女の指差す先、出入口である扉の前には一人の兵士がいた。
この場は正規の出入口では無い、主にメイドや執事、料理人等の雑務をこなす人達が利用する勝手口兼食材搬入口の様な物だ。
ティアと一緒にお菓子をパクリに来た時に覚えた。
俺も、ここはなんだか警備が手薄そうだとその時は思っていたが、やはりそれは甘い考えだったらしい。
「あー、衛兵さんかー。やっぱり無理なんじゃない? 大臣達にちゃんと話して時間作ってもらおうよ」
そうティアに伝えてみる。
そもそも別に抜け出す必要性は無いと思う。わざわざティアが付いてきてくれる必要性もないし、大臣達に相談して調整してもらえばいいと思う。
そう、考えての言葉だったが……。
「大臣達は意地悪なのでダメです! そんなお願いしたら意味もなく妨害します!!」
「本当、面倒くさい人達だなぁ……」
大臣達はアホであると言う事を忘れていた。
そうだったのだ。よくよく考えてみれば簡単な事だった。
アイツラは人に嫌がらせするのが大好きなのだ。どうせそんな相談を持ち込んだ所で意味もなく却下された挙句土属性がディスられるだけだろう。
しかし、じゃあどうするべきか……。
「仕方ありません。奥の手を使います!」
「ん? どうするの?」
どうやらこの場を切り抜ける方法をティアは知っているらしい。
俺は平然と王宮から抜け出す手法を持ち出せる辺り、この子が如何に普段から王宮を抜けだしているかをなんとなく把握する。
「まぁ見ていて下さい、カタリ様」
そして、俺に向けて思わせぶりにウィンク――上手く出来ないのか両目を瞑っていたが、そのウインクらしき物をすると、俺の手を取り衛兵に向かって突然歩き出した。
「こんにちは! お勤めご苦労さまです!」
「おお! これは姫様! ご機嫌麗しゅうございます! ですがここは通しませんよ。分かったらさっさと部屋に戻って余計な事を考えず石像の様に大人しくしてください」
「ええーー、なんでここの人達ってナチュラルに喧嘩売ってくるの!?」
衛兵は壮年の屈強そうな男性だ。見た目は忠誠心の高そうな感じではあった。
一見その口調も丁寧な物だが後半は完全に喧嘩を売っていることが分かる。
まさしくこの王宮の住人であった。
「ふむふむ! 何とかなりませんか? 私はカタリ様に王都を紹介したいのです」
そんな衛兵の嫌味もどこ吹く風で流すティア。
この国の人々のスルースキルは本当に高いなぁ……。
俺はそんな場違いな事に思いを馳せながら事の成り行きを見守る。
「……姫。お気持ちは分かりますが我々の勤めもご理解ください。御身に何かあっては遅いのですよ? 私は姫のしでかした事で責任を取るなんて御免被りたいのです」
「そこを何とか!」
「我々は誇り高きフローレシア王宮警備隊。いかに姫様の願いとは言え、その様な事はお聞きできません!」
しかし、ティアのお願いにも衛兵さんは首を縦に振らない。
そりゃ当然だ、彼の言うとおり万が一でもあったら事だ。ティアは一般人の女の子では無く一国を治める姫なのだ。その重要性は計り知れないだろう。
そして、俺もこの国の人達が本当に大切な所では誠実に対応している事に喜ばしい気持ちになる。
大臣達は手遅れだが、末端まではそうじゃないんだな! なんだ、この国も捨てたものじゃないぞ!
「やっぱりダメだよティア。衛兵さんもこう言ってるし取り敢えず諦めよう」
俺は気分よくティアに話しかける。
後はこのワガママお姫様を回収すれば完了だ。ふふふ、今日はなんだか少し晴れやかな気持ちで一日が過ごせそうだ!
「では、これでどうでしょう?」
ティアが一言そう告げる。
同時に、彼女の手から金色の円形状の……金貨と思しき物が弾き飛ばされ弧を描き衛兵の手に収まる。
そして……。
「おやおや! ――では、夕食までには返ってくるのですよ。ちなみに、この件に関しては私は何も知らないと言う事で……」
「ありがとうございます!」
「あっさりと買収されてるんじゃねぇよ! 誇りは何処に行った!?」
この国はダメだ。
上から下まで一切合切アホだ。
俺は先程まであれほど頑なにティアの外出を拒否していたにも関わらず、わずか金貨一枚で態度を180度回転させる衛兵に盛大な突っ込みを入れる。
「さぁ、行きましょうカタリ様!」
ティアに手を引かれながら、扉より外へでる。
咎める様に睨めつけた衛兵は素知らぬ顔であらぬ方向に首を向けている。
どうやら、何も見ていないし聞いていないという方向で話を進めるらしい。
本当、この国はどうなっているのだろうか?
「う、うーん……」
「ふんふんふ~ん!!」
その後も、人目につかないように怪しげな場所を通りながら王都を目指すティア。
彼女はひどくご機嫌であったが、俺には先程の出来事が頭からこびり付いて離れていなかった。
「ねぇ、ティア……」
「はい! 何でしょうか!?」
元気よく返事を返す彼女に問う。
このままでは、いつか良くない事になると思ったからだ。
「さっきの衛兵さんだけど、あんなんでいいの? その、なんていうか、流石に良くないと思うんだけど……」
その言葉を伝えた途端、ティアは悲しげな表情をする。
そして彼女は歩みを止め、こちらを真正面に見据えて語りだした。
「……我が王宮には腐敗が蔓延しているのです。海千山千の巨魁達が日夜己の私利私欲の為に凄惨たる権力闘争を行っています。そのせいか末端まで風紀が乱れて……」
どこか自虐的な表情で彼女は語る。
その言葉に現状を憂う苦悩と……。
「私も現状を憂いてどうにかしようとしているのですが、賛同してくれる味方も少なく、巨大な権力を有する彼らの前では無力も同然なのです……」
何も変えられない無力感がありありと現れていた。
「ふふふ、ティアエリア姫だなんて持て囃されて。とんだお人形さんですよね」
「ティア……」
そして目を瞑り、何かを振り払うように首を振ると。ひどく悲しげな笑みを浮かべた。
「私は、何も出来ないただの小娘なのです……」
「でも君、さっきとっても手慣れた様子で衛兵を買収していたよね? そこんところどうなの?」
無表情でそう言ってやった。俺は騙されない。
ちょっと甘い顔をするとすぐ誤魔化そうとするのだこのアホの子は。
しかも演技力が高いだけに始末におえない。だが俺だっていつまでも騙される程お人好しではないのだ。
そもそも、貴方クーデター起こして今の地位に居るじゃない。どの面下げてお人形さんだとか言っちゃうのだろうか?
「さぁ! 王宮から出ますよ! 待ちに待った王都です!!」
「都合が悪いからってスルーすんな!!」
一転ご機嫌の表情になるティアさん。
彼女の辞書には反省と言う言葉は存在しない。
面白いか面白く無いか、ただそれだけなのだ……。
「まぁまぁ、良いではないですか? 清濁併せ呑むのが施政者の条件ですよ!」
「はぁ、まぁいいんだけど……。そういえば、その格好で王都に出るの? 流石に皆にバレて騒ぎになると思うんだけど……」
現在王城を取り囲む城壁の一角だ。
どうやら秘密の抜け道がここにはあるらしいのだが、問題は抜けだした後だ。
流石にドレスを着たままの姫では目立ちすぎるだろう。
そう思って聞いたのだが……。
「ああ、それはご安心下さい。変装しますので……」
「……? 変装? どこにそんな道具があるの?」
確かに抜け出す準備はすると言っていた。
だが、それにしても彼女が何か変装道具やそれに準ずる物を持っている様子は無い。
俺はティアがどの様にして人々の目を誤魔化そうとしているのか不思議に思う。
すると彼女は、スカートのポケットを何やらゴソゴソと漁りだすと。
「じゃじゃじゃーーん!! どうですかカタリ様! 見事な変装でしょう?」
取り出した黒い物体を顔に装着した。
「…………なにそれ?」
「おひげです! えっへん!」
ティアが取り出したのは付け髭だった。
カイゼル髭と一般的に呼ばれる両サイドに細長く伸びる独特のそれだ。
そして彼女はそれを装着している。
おヒゲ姫の完成だ、しかもドヤ顔だ。
そんな彼女を見ながら、俺は至極まっとうな意見を献上する。
「いや、バレバレだと思うけど……」
「でもいつもこれで大丈夫ですよ?」
「そ、そうなんだ……」
コテンと首を傾げながら不思議そうに答えるティア。
おヒゲが一緒に小さく揺れるのだが、その様がアホの子可愛くてなんだか無性に腹が立つ。
しかし、どう見ても姫だった。これは変装ではない、ただのお巫山戯だ。
そして俺は嫌な事に思い当たる。
姫は言ったのだ。「いつもこれで大丈夫」と……。
大丈夫な理由はひとつしか無い。
「ね、ねぇティア……」
「はい! カタリ様!」
そっとティアに語りかける。
不安がドンドン膨れ上がる。もしやそうなのか? 大臣や王宮の人達限定だと思っていたのだがもしやそうなのか?
「王都の住人ってどんな人達なのかな?」
「皆とっても良い人ですよ! 王国の屋台骨を支える大切な方々です!!」
笑顔のティア。言葉だけ取れば素晴らしい事である。
だが事態は予断を許さない。
ティアさんが意図的に情報を封じている可能性があるのだ。
この愛らしいおヒゲ姫様は、そういう事を平然とする子なのである。
「そう……」
「どうかしたのでしょうか?」
「いや、なんでもないよ……」
彼女は天真爛漫だ。
だがその内に碌でもない知謀を巡らす小悪魔ちゃんなのだ。
「さぁ、行きましょうカタリ様! 王都をご案内致します!!」
「う、うん。なんだか嫌な予感しかしないけど……」
「ごーごー!!」
ああ、ティアが笑顔だ。ものすごい笑顔だ。
嫌な予感がする。彼女の笑顔に比例して嫌な予感がする。
俺はこれから待ち受けるであろう事態を覚悟しながら、どんどん笑顔になるティアに引きつった笑みを返す。
結局、俺は自らの目で確認するまでは本当の事が知れないであろうと判断すると、重い気持ちを引きずりながらティアについて行くことにしたのだった。